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大罪人シャーロット

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 シャーロットはイターナル王国の第一王女だった。
 その姿は非常に可憐で、父親である国王は溺愛していた。幼いながらも言動に品性があり、穏やかで可愛いらしい笑みは国民からの人気が高かった。彼女を描いた絵画は数多く存在し、イターナル王国の平和と安寧の象徴だった。
 しかしシャーロットが十六歳の冬。彼女は突然狂った。
 シャーロットが父親である国王とその妻である第二王妃、そして彼らの間に生まれた第一王子の暗殺を企て、暗殺に失敗し、投獄されたのだった。
 シャーロットの母親、第一王妃はシャーロットが十歳の時に突然病死した。そしてその三年後、とある名家からレジーナという女性が第二王妃になると、まもなく妊娠し第一王子が誕生した。
 念願の第一王子の誕生に、国王や国民だけではなくシャーロット自身も喜んでいたと、国民は誰しもが認識していた。あまりにもショッキングな事件はすぐに国内中に知れ渡ることとなった。
「シャーロット姫が国王と王妃、王子の暗室だって?」
「あのお優しい方が?」
「突然母親を亡くし、まもなく義弟が産まれて気を病まれたんだ。今まで両親の愛情は自分だけのものだった。それが第二王妃や第一王子に向くようになってしまったから」
「じゃあ嫉妬から継母や義弟を殺そうとしたの?実の父親さえ?」
 国民は酷く動揺した。
 しかし国民の混乱や衝撃が収まらない中、シャーロットの処刑は暗殺未遂の三日後に行われることが決定した。


「誰が己の父親を、義弟を、継母を殺したいと思うのでしょう」
 シャーロットは真っ白なワンピースに身を包んでいた。一切装飾がなく安い生地で作られたものだが、よりシャーロットの可憐な容姿を際立たせていた。
 彼女はしゃんと背筋を伸ばし、牢獄の中にある椅子に腰掛けていた。王城の地下深くに作られた牢獄は黴臭く暗い。加えて今は冬。薄い生地に身を包む彼女にはここは厳しいだろう。牢獄の前に立つ兵士らは気の毒に思いつつも口には出さなかった。
「だが、お前が毒を盛った。私だけではなくセオドリク、レジーナまで殺そうとした」
 一つ険しい声が響き渡る。兵士達は声の主を見ると頭を下げた。
「私である証拠はありません」
「お前の寝室に毒の入った瓶と、毒草に関する書籍がいくつも隠してあった。それが証拠でないと言うならば、なんだと言うのだ!」
 男は怒鳴る。彼はイターナル王国の王でありシャーロットの父親、スティーヴンだった。スティーヴンは額に青筋を立て、シャーロットを睨み付けた。
 一方、シャーロットは怜悧な眼差しでスティーヴンを見つめていた。その顔に愛嬌は無い。ただ、淡々とスティーヴンの一挙手一投足を見つめていた。
「私のものである証拠はありません。事実、それは私のものではありません。その程度のもの、後から誰でも偽装出来るでしょう。私がここに投じられた後にいくらでも」
「黙らないか!レジーナは言っていた。お前がレジーナのことを裏で虐めていたと。いつかセオドリク共々殺してやると!しかしお前が第一王妃の子であり、第一王女だったから私に告げられなかったと!」
「身に覚えがありません。私が何故、お義母様と義弟を殺すと脅さなければならないのです?私の願いは不変。全ての民の平穏と安寧です。そうであるならば、肉親にはよりその願いが強いとは思いませんか」
 シャーロットは険しい眼差しを向けた。
 スティーヴンは再び怒鳴ろうと口を開き、すぐに噤んだ。そしてはっとした表情になると、狂ったように大きな声で笑い始めた。
 シャーロットを始め、兵達も怪訝な表情を浮かべた。
「やはりレジーナの言う通りだ!お前は表面では綺麗事ばかり並べて、清廉潔白な人間を演じる。しかしその正体は魔物に魂を捧げ、国を滅ぼそうとする大罪人だ。権威が欲しかったのか?栄光が欲しかったのか?富が欲しかったのか?」
「父上、一体何を仰っているのでしょうか。私が魔物に魂を売った?国を滅ぼそうとする?何を仰っているのですか」
 シャーロットは困惑した顔付きでスティーヴンを見遣る。
 スティーヴンは呻き声を上げながら、頭を抱えて蹲る。
「お前は魔物にその身と魂を捧げた。だから変わってしまった。その身を魔物に捧げ、穢したから邪な考えを持つようになったのだな」
「父上、正気になってください。私は魔物と通じておりません。父上、それは誰に言われたのですか」
 その時だった。カツンと靴音が響く。滞る空気が支配する牢獄に新たな冷たい風が吹き込み、風に乗って甘い香りが広がっていく。その足音は軽やかで、まるで愉快な笑い声を上げているようだった。
 シャーロットはその足音の主を、その姿が見えずともわかっていた。愛らしい顔立ちに怒りを滲ませ、靴音の主を睨み付けた。
「なんて怖い顔。我が君、ご覧下さい。あの顔で私達を殺そうとしたのです」
 レジーナは恐怖に震えた声で話す。しかしその艶やかな容貌の口元には笑みが貼り付いていた。彼女は薄汚い牢獄に閉じ込められた義娘をはっきりと嘲笑っていた。
「我が君、あの子が魔物に魂と身を捧げているか否か。知りたくはありませんか?明日、処刑されることに変わりはありません。この処刑は長く続く王国の歴史の汚点には変わりありません。しかし暗殺を企てたあの子の心が、魔物に狂ったものか否か。それははっきりさせた方が良いでしょう」
「どうするのだ?」
 スティーヴンはよろよろと立ち上がり、レジーナを見遣る。
 シャーロットは冷ややかな眼差しでレジーナを見つめた。指先が青白くなるほど、彼女は固く拳を握る。
「彼女が純血かどうか実際に調べればよろしいでしょう。純血であれば清らかな証拠が。そうでなければ、捧げたということです」
「あなた、私のことをなんだと思っていらっしゃるの!」
 ついにシャーロットは怒鳴り声を上げた。
 シャーロットが声を荒らげたことは今まで一度も無かった。兵士達は驚きに目を見開いたが、スティーヴンはシャーロットが図星を刺され逆上したと思ったのか顔を顰めた。
「明日、処刑を行う処刑人やそれ立ち合う兵士達は酷く傷心しておりました。この国の平和と安寧の象徴だったシャーロットの首を斬らなければならないことに。ならばその身を持って慰めていただきましょう。そして証明してもらうのです。魔物と姦通してはいないことを。それがあの子にとって最期の公務となりましょう」
「レジーナ!あなたはどうかしている!その考えと発言は王族として公平無私かつ、心地公明であると責任をもってのものだろうな!」
 シャーロットは怒気を漲らせた。
 しかしレジーナは薄ら笑いを浮かべたままだった。
「我が君。あれがあの子の本性です。どうぞご一考を」
「父上!」
 シャーロットはシャーロットを見つめた。シャーロットの顔にかつてのような明るい笑みは無い。今は怒りと悲しみ、呆れと絶望に顔を歪めていた。
「レジーナの言う通りだ」
 スティーヴンはそう言うと、レジーナの肩を抱いてシャーロットに背中を向けた。彼の顔にレジーナに向けての優しさは終ぞ現れなかった。
 あははははははは。
 少女の笑い声が響く。兵士達は思わず哀れみの目をシャーロットに向けた。しかしシャーロットは笑うことを止めなかった。そして彼女は数分間笑い続け、ぴたりと笑うことを止めると、その白魚のような手を壁に叩きつけた。
「私はこの国で誰よりも国王に忠実で誠実な民だった」
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