電光のエルフライド 

暗室経路

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電光のエルフライド 後編

第三十九話 蒼穹の雷

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 俺が教室に入ると、既にキノトイ達は席へと着席していた。
 その顔には悲壮感は無く、ただキリリと凛々しい顔つきを浮かべていた。
 俺は何度上がったかも分からない、くたびれた教壇に上がり、全員へと視線を向ける。
 
 「作戦を説明する」

 「あの、指揮官……シノザキ伍長は?」

 キノトイにそう聞かれ、一瞬動揺した。
 まあ、そうか。
 ここにきてから、副官であるシノザキとはまるでセット人形かのように一緒に行動してきた。
 俺一人だけの作戦説明には、違和感を覚えるか。

 「ちょっと、体調不良でな。大した事ないから心配するな」
 
 その言葉に、全員、静かに頷いた。
 俺の言葉を信じて、次へと集中してくれたようだ。
 そのことに、些末の罪悪感が沸いたが、受け入れた。
 もう開き直ったり、他人のせいにするのは辞めにしたからだ。
 俺は振り返り、黒板へと視線を向けた。

 黒板には、簡易の世界地図が書かれている。
 と、言ってもメインは海の図だ。
 
 今回の作戦は、太平洋上に浮かぶ宇宙船への襲撃計画。
 口で言うのは簡単だが、実情はウルトラハードなんてもんじゃない。
 行って帰るのも困難な距離に、敵の本丸がある。

 正確な位置が出ていないのでハッキリとしないが、およそ七千二百五十キロメートル。
 エルフライドの最高スピードの時速五百キロで、休まず飛び続けても二十二時間程かかる計算だ。

 正直言って、船舶や航空機の支援なしに行くには彼女達の体力的に厳しい。
 十二才の少女に、一昼夜エルフライドを飛ばせ続けるのは現実的ではない。
 休むため、海面に浮かんで一夜を過ごしてもらうことになるだろう。

 その為に、海面に展開できるエルフライド用の簡易ゴムボートと浮き輪を用意した。
 そして、大事なのは浮かぶ位置だ。
 当然、太平洋は強い海流が存在し、勝手に流されていくことになる。

 海洋表層の循環を利用し、ナスタディア海流に乗って、休んでいる間にも敵に自動的に近づいてもらおうという、とんでもない作戦だ。
 波の影響や、海面上での揺れによる酔い、そんなことまで検証する時間は無かった。
 ぶっつけ本番、それも、実戦でそれをやり遂げてもらわねばならない。 

 だが、支援の無い俺たちがやるには、これしか思い浮かばなかった。

 「今回の作戦の最大の困難は距離だ、よって、きみらは——」

 「あの、指揮官」

 キノトイがおずおずと手を挙げた。
 
 「なんだ?」

 「敵の宇宙船なんですが——こちらに近づいている気がします」

 はあ?
 近づいている?
 キノトイの発言に、ベツガイを除く全員が頷いた。
 ベツガイもキノトイらの発言には困惑しているようだった。

 「何故、分かる?」

 「恐らく、【キー】が関連しているものかと」

 俺が尋ねると、無表情のシトネが答えた。
 キノトイ達の【キー】が敵の接近を感じ取っているのか?
 セノ・タネコは体内の【キー】を利用して四百メートル以上先のエルフライドのコックピットを開けたのだという。

 しかし、近づいているとは——まさか宇宙船が飛行してこちらに向かってきているのか?

 「確か、お前らはエルフライドに乗れば宇宙船の正確な位置が分かるんだよな?」
 
 シトネレポートでは、エルフライド機能の一つに、母船の位置を完全把握するというものがある。

 恐らく、帰船して修理を受けるなり、新たな搭乗者と交代する為のナビ機能だろうが。
 その割には、エルフライドにはレーダー機能なる探知機能は備わっていない。
 エルフライド同士は、目視による敵の索敵を行うのが通説なのだとか。

 エルフライドってのはどうもぶっ飛び技術の割にはチグハグな機能ばかりなのだ。
 
 シトネは早速正確な位置を確かめてくると言い残し、一人、エルフライドのあるグラウンド方面へと小走りしていった。
 俺たちはその間、手持無沙汰になっていたのでユタからエンジニア組と一緒に作ってもらったについて解説を受けていた。
 そしてその説明も終わり、数分後。
 シトネが教室へと戻ってきて、教壇にいる俺の横へと移動してくる。
 そして、チョークを手に取り、世界地図にちんまりとした白丸を記載した。
 
 「直線にして、二百五十キロメートル。船の様に海面を移動し、現在は停止中です。我々の最高速で迎えば四十分程度で到着するでしょう」

 「四十分——」

 いつの間にそんなに近づいていたのだ?
 やはり軍事衛星を初戦で破壊されているのが影響しているのだろう。
 このことに気が付いているのは、宇宙船の位置を把握できるエルフライド保有国以外、無いはずだ。 

 「またとない機会だと、存じ上げます」

 「何故、今更動き出したか分かるか?」

 「我々が使用している墜落したエルフライドには宇宙船を操作するAIとの連携が成されていませんので、思惑は不明です」

 「そうか——まあ、とにかく、間違いなく月光も動くだろうな」
 
 ベツガイに視線を向けると、彼女は頷いた。
 
 「はい、しかし——」

 「月光はベツガイ二等兵から聞き及んだ情報を統合すれば、敗北し、全滅する可能性が高いです」

 ベツガイの答えを略奪するように、シトネがまくし立てる。
 しかし——月光の評価は関係者各位から軒並み低いな。
 俺は予想外のポテンシャルを発揮する方に賭けたいのだが。
 
 「……装備の差か?」

 「それもありますが、一番は指揮官との方針の差、だと認識しています。月光の指揮官は旧時代的、古い軍の価値観しか持ち合わせておりません。時代錯誤的な隊列飛行訓練を繰り返し行っていたそうですから」
  
 シトネは淡々と事実を突きつけてくる。
 その言葉に、ベツガイは複雑そうな表情を浮かべた。

 「とにかく、宇宙船の【AI】を破壊する事が最重要課題だ。お前達には臨機応変な対応が求められる。場合によっては、即座に撤退しろ」

 「撤退……」

 「ああ、その時の判断は任せたぞ、キノトイ」

 「はい」

 「それでは——各人の準備にとりかかれ、十二時にグラウンドに再び集合だ」

 「あの、しきかん」

 俺の話が終わるなり、センザキ・トキヨが手を上げる。
 こういう時にトキヨが手を挙げるのはレアだ。
 
 「どうした、食いしん坊」

 「お菓子もっていっていいですか?」
 
 飯を食ったばっかりだってのに、もう食い物の心配か。
 周囲の様子を伺えば、キノトイ達はクスクスと笑いを押し殺すように肩を震わせていた。
 最初に来た頃——キノトイ達はトキヨの不用意な発言には顔を青くしていた。
 それがこうも変わってくれるとは。

 「好きなだけ持っていけ、懐中時計をかじられても困るからな」

 「そんなもの食べないですよ!」

 我慢できず、ヒノ・セレカが笑い出した。
 それを合図に、全員が大きく口を開けて笑う。
 馬鹿にされていると思ったトキヨは、不満げにその様子を見ていた。
 ああ——やっぱり良いな、お前らは。
 俺はしかめつらのトキヨの頭を、無理矢理撫でておいた。

 

 




 
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
 
              
 「気を付け!右へ——ならえ!」

 キノトイ達はユタとセノを除く全員が、グラウンドのエルフライド前に立ち、整列を行っていた。
 勿論、全員いつものカラフルジャージではなく軍服だ。
 最初は服を無理やり着せられた犬のように不相応に思えたが——。
 彼女らが成長したからか、見慣れたからなのか、不思議と今ではサマになっているように思えた。
 
 ユタはエンジニアと話があるとどこかへ行き、セノはベッドですやすやと眠っている。
 セノはあの一件以来、身体に何らかの影響があったようで、一日の大半を睡眠時間に費やしている。
 たまに起きだして、ゴソゴソしてからまた寝入ることすらある。

 こちらとしても手だてが無く、定期的に眠り姫の生存確認をするくらいしかやれることは無い。
 おかげで豪勢な朝食を食べ損ねたようなので、フキタに言って冷蔵庫に確保してもらっている。
 勿論、作戦は不参加だ。

 だから出撃するのは八機のみ。
 救援も、支援も無い、八機のみだ。
 今日ほど、生まれ育った母国を恨んだことは無い。

 「電光中隊、整列完了しました!」

 「了解」

 俺が答礼し、喋りだそうとした瞬間。
 空気が一変するような雰囲気を感じ取った。

 「あっ!」

 キノトイ達が俺の背後の方を見て、顔を輝かせた。
 何事かと思い、振り返ると——。
 そこには、いつもの凛とした雰囲気を纏ったシノザキの姿があった。
 シノザキは俺の思った以上にキノトイ達から慕われている。
 清廉潔白な鬼班長。
 俺が彼女らと逆の立場なら厄介に思っていただろうが……。
 まあ、それだけキノトイ達も真面目であるという事だ。
 シノザキはいつも通り、お手本のような挙動で敬礼をしてくる。
 
 「遅くなり、申し訳ありません!」

 「気にするな。早速だが、司会をやってもらうぞ」

 「ハッ!」
 
 どうやら賭けはフルハタの勝ちのようだな。
 いや——引き分けか。
 そこで姿を消していたエンジニア組と、ユタも帰ってきて、式典に加わった。
 キノトイ達は遅れてきたユタの姿を見るなり、驚いたように口々何か言っていた。
 
 「なにそれ、かっこええ。ずるいわ」

 「わたしもやりたい!」

 「時間かかるからむりだよ」
 
 少し苦笑しながらも、誇らしげにそう答えるユタ。
 俺はそんなユタの髪を見て、思わず顔がにやけてしまった。

 「いい髪型だな、戦士をおもわせるぞ、ユタ」

 「ありがとうございます」

 ユタは短い髪を見事なドレッドヘアーに変えていた。
 ドレッドとは髪の毛を束上にした黒人独特の髪型だ。
 複雑な文化的背景があり、多人種でする者はあまり見かけないし、良い顔をしない者も少なくない。

 そんな技術があるのは俺の見知ったヤツの中ではエマしかいない。
 以前、エマは一度だけ普段の作業中にドレッドヘアーをしていたことがある。
 その時、愛弟子であるユタが私もその髪型にしたい、とお願いしたのだが、

 「これは——私のアイディンティティというか、誇りなの。ごめんなさいね」

 そういって、つっぱねたのを見ていた。
 エマに視線を向けると、彼女もユタとおそろいのドレッドヘアーを見せながら、苦笑して見せる。
 まるで、世界を救う戦士には相応しい髪型でしょう?
 と、悲し気に言ってるようだった。
 そのタイミングで、シノザキの気合の入った式辞が読み上げられた。
 
 「ただいまより、電光中隊の特別式典を挙行致します。部隊気を付け!」

 「気を付け!」

 淡々と、式は続く。
 なんのことはない、祝砲も、紅白幕も、参列者も居ない。
 しかも言葉だけで、簡素な形式的なものだ。
 それらに、これからの戦いにおける何の戦略的価値も存在しない。

 昔は俺はこういった行事には懐疑的だったし、不要だと思っていた。
 しかし、それは俺がまだ何も知らなかったからだ。
 式とは、本気で生きた者だけが味わえるモノがある。

 何物にも代えがたい、達成感、誇り、情動。
 いつぞや叔父は言ってたな。

 軍には、面倒くさいを超えた何かがある、と。

 確かにそうだったよ。
 こんなもの、戦意を高めるための演出に過ぎない。
 だが、俺たちの中でそれを声高々にそれを主張するものは居ない。
 全員の胸の中にどんな感情が芽生えているか、俺にはそれが何か。
 今なら感じ取る事が出来る気がした。 
 
 「訓練終了に伴い、訓練生たちに軍曹の階級を付与する!」

 シノザキが叫ぶように言った。
 訓練生たちは訓練終了時、軍曹に昇任することは初めから上層部からも取り決められていた。
 シノザキは、キノトイ達一人一人と対峙し、胸に階級章を取り付けるフリをした。

 実際に階級章は無い。

 作戦前に送付されてくると聞いていたが、最後まで階級章が軍部から送られてくる事は無かった。
 キノトイ達の胸には軍曹どころか、俺が前言った二等兵の階級章すらついていない。
 しかし彼女らは、確かにシノザキから階級章を受け取ったかのように、自分の胸をぼんやりと眺めていた。
 
 「聞いたな、お前ら。お前らは訓練生を終え、無事にパイロットとして軍曹に昇進した。ここにいる鬼の副官よりも、高位の階級だ。シノザキ、お前が教えた訓練生たちが無事軍曹になったぞ。何か言いたい事はあるか?」

 軍曹はシノザキの階級である伍長よりも上だ。
 キノトイ達は、俺の言った言葉を呆然とした様子で聞いていた。
 シノザキは彼女らにとって、軍の模範として行動してきた人間だ。
 そんな彼女が下の階級だと聞いて、信じられないという反応だった。

 「アナタ方に教育させて頂いたのは、一生の誇りであります。今まで、お疲れさまでした!」
 
 シノザキがキノトイ達に、敬語を使い、敬礼を向ける。
 その言葉に、全員が反射的に敬礼した。
 シノザキの態度を見て、自分達が本当に軍曹であるのだと、少し実感が沸いたようだった。
  
 「軍曹という階級、これは生半可ではない。軍では小隊の長、部下の命を預かる立場にある。しかし、君らの双肩にかかってるのは部下の命ではない。全人類の命運と希望がかかっている」
 
 余韻に浸るでもなく、一拍置いた。
 空へと視線を送ると、空を滑空するトンビが山々の切れ間へと飛び込んでいくのが見えた。
 片翼を怪我したのか、普通でない飛び方だった。
 恐らく——あのトンビはもうすぐ、自然へと還るのだろう。
 整列する兵士達には死角になっていて、それを視界に入れた者は俺だけだった。 

 「電光は確かにここに居た!」

 俺の叫びは、グラウンドにこだまの様に響いた。
 エコーがかった自分の声を確かめる前に、次なる言葉につなげる。

 「全人類が忘れようが、この世の全てが敵にまわろうが、俺はそのことを忘れない! 君らも、そのことを忘れないで欲しい。そして、証明してくれ。電光は確かにここに居て、世界を救ったんだとな!」

 「ハイ!」 
         
 九名の、気迫の入った返答が返ってくる。
 戦争反対派の平和主義者がこの光景を見たら、何と言うだろうか?
 彼女たちは洗脳されていて、無慈悲な大人たちによって戦場に駆り立てられた——そう言うだろうか?
 間違いではない。
 しかし、それは一面のみの真実だ。
 
 でも、ただ、一つだけ——発言が許されるのだとしたら。

 おれは必ず、こう答えるだろう。
 そうだ、そこに居たのは——。

 俺たちだったんだと。

 「諸君らの健闘を祈る! 蒼穹そうきゅうに舞い、いかづちとなれ!」

 キノトイ達は割り当てられたエルフライドへと向かっていく。  
 コックピットが開閉し、彼女たちが乗り込むと。
 起動音と共に三メートルの巨人たちが起き上がった。 
 俺は懐中時計を開き、時刻を確認する。
    
 「一二一三ヒトニーヒトサン、状況開始」

 「状況開始!」
  
 シノザキの復唱と共に、エルフライド達が真っ青に澄んだ大空へと飛び上がっていった。

 俺たち大人組は号令がかかるでもなく、その姿に向かって誰一人欠かす事なく敬礼をする。

 陽光が目に突き刺さろうが、その姿を、雄姿を目に焼き付けていた。
 
 やがて、その姿が見えなくなると。
 シノザキはその場に崩れ落ちた。

 「う、うわあああああ!!」

 少女の様に甲高い絶叫。
 地面を何度も何度も拳で殴りつける。
 そして、幾数もの水滴が地面に飲まれた。
 その光景に、シノザキのかつてない姿に、エンジニア達は絶句していた。
 俺はその背中へと、声をかけた。 

 「シノザキ、よく耐えた」

 「ああああ、わ、わたしは、わたしはッ——」  
 
 いつの間にか、目を覚ましたのだろう。
 セノ・タネコがシノザキの横に立っていて、彼女を見下ろしていた。
 シノザキも嗚咽しながらセノに気が付き、視線を送る。

 「よしよし」

 セノはその状況を理解しているのかいないのか、微笑をみせながら泣きじゃくるシノザキの頭をなで始めた。

 その光景はベツガイを慰めていた時と同じだ。
 シノザキは再び大粒の涙を流しながら、セノを強く抱きしめた。

 強く抱きしめられたセノは気にも留めず、シノザキの腕の合間を縫ってシノザキを撫で続けていた。


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