陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪

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第八話……高天神城の戦い

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――天正二年(1574)五月。

田植えが終わったころ。





「皆に問う! 今こそ攻勢に出るときではないのか? それともこの好機をみすみす見逃すのか!?」



 勝頼は諸将に問うた。

 家康の最大の盟主、信長が大阪で一向宗と長対陣しているという情報が入ったのである。



 徳川だけなら武田の敵ではない、これが勝頼の目算であった。



 ……が、諸将は頑として挙兵に反対するというところまではいかないが、積極的に攻めに出るという勝頼の方針には賛成できかねるといった態であった。





「もうよいわ! ついてくるものだけで良い!」



 勝頼は旗本部隊を先頭に進軍、属領である駿河国へと進出した。

 そこで駿河先方衆を合流し、そのまま徳川領である遠江国へと雪崩れ込んだ。







――

 浜松城にて急報を受ける家康。



「織田殿! 是非とも御援軍を!」



 独力で武田勢と戦えない家康は懇願したが、信長はこの時、徳川から矢次早に来る援軍要請を黙殺し続けた。



 この時の織田家は、自領である伊勢長嶋にて、大規模な一向一揆が発生。

 さらには、連動的に畿内のあちこちで一向一揆との戦いを余儀なくされていたのだ。

 更には、明智城を武田に抑えられたことにより、中山道の防備の必要もあった。



 この時の信長に、家康を助ける余裕はなかったのである。







――

「進め!」



 家康に動く気配がないとみると、勝頼は一気に軍を高天神城まで進めた。

 ここは遠江の要衝であり、徳川家の居城浜松城の防衛の要だった。

 しかも、信玄が攻略できなかった城でもあった。





「攻め掛けよ!」



 鉄砲除けの竹束を持った武田勢が、四方より包囲。

 狼煙の合図により、四方より高天神城に襲い掛かった。



 ……が、四方から武田勢が攻め寄せるが、城将小笠原信興は頑として抵抗した。





「武田勢に矢と鉄砲の雨を降らせよ!」



 高天神城は要害で、落ちる気配を見せない。

 しかし、城将の注意が向けられにくい搦手で変化が起き始める。





「搦手を攻める山県隊が優勢との事!」



「よし、馬場隊に山県隊を支援させよ!」



 この勝頼の搦手攻撃の判断は功を奏し、山県隊と馬場隊は西の丸を占領。

 同時に水の手の一部分を切ることにも成功した。





「馬場隊と内藤隊に大手を攻めさせよ!」

「北側の穴山隊に増援を送れ!」



 更に勝頼は城兵を混乱させるように、次々と諸将を機動的に動かした。





「城方の弾幕が薄くなった模様!」



 勝頼の作戦は、高天神城をあちらこちらから攻めることにより、敵の矢玉を摩耗させることにあった。

 策ははまり、矢玉の大半を失った高天神城の士気は急落していく。





「降伏すれば、富士郡に所領を用意いたす!」



 本丸に籠る城将小笠原信興に対し、勝頼は突如降伏勧告を行う。

 これは勝頼が猪武者ではない証左である。

 父信玄顔負け、硬軟自在の孫子の兵法であった。



 これに対し、矢玉が尽き、援軍も来ない情勢に小笠原信興は降伏を受諾。

 ここに、父信玄が落とせなかった遠江の要衝、高天神城は陥落した。





「勝鬨!」



「「「えいえい!」」」



――高天神城陥落。

 このことは、内に対しては勝頼の威勢を高め、外に対しては武田の武威を大きく知らしめる結果となった。





「……ひょっとして、信玄公は生きているのでは?」



――信玄死す!

 ひょっとして、『これこそが信玄の最大の策略であったのではないか?』という風聞まで立ち始めたのであった。







☆★☆★☆



人物コラム『真田幸隆』



信濃先方衆の筆頭格。

砥石城主。

武勇のみならず謀将として有名。

その智謀で村上義清を追い落とすことに成功するなど、信玄の信濃攻略に大きく尽力した。

大坂の陣で有名な真田幸村の祖父でもある。
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