神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

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151 蜂だらけ

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「カルルドくん、まさかと思うがあれ全部蜂の巣なのかね?」
「はい」
「どうして?どうやって?なぜあんなに増えた?」

 食いつくようにカルルドに顔を寄せて、矢継ぎ早に訊ねるミースに答えていく。

「んー。女王蜂がどんどん子を増やすので、見慣れない蜂が巣から出てきたらテイムしているんです。増えすぎて巣が狭くなってきた頃、不思議と新しい女王蜂があらわれるので巣箱を分けてやるとちゃんと群れが分かれて引っ越してくれるんです」

 蜂の生態にそれほど詳しいわけではないミースにもその説明には違和感があった。

「見慣れない蜂?見慣れないって、蜂を見分けているとでも言うのかね?」

 ミースの疑問はみんなの疑問である。
 しかしカルルドは、むしろその質問に驚いた顔をした。

「もちろんですよ、みんな違う模様で違う顔ですよ。羽や足の長さ、色だって全然違うじゃないですか!」
「ウソ!カルディ本気で言ってる?蜂なんかみんな同じだよ?」

 びっくりしたドレイファスの声に、ミースまでがうんうんと頷いているが、カルルドは眉を寄せながら鞄からものすごく分厚い紙綴りを出してパラリとめくった。

「これは?」

 ミースに手渡したそれには、蜂の特徴が細かく書き込まれていて、すーっと目の前に飛んできたトロンビーをカルルドは

「アレス」

 そう呼んで指先にとまらせた。

「アレス?」

 ミースが紙綴りを捲ると、言葉順に並んでいたため比較的早く目的の頁を見つけ出した。

「名前を?・・・縞の太さや間隔、足の付け根の高さまで?」
「ブロワ」

 次に呼ばれた蜂もまた、ミースが確認するとパッと見アレスと変わらないように見えるのだが。
 しかし、アレスとブロワの頁を見比べると少し違うことがわかる。

 新しい蜂が目の前に現れ、カルルドが名を呼ぶと返事をするようにくるりと回って見せた。

「この子はジーです」
「いや・・・しかし、こんな僅かな違いを瞬時に見分けて、しかも覚えている?全部?」
「時々間違えてしまうこともあります」

 はずかしそうに言うのだが、そこではない。

「蜂は一体何匹いるんだね?」
「一つの巣に300匹くらいいます」
「それが16?5000匹近くいるはずだぞ。それを全部見分けて覚えているだと・・・?」

 観察記録をやりとりするうちにカルルドがとても優秀な生徒だとわかっていたのだが、優秀どころではないと気がついたミースは、興奮に顔を赤く染めていく。

(ごく稀に、素晴らしく優秀、天才と言える生徒が現れる。文官となって出世する者が多いが、カルルドの性格から考えると、生き馬の目を抜くと言われる王城で出世を望むとは思えない。うまく育てれば昆虫学の権威と呼ばれる研究者となるぞ。
ロントンが担当と聞いているが、やつはこの才能に気づいているのだろうか?
まあ私も人のことは言えんか。トロンビーも面白そうくらいに軽く思っていたんだからな。しかしカルルドはとんでもないぞ。研究室に入れて、共同研究で成果を上げれば・・・私の名も上がる!)

 自分の妄想に浸りこむミースは、ドレイファスの声に引き戻された。

「トロンビーってどれくらい長生きするの?」

 ときどき畑で力尽きた蜂や蝶が横たわっている、見つけるたびに埋めてやっているので気になったのだ。

「本当は一季節くらいらしいんだけど、テイムされるとすごーく長生きできるらしいよ」
「長生きってどれくらい?」
「どのくらいかな?まだちょっとわからないけど」

 ふとミースの脳裏に閃くものがあった。

「そうか!寿命が伸びるから世代交代が進まずにどんどん増えてしまうのではないかな」
「あっ!」

 ドレイファスとトレモルはきょとんとしているが、カルルドは頷いて笑う。

「ということはトロンビーたち、これからもっと増えていくということですね!」

 楽しそうなカルルドに対し、顔を顰めたのはスートレラ家のふたりの庭師ジョルスとサジー。こそこそと囁く声はドレイファスに聞こえていた。

「これ以上花を探してくるのは無理だと、坊ちゃまにわかっていただかねば」
「本当に。庭師がもっといて植える土地があればまあ、あれだがな」

「ねえ、庭師たりないの?」

 え?と庭師たちが振り返ると、ドレイファスがにこにこしながらふたりの間に挟まって聞き耳を立てている。

「あの、庭師は足りています。大丈夫です」
「本当に?植えるところは」
「あの、それはこのスートレラ家の邸内にはというだけで、ちゃんとなんとかなりますから大丈夫です」

 ドレイファスと庭師たちが押し問答を続けているうち、カルルドが気づいた。

「どうしたのドル」
「うん、なんか庭師足りないとか花植えるところがないとか言ってたから、そうなのって訊いたらね、庭師足りてるし花植えるところもあるって言うからおかしいなって」

空気を読まないとは、このときのドレイファスを指す言葉と言えた。
庭師は慌ててわたわたしている。

「ジョルス爺、そうなの?」
「いや、あの、そのですね、えー」
「カルルドくん、ちょっといいかい?」

見かねてミースが割り込むと、皆の視線が集まる。

「見るからに、たぶんあと少し蜂が増えたら今の庭園ではかなり手狭になると思うぞ。これ以上増えるなら手を打たねばということではないかな」

 庭師たちの表情がぱあっと明るく変わり、小さく頷いて、ジョルスと呼ばれた庭師が続ける。

「そうなのです、まさにそれです。これ以上は!ということなんです」
「そうか・・・」

 ほんの少し考えたあと、にこやかにミースが提案した。

「カルルドくん、学院の私の研究室の庭でトロンビーを育ててはどうかな?」
「あっ!いいんですか」

 うれしそうに反応したカルルドを見て、自然な流れでカルルドを取り込めるとにんまりしたミースだが、ワーキュロイがカルルドに忠告する。

「ランカイド様が確かはちみつを採取されているとうかがった記憶があるのですが、そうでしたらお父上に相談されてからお決めになられたほうがいいのではありませんか」
「あ!そうだった!ワーキュロイ先生ありがとうございます」

 ミースの眉が寄った。

「ワーキュロイ先生?護衛であろう?」
「はい、でもぼくたちの剣の先生でもあるんです」

 危うくミースは舌打ちしてしまうところであった。
あと少しだったのに。

「じゃあ、うちの離れに戻ってきたらいいのに。うちから連れて行ったんだし」

 ちょっぴり怖いけど、でも言うことを聞いてくれるトロンビーなら怖くないかもと、ドレイファスも思いついたことを言ってみる。

「うん、ありがとうドル。でもお父さまと相談してから考えるよ」


 結果。
ミースの目論見はうまくいかなかった。
カルルドが相談したランカイドの結論は、庭を拡張するということ。

「今は使っていない離れや四阿があるだろう、それを潰してしまおう!」

それを聞いたエミル夫人が、思い出のある四阿を壊すのは反対と悲しそうに言ったため、その案は撤回されたが。

「では公爵家の真似をして、昔先代が隠居に使っていた別邸をトロンビー用に改装してみては?」
「えっ!曾祖父さまの別邸を?」

 長生きされたのでエーメは知っているが、カルルドは会ったことがない。亡くなるまでの数年は世話を行き届かせるために、ほんの三軒先に設えた別邸に住んでいた。
年寄りの暮らしにあわせて、こじんまりとした屋敷と広い庭があるが、主亡き後は使われることなく物置のようになっている。

「知らなかった!では地下通路を作るんですか?」
「えっ?地下通路ってなんだよ」

離れに入ったことのないエーメは知らないのだ。

「公爵家は本館と離れの間に執務執行所が建っていて繋げることができなかったから、本館と離れを地下通路で繋いであるんだよ。外を歩かなくてもいいように」
「へえ!すごいな。父上、我が家もそうされるのですか?」
「そうだな、ドリアン様に相談してみよう。土木士を貸してもらえればできるかもしれん」

男の子・・・というにはエーメは大きいが、カルルドとふたりで喜んで飛び跳ねた。



 ランカイド・スートレラ子爵から訪問の先触れが届いたとき、ドリアン・フォンブランデイル公爵はワーキュロイから聞かされたファロー・ミースという教師について、一通り調べ終えたあとだった。

「ワーキュロイから見たミースという男はどんなだった?」
「野心家・・・かと。力を振り回すというより、名誉的なことに興味が強そうです」
「なるほど」
「カルルドを自分の共同研究者としているそうですが、いくら優秀でも普通低学年の生徒を研究者として認めることはしないと思いますから、カルルドに利用価値を見出しているのかと」

両手の指を組んでその上に顎を乗せ、ドリアンが考え込む。

「利用価値か。その教師はこちらに取り込む価値があるか?」
「どうでしょう、ローザリオ様のように何かを作りだすのと違い、研究者ですから。取り込まれて知ったとしても発表できないことがたくさんあるでしょうし、それが不満にも繋がりかねません。名を求めるのか、ただ見出だせたことに満足できるのかもわかりませんし」
「では暫くは注意して見守り対象とするか」



 フォンブランデイル公爵家から見張られることになったなど、ミースは知りもしない。
 トロンビーの学院への誘致がうまくいくとよいなと、そうなったらどうカルルドの能力を活かそうかと考えて、いろいろ楽しくなってひとり笑いを浮かべていた。

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