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⑯「旅館でのちゃんぽん~ビール・日本酒・ウイスキー~」

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⑯「旅館でのちゃんぽん~ビール・日本酒・ウイスキー~」
 エスカルゴ牧場での食事が終わると午後5時前。健が連れて行ってくれたのは、ひなびた旅館だった。「ビジネス旅館」と今では大阪ではまず見ることが無くなった古い看板がふたりを迎えた。「素泊まり2名様1室でよろしかったですね。」と受付で言われ、「えっ、2室で昨日予約し直したんですけど。」と健が慌てていた。四の五のあったが、他の部屋は埋まっており、希が「私は健さんと一緒の部屋でかまへんよ。」の一言で落ち着いた。困り顔の健を後ろに従え、古い板張りの廊下を希が前で案内を受けた。

 古いエアコンがややうるさく、畳がすっかり色落ちしていることを除けば、6畳の部屋はふたりで過ごすのには十分だった。80リットルの小さな冷蔵庫にチェックインする前に地元スーパーで買ったビールとカップ酒を入れると、冷蔵庫の上に置かれたグラスを取り、ビールのロング缶を一本取り出すと
「健さん、お疲れ様でした。ごめんね、私だけ飲ませてもらっちゃって…。まずは、お酌させてもらいまーす!」
とちゃぶ台の上に置き、健に注いだ。泡ばかりでビールはグラスの下2割ほどになってしまった。
「あぁ、ありがとう。希ちゃんもつかれたやろ。はい、御返杯。」
と健が缶を持ち直し希のグラスになみなみと注いだ。ビールの泡はきれいに7対3でテレビCMで出て来るような注ぎ方だった。健は、手酌で自分のグラスに注ぎ足すと、「乾杯」と言ってグラスを合わせた。

 健は、「地鶏焼き」、「牛肉のしぐれ煮」と大きな「揚げ餃子」をちゃぶ台に並べた。
「あー、さすがに松坂では「サンマ寿司」は売ってへんかったなー。やっぱ、熊野までいかんと食べられへんのかなぁ。この揚げ餃子は、「津ぎょうざ」っていって本来「津」の名物やねん。津に行ったら15センチくらいのぎょうざもあるんやで。明日、津は行くんやけど食堂が開く前に鈴鹿に移動やから今日食べとかんとな!
 あと、イメージちゃうかもしれへんけど、松阪で焼肉って言ったら、「牛」やなくて「鶏」やねんで。おじさんがひとりでご飯食べまくる人気のドラマでも年末スペシャルでやってておいちゃんも知ったんやけどな。」
 まあ、今日は「松阪牛」食べる機会無かったから、牛肉のしぐれ煮でも食べようや。酒のアテにはばっちりやで。」

 健に薦められるがままに、箸を進めた希は「美味しい」を連呼し、あっという間にビールは空いた。二本目が空くのも時間はかからなかった。
「希ちゃん、日本酒にいく前にお風呂は済ませときや。その勢いで飲んでたら風呂入られへんようになってまうで。あっ、その前にちょっとでええから背中掻いてもらわれへんか?」
と一旦ブレイクで、希は健の背中を掻くと、各々風呂にむかった。

 風呂でさっぱりと汗を流しながら、今日一日の行動を振り返った。(あー、いったい今日一日で「何人」の…、いや神様やから「何柱」の神様にお願いしたんかなぁ?健さんが言うように、私の願い聞いてくれる神様がおってくれたらええねんけどな…。まあ、明日も3軒巡るって言ってたから、ほんまに神様の御利益に期待せなあかんな。あぁ、まさに「神頼み」やな…。さあ、風呂あがって、健さんともうちょっと飲ませてもらおっか。)

 部屋に戻ると、健は先に飲んでいた。大学ノートに今日の行程をまとめていろいろとメモを書き込んでいた。ノートの横に、氷の入った黄色い飲み物がおかれている。
「健さん、お風呂いただいてきたよー。ところで、健さん何飲んでんの?一口ちょうだいな!」
と言ってグラスをあおった瞬間、せき込んで吹き出してしまった。
「あー、このバーボンはそんな飲みかたしたらあかんで。これ、ケンタッキーもんで50.5度やからビールの10倍、日本酒の3倍以上あるからな。」
と言い、鼻水を垂れ流す希の鼻を拭いてくれた。(あぁ、相変わらず優しいな。一昨日に続いて「鼻」拭かせてごめんね…。)

 とりあえずバーボンは、避けてビールを2本、ワンカップを1本空けて適度に酔いが回ってきたところ、美味しそうにバーボンをくゆらす健の姿を見ているとどうしても飲みたくなり、健に「一杯だけ飲ませて!」とお願いした。
 「シングルいっぱいでお終いやで。」と言われ、「指一本分で15ccやから、あとは氷で薄めて飲むんやで。」と念を押された。
 健がトイレに行ったときに、自分で入れようと空のグラスに指を横に添え、入れたのだが、酔った手元で入れすぎてしまいグラス半分くらい入ってしまった。
 (あっ、やばい、入れすぎてしもた。けど、ボトルに戻すわけに行けへんし、健さん戻ってきたら取り上げられてしまうから…、えーい、飲んじゃえ!)とストレートで一口飲み、指一本にグラスの中身は帳尻を合わせた。そこに戻ってきた健が
「おっ、うまい事、ワンフィンガーに合わせたな。希ちゃんは、それが今日最後の一杯な。明日も早いから、それ飲んだら、寝るんやで。」
と優しく声をかけてくれた。

 そこから、一気に頭がくらくらしてきた。(あれ、グラス半分で90ccとして15cc引いて75cc…。ビールの10倍ってことは、2缶一気飲みしてしもたってこと…?)よろける足で立ちあがった瞬間、足がもつれ倒れた。ちゃぶ台に足を取られひっくり返りそうになったが健がすんでのところで抱きとめてくれ転倒には至らなかった。
「希ちゃん、相当足に来てんな。まあ、飲み始めてまだ3日や。今日は、昼のビール2缶と、夕方のワイン2杯も合わせたら相当量飲んでるで。もう今晩はお休み。」
と言い、離れて敷かれた布団に寝かされた。

 布団の中から飲みながら仕事を続ける健を見てると不思議と眠気は来なかった。それから2時間程で健はノートを閉じ離れた、布団に入り電気を消した。(どうしよう…、健さん怒るかな?でも…、えーい、行っちゃえ!)ごそごそと自分の布団を這い出て、希は健の布団にもぐりこんだ。
「がおっ!希ちゃん何すんねん!」
「健さん、一緒に寝させて。ひとりで寝てると怖いねん。泣いてしまうねん。お願い…。」

 「あかん!希ちゃん、絶対にあかんで!」
と健に強烈に拒否され、それが悲しくて希は涙が出てきた。(そんなに嫌わんでもええやろ…)と思いつつ、必死に蚊の鳴くような声で呟いた。
「健さん、私のこと嫌いなん?それともガキやから?あの…、抱いて欲しいとかとちゃうねん…、いや、抱いてくれてもええねんけど…、ちょっと、一緒に寝させて欲しいだけやねんけどあかん?ひとりで寝てると涙が出て止まらへんようになってしまうねん…。」
「あんなぁ、おいちゃん、飲んで寝ると布団の中で凄いおならがいっぱい出るねん。希ちゃん、白血病で死ぬ前に「ガス中毒」で死なすわけにいけへんやろ。せやから、布団も離して敷いてんのに…。」
と健が返すので、
「じゃあ、お布団は別々でええから、お隣で「手」だけ繋いで寝させて欲しいねんけど、それでもあかん…?」
と半べそを書いて頼み込んだからか、
「しゃあないな。「手」だけやで。それでおとなしく寝てくれるんやったら、そこまではええよ。」
と言われ、酔いの残る頭と足で自分の布団を健の布団に寄せると健の温かい手を握って希は眠りに落ちて行った。



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