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【3】-2
しおりを挟む――悲しいことがあったら、いつでもここにおいで。
そんな声を聞いたのは夕暮れ近くなった時だ。
どこからともなく、たったひと言。
そのひと言に新吾は救われた。
誰にも言えない悲しさや寂しさを、時々林檎の木に聞いてもらう。それだけで、自分に居場所ができたように思えた。
成長するにつれ、自分の立てる場所は広がってゆき、林檎の木がなくても居場所を見つけられるようになった。
毎日のように裏山に行き、木登りを覚え、日が暮れるまで独りで過ごした日々から、何かあった時だけ、そっとその木に触れに行く日々に変わり、いつしかあまり足を運ばなくなった。
それでも、一番心が弱くなった時は、林檎の木に会いに行く。
最後にあの木に触れたのは去年の春だ。
満開の白い花を見上げて、木に告げた。
『もう、ここにいられなくなったよ』
どこかへ行かなくてはならない。行った先にこの木はないのだと思うと、胸が苦しかった。
同じ年のいとこに『好きだ』と気持を打ち明けられた。
世話になった伯父のために、地元に残ってスーパーを手伝いたいと思っていたが、彼女の気持ちに応えられないのなら、ここにいてはいけない気がした。
東京の大学に行きたいと母に相談した。郊外の、死んだ父も教鞭を執っていた大学で、母は泣いて喜んだ。
祖父と伯父に援助を願い出てくれた。
母の想いを利用したようで、新吾の胸は傷んだ。
「俺は、弱くなったよ」
夢の中で、庭の林檎の木に語りかける。
「大人になっただけだよ」
どうしてか、律の声で林檎は答えた。
綺麗な律。
律はやはり、林檎の木の下で会った木のあやかしに似ている。
最初のいじめが収まって、新吾がようやく少し笑えるようになった春の午後、林檎の木の下で一度だけ会ったあの木の精に。
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