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まあ食事中には女装は見たくないですよね
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テーブルマナーが遵守されているからか、旦那様達の食事の時間はほとんど会話がないらしい。食席に待機している七香達、メインのメイド達と違い、幸太郎は暇なものだ。
(確かに食事中に女装男は見たく無いわな)
タイツの導入を検討するかと考えていると山田にちょいちょいと手招きしてキッチンに呼ばれた。何かと顔を見せるとそこにはいつものお盆。時嗣分の夕飯だろう。
『時嗣様に持って行ってほしい』
そうメモ帳に書かれた紙を見せられる。そう言えば山田は喋ることができなかった。見た目が普通だから忘れていた。
「オレで良いんですか? 伊藤さんは……」
『時嗣様の部屋に入れるのならお任せしたいと』
なるほど、確かにいちいちドアを壊す(毎回では無いだろうが)暇は無いだろうし、いらないタスクは省きたいよな。お盆を持って階段を上がる。「ご主人様」と声をかけると時嗣はすぐにドアを開けてくれた。この館で時嗣をそう呼ぶのは幸太郎しかいない。
「……伊藤じゃないんだ」
「伊藤さんがこれからは俺にやらせるようにと山田さんから言付けを。……山田さんにとっても都合がいいんでしょうね」
旦那様達の夕食のメニューには無かった小さなパンケーキがデザートとして乗っている。余り物を応用して作ったのだろうか。時嗣は大喜びでそれを見ると、上に乗っかっているクリームを人差し指で掬って口に入れた。
「おいしい~~!」
「行儀が悪いですよ」
「だって本当に美味しいんだもん! 一口あげようか?」
「それはいただきます」
賄いだけでもかなり舌を唸らせるものなのだ。主人に出すものがどんなに美味しいのか一度食べてみたい。差し出されたフォークで一口食べてみる。だが、そのパンケーキは想像してた味とは大きくかけ離れていた。
(……手抜き?)
失礼だが、シャバで元カノと食べたパンケーキの方が数百倍美味しい。意外と自分の主人は貧乏舌だと思いながらも嬉しそうに頬張る姿を見て幸太郎はある言葉を思い出した。
『僕、庶民の出だからいつもの料理胸やけしちゃうんだ』
(あぁ、そうか……)
改めて見るとパンケーキがある分、他の料理はかなり少なくなっている。
「……俺、ちょっと出ますね。食べ終わった頃にまた来ます」
階段を降りてキッチンに向かうと、ちょうど山田が賄いを作っているところだった。手作りであろう野菜が入った惣菜パンに肉がたっぷり入ったクリームシチューにサラダ。賄いとしては豪勢だといつも思う。
「そのパンに入ってるんですか?余ったホットケーキミックス」
それを聞いた山田はにっこりと笑った。
「あまり特別扱いは良く無いと思いますけど」
『美味しいって言ってた?』
「言ってましたよ。旦那様達が食べてる料理よりも目を輝かせてね」
『よかった』
「……なんでこんなことするんですか」
『幸せだった記憶とかお母さんの味は忘れちゃいけないから』
ゴミ箱には予想通りスーパーで売っている様なお馴染みのホットケーキミックスの袋が捨てられていた。恐らく時嗣にとっては高級フレンチよりも馴染みのある家庭の味だ。それは一人寂しく引きこもらずにはいられなかった時嗣の幸せだった昔を思い出す、日々の唯一の癒しだっただろう。先日のプリンの時もそうだった。完全にこの館に染まらずに、正気を保てていたのは山田のおかげだ。
「……ご主人様から伝言です」
首をかしげる山田に幸太郎は言った。ほとんど自分の意見だが、きっと言わないだけで時嗣もそう思っているだろう。
「『美味しかった。いつもありがとう』と」
「……!」
表情を明るくする山田に心のどこかが燻る。自分はあの子の何も知らない。
(いや、まず前提が違うんだからそんなこと考える必要はない)
山田は好意から行動しているが、自分は自分の命を賭けたビジネスのために行動している。この差は何よりも深く埋まらないものだ。時嗣に近づいたのも、使命があるからで、それ以外にはない。時嗣は存外、みんなに愛されている。
山田だって、七香だって、それに旦那様や他の面々だって、時嗣の事を気にかけていない人間なんていないはずだ。
(——じゃあ俺は?)
元々これはビジネスだ。深追いする必要はない。だけど、自分はこのままでいいのだろうか。メイドとして、上っ面だけで心配してそれでいいのだろうか。ひきこもりを解消するのも人間嫌いを治すのも恐らくそんなに時間はかからない。だけど、本当に彼の幸せを考えるなら、もっと慎重に考えるべきではないだろうか。そんな想いだけが、幸太郎の中でぐるぐると回っている。
(確かに食事中に女装男は見たく無いわな)
タイツの導入を検討するかと考えていると山田にちょいちょいと手招きしてキッチンに呼ばれた。何かと顔を見せるとそこにはいつものお盆。時嗣分の夕飯だろう。
『時嗣様に持って行ってほしい』
そうメモ帳に書かれた紙を見せられる。そう言えば山田は喋ることができなかった。見た目が普通だから忘れていた。
「オレで良いんですか? 伊藤さんは……」
『時嗣様の部屋に入れるのならお任せしたいと』
なるほど、確かにいちいちドアを壊す(毎回では無いだろうが)暇は無いだろうし、いらないタスクは省きたいよな。お盆を持って階段を上がる。「ご主人様」と声をかけると時嗣はすぐにドアを開けてくれた。この館で時嗣をそう呼ぶのは幸太郎しかいない。
「……伊藤じゃないんだ」
「伊藤さんがこれからは俺にやらせるようにと山田さんから言付けを。……山田さんにとっても都合がいいんでしょうね」
旦那様達の夕食のメニューには無かった小さなパンケーキがデザートとして乗っている。余り物を応用して作ったのだろうか。時嗣は大喜びでそれを見ると、上に乗っかっているクリームを人差し指で掬って口に入れた。
「おいしい~~!」
「行儀が悪いですよ」
「だって本当に美味しいんだもん! 一口あげようか?」
「それはいただきます」
賄いだけでもかなり舌を唸らせるものなのだ。主人に出すものがどんなに美味しいのか一度食べてみたい。差し出されたフォークで一口食べてみる。だが、そのパンケーキは想像してた味とは大きくかけ離れていた。
(……手抜き?)
失礼だが、シャバで元カノと食べたパンケーキの方が数百倍美味しい。意外と自分の主人は貧乏舌だと思いながらも嬉しそうに頬張る姿を見て幸太郎はある言葉を思い出した。
『僕、庶民の出だからいつもの料理胸やけしちゃうんだ』
(あぁ、そうか……)
改めて見るとパンケーキがある分、他の料理はかなり少なくなっている。
「……俺、ちょっと出ますね。食べ終わった頃にまた来ます」
階段を降りてキッチンに向かうと、ちょうど山田が賄いを作っているところだった。手作りであろう野菜が入った惣菜パンに肉がたっぷり入ったクリームシチューにサラダ。賄いとしては豪勢だといつも思う。
「そのパンに入ってるんですか?余ったホットケーキミックス」
それを聞いた山田はにっこりと笑った。
「あまり特別扱いは良く無いと思いますけど」
『美味しいって言ってた?』
「言ってましたよ。旦那様達が食べてる料理よりも目を輝かせてね」
『よかった』
「……なんでこんなことするんですか」
『幸せだった記憶とかお母さんの味は忘れちゃいけないから』
ゴミ箱には予想通りスーパーで売っている様なお馴染みのホットケーキミックスの袋が捨てられていた。恐らく時嗣にとっては高級フレンチよりも馴染みのある家庭の味だ。それは一人寂しく引きこもらずにはいられなかった時嗣の幸せだった昔を思い出す、日々の唯一の癒しだっただろう。先日のプリンの時もそうだった。完全にこの館に染まらずに、正気を保てていたのは山田のおかげだ。
「……ご主人様から伝言です」
首をかしげる山田に幸太郎は言った。ほとんど自分の意見だが、きっと言わないだけで時嗣もそう思っているだろう。
「『美味しかった。いつもありがとう』と」
「……!」
表情を明るくする山田に心のどこかが燻る。自分はあの子の何も知らない。
(いや、まず前提が違うんだからそんなこと考える必要はない)
山田は好意から行動しているが、自分は自分の命を賭けたビジネスのために行動している。この差は何よりも深く埋まらないものだ。時嗣に近づいたのも、使命があるからで、それ以外にはない。時嗣は存外、みんなに愛されている。
山田だって、七香だって、それに旦那様や他の面々だって、時嗣の事を気にかけていない人間なんていないはずだ。
(——じゃあ俺は?)
元々これはビジネスだ。深追いする必要はない。だけど、自分はこのままでいいのだろうか。メイドとして、上っ面だけで心配してそれでいいのだろうか。ひきこもりを解消するのも人間嫌いを治すのも恐らくそんなに時間はかからない。だけど、本当に彼の幸せを考えるなら、もっと慎重に考えるべきではないだろうか。そんな想いだけが、幸太郎の中でぐるぐると回っている。
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