可憐な従僕と美しき伯爵

南方まいこ

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24.これって修羅場?

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 あの、でっぷりとした体形、いや、他人の空似だと思う。こんな所に自分の父親がいるわけがない。そう思うのに、目が離せなくてバルコニーから、ズイっと体を乗り出してしまった。

「ティナ! 危ないです」
「す、いません」
「一体どうしたのです……、ああ……」

 何処か一点を見つめて、妙に納得をするジェイクが「彼、知り合いでしたね」と言う。

「おや、ご令嬢をエスコートしてますね、婚約者でしょうか」
「へっ?」

 ジェイクの視線の先を見ればルドルフの姿があった。
 婚約者らしき人物と一緒だと言うが、彼の場合、街作りの勉強を兼ねているのだろう。本当に真面目な男だな、とティムがルドルフを目で追っていると、不意に彼と目が合った。
 驚き見開いている瞳が、この位置からでも十分確認出来て、驚くのも無理ないよな……、とティムも思う。
 令嬢はもう終わりと彼に宣言したばかりなのに、また令嬢の姿になっているのだから、どうしたんだ? と思っているのだろうと彼の心中を察した。

 ――そんなことより、うちの熊さんが……。

 懸命に父に似た人影を探したが、何処にもその姿はなかった。
 そもそも、父親が王都にいるはずがないし、来た所ですることもないはずだ。うん、見間違い、見間違い、と気を取り直してジェイクに「そろそろ帰れそうですね」と声をかけた。

「そうですね、行きましょうか」
「はい」
「ところで少しお腹が空きましたね。近くに令嬢が好む洋菓子店があるのですが、行って見ませんか?」

 そう言われて、ティムは行きますの意味を込めて頭を縦に動かした。
 人気がなくなった会場を出て、待機する馬車の馭者に、ここで待っているようにジェイクが伝えると、二人で洋菓子店まで歩くことにした。
 けれど、背後から「ヴェルシュタム伯爵」と声を掛けて来る男の声が聞え、立ち止まった。
 振り返るとルドルフが立っており、ジェイクは冷えた声色で「……ああ、貴方ですか」と不機嫌な顔になった。

「急に呼び止めて申し訳ありません、失礼を承知でお声を掛けております。そちらのティナ嬢、、、、とは友人でして」
「ええ、存じてます」

 ティムも挨拶をしようかと思ったが、それを遮るようにジェイクが目の前に立ったことで、自分は一歩下がる形になってしまった。
 目に見えない何かが、パチパチと二人の間を行き来している気がする。けれど夜会の時とは違い、ルドルフも今日は負けていなかった。
 毅然とした態度を取ったまま、ジェイクと対峙しているのを見て、怖いと思えるほど真剣な顔をしていた。
 ジェイクは彼の背後へ視線を向けたあと、柔らかい表情で口元を動かし、「いいのですか?」と問う。

「ルドルフ卿は婚約者とご一緒だったのでは? 私共と話をしている場合ではないのでは?」
「先程の女性のことを言っているのですか? 彼女からは付き添いを頼まれただけです」

 互いに言いたいことを言い終えると、ルドルフがティムへ視線を向け、ニコっと笑みを浮かべた。

「ティナ嬢、昨日のこと覚えてますか?」
「え、え、覚えてます」
「良かった、では明日お会い出来ますか?」

 昨日のことって、『令嬢はもう終わり』の話じゃなくて『また会えるかな』の方? と目を見開きルドルフを見た。
 現在のティムは、彼と会える会えない云々の話をしている場合ではないので、思わず顔が強張る。
 モニカ夫人を出迎えるために本邸に客人として滞在しているし、どう答えたらいいのかと考えていると、しばらく黙っていたジェイクが「駄目ですね」とルドルフに向かって言う。
 ずいっと一歩踏み出したルドルフが、ジェイクへ向かって口を開くと。

「ヴェルシュタム伯爵、私はティナ嬢に聞いています」
「ルドルフ・スタレッダ卿、ティナは私の婚約者です」

 ――もう、やめてぇぇっ! 

 心の中でしか叫べない自分が情けないけど、この二人の間に割り込む勇気が湧いて来ない。
 冷気を漂わせたジェイクがこちらへ向き直り、「ティナからも駄目だと彼に説明をしてくれませんか?」と美麗に微笑む。どうして自分が説明を? と目で訴えたが、言葉にしないと思いは通じないのは立証済みなので仕方なく説明をする。 
 
「せ、説明させて頂きます。えーと、明後日にヴェルシュタム伯爵家の大奥様を迎える準備がございまして……、なので……、ごめんなさい」

 ティムが説明をし終えると、ジェイクが「と言うことです」と得意気に頷いた。ぐっと喉を詰まらせたルドルフだったが、すぐに柔らかな笑みを浮かべると、妙に納得したような顔になった。
 ルドルフがティムの側まで来ると、こそっと耳元で「人助けか?」と言う。確かに人助けではあるけど、本当は自分の方がジェイクの役に立ちたい気持ちの方が強かった。だから、人助けと聞かれて素直に頷けなかった。

「あの、私……」
「いいよ、分かってる」

 ルドルフはティムの手を取ると甲に唇を落とし、「また、会いましょう」と微笑みを浮かべ、ジェイクにも伯爵家の令息らしく一礼をすると、彼はその場を去って行った。
 一時はどうなるかと思ったが、丸く収まったことに安堵していると、ひんやりとした声が隣の男から発せられる。

「昨日、何があったのでしょうか?」
「何が、と言われましても……」
「それよりも、ちょっと手を貸してください」

 はい、とジェイクに手を差し出せば、「汚れてしまいましたね」とゴシゴシと手の甲を擦り、ふーふーと息を吹きかけてくる。
 何となく美術品になった気分だったが、ジェイクなりの愛情表現のひとつなのだと理解した。

「それで?」
「え……?」
「昨日、何があったのか聞いてません」

 爽やかな笑みなのに、怖いと感じるのはどうしてなのか、美形とは実に謎が多い生物だとティムは思った。
 それと、ジェイクは意外としつこい性格のようで、結局、偶然会ったルドルフとお茶を飲んだ時に、また会う約束をしたことを白状させられた。

「ティナ、仮にも貴女は私の婚約者です」
「はい、! ですね」
「……そこは強調しなくていいです。いいですか、婚約者がいるのに他の男と密会をするなんて、いけないことです」

 まるで学校の先生のようにティムを叱りつけてくるが、はっきりと説明をしておくべきだと思い、「彼は友達ですよ?」とティムは言った。

「……いいえ、あれは友達ではなくです」
「……はあ、ですけど――」

 話の途中で、さっとティムに掌を翳したジェイクが「ですけど、の続きは結構です」と言う。

「だいたい、子供の頃……」
「子供の頃?」
「ああ、失礼、言い間違えました。子供でも、、、、知っています。婚約者がいるのに他の男とお茶を飲んではいけないことくらい」

 そんな馬鹿な! と思ったが、お腹も空いているので、さっさと了承した方がいいかも知れないと思い、ティムは「分かりました旦那様」と返事をした途端、お説教がピタリと止まった。
 機嫌が直ったジェイクと一緒に、店に入りお茶を嗜み、甘い菓子に満たされたあと、屋敷へと戻れば、待ち構えているイゼルが「お帰りなさいませ」と腰を折る。
 イゼルの場所から数十歩離れた場所にいるカリーナを見たジェイクが……。

「イゼル、カリーナに今夜は屋敷内に泊まれるように手配を」 
「宜しいのですか?」
「構わないよ、彼女は私との距離を間違えたりしないからね」

 その言葉を聞き、確かにと思う。夜会で見た令嬢達とは違い、一歩引いて待機する彼女は、ジェイクの奇病を考えて行動していることが伺えた。
 イゼルは主が言うのであれば仕方ないとばかりに、カリーナに泊まって行くように言いつけた――。
    
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