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はじめてのくすぐりセラピー
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夜の帳が静かに落ちる頃。
ビルの谷間にひっそりと佇む、隠れ家のようなセラピールームがあった。
都会の喧騒から切り離されたその場所は、まるで時間の流れまでも柔らかく変えてしまうようだった。
茜は、その扉の前で一度深呼吸をした。
外見は地味なOL。けれどその瞳の奥には、言葉にできないほどの疲れが宿っていた。
人に気を遣い、理性で笑い、感情を抑え込む毎日。
どこかで、何かを手放したいと願いながらも、どうすればよいのか分からなかった。
ドアが開く。
「ようこそ、茜さん」
出迎えたのは池尾だった。柔らかなベージュの施術着、落ち着いた微笑。
その後ろから、艶やかな黒髪をゆるくまとめた佐伯が現れる。
「どうぞ、お掛けになって。今日は、心も体もほどいてしまいましょうね」
――“くすぐりセラピー”。
その言葉に少し戸惑いを見せつつも、紹介者から「笑って泣いて、本当に軽くなった」と聞いた茜は、
内なる何かにすがるように、この施術を受ける決意をしていた。
着替えは、シルクのようななめらかな素材のセラピーウェア。
素肌に触れるたびに、微細なくすぐったさが走る。
既に感覚は、優しくも繊細な扉を開き始めていた。
仰向けになった茜の手足は、自然な角度でやわらかいベルトに留められる。
それは拘束というより、“委ねる”ための支え。
「力を抜いてくださいね。最初は、ほんの軽い刺激から始めます」
池尾が茜の足元にしゃがみこむと、彼女の足裏に指先をそっと這わせた。
「ふふっ……くすぐった……」
茜はすぐに笑ってしまい、自分でも驚いた。
「大丈夫ですよ、笑っていいんです」
佐伯が優しく手を握りながら囁く。
その手は次第に、茜の脇の下や肋骨、首筋にゆるく、ゆるく触れていく。
その指先は決して急がず、刺激を与えすぎることなく、ただ“くすぐったさ”という感覚を芽吹かせる。
それはまるで、春風が野原の草を撫でるようだった。
「……んっ、あ……あは……っ」
笑う。戸惑う。そしてまた笑う。
身体の中に、小さな波が立ち、それが連なっていく感覚。
あまりの心地よさに、茜は目を閉じる。
そして気づく。
――「何も考えられない」
ただ笑うことしかできない。くすぐったさだけが自分の中にある。
現実のあらゆる思考や悩みが、皮膚の奥から解けていくようだった。
池尾の指先が、茜の足の甲から足指の間をゆっくり撫でる。
佐伯は、茜の二の腕から肩にかけて、絹の上から柔らかくくすぐっている。
そのくすぐったさは、甘い痺れのようで――
「……あっ……ふふ、ふふふっ……んくっ、あはっ……や……だめ……くすぐっ……」
笑いがこぼれ、息が乱れる。
でも、不思議と苦しくない。
ただ、心がほどけていく。
その瞬間だった。
全身に蓄積していた何かが――
「ぶわっ」 と弾けた。
笑いとともに、身体が震える。
何かを堪えていたすべての感情が、涙になって、笑いになって、あふれていく。
池尾も佐伯も、微笑みを湛えたまま、手の動きを止めない。
茜は、もう何も考えられなかった。
笑って、泣いて、身をゆだねる。
それだけだった。
「茜さん、いまのあなた、とても美しいですよ」
佐伯がそう囁いたとき、茜の心には静かな風が吹いていた。
それは、長い間閉ざされていた扉の向こうから吹き込む、自由の風だった。
ビルの谷間にひっそりと佇む、隠れ家のようなセラピールームがあった。
都会の喧騒から切り離されたその場所は、まるで時間の流れまでも柔らかく変えてしまうようだった。
茜は、その扉の前で一度深呼吸をした。
外見は地味なOL。けれどその瞳の奥には、言葉にできないほどの疲れが宿っていた。
人に気を遣い、理性で笑い、感情を抑え込む毎日。
どこかで、何かを手放したいと願いながらも、どうすればよいのか分からなかった。
ドアが開く。
「ようこそ、茜さん」
出迎えたのは池尾だった。柔らかなベージュの施術着、落ち着いた微笑。
その後ろから、艶やかな黒髪をゆるくまとめた佐伯が現れる。
「どうぞ、お掛けになって。今日は、心も体もほどいてしまいましょうね」
――“くすぐりセラピー”。
その言葉に少し戸惑いを見せつつも、紹介者から「笑って泣いて、本当に軽くなった」と聞いた茜は、
内なる何かにすがるように、この施術を受ける決意をしていた。
着替えは、シルクのようななめらかな素材のセラピーウェア。
素肌に触れるたびに、微細なくすぐったさが走る。
既に感覚は、優しくも繊細な扉を開き始めていた。
仰向けになった茜の手足は、自然な角度でやわらかいベルトに留められる。
それは拘束というより、“委ねる”ための支え。
「力を抜いてくださいね。最初は、ほんの軽い刺激から始めます」
池尾が茜の足元にしゃがみこむと、彼女の足裏に指先をそっと這わせた。
「ふふっ……くすぐった……」
茜はすぐに笑ってしまい、自分でも驚いた。
「大丈夫ですよ、笑っていいんです」
佐伯が優しく手を握りながら囁く。
その手は次第に、茜の脇の下や肋骨、首筋にゆるく、ゆるく触れていく。
その指先は決して急がず、刺激を与えすぎることなく、ただ“くすぐったさ”という感覚を芽吹かせる。
それはまるで、春風が野原の草を撫でるようだった。
「……んっ、あ……あは……っ」
笑う。戸惑う。そしてまた笑う。
身体の中に、小さな波が立ち、それが連なっていく感覚。
あまりの心地よさに、茜は目を閉じる。
そして気づく。
――「何も考えられない」
ただ笑うことしかできない。くすぐったさだけが自分の中にある。
現実のあらゆる思考や悩みが、皮膚の奥から解けていくようだった。
池尾の指先が、茜の足の甲から足指の間をゆっくり撫でる。
佐伯は、茜の二の腕から肩にかけて、絹の上から柔らかくくすぐっている。
そのくすぐったさは、甘い痺れのようで――
「……あっ……ふふ、ふふふっ……んくっ、あはっ……や……だめ……くすぐっ……」
笑いがこぼれ、息が乱れる。
でも、不思議と苦しくない。
ただ、心がほどけていく。
その瞬間だった。
全身に蓄積していた何かが――
「ぶわっ」 と弾けた。
笑いとともに、身体が震える。
何かを堪えていたすべての感情が、涙になって、笑いになって、あふれていく。
池尾も佐伯も、微笑みを湛えたまま、手の動きを止めない。
茜は、もう何も考えられなかった。
笑って、泣いて、身をゆだねる。
それだけだった。
「茜さん、いまのあなた、とても美しいですよ」
佐伯がそう囁いたとき、茜の心には静かな風が吹いていた。
それは、長い間閉ざされていた扉の向こうから吹き込む、自由の風だった。
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