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十三話 堕淫

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 渇いた寒風吹き荒ぶ、ある夜の事。
 とある邸宅の、外とは対極の暖かくじっとりと湿った一室。
 仄暗い室内を漂う淫臭、獣の息遣い。肌と肌のぶつかり合う音と、女の喘ぐ声がする。

 「ぁっ、っぐっ……ふぅ゛ぅっ」

 仰々しい飾りのついた柱と、赤と金色のシルクの天蓋に囲われたベッドの上、汗に塗れ朦朧とする端正な女の横顔と揺れる黒髪が淡い灯に照らされ浮かぶ。
 その頸の下、長身細身の美しい肉体のシルエットを背後から包むは、丸い巨漢の影。

 「ほっ、良い締まりですなっ」
 「はっ、あ゛っ、あ゛ぁっ」

 ぱんっ、ぱちん。スパンキングの音が響く。合わせて反り返る女は、のぼせ上がった頭でつい少し前のやり取りを幾度も思い返し、悲嘆に暮れる。

 何故ですか⁉︎ 私を信頼し、任せると申していた筈────
 ほっほ、そうとも。私は君に任せた。結果、君は信頼に答え、見事にやり遂げてくれましたな。
 っ、嫌がらせを、ですか?
 うむ。しっかりあのクソガキを追い詰め、苦しめてくれました。役目としては十二分でしたぞ。
 そんな事はっ、まだアレは完全には折れてませんっ! もっと痛め付け、苦しめる必要がありますっ!
 落ち着きなされ。身体が女子になった時点で折れたと同義。ヤツは終わりです。
 ですがっ!
 他の名代だけでなく国主も関わっているんですぞ? わきまえなされ。

 かの私兵の言った通り、主人の興味は既に失せていた。
 彼女の仇は彼にとってはもう、過去討ち捨てた者の一人に過ぎなかったのだ。

 なっ、ならばっ、ならば私をっ……っ!
 辞めさせはしませんぞ? 自由にさせれば、何をされるか分からない上、信用問題に関わってしまいますからな。
 そ、んなっ……。
 それに……今の貴方は実にいい顔をしている。この点だけは、あのガキに感謝しなければなりませんなぁ。ほっほっほ。

 暇を持て余した強欲な権力者は、新たな愉悦を欲しその矛先を女へ向けた。
 暗い瞳から溢れた涙が頬を伝う。

 「どうですっ? 貴女の本来の役割。思い出せましたかっ?」
 「っはぃっ、はいっ、私はっ、貴方様の性奴隷っ。拾われた御恩を、身を以てっ、お返しするのがっ、私の役目っ……っ゛」

 女は持ち上げられ、体位は後背位から騎乗位の形に変えられた。
 勢いで黒のランジェリーが捲れ上がる。その下腹部には、奴隷としての証が鈍い桃色の光を放っていた。

 「いいでしょう。我が精を受けない」
 「はっ、あ゛っ、ああああぁ゛っ────」



 翌朝。その女は何事も無かったかの様に冷徹な表情を取り繕い、胸の前で腕を組み、首筋に汗を流しながら、使用人の寝泊まりする一室のドアを開ける。
 出迎えるのは、鏡の付いた化粧台の近辺の床を掃くツインテールの少女と、散髪道具らしき物を片付けているふくよかな女性の女衆二人の視線。
 尚、彼女にとって用事のある人物はその二人の間。椅子にちょこんと座り、背中を丸め目を伏せている、かつて生意気な少年だった者の成れの果て。この場で最も小さくか弱そうな、白銀長髪の可憐な少女。

 「おはようございます」
 「あら、おはようございます」「あっ、おはよう、ございます」
 「……おはようござい、ます」

 三者三様の返事が返る中、彼女は部屋の中へカツカツ硬い靴音を鳴らし歩みを進めると、その少女を横目に見下ろし、有様を眺めた。
 頸がすっかり隠れる程伸びた髪。それと同色の、二重瞼が少し重そうな位ボリュームのあるまつ毛。日々女性らしさを増す体躯、丸みと嫋やかさを帯びていく輪郭全てが荒んだ女の心を慰める。

 「……はぁ」

 昨今特に変化著しいのは、本人は気付かないであろう尻。給仕服のスカートをパンと張り上げその存在を主張し始めている。
 彼女は心中嘲らずにはいられなかった。口元は感情を噛み殺し吐息一つで済ませるも、冷徹な瞳が、微かに恍惚の笑みを浮かべる。

 ──この姿、一目見て頂けさえすれば、もしかしたら……。

 「キクチさん? 本日は如何様で?」

 ふくよかな方がやんわりと尋ねた所で、微かに咳払いし仕切り直す。

 「本日は検診が御座います。支度、宜しくお願いします」

 

 上方、長方形に広げられた機構腕からの光降り注ぐ、ひんやりとした診察台の上。白衣に防毒マスクの女の前で、彼はまな板の上の鯉になる。
 意識のセーフティスペースに籠り、記憶の神殿の中、只管に退屈を凌ぐ事に執心して、表情を出来る限り殺し、静かに息だけを吐く。

 「んふふぅ、すっかりしおらしくなっちゃってぇ~……あっそういえば前の検診では意識無かったんだっけぇ?」

 はっきり意識ある状態では、一つ飛んで実に数ヶ月振りの検診。
 「おち○ちん無くなった後はまだお話してなかったよねぇ⁉︎」と、わざとらしく神経を逆撫でする様な女声が俄かに嬉々とした。
 彼は暗澹とした感情を隠せず吐露してしまう。

 「……はやく、すませてください」
 「ええ~? いけず過ぎなぁい? 訊きたい事いっぱいあるんだけどぉ~」

 機構腕の一本、その先端。模された手指のうちの人差し指が脇腹をうりうりと突いた。
 こそばゆさと鬱陶しさに堪えかね、虚な童顔は豹変。「知るかっ……こっちはお前に付き合ってる余裕、無いんだよっ……!」と怒気を露わにする。
 防毒マスクの女は「うおぅっ、いつものツンケンした感じ、まだ残ってたんかいっ!」とダボついた白衣を振りたじろいだが、素振りだけ。「でもでもぉ~」と身体をくねらせ、頬擦りし始めた。

 「ぬっふふふふ、前よりも更に増してぇ、すんごくかぁんわぇよぉおお……あああゾクゾクするぅ」
 「気色悪いっ……死ねっ……!」

 心の底からの悪態も、相変わらず甲高く迫力が足りない。下劣な笑い声は止まらず、突然「あっ、ミマタさん!」と首を他所に向けて見せる。
 彼はひゅっと喉の奥を鳴らして一瞬青ざめてしまった。嘘だと分かっているのに。真に余裕が無かった。

 「ふひひひひっ! ごめんつい意地悪しちゃったぁ~!」

 毎晩の夜伽教育が、心身を着実に蝕んでいた。
 使用人としての仕事が終われば行われる、風呂場と、ベッドの上での淫行指導の数々。覚えさせられたはしたない言葉や、知りたくなかった行為が、退屈や不快感を感じた瞬間頭を回ってしまう。
 その日その時過ぎったのは、クシャクシャのシーツの上。この不毛な教育が始まった日から当日前夜に至るまで、毎晩延々とさせられていた、“逸物を模した張り方をしゃぶらされる”という記憶。

 ──これを口の中に含んで、練習しましょう。
 っ、そんな太いものっ……んんっ!

 鼻を摘まれ、無理矢理口を開かされて、太いそれを喉奥に捩じ込まれる。
 そして胸や尻を揉まれたり、内腿や、股を擦ったりされながら、抽送される。

 フェラチオは今の様に身体の消耗している時でも奉仕可能な手段の一つです。舌をしっかり使って……ダメです、ちゃんとやって下さい。分かるんですよ?
 んんうっいやだっ! んんううううっいやだあああっ
 上手く出来ないと殿方の顰蹙を買っちゃいます。必須技能ですから、出来る様になるまで毎日練習を────うーん中々上手く出来る様になりませんね。化粧の飲み込みは早いのに、こっちはどうしてダメなんでしょう? 私教え方にも自信あるんですが──────

 今晩もやらされると思うと、憂鬱な感情と共に腹奥から淫熱が込み上げる。
 必死に記憶を捨てようとしても、脳内のゴミ箱は類似する物でもう満杯。蓋の重しを増やさねば忽ち溢れ、嗅げば淫臭が香り出す。

 「────っ、もう、いい……かってにしてください……」
 「あぁんごめんってばぁ~」
 「かってにしてくださいと、いったはずです……全てムシ、しますから」
 「まま、そう言わずぅ、今から触……も兼ねたいつもの問診? ってやつするからさぁ~」

 服を剥かれ、白衣の背から伸びる蜘蛛脚の如き機構腕によって手脚を抑えられれば、苦悶の時間の始まり。
 先ずは胸の装具の密着が解除され、ぺろん。取り外されて、赤く膨れた乳輪を先端に乗せた白桃色の双丘が露わになる。
 瞬間、空気が淫毒と化し、じゅわぁっと覆われていた箇所の肌を蝕んでいく。「ぁっ、っ゛ーー……!」と甘く熱い吐息が漏れると共に腹奥まで浸透して、イカの腹にも似た未熟なアブクラックスが微かに痙縮した。

 「うわぁ、かあいいおっぱいちゃん、また育ってるねぇ~。発育が強過ぎるせいか乳首がちょっと埋まっちゃってるけど、色も形も綺麗~。感触はどう?」

 白衣の袖が捲られ、ぴちっとした白い手袋をした手が出されると、それがワキワキと怪しい指の動きを繰り返しながら膨らみへと近づく。
 彼はキュッと口を結んで備えるが、向こうはお構い無しにもみゅり。掌で真正面から包み揉んだ。

 「ん゛っ……ふっ、っ゛っ!」

 激しい快感電流が生じてつま先から頭の天辺までを駆け抜け、全身が震える。
 必死で声を堪えるが、「まだちょっと硬いかなぁ」と確かめるが如く弄られてしまい、吐息は徐々に切なげに鼻に掛かり出す。
 と、その時。

 「って、おやおやぁ~?」

 ぎゅっと強く揉み潰されてしまい、「ん゛ぅっ! っ゛!」と細い腰は二、三度、ふわっ、ふわっと浮き上がった。紅の瞳の奥で白い閃光が走り、白黒する。
 尚、相手の関心はその胸の感度に非ず。圧迫と同時にその埋まった先端から薄らと滲み出す、白い液体にあった。
 彼女は更に数回試す様に揉んで彼を悶えさせた後、その正体を告げる。

 「あっりゃぁ~、これ、母乳だねぇ」
 「っ゛、はぁ゛っ……⁉︎」

 当然彼にも知識はあった。言葉に驚愕し、普段は目を逸らしている自身の胸の先を一瞥する。
 すると確かに。赤くぷっくり腫れた半球の中央、その窪みは乳白色の汁を湛えていた。

 「ぇっ、な゛っ、にぃっ……っ⁉︎」
 「大丈夫ぅ? 張って痛かったんじゃなぁいこれぇ~? てか今どう? これ痛い?」
 「ぁ゛っ、あっ……⁉︎」

 もぎゅっ、もぎゅっ。更に揉まれれば、圧迫に合わせて汁はその量を増し、窪みに留め切れずつーっと柔和な山肌の上を伝い落ちる。
 そこに痛みは無かった。あるのはただ、滲み出す汁と比例した甘くてじんっと腹底に響く官能のみ。

 「うぅ~んあんま痛そうじゃないなぁ。結構強く揉んでるのにぃ。ミマタ氏痛覚変換切り忘れてない?」

 その感覚も光景も、彼はまるで状況が飲み込めず俄かにフリーズする。
 これだけ膨らんでいるだけでもおかしいのに。通常妊婦だけが乳房から出す、赤子の為の命の源。それが何故自身の胸から出ているのか。
 理解が追い付くその前に、女はガスマスクを外し、口元だけを出してペロと乳汁を舐めた。

 「ぅあっ!」
 「っあんまぁっ。味もちょっと濃いめだなぁ」

 原因は、彼女にもまだハッキリと説明が付かないらしい。「追って精査するとしよぉう」と後回し、続けて手際良く尻と股間、双方の穴を埋める装具の圧着が解除され、ずるずると引き抜かれ始める。

 「まっ、ぁっ゛、くああ゛っ!」

 はっきりと張り型の形をした尻穴の物は兎も角、股間の割れ目の物は出て行く時は思いの外細い。
 にも関わらず彼は強烈な刺激にのたうち、その過程で情けない悲鳴を上げた。
 しかし「はい暴れないでねぇ」と腰まで抑えられ、呆気なくちゅぽんっ、と抜かれてしまう。

 「はぁ゛っ、ふっ、ぁ゛あああっ……!」

 離れていく、糸引く装具。
 拘束が解かれ、支柱を失った鉢は微かにそれを追いかけたが届かず。

 「っ、ぅぁっ……ぁ……!」

 ひくひく、ひくひく。空いた二つの穴をひくつかせ、その一方からはこぷりと粘液を吐き出しながら暫し震えた後、力を失いくたりと堕ちた。
 
 「はぁ゛ーー……ぁ゛っぁぁ゛ーー……!」
 「んっはぁ……すっごいメスの匂いぃ……」

 解放された、蒸れたニオイ。癖になる甘酸っぱさを含んだ濃密な性臭が辺りに広がる。
 ────ぁあっ、だめらっ……これっ、はぁっ……。
 腹の内を淫熱が回り、それに堪らずきゅうっとその芯が強張れば、熱の一部は蜜となって股下から溢れだす。
 さながら膿んだ傷口の様。反射で内股を締めると、割れ裂けたその箇所がはっきりと分かってしまう。

 「ここもぉ、前見た時から更に一段と女の子……っていうか、雌になったねぇ~」
 「ふっ゛……ぐぅうぅっ……」

 情けなさで殊更に大粒の涙が零れ、頬を伝った。
 貶める言葉それ自体だけではない。あろう事か、肉体がそれに対し興奮の反応を示し始めたのだ。

 「ぅ゛っ、っんぅ゛っ、ふうう゛ううぅっ……!」

 一層惨めさに拍車が掛かって、しかもその惨めさまで何処か甘苦しさを覚えてしまう。
 恥も苦心も、毒された心身では淫らな方向へ向かっていく。最早問題無い感情は、全てに対する怒りだけ。

 「んっふっふっふぅ~」

 尚、相手は苦悶する胸の内を見透かしたのか、何やら不穏に機構腕を駆動させ始めた。
 二本を繋ぎ合わせ半球状に変形させると、「ほぉれご覧」とそれを白銀髪の頭部に被せ、光を流し込む。
 すると彼の瞳の奥に直接、彼の肉体変化の記録の数々が転写される。

 「い゛っ、いや゛っ、や゛あ゛ああああああああぁ!」

 目を瞑っても無駄。映る物は消えてくれない。克明に脳裏に焼き付けられる。
 腕で取り払おうと思っても腕が動かない。故にただ身を捻って必死に逃れようとする。

 「うぉうっ、そんなに嫌がるかぁ。報告書通り、自分の身体を受け入れられず精神が拒絶反応起こしちゃってるんだねぇ」
 「クソがふざけんなふざけんなふざけんなあああああああ! いますぐもとにもどせえ゛ええええええええええええぇ!」
 「うぅ~ん発狂! でも大丈ぉ夫! 治療方法はあるからねぇ~」

 暴走した魔力がまたしても下腹部淫紋へと集まって強烈な熱を発し始めた所で、女は告げた。「『オナニーしなさぁい!』」と。

 「っ゛……はっ、ぁ゛……?」

 指示を受け、左手は股間へ、右手は左胸へと伸びていく。どくんっと危険に気付いた心臓は跳ねて、警鐘の如く早鐘を打ちだす。

 「ばかっ、んな゛、ことっ……」

 額から噴き出た脂汗が垂れ、目に入る。どっどっど、耳から飛び出そうな鼓動の中、両腕は微かに抵抗し動作は鈍るも、力は全く及ばず。指先はそっと柔和な輪郭に着地。
 刹那、既に官能の焔でぐずぐずになっている腰が「くぁ゛っ!」と跳ねて、脳髄はじくんっと滲む快感に支配された。
 最初の壁を壊されてしまえば、後は各々欲求のままに動く。右の手指は左乳房を荒々しく揉み上げ、左の人差し指と親指は、痼り張った小さな陰茎の名残りを挟んで摘み、スリスリと上下に擦り始める。

 「ぁっ、ぁ゛っ、っ……?」

 滲み出る母乳。滑る股倉。しかし、思った程の心地良さは得られず。代わりに彼は壮絶なもどかしさを覚え「なん、で……?」と微かに口にしてしまった。
 それもその筈。過去自身で触れ、慰めた肉体とは余りにもその輪郭がかけ離れていたのだ。

 「っ゛……? っっ……?」

 痼る肉茎は扱くには丈が足りず、弄るつもりだった乳房の先の突起は埋もれていて存在しない。何処もかしこも柔っこくふわふわで、すべすべしていて触り心地は良いが、上手く手の掛かる場所が無かった。
 手指は我を忘れて迷走しだす。上は乳首を、下はカリ首を。双方持ち易く扱い易い、訳知った突起を探し求め、熱っぽく灼け痺れる肌の上を這いずり回った。

 「っ、はぁ゛っ、はぁーーっ゛、っっ? っーー……?」

 凸部がダメならと、疼く尻穴に細指を挿れてもやはり同じ。想像通りの気持ち良さに届かず、装具の快感を知っているだけに、差を感じて仕方がなかった。
 ならばともう一つ空いた筈の穴を探すのも、いまいち何処か分からない上億劫で、ひたすら陰核近辺を空回ってしまう。
 まだるっこい電流が生じて、悩ましげに身はくねる。内腿は擦り合わされ、兎角取り留めなく動く。滑りが股の間に広がり手指の滑りが良くなれば刺激はより甘くなるものの、こそばゆさに耐え切れない。

 「っぁっ……ふっ、っーー……?」

 視界に映る自身の姿が、その答え合わせと言わんばかりに少女の裸体に変わり、更に変化を続ける。
 ただだからといって一致はしない。彼は女の身体など知らない。ましてや体感の事など、知る由もない。

 ──ちがう、これは、ちがうっ?

 けれども確実にその様に退廃的倒錯を感じてしまい、心拍は壊れんばかりに上昇する。
 浅い呼吸が何度も吐かれて、時折喉に引っ掛かり、悶々とした女声が絞り出される。
 何処にも収まらず、落ち着かず。そんな肉体に頭は煮やされて、何もまともに考えられない。延々と不毛な行動を繰り返す。

 「ふーーっ゛、ふぅ゛ーーっ……っ、んぅ゛ううぅっ、っ~~……?」

 本来の聡明な彼であればあり得ない、この上なく愚かしい姿。
 防毒マスクの女はくつくつ笑い声を押し殺した後、赤子をあやす様な調子で言った。

 「だよねぇえ、分からないよねぇえ」

 曰く、女体化して早晩手脚の自由を奪われてしまったが故の弊害。自身の身体に自由に触れる機会を失い、装具に性感制御を頼り切った結果だと。

 「鏡での自己認識修正を重要視させてたけどぉ、同期させなきゃ意味が無いもんねぇ。そもそも男の子の時のオナニーもだぁいぶぎこちなかったし、無理もないよなぁ」

 舗装された道を歩かせ過ぎたと彼女は反省し、そして言う。

 「仕方ない。可哀想だからぁ、お姉さんが手取り足取り、教えてあげよぉ」

 脳裏に映る映像が現在に追い付いたその時。機構腕で両脚を持ち、股を開かせると、彼女は生身の手の方で彼の手を取った。
 映像の中の少女も、同じ様に動く。今現在の己の身を俯瞰させられる。

 「ひっ、ぁぅ゛っ……?」
 「基本的に臆病なんだよねぇレイちゃんは。前は浅くても満足出来たかもしれないけどぉ、女の子の身体は深ぁいからさぁ」

 陰核下にあった中指を摘み上げ、その腹を割れ目の筋に押し付けながら、更に下へゆっくりと誘導する。

 「ゃめ゛っ……っぁっ」
 「指先も細く弱くなってる分もあるしぃ……もっと大胆かつ繊細にヤらないと」

 つっ。蜜をしとどに湛えた入り口に指先が触れ、そのままつぷっ。浅く侵入。指の爪の根本までが体温に包まれフィットした。
 「ぅああ゛ぁっ!」と情けなくて甘ったるい悲鳴が上がる中、それはゆっくりと掻き混ぜる様な動きを見せた後、更に奥へと挿入っていく。

 「ぁっ、ぁああぁっ……!」
 「どぉう? 気持ち良いでしょぉ? 『自由にシていいよぉ』」
 「ぁっ、んなこと、なっ……ぃっ、んぃっ……!」

 ずっぷり。あっという間に中指は根本まで飲み込まれてしまった。
 「いっ、いや゛っ、んう゛うっ」と首を振るも、完全に未知の感触に翻弄される。

 「うそつけぇ~、自分でぬぷぬぷしてる癖にぃ」
 「それっ、はぁっ……」

 まるで別の生き物の如き肉の筒の内壁、可視化された無数の肉ヒダに包み込まれた指が、己の意志でうにうにと動いてしまう。別の物だと思いたいのに、指も肉筒も明らかに彼の物。双方生々しい触感がしっかり伴い、その意識を引き込んでいく。

 「ぁっ、だっ……ぅ゛っ……!」

 身体は、どう足掻いても既に装具で教え込まれた感覚を追う。
 導かれた先に近しい心地良さがあって、苦悶から解放される確信が得られてしまった。それに抗えない。

 ──っやっ、ここっ、ここっ、すごっいぃっ……!

 「こぁっ、ちがっ、あっ、あぁっ……!」
 「おっ、気持ちいい所、見つけたかなぁ? どれどれぇ?」

 俯瞰映像の少女の下腹部にスポットライトが当たり、妖しく光る淫紋の浮き出したその向こう、細指を包む媚肉が透視され、弄っている場所が明かされる。

 「んな゛っ、あ゛っ……!」
 「おぉ~やっぱりぃ! 開発済みの男の子の頃の名残りが好きなんだねぇ。慣れ親しんだ場所って分かるのかなぁ」

 若干張り痼る、肉筒の中腹少し奥側辺り、輪のように巻き付いた組織。指先はその一部を圧していた。
 くにくに、こりこり。感触を転がせば、尻穴を弄っていた時の快感が更にダイレクトに、鮮明になったかの如き官能が走る。
 脳髄で火花が散り、肢体は映像に合わせて淫らにくねった。
 体感と俯瞰、双方で暗い悦びが湧き上がる。意識が、耽溺してしまう。

 「ぁ゛っ、っ、へぅ゛っ!」
 「実質大きめのGスポットだもんなぁ、気持ちいいよねぇそりゃぁ」

 視界は何度も白んで、射精時に近似した感覚に断続的に苛まれる。
 赤らんだ頬の少女は陶酔し、瞳を潤ませ舌を放り出した。股倉から浅ましく潮を吹き、そのあどけなさからは想像も付かぬ程爛れた色香を放つ。

 「でもぉ、そこは男の子の頃でも味わえた部分だからねぇ」

 しかし、その快感ですら装具が示していた手本とは異なっていた。この上なく気持ち良い筈なのに、更に上が有ると分かってしまう。
 彼は更に欲する。
 何かが足りない。もっと奥、もっと、もっと────
 
 「もっと冒険してみぃ?」

 再び女に手を取られ、深みを目指そうとしていた指先は少し浅い場所しか弄れなくなる。
 これでは届かない。「にゃっ、じゃま、するなっ゛」と不快感を露わにしたのも束の間。抵抗の為力を入れた指の腹がぐいっと陰核の根本、裏側を圧した刹那、ぶわっと濃厚な官能が広がり「んきゅっ゛⁉︎」と全身が仰反る。

 「ぅ゛……ぅ……?」

 再現しようと先の動作を反芻した。場所は分かり易く可視化されている。
 同じ様に、同じ場所の粘膜をぐっ、ぐっ。圧して捏ねて滑らせれば、忽ちそこからも火の出る様な快感が広がって虜となった。

 「んはっ゛、っ、っ゛っ~~……!」
 「おっ、いきなり当たったねぇ」

 教えられる。「一応そこが本当のGスポットだよぉ」と。そしてそこを弄りながら、もう片方の手で胸を揉む様誘導され、その通りに揉み上げた。
 すると全身は深い快感の熱湯の中に沈んだかの様な錯覚を覚え、ふわり。浮遊感の中彼の意識は白んだ。

 「ぁっ゛────っ、ぁ゛あっ……!」

 腰がくんっと突き出て、挿入している指が肉壁に締め付けられ、搾られた胸の先から母乳が滾々と湧き出す。狂おしい切なさに、肉体はひたすら淫靡に悶えてみせた。
 それが、長い。終わらない。男子の頃ならば一時頭の熱靄が晴れて少し落ち着く類いの、体外へ迸る絶頂。なのに、寧ろ彼の頭はぼーっとして蕩けたまま、帰って来られない。

 ぁっ、あ、そうか……やっぱり、そうなんだっ……。

 逸物を、厳密には射精という区切りを失ってからの絶頂の質の変化をその時はっきりと理解し、絶望した。

 これ、おわらないんだぁっ……だから、わからなかったのかぁっ。

 腰が動けば、指の刺激が勝手に入る。女性らしく広がった骨盤が前後に滑らかに揺れて、蕩ける快感を浅ましく貪ってしまう。

 「今のでイけちゃったかぁ」

 遠い女の声が近付き、「でも、まだまだぁ」と彼の耳元で告げた。
 股倉を弄る手に添えられた彼女の手にまた力が入り、今度はぐっと奥へと押し込んでいく。

 「ぁっ、へぁ……ぁっっ゛」
 「ほらっ、分かるでしょぉお? 一番奥のところがぁ、さっきより浅くなってるのぉ」
 「っゃ゛っ、っ、ふっ、ふぅっ、ふっ゛」

 本来存在しなかった筈の通り道の先の終点。袋小路。
 彼は直感的に察知した。その場所こそが、官能の核心であると。

 「今ならきっと届くよぉ? ほらぁ、もう少しっ、あとちょっとでぇ」
 「ぅ゛っ、ゃぇ゛っ、しょこぉ゛っ、っ゛」

 滑る肉襞の中を滑り下り、未だ冷めあらぬそこへ、細い己の指先が伸びていく。
 ────だめだっ、むりっ、それは、ほんとうにっ……おわっ。
 つにゅっ。呆気なく触れた。瞬間、ダイレクトに脳髄が撫でられた様な感触が走り、彼は求めていた答えを得た。

 「ぉ゛っ、ここぉ゛っ……ぉっ、お゛ぉっ~~────」

 知ってしまった。己の全てを支配する物を、感覚を。

 「きもひっ、ぃ゛っ……んぉ゛おぉっ、っ゛、んぉ゛っ、ぃっ、ひぁ゛っ」

 知った指先は、もう迷わなかった。指の腹はその核心部を撫で弄べば、力を入れ曲げた第二関節が肉輪を圧し、官能の芯たる肉の筒は拓かれる。
 くちゅくちゅくちゅくちゅ。はしたない水音が脳に響く。咽頭に引っ掛かる甘い嬌声も止まらない。
 
 「ぁあ゛っ、ああ゛あぁっっ゛~~────」

 そうして己が何をしているのか理解しているにも関わらず、彼の中で混ざって、弾けてを繰り返す。終わらない、終わらない。

 「後は……大丈夫そうだねぇ」

 狂い咲く小さな淫華を見下ろす、防毒マスクのその向こう。狂気の瞳は好奇に揺れ、添えていた手をそっと離した。
 
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