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【22】ー5

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「汀は、毎日、電車がここを通る時、おまえの名前を小さい声で呟いてた」

 ひらがなの「ひ」の字を読んで、そこに光がいるとでもいうように、文字に向かって『ひかゆちゃん』と呼んでいた。

 清正の話を聞いて、汀の気持ちが切なくなって、光は清正を責めた。

「呼べばいいだろ。なんで会いに来いって言わないだよ」
「おまえだって、自分から来なかっただろう」

 清正も責めるように光を睨み返す。

「だって、俺は……」

 清正と朱里が復縁したと思っていたのだ。
 清正の妻のいる家に、光はどうしても行くことができない。どんなに頑張っても行きたくないのだ。

 清正はなぜか苦しげに顔を歪めた。

「俺は……、光に会えば、抱きたくなる」
「え? き、清正……」

 急に何を言い出すのかと、少し焦る。

「おまえが泣いて嫌がっても、無理やりにでも、したい……。それで出ていかれて、頭が真っ白になって、汀の気持ちまで考えてやる余裕がなかったんだ」

 言葉の意味がうまく頭に入ってこない。
 呆然と見上げていると、清正が気まずそうに目を逸らした。

「悪い。なんでもない……。忘れてくれ」

 その横顔が、中二の時の屋上に続く階段での清正に重なる。

『ヘンな意味じゃない』

 そう言って、視線を逸らした。

 だけど、それは嘘だったと言った。
 ずっと、本当の顔とは違う顔で、清正は光のそばにいたのだ。

 光が、五月の庭の薔薇の下に、一番綺麗で壊したくないものを隠していたように。

「清正……」

 名前も付けずに目を逸らしてきたように。

 聡子や朱里が、嘘の生き方と呼ぶ人生の向こう側に、清正も壊したくない大切なものを隠し続けていたのだ。

「清正、そうじゃないんだ……」

 どういえばわかってもらえるだろう。
 言葉で伝えられることは、あまりに少なくて、光はいつももどかしくなる。

 視線を落としたままの清正が、下りホームへの階段を下り始める。

「清正、俺……」

 どうすれば、届くのか。

「清正……」

 黙って背中を見送るしかできない。
 光と清正の間を、ホームに向かう人の波が通り過ぎる。
 下校の時間なのか、スマホを手にした女子高生の集団が、ぞろぞろと並んで歩いていた。

 その集団が立ち止り、小さく「おお……」とどよめきながら、互いに端末を見せ合い始めた。

「なんか、これ、ヤバくね?」
「ヤバイ、カッコイイ」
「めっちゃ綺麗。欲しいなぁ」
「でも、高そうだよね」

 口々にそんなことを言いながら、またゆっくりと歩き出した。

 その女子高生たちの頭が下りホームへの階段に消えると、それと入れ替わるように背の高い男が勢いよく駆け上がってきた。

「光」

 いきなり清正に手を掴まれ、光は固まった。

「一緒に帰ろう」
「え……?」

 何が起きたのかわからないまま、光は清正に手を引かれて下りホームに下りていった。
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