【完結】ドケチ少女が断罪後の悪役令嬢に転生したら、嫌われ令息に溺愛されました。

やまぐちこはる

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75 閑話ニーラスその後

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 サレンドラ公爵ライザックから書状を受け取った王家は、間違いなくリイサが許してくれたからこその結果と理解し、またも聡明で心根の良いリイサを王族に迎えられなかったことを悔やんだ。

 リイサが与えてくれた許しを、ガルシアが北の塔へ伝えに行くと、今日も衛兵から聞いていたように、扉の中から泣き叫ぶ声が聞こえてくる。

「コンコン」

 ガルシアが扉を叩くと泣き声がびたりと止まり、力の無い小さなニーラスの声が返ってきた。

「だれだ?」
「ニーラス、私だガルシアだ。扉を開けるが良いか?」
「あっ、兄上!あの、ちょっとお待ち下さい」

 バタバタと音がしている。

「ニーラス、入るぞ」

 待ちきれなくなったガルシアが扉を開けさせると、ガリガリに痩せたニーラスが薄暗い部屋の中を片付けているところだった。
 一歩踏み込むと異臭がすることに気づく。
窓が小さくしか開けられないように板を打ち付けてあるので、部屋が暗く空気も悪いのだと気づいたガルシアが板を外すように侍従に指示を飛ばした。
 暗がりでひとり湯浴みをするせいか薄汚れているニーラスを見て、ガルシアは胸が痛んだ。

「サレンドラ公爵家から申し入れがあった。今後もすべてを許すことはないが、リイサ嬢がノートリア侯爵令息と婚姻されるので、小さな許しを贈ってくれるそうだ」
「小さな許し?」
「ああ。今後はこの部屋のみではなく、北の塔全体を居住に使って良いと。それと使用人を塔に置いて構わないと」

 ニーラスが弾かれたように顔を上げる。

「あ、あにう・・・えぇぇ」

 手で顔を覆い、声を上げて泣き出すニーラスに寄り添うと、ガルシアがやさしく言った。

「ラス、すぐに準備させるのでまずは湯浴みをしなさい。その間に部屋の掃除をさせる。ゆっくり休むといい。侍従もつくから安心するといい」

 ガサガサと強張った髪も汚れが落ちきれていない。ガルシアが頭を撫でてやると、脂っぽいベタつきが指に残ったが、気にせずに部屋を出た。

 この数ヶ月をニーラスがどう過ごしてきたか知って、衝撃でまだ体が震えている。
 薄暗い部屋の中、王子が誰の手も借りず湯浴みし、掃除をこなす。もちろんやりきれるわけがないのだから、どんどんと部屋も体も汚れていき、誰かに愚痴ることも相談することもできない。
 処刑ならもちろん恐怖は凄まじいと思うが一瞬で終わる。しかし生きて罪を償うことのほうがよほど辛く苦しいこともあると、施政者となる自分は覚えていなければならないと自らに言い聞かせていた。



 その後のニーラスは使用人たちと積極的に話すことはしなかったが、挨拶やその日の出来事をときどき話せることで落ち着きを取り戻した。
 以前のように泣き喚いたり叫び声を上げることもない。そして明るく風通しの良くなった部屋の中で自分にできることはないかと訊ね、ガルシアに翻訳の仕事を回してもらうようになった。
 何カ国語も話せるわけではないが、堪能な近隣2カ国の書物や書状、新聞雑誌を母国語に直している。
 他国の文化の確認や情報取得が容易になったと、ガルシアに喜ばれたニーラスはやる気を出した。
 語学の教師を塔に呼んで勉強を始め、翻訳できる言葉を増やしていったのだ。
北の塔を出ても良いとはサレンドラ公爵は最後まで言わなかったが、ニーラスは腐ることもなく塔の住人のまま語学を学び、そして外に出ることもないのに八カ国語を理解する語学の権威と呼ばれるようになっていった。
 王族幽閉用の物だった北の塔はいつしかニーラスを師とする語学学校となり、その没後も外国語を学ぶ者が足を運ぶ拠点となる。
 社交や外交と言った表舞台に姿を見せることも、また妻を娶り子を為すこともなかったが、たくさんの教え子を持ったニーラス王子は不遇となった我が身を嘆くことなく、「それなりに幸せに生きた」と日記に締めくくって、61歳の生涯を閉じたのだった。

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いつもご愛読頂きまして、ありがとうございます。
次回最終回となります。よろしくお願い致します。
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