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今宵、くすぐりの館へ
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月の光が静かに差し込む、夜の居室。
蒸した空気に肌がしっとりと潤む中、綾乃は窓辺に立っていた。
そこへ、カーテンの隙間からすっと差し込まれた一枚の封筒――深紅の蝋で封印されたそれは、見覚えのない紋章を宿していた。
「これは……?」
そっと開けると、柔らかな香がふわりと立ち昇る。薔薇と白檀の混ざった、どこか妖しく懐かしい香り。
中には、艶やかな曲線を描く金文字の一文だけが記されていた。
“選ばれし者へ。
あなたの身体に宿る快の扉を、我らが紳士淑女が開きましょう。
今宵、くすぐりの館へ。”
その言葉に、綾乃の心は淡く震えた。
くすぐり――それは、あの夜の快感。執事の指先に笑いと陶酔を引き出され、理性が溶けていった夜。
もう一度あの感覚に身を委ねてみたい。だがそれは、彼を裏切ることなのだろうか……。
逡巡のなか、綾乃の指先は自然と招待状の裏にある地図をなぞっていた。
そこには、「森の奥、満月の下に現れる扉」とだけ記されている。
まるで夢の中に誘われるように、彼女は薄手のワンピースに身を包み、館の外へと歩き出した――。
***
しばらくすると、霧が濃く立ち込める森の奥に、古びた鉄門が見えてきた。
その向こうには、どこか現実離れした、白亜の洋館が佇んでいた。
扉の前に立つと、無音でそれが開く。迎え入れる者の姿はなく、ただ静寂が満ちていた。
「ようこそ、綾乃様。お待ちしておりました。」
背後から声が響いた。振り向くと、そこには漆黒の燕尾服を纏った男が立っていた。
歳は三十代半ばほど。浅黒い肌に琥珀色の瞳。何より印象的なのは――その指先だった。
長くしなやかで、まるで演奏家のように神経が通った指。
動かさずとも、触れられただけで肌が跳ねそうな、“何か”が宿っていた。
「私は“指先の魔術師”と呼ばれております。今宵は、貴女の“無意識の扉”を、そっと開かせていただきます。」
綾乃が何かを言う間もなく、彼の指先が彼女の頬に触れた。
わずかに爪の腹で、耳のすぐ下をなぞるような動き――
「ふ、ぅん……!」
反射的に息が漏れる。脳が反応し、身体が敏感に跳ねる。
たったそれだけで、全身に電流のような感覚が走った。
「やはり、貴女の皮膚は特別です。くすぐりが、“笑い”ではなく、“悦び”に変換される、稀有な性質をお持ちだ。」
彼に導かれるまま、綾乃は館の一室へと連れられていった。
そこはまるで、絹とレースに包まれた女神の寝室。
中央に置かれた柔らかな椅子へ腰を下ろすと、魔術師は後ろに回り込み、綾乃の髪をゆっくりとかき上げた。
「では――始めましょう。」
指が、うなじから肩甲骨へ。背中を這い、腕の内側をそっと撫でていく。
何本もの羽根が一斉に動くような感覚。
それが、腕、脇、わき腹へと移っていく頃には、綾乃の呼吸は浅く、笑いとも喘ぎともつかない声を漏らしていた。
「あ……ふふっ……ん、ダメ、それ……く、くすぐった……いのに、気持ち……いい……」
「“笑ってしまうほど気持ちがいい”――それが、くすぐりの真髄です。」
彼の言葉と指先が同時に綾乃を翻弄していく。
くすぐったさが波のように押し寄せ、笑いながら涙が浮かび、それが快感と重なっていく――
どれほどの時が過ぎたのか。
魔術師はやがてそっと手を離し、綾乃の耳元で囁いた。
「貴女の中の“悦び”は、まだほんの一片に過ぎません。
次に貴女を迎えるのは――“同じ女性としての悦び”を知る者。」
扉が再び静かに開き、奥へ続く長い回廊が姿を現した。
そこには――
艶やかなドレスに身を包み、長い手袋を指先まで纏った、一人の貴婦人が佇んでいた。
優雅に微笑みながら、彼女は言う。
「ようこそ、綾乃様。女が女を愛でるとき、笑いは甘く、淫らになるのですよ――」
蒸した空気に肌がしっとりと潤む中、綾乃は窓辺に立っていた。
そこへ、カーテンの隙間からすっと差し込まれた一枚の封筒――深紅の蝋で封印されたそれは、見覚えのない紋章を宿していた。
「これは……?」
そっと開けると、柔らかな香がふわりと立ち昇る。薔薇と白檀の混ざった、どこか妖しく懐かしい香り。
中には、艶やかな曲線を描く金文字の一文だけが記されていた。
“選ばれし者へ。
あなたの身体に宿る快の扉を、我らが紳士淑女が開きましょう。
今宵、くすぐりの館へ。”
その言葉に、綾乃の心は淡く震えた。
くすぐり――それは、あの夜の快感。執事の指先に笑いと陶酔を引き出され、理性が溶けていった夜。
もう一度あの感覚に身を委ねてみたい。だがそれは、彼を裏切ることなのだろうか……。
逡巡のなか、綾乃の指先は自然と招待状の裏にある地図をなぞっていた。
そこには、「森の奥、満月の下に現れる扉」とだけ記されている。
まるで夢の中に誘われるように、彼女は薄手のワンピースに身を包み、館の外へと歩き出した――。
***
しばらくすると、霧が濃く立ち込める森の奥に、古びた鉄門が見えてきた。
その向こうには、どこか現実離れした、白亜の洋館が佇んでいた。
扉の前に立つと、無音でそれが開く。迎え入れる者の姿はなく、ただ静寂が満ちていた。
「ようこそ、綾乃様。お待ちしておりました。」
背後から声が響いた。振り向くと、そこには漆黒の燕尾服を纏った男が立っていた。
歳は三十代半ばほど。浅黒い肌に琥珀色の瞳。何より印象的なのは――その指先だった。
長くしなやかで、まるで演奏家のように神経が通った指。
動かさずとも、触れられただけで肌が跳ねそうな、“何か”が宿っていた。
「私は“指先の魔術師”と呼ばれております。今宵は、貴女の“無意識の扉”を、そっと開かせていただきます。」
綾乃が何かを言う間もなく、彼の指先が彼女の頬に触れた。
わずかに爪の腹で、耳のすぐ下をなぞるような動き――
「ふ、ぅん……!」
反射的に息が漏れる。脳が反応し、身体が敏感に跳ねる。
たったそれだけで、全身に電流のような感覚が走った。
「やはり、貴女の皮膚は特別です。くすぐりが、“笑い”ではなく、“悦び”に変換される、稀有な性質をお持ちだ。」
彼に導かれるまま、綾乃は館の一室へと連れられていった。
そこはまるで、絹とレースに包まれた女神の寝室。
中央に置かれた柔らかな椅子へ腰を下ろすと、魔術師は後ろに回り込み、綾乃の髪をゆっくりとかき上げた。
「では――始めましょう。」
指が、うなじから肩甲骨へ。背中を這い、腕の内側をそっと撫でていく。
何本もの羽根が一斉に動くような感覚。
それが、腕、脇、わき腹へと移っていく頃には、綾乃の呼吸は浅く、笑いとも喘ぎともつかない声を漏らしていた。
「あ……ふふっ……ん、ダメ、それ……く、くすぐった……いのに、気持ち……いい……」
「“笑ってしまうほど気持ちがいい”――それが、くすぐりの真髄です。」
彼の言葉と指先が同時に綾乃を翻弄していく。
くすぐったさが波のように押し寄せ、笑いながら涙が浮かび、それが快感と重なっていく――
どれほどの時が過ぎたのか。
魔術師はやがてそっと手を離し、綾乃の耳元で囁いた。
「貴女の中の“悦び”は、まだほんの一片に過ぎません。
次に貴女を迎えるのは――“同じ女性としての悦び”を知る者。」
扉が再び静かに開き、奥へ続く長い回廊が姿を現した。
そこには――
艶やかなドレスに身を包み、長い手袋を指先まで纏った、一人の貴婦人が佇んでいた。
優雅に微笑みながら、彼女は言う。
「ようこそ、綾乃様。女が女を愛でるとき、笑いは甘く、淫らになるのですよ――」
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