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11話

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「もう授業が始まります、教室に戻りなさい」

 担任が声をかけると、ダーマはまるで今まで怒鳴ってなんていなかったかのように、ツィータードの腕を取り教室に戻ろうとする。

 その時だった。

「ダーマ嬢、腕を離してくれないか。私には婚約者がいるんだ。誤解されるような言動はやめてもらえるだろうか」

 ちょうど担任が扉を開けたところだった。

 いままでそんなことは一度も口にしたことはなかったが、さすがに目に余ると感じたツィータードの言葉は教室内に響き渡り、ダーマは驚いてその顔は真っ赤に染まる。

「な、なにをおっしゃ」

 言いかけたことは担任のドレロに諌められてことばにできなかった。

「エスカ様、ドロレスト様ともおしゃべりはやめて早く着席なさい」

 ドレロと目があったツィータードが片手を上げて発言を求める。

「申し訳ありません、家から急ぎの連絡がありましたので早退します」

 ドレロは廊下に執事が待ち受けているのを見て、納得した表情を浮かべると、

「わかりました、お急ぎなら早退届は後日でけっこうです。気をつけておかえりなさい」

 そう言って、顎をしゃくった。

 ツィータードは急いで荷物をまとめると、何か言いたそうなダーマに目もくれず、ロランと帰宅の途についた。


「ロラン、急ぎの用ってなんだ?」
「・・・あの、さきほどのご令嬢とマリエンザ様のことと思われます」
「え?なんだ?」
「急なマリエンザ様の領地へのご帰還に、メルマ様は調査をさせており、さきほど奥様が報告書を受けられまして」
「それで、なぜ私が早退しなければならないんだ?」

 ─え?─

 ロランの方がびっくりしたような目でツィータードを見つめる。

 ─気がついていない?無自覚でやらかしていたのか?─

 ロランの視線を受けても、ツィータードは本当になにもわからないようだ。
長年愛おしんで世話してきたツィータードの、あまりの鈍さに呆然とするしかないロランであった。



 ドロレスト侯爵家のエントランスに、侯爵紋が彫刻を施された馬車が滑り込む。
授業途中で帰宅を余儀なくされたツィータードと迎えに向かったロランが降りると。

「まずは奥様にご挨拶を」

 ロランの勧めで母の部屋を訪ねたツィータードに雷が落ちた。

「ツィータードッ!これは何?」

 母に投げつけられた書類が胸に当たってバラバラと床に広がり落ちる。屈んで読み始めると青ざめ、驚きに見開いた目をして顔を上げた。

「こんなこと真実ではありません」
「馬鹿なことを。我が家の調査部が調べてきたのよ。子供のお遊びとは違う。それを間違いだと?」

 母に責められたツィータードは、うっ、と黙り込むが、次の言葉を探している。

「マリエンザ嬢が急に領地に戻られたと聞いて、最初は先代様の体調でもお悪いのかと思って、話を聞いたその日に調査を出したのよ。ところが先代ご夫妻はお元気でいらして、それよりマリエンザ嬢がひどく落ち込まれていると聞いて、念のために学院も調べさせたわ」

 母メルマが投げつけた書類には、ツィータードがダーマと学院中で噂になっていること、ツィータードがマリエンザを蔑ろにし、彼女が泣きながら帰宅してすぐ領地に戻ったと書かれている。
 その他、学院での噂が詳細に書かれており、その中にはツィータードにも思い当たるものもある。しかし。

「母上、これらは根も葉もない噂に過ぎません。それに我が家に招待したのではなく、馬車がなくて乗せてもらったときに、帰り道に礼にと我が家で茶を出したことが尾ひれがついただけで」

 真実をわかってもらおうと一生懸命に説明するのだが、母の目は冷たくなるばかり。

「信じてください!本当のことなんです」

 メルマは心底呆れたような顔をし、言った。

「おまえがこれほどの馬鹿者だったとは。・・・育て方を間違えたのは私か」

 大きなため息をつきながら。

「ツィータード、よく聞きなさい。
ほんの少しの真実を混ぜた嘘はいかにもそれらしく聞こえるものよ。
わかる?少しの気配でもあればそれを真実とすり替えて吹聴するなんて簡単なの。本当のことなんてどうでもいい。誤った噂を立てられるような隙があったほうが負け。誰かの足を引っ張りたくてウズウズしている者がたくさんいるのが貴族の世界なんだから、特に代々王家派で力のある我が家などはね。
学院での噂は、子供から親へ、親から社交界へと流れて広がるのよ」

 眉間に深い皺を寄せて一気に話すと、はあ、とさらに大きなため息をついた。

「そんな・・・」

 項垂れるツィータードを見、茶を手にすると冷めていることに気づいたメルマは

「熱い茶を淹れなおして」

 ロランにカップを手渡し、まだ呆然と立ち尽くすツィータードを向かいに座らせる。

「とにかく。真実は違うと言うなら、学院での噂の火消しはこちらで考えるから、あなたはムリエルガ家を訪ねてマリエンザ嬢の誤解を解きなさい。必ずよ!」

 深く頷いたツィータードだが、まだ納得できていないような顔をしている。

「いい?たとえ誤った噂でもあなたの隙がマリエンザ嬢を傷つけたことは間違いないのよ。それに実際、マリエンザ嬢よりこのなんとかいう男爵の娘を優先したこともあったのでしょう?それならそんなふて腐った顔はやめなさい」

 ロランが熱い茶を淹れて運んできた。

「ロラン、ツィータードを明日からしばらくムリエルガ辺境伯領にやるから、先触れに馬車と護衛を手配して、最低でも、そう最低でも!十日分くらいの着替えを準備しておいて頂戴。あとおまえも侍従として帯同なさい」

 メルマの指示に執事は一瞬驚いたように目を見張ったが、動揺をうまく隠して表情を変えることはせず、深く頭を下げて部屋を辞するとすぐに仕事に取り掛かった。

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