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第十二章 私の選ぶ幸せ(二十歳~)
118 食べられる
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不機嫌全開のルーカスに連れられ、入室した部屋は、白を基調としたシンプルな造りになっていた。
部屋の真ん中には、可愛らしい花柄模様のベッドカバーで覆われた、大きなベッドが一つ置かれている。窓際にはソファーがあり、部屋の壁には絵本のような絵画が飾られていた。
(何もなければ、メルヘンチックを満喫できそうな感じの、とてもいい部屋だけど)
今はわりとピンチなので、せっかく可愛いらしい部屋なのに、そこまでテンションがあがらない。むしろ、これから起こるであろう修羅場に恐怖しかないといった状況だ。
ベッドが一つというのも、なんだかとても気まずい。
「とりあえず、座って」
「は、はい」
私は言われるがまま、ルーカスの指さした青いソファーに腰を下ろす。そして、恐る恐る彼の様子をうかがう。すると彼は私の向かい側の席ではなく、わざわざ私の隣にドカっと座り込む。
(え?)
思わず私は彼の顔を凝視してしまう。
「何だよ」
「いえ、別に」
私は慌てて視線を外す。しかしこの並びは、昨日のアレコレを思い出し、かなり気まずい。
「ルシア」
「は、はい」
突然名前を呼ばれ、私は背筋を伸ばし慌てて返事をする。
「君は俺が死ぬから、情けをかけてくれたのか?」
「えっ」
ルーカスの思いもよらぬ言葉に、私は目を丸くする。
「リリアナと同じ。いや、彼女より多くのBGを接種させられていた俺は、多分君が思うより長くは生きられない」
あまりのショックに……いや、心のどこかで疑っていたこと。それを本人の口から聞かされ、結局のところショックで私は言葉を失う。
「そんな俺を可哀想に思ったから、君は同情してくれたのか?それとも、本当に俺の事を特別に思ってくれたからなのか?」
ルーカスがかつてないほど、真剣な表情で私に問いかける。
「ルーカス」
「俺にとっては、とても大事なことなんだ。だから、きちんと答えてくれないか」
ルーカスの紫に澄んだ瞳が、いつになく真剣味を帯び私を捉える。相変わらず綺麗な瞳だ。けれどどこか、不安げに揺らいでいるように私には映る。
(ちゃんと言わなきゃ)
私は気持ちを落ち着かせようと、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐きだす。そして、ルーカスが私に向けてくれる真剣さそのまま、私も真摯な気持ちでルーカスを見つめ返す。
「私は情けなんてかけてない。ルーカスが好きだからよ。昨日は、心からあなたと一緒にいたいと思った。そして昨日あったことについて、私は一ミリだって、後悔していないわ」
私はとうとう、自分の気持を伝えてしまった。けれど思っていたよりずっと、自分の中に、何か特別な変化を感じない。
(そっか。私は口にしなかっただけで)
かなり前から、罪悪感を感じるといいながら、心の奥底ではルーカスを好きだという気持ちを自覚していた。だから自分自身でも「いまさら」という気持ちになっているのかも知れない。そして、私の告白を受けたルーカスも、こちらが肩透かしを食らうくらい。全く驚く気配がない。
「じゃあ、どうして急にいなくなったんだよ。それに、連絡もくれなかったし」
怒りを少しだけトーンダウンさせ、今度は拗ねたような表情を見せるルーカス。
「それは……色々あって」
「色々とは?」
私は少し言い淀む。流石に結婚がちらつき逃げ出した。それを今ここで正直に伝えたら、さらにルーカスを傷つけてしまうと思ったからだ。
「言いたくないなら、仕方がないけど。でも、君の中で俺はその程度なんだと、やっぱりガッカリするし、落ち込むんだけど」
「その程度じゃないし」
違うんだよと、私は懸命に弁解する。
「だったら、何で俺から逃げたんだよ。とてつもなく幸せを感じた瞬間から数時間後。心配と、それから絶望する気持ちを味わう身になってみろよ」
ルーカスは口を尖らせた。冷静に考えてみると、私はわりと酷い事をしたようだ。
逆の立場だったら、言い方は悪いが、やり捨てされたとショックを受け、どっちにしろナターシャの元を訪れていたはずだ。
「その事は悪いと思ってる。ごめん」
私は素直に謝った。
「君は、今でもロドニールの事が忘れられないのか?」
「そりゃ、私を助けてくれたせいで、亡くなってしまったんだし」
私が小さく呟いた言葉に、ルーカスは思い切り顔を顰めた。
「彼を殺して、そして喰ったのは俺だ。だから君は俺を恨めばいいじゃないか」
吐き出すような口調でルーカスは言い捨てる。
前にも言われたセリフだ。
(そうだよね……)
私が苦しんでいる気持ちなんて比にならないくらい。そもそもの原因であるルーカスは、自分のせいでと苦しんでいる。しかもそれは、無意識で行った結果であるのに、彼は、私の両親を含む全ての、手をかけた人に対して罪の意識を抱きながら、生きている。
いや、むしろ。私がトドメをさせなかったせいで、生かされているのだ。
(そりゃそうだよね)
自分が殺した。その罪以上に重く感じる事なんて、世の中にそうそうないのだから。
グールをいくら殺しても、罪悪感を感じないよう、遺伝子が操作されている私とは違う。ルーカスは人の死に対し、しっかりと痛みを感じるグールなのだ。
私なんかより、ずっと常識的な「善」の心を持ったグール。
それがルーカスという人だ。
「ごめん」
私は再度、心を込めて謝罪した。
そしてこれ以上、勘違いされるのは嫌だと、全てを曝け出す覚悟を決め、口を開く。
「今朝逃げたのは、結婚しなくちゃならないって、パニックになったから。だけど、それはルーカスが嫌いだからじゃなくて、父さんに母さん。そしてロドニールに感じる罪悪感からよ。私だけ幸せになっていいのかなって思う気持ちから来るものだから」
私は息継ぎをし、俯くルーカスの横顔を見つめ、話を続ける。
「それと、フォレスター家の者である私は、同じ運命を背負う子どもを産むのが怖い。そもそも子どもは苦手だし。だから逃げちゃったの」
私は包み隠さず、自分が長いこと一人で抱えていた気持ちをルーカスに伝えた。
そして口にしてみると、全て自分勝手な思いだと気付く。
ルーカスを受け入れなければ、許さなければと思う気持ちに追い立てられているから、今の私は、ナターシャの隣に並ぶと恥ずかしくなるのだろう。
悪役になりたい。そう願い日々過ごしていた、あの頃のほうが私はずっと胸を張り生きていた。
「君から大事な物を奪ったのは俺なんだ」
自分の罪を再確認するよう、ルーカスは同じ事を口にする。
「だけど、俺は君が好きだし、拒絶するくらいなら、死ぬほど俺を恨んでくれよ」
先程までの威勢の良さは鳴りを潜め、頼りなく肩を落とし、蚊の鳴くような声で呟くルーカス。
(お、重いんだけど……)
けれど彼が、私の事になると拗らせてしまうのは、今日に始まったことではない。
「あなたは私に一目惚れしてからずっと、拗らせているものね」
「そうだな。俺は君に恨まれて当然なのに、それなのに、君を諦められない。たぶんこれは重度の病だ」
コツンと力なく、ルーカスが私の肩に頭を乗せる。
「この病気に効く特効薬は、君が俺を愛してくれることだけ」
力なく吐き出された言葉。それはやっぱり、私を特別に思ってくれている。ルーカスらしい気持ちだった。
「でも私は、たぶん一生あなたを許せないわ」
口にした途端、私の心はチクチク刺さっていた棘が抜けたように、スッと楽になる。
そう、私は許してはいけなかったのだ。今までは、許さないとこの先の未来がないと思っていた。けれどそう思うから、私は悶々と悩む事になる。でも、どうしたってドラゴ大佐と両親を、そしてロドニールを。私が大事に思う人達を奪ったルーカスを許す事なんて出来なくて当然なのだ。
なにより。
(恨むってことは、その人に囚われること)
だから私が誰より恨むルーカスは、私の人生に必要な人だということだ。
「私は、あなたを許さない。だけど、あなたといる時が一番幸せよ」
たった今導き出した答えを、ルーカスに告げる。
「俺だって、君を見ていると幸せだよ」
ルーカスは私に体重を預けたまま、ボソッと呟く。
「ルーカス、私と結婚して」
自然と私の口から飛び出した言葉。
私はその事に驚いたりしない。
(もうずっと、寝ても覚めても彼を恨んできたんだもの)
私だってルーカスに負けないくらい、彼が好きなのだ。
「いいよ、今すぐでもいいくらい、いいよ」
ルーカスが顔を上げ、私の瞳を覗き込む。
私はルーカスの少しやつれた頬を両手で挟む。
「私はあなたが好きよ」
そう告げると、今日は私からルーカスにキスをする。触れるだけの優しい口付けをして、唇を離すと、もう一度彼の顔を見つめる。
「実はもうずっと、あなたの事が大好きだったの」
今まで言えなかった言葉を彼に告げる。
「それは友達として?」
ルーカスは意地悪く微笑む。エリーザを巻き込んだ温室でのお茶会。どうやらあの時の仕返しのようだ。
私と彼は同じ思い出を、良くも悪くもたくさん共有している。その事が今はとても幸せだと感じた。
「もちろん、恋愛的な意味で、好きってことよ」
「知ってる」
ルーカスは嬉しそうに微笑み、今度は彼から私に唇を寄せてきた。
素直になれたぶん、昨日よりずっと甘くて幸せな行為だ。
「ルシア、今日はねだってくれないの?」
唇が離れたルーカスが、私の頬に手を添え、意地悪な顔でたずねてくる。
「もう終わり?」
男を惑わす悪女を思い浮かべ、私は上目遣いでルーカスを挑発する。
「まさか、もっとするよ。覚悟して?」
昨日と同じやりとりをして、もう一度やり直しをする私達。
私はルーカスに食べられたくはない。
ずっとそう願ってきたはずだ。
だけど今日私は、とうとう心まで。全てを残さず、しっかりとルーカスに食べられてしまった。そしてその先に残るのが、ただひたすら、幸せに包まれる気持ちだと、知ることになったのであった。
部屋の真ん中には、可愛らしい花柄模様のベッドカバーで覆われた、大きなベッドが一つ置かれている。窓際にはソファーがあり、部屋の壁には絵本のような絵画が飾られていた。
(何もなければ、メルヘンチックを満喫できそうな感じの、とてもいい部屋だけど)
今はわりとピンチなので、せっかく可愛いらしい部屋なのに、そこまでテンションがあがらない。むしろ、これから起こるであろう修羅場に恐怖しかないといった状況だ。
ベッドが一つというのも、なんだかとても気まずい。
「とりあえず、座って」
「は、はい」
私は言われるがまま、ルーカスの指さした青いソファーに腰を下ろす。そして、恐る恐る彼の様子をうかがう。すると彼は私の向かい側の席ではなく、わざわざ私の隣にドカっと座り込む。
(え?)
思わず私は彼の顔を凝視してしまう。
「何だよ」
「いえ、別に」
私は慌てて視線を外す。しかしこの並びは、昨日のアレコレを思い出し、かなり気まずい。
「ルシア」
「は、はい」
突然名前を呼ばれ、私は背筋を伸ばし慌てて返事をする。
「君は俺が死ぬから、情けをかけてくれたのか?」
「えっ」
ルーカスの思いもよらぬ言葉に、私は目を丸くする。
「リリアナと同じ。いや、彼女より多くのBGを接種させられていた俺は、多分君が思うより長くは生きられない」
あまりのショックに……いや、心のどこかで疑っていたこと。それを本人の口から聞かされ、結局のところショックで私は言葉を失う。
「そんな俺を可哀想に思ったから、君は同情してくれたのか?それとも、本当に俺の事を特別に思ってくれたからなのか?」
ルーカスがかつてないほど、真剣な表情で私に問いかける。
「ルーカス」
「俺にとっては、とても大事なことなんだ。だから、きちんと答えてくれないか」
ルーカスの紫に澄んだ瞳が、いつになく真剣味を帯び私を捉える。相変わらず綺麗な瞳だ。けれどどこか、不安げに揺らいでいるように私には映る。
(ちゃんと言わなきゃ)
私は気持ちを落ち着かせようと、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐きだす。そして、ルーカスが私に向けてくれる真剣さそのまま、私も真摯な気持ちでルーカスを見つめ返す。
「私は情けなんてかけてない。ルーカスが好きだからよ。昨日は、心からあなたと一緒にいたいと思った。そして昨日あったことについて、私は一ミリだって、後悔していないわ」
私はとうとう、自分の気持を伝えてしまった。けれど思っていたよりずっと、自分の中に、何か特別な変化を感じない。
(そっか。私は口にしなかっただけで)
かなり前から、罪悪感を感じるといいながら、心の奥底ではルーカスを好きだという気持ちを自覚していた。だから自分自身でも「いまさら」という気持ちになっているのかも知れない。そして、私の告白を受けたルーカスも、こちらが肩透かしを食らうくらい。全く驚く気配がない。
「じゃあ、どうして急にいなくなったんだよ。それに、連絡もくれなかったし」
怒りを少しだけトーンダウンさせ、今度は拗ねたような表情を見せるルーカス。
「それは……色々あって」
「色々とは?」
私は少し言い淀む。流石に結婚がちらつき逃げ出した。それを今ここで正直に伝えたら、さらにルーカスを傷つけてしまうと思ったからだ。
「言いたくないなら、仕方がないけど。でも、君の中で俺はその程度なんだと、やっぱりガッカリするし、落ち込むんだけど」
「その程度じゃないし」
違うんだよと、私は懸命に弁解する。
「だったら、何で俺から逃げたんだよ。とてつもなく幸せを感じた瞬間から数時間後。心配と、それから絶望する気持ちを味わう身になってみろよ」
ルーカスは口を尖らせた。冷静に考えてみると、私はわりと酷い事をしたようだ。
逆の立場だったら、言い方は悪いが、やり捨てされたとショックを受け、どっちにしろナターシャの元を訪れていたはずだ。
「その事は悪いと思ってる。ごめん」
私は素直に謝った。
「君は、今でもロドニールの事が忘れられないのか?」
「そりゃ、私を助けてくれたせいで、亡くなってしまったんだし」
私が小さく呟いた言葉に、ルーカスは思い切り顔を顰めた。
「彼を殺して、そして喰ったのは俺だ。だから君は俺を恨めばいいじゃないか」
吐き出すような口調でルーカスは言い捨てる。
前にも言われたセリフだ。
(そうだよね……)
私が苦しんでいる気持ちなんて比にならないくらい。そもそもの原因であるルーカスは、自分のせいでと苦しんでいる。しかもそれは、無意識で行った結果であるのに、彼は、私の両親を含む全ての、手をかけた人に対して罪の意識を抱きながら、生きている。
いや、むしろ。私がトドメをさせなかったせいで、生かされているのだ。
(そりゃそうだよね)
自分が殺した。その罪以上に重く感じる事なんて、世の中にそうそうないのだから。
グールをいくら殺しても、罪悪感を感じないよう、遺伝子が操作されている私とは違う。ルーカスは人の死に対し、しっかりと痛みを感じるグールなのだ。
私なんかより、ずっと常識的な「善」の心を持ったグール。
それがルーカスという人だ。
「ごめん」
私は再度、心を込めて謝罪した。
そしてこれ以上、勘違いされるのは嫌だと、全てを曝け出す覚悟を決め、口を開く。
「今朝逃げたのは、結婚しなくちゃならないって、パニックになったから。だけど、それはルーカスが嫌いだからじゃなくて、父さんに母さん。そしてロドニールに感じる罪悪感からよ。私だけ幸せになっていいのかなって思う気持ちから来るものだから」
私は息継ぎをし、俯くルーカスの横顔を見つめ、話を続ける。
「それと、フォレスター家の者である私は、同じ運命を背負う子どもを産むのが怖い。そもそも子どもは苦手だし。だから逃げちゃったの」
私は包み隠さず、自分が長いこと一人で抱えていた気持ちをルーカスに伝えた。
そして口にしてみると、全て自分勝手な思いだと気付く。
ルーカスを受け入れなければ、許さなければと思う気持ちに追い立てられているから、今の私は、ナターシャの隣に並ぶと恥ずかしくなるのだろう。
悪役になりたい。そう願い日々過ごしていた、あの頃のほうが私はずっと胸を張り生きていた。
「君から大事な物を奪ったのは俺なんだ」
自分の罪を再確認するよう、ルーカスは同じ事を口にする。
「だけど、俺は君が好きだし、拒絶するくらいなら、死ぬほど俺を恨んでくれよ」
先程までの威勢の良さは鳴りを潜め、頼りなく肩を落とし、蚊の鳴くような声で呟くルーカス。
(お、重いんだけど……)
けれど彼が、私の事になると拗らせてしまうのは、今日に始まったことではない。
「あなたは私に一目惚れしてからずっと、拗らせているものね」
「そうだな。俺は君に恨まれて当然なのに、それなのに、君を諦められない。たぶんこれは重度の病だ」
コツンと力なく、ルーカスが私の肩に頭を乗せる。
「この病気に効く特効薬は、君が俺を愛してくれることだけ」
力なく吐き出された言葉。それはやっぱり、私を特別に思ってくれている。ルーカスらしい気持ちだった。
「でも私は、たぶん一生あなたを許せないわ」
口にした途端、私の心はチクチク刺さっていた棘が抜けたように、スッと楽になる。
そう、私は許してはいけなかったのだ。今までは、許さないとこの先の未来がないと思っていた。けれどそう思うから、私は悶々と悩む事になる。でも、どうしたってドラゴ大佐と両親を、そしてロドニールを。私が大事に思う人達を奪ったルーカスを許す事なんて出来なくて当然なのだ。
なにより。
(恨むってことは、その人に囚われること)
だから私が誰より恨むルーカスは、私の人生に必要な人だということだ。
「私は、あなたを許さない。だけど、あなたといる時が一番幸せよ」
たった今導き出した答えを、ルーカスに告げる。
「俺だって、君を見ていると幸せだよ」
ルーカスは私に体重を預けたまま、ボソッと呟く。
「ルーカス、私と結婚して」
自然と私の口から飛び出した言葉。
私はその事に驚いたりしない。
(もうずっと、寝ても覚めても彼を恨んできたんだもの)
私だってルーカスに負けないくらい、彼が好きなのだ。
「いいよ、今すぐでもいいくらい、いいよ」
ルーカスが顔を上げ、私の瞳を覗き込む。
私はルーカスの少しやつれた頬を両手で挟む。
「私はあなたが好きよ」
そう告げると、今日は私からルーカスにキスをする。触れるだけの優しい口付けをして、唇を離すと、もう一度彼の顔を見つめる。
「実はもうずっと、あなたの事が大好きだったの」
今まで言えなかった言葉を彼に告げる。
「それは友達として?」
ルーカスは意地悪く微笑む。エリーザを巻き込んだ温室でのお茶会。どうやらあの時の仕返しのようだ。
私と彼は同じ思い出を、良くも悪くもたくさん共有している。その事が今はとても幸せだと感じた。
「もちろん、恋愛的な意味で、好きってことよ」
「知ってる」
ルーカスは嬉しそうに微笑み、今度は彼から私に唇を寄せてきた。
素直になれたぶん、昨日よりずっと甘くて幸せな行為だ。
「ルシア、今日はねだってくれないの?」
唇が離れたルーカスが、私の頬に手を添え、意地悪な顔でたずねてくる。
「もう終わり?」
男を惑わす悪女を思い浮かべ、私は上目遣いでルーカスを挑発する。
「まさか、もっとするよ。覚悟して?」
昨日と同じやりとりをして、もう一度やり直しをする私達。
私はルーカスに食べられたくはない。
ずっとそう願ってきたはずだ。
だけど今日私は、とうとう心まで。全てを残さず、しっかりとルーカスに食べられてしまった。そしてその先に残るのが、ただひたすら、幸せに包まれる気持ちだと、知ることになったのであった。
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