その花びらが光るとき

もちごめ

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「日が落ちてきましたね。そろそろ戻りませんか」

 見上げると空が茜色に染まり始めていた。
「そうですね。もう戻ります」

 踵を返すと、暗闇を険しい顔で睨んでいるジークさんがいた。
「ユナ様、後ろに……」

 急に空気が張り詰め、緊迫した状況に理解が追い付かない。

(え、何? 何?)

 オロオロとしながらジークさんの後ろに隠れると、暗闇の中から低く唸る獣の声が聞こえてきた。

(何かいる!?)

 一匹、二匹……、少なくとも複数、得体のしれないものがいる。


 ジークさんが剣を構えたのと同時に暗闇から獣が一斉に飛び出してきた。
 むき出しになった長い牙で噛みつこうと飛び掛かって来た獣をひらりと躱し、長い爪で切り裂こうとするよりも早く剣で切り裂く。
 一体、また一体と獣の残骸が増えていく。


 断末魔に似た獣の咆哮が森全体に響き渡る。
 切り捨てては炎で燃やされていく獣たちの残骸に思わず目を背けたくなる。
「ウギャウウ!!!」
 見たこともないような四本足のグレーの毛でおおわれている大型の獣が苦しそうにのたうち回っているが、その体から黒い煙が上がるのが見えた。

(あれ、どこかで見たことある……! そうだ、たしか、瘴気!)

 すかさずジークさんが炎で焼き、瘴気も消えていく。

(そうか、瘴気が広がらないようにしていたんだ)

 突然目の前に繰り広げられた獣との戦いに未だ理解が追い付かずただただ立ち尽くしていたが、だんだんと冷静に状況を見れるようになった。


(ジークさん、すごく強い)
 舞うように戦っている姿はいつものキラキラしさだけではなく、力強い気迫があり圧倒される。


 ジークさんがいれば安心とも思えてボーッと戦う姿を眺めていたら、いつの間にかあたりに静けさが戻っていて剣を収めたジークさんがこちらに向かって来ていた。

(あっ、終わっていたんだ)

 ほっとしてジークさんに駆け寄ろうとしたとき、
「危ない!!」
 
 じっと息を潜めて獲物を狙うタイミングを見計らっていた獣がユナを目掛けて木の陰から襲い掛かって来た。

 だが、その牙が届くより先にジークの剣が突き刺さり血飛沫が飛ぶ。
 そのまま炎の魔法も放ち、獣は雄叫びを上げながら灰となった。
 それを見届けてからもう一度ジークに駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか?!」
「ええ、私はなんともありません。それよりユナ様はお怪我はありませんか。」
「ジークさんに守ってもらったのでどこにも怪我はありません」


 その時ジークの右手の甲から血がポトリと落ちるのが見えた。

「ジークさん、怪我してるじゃないですか! ちょっと見せてください」
「私は騎士ですのでこれくらいなんともありません」

 手を引っ込めようとしていたが、すぐさま手首を掴んで阻止する。
「何言ってるんですか?! 騎士だからとか関係ありません。怪我すれば誰だって痛いし、酷ければ死んでしまうことだってあるんですよ!」

 怪我をバカにしてはいけません! と怒るユナを軽く目を見開いたまま見ている。
 固まっているジークの手をよく見せてもらう。
 傷が深くて血が止まらずにポタポタと垂れている。


 騎士だろうがなんだろうが、怪我は怪我だ。ましてや私を守るために負った怪我を放ってなんておけるはずがない。なんとかこの血を止めなきゃ。

 スカートのポケットを漁る。

 この世界のスカートにはポケットなんてものは付いていなかったが、以前からの習慣でどうしても後付けポケットを付けていないと落ち着かないので、出掛ける時には付けている。
 ティッシュを取り出して傷に充てるが、なかなか血が止まらない。

 どうしよう、と困っているとジークさんが少しうれしそうな顔をして話し掛けてきた。


「怪我をしてこんなにも人に心配されたのは初めてです。ありがとうございます。これくらいの傷ならば放っておいてもすぐに治りますが、ユナ様が悲しそうな顔をされるので、治しますね。『ヒール』」

 傷に手を当てジークが唱えると、手から黄緑色の光が溢れた。
 光が収まり傷を見てみると、血が止まっている。

「うそ。…すごい」
「治癒魔法は得意ではないので傷までは治せませんが。一応血は止まったみたいですね」

 ティッシュで優しく拭けば確かに傷はまだ残っているが血は止まっている。
 治癒魔法って凄いと感心しながら、血が止まったことに安心してハンカチで巻いていく。


「早くお城に戻って、もう一度ちゃんとお医者さんに見てもらってくださいね。あっ、そういえば、このハンカチはジークさんにあげます。さっき守ってもらったお礼です。昨日作ったばかりなんですよ。この刺繍は、私がいた国の犬を刺繍しました」

 ちなにに私のいた国の犬には羽は生えていませんよ。とも付け加えた。

「これを、私に、ですか?」
 ひどく驚いた顔でハンカチを見ている。

「あっ、こんなのいらないですよね。お礼はまた戻ってからで…」
「いえ、嬉しいです。貰います」
 私から手を遠ざけてまじまじとハンカチを見ている。

「ありがとうございます。ユナ様のいた国の犬の刺繍もかわいいです」
「世界で一つだけのハンカチですね。なんせ、この世界には犬なんていないし」
 チョコも犬っぽいが、なんせ羽が生えてて聖獣様だしね。なんて一人で考えていたら、突然、さっきまでの笑顔がなくなり、感情が消えたような顔をしたジークさんが何かつぶやいた。

「…………ださい」

 小さく呟かれた言葉を上手く聞き取れなかった。

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