上 下
107 / 118

【22】ー2

しおりを挟む
 十五分ほどで清正は到着した。

「汀……っ」
「パパ……」

 清正の姿を見ると、汀は少し心配そうな顔になった。
 けれど、駆け寄った清正にぎゅっと抱きしめられると「いちゃい」と言って足をバタバタさせ、すぐにきゃっきゃと嬉しそうに笑い声を立てた。

「パパ、ママ、ひかゆちゃん」

 一人一人、指を差して「みんな、いっしょ」と目をキラキラさせる。罪のない笑顔を前に、やつれた表情の清正が深いため息を吐いた。

 荷物のない部屋の真ん中で、段ボール箱の上のどら焼きを食べた。
 ようやくあたりを見回す余裕のできた清正が「引っ越し、今日だったのか」と呟く。

 大きな荷物は昨日送り出し、今日は細かい手続きと片づけをしていたのだと朱里が言う。

「飛行機、いつ?」
「明日のお昼」
「そうか。すぐだな」

 二人の自然な会話を、不思議な気分で聞いていた。

 突然、あんこまみれの手が口に伸びてきて、光は身を引いた。

「ひかゆちゃん、あーんちて」
「え?」

 恐る恐る口を開くと、栗をまるごと押し込まれる。

「汀……?」
「あげゆ」
「いいのか? 栗……」

 栗は汀の大好物なのに。

「あげゆの。じぇんぶ、あげゆかやね?」

 ベタベタの手で汀が光に抱き付く。
 汀が、ぐしっと泣いた。

「くい。ひかゆちゃん」
「うん」
「あげゆ。ひかゆちゃん、ろこもいかないれ」

 ぎゅっとしがみついてくる小さな身体を抱きしめると、ふいに涙が出てきた。

「……どこも、行かないよ」

 ポンと背中を叩くと、身体を離して汀が笑う。
 顔が少し汚れていた。
 ほっぺたの汚れをハンカチで拭いてやりながら、光も汀の口に指を差し出す。

「あーんしてみな」

 ぱかっと開けた口の中に光のどら焼きの栗を入れてやった。

「くい……」
「俺の栗は汀にやるから、汀も、もうどこにも行くなよ?」

 汀の頬が輝く。
 栗をほおばったまま、いっそう舌足らずな口調で「ろこも、いからい」と言って笑う。
 それから、うっとりと味わう表情でもぐもぐと口を動かし始めた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

俺を裏切り大切な人を奪った勇者達に復讐するため、俺は魔王の力を取り戻す

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,205pt お気に入り:93

シャルルは死んだ

BL / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:1,707

[R18] 転生したらおちんぽ牧場の牛さんになってました♡

BL / 連載中 24h.ポイント:461pt お気に入り:793

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,265pt お気に入り:33

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,679pt お気に入り:307

誰もシナリオ通りに動いてくれないんですけど!

BL / 連載中 24h.ポイント:32,537pt お気に入り:1,727

処理中です...