クゥクーの娘

章槻雅希

文字の大きさ
15 / 25

15.母と父たち②

しおりを挟む
 そして、アンソルスランが役目を終えたころ、ヴュルギャリテの兄ポーヴルが公爵邸に押し掛けてきた。事前の連絡もなく、である。
 会ってやる義理はなかったが、面倒を避けるためポーヴルと面会した。そこには義兄のシャンも同席した。妊娠中の妹に代わって話を聞くと告げれば、ポーヴルは驚いていた。まさか正妻も妊娠しているとは思いもしなかったのだろう。
 因みに応接室の隣の隠し部屋では妻と姑もしっかり話を聞いていて、あとから散々女傑の姑には盆暗婿と叱られた。
 そうしてポーヴルが告げたのはヴュルギャリテの妊娠だった。あの一夜でヴュルギャリテは身ごもったのだと。それでは大商会の後妻に入ることも出来ない。どうしてくれるのだと。暗にヴュルギャリテを公爵家に入れろ、愛人にしろと要求していた。
「それはそれはうちの妹婿が失礼したね。貴殿の言い分も尤もだろう。よろしい、縁談が破談になった分の慰謝料はお支払いしよう。当然、破棄された婚約証明書はあるのだろうね」
 ペルセヴェランスよりも3歳年下の義兄は高位貴族らしい尊大な雰囲気をまといポーヴルに問いかける。この場ではペルセヴェランスは情けない入り婿を演じ、シャンがポーヴルと話をすることになっていた。
 なおクゥクー公爵家ではヴュルギャリテと商会の隠居との縁談は話が出たばかりで口約束にも至っていないことを掴んでいる。つまり破談も何もない状態だ。
 破談の慰謝料を要求するのであれば、最低限婚約証明書がなければならないというのは貴族の常識だ。後々のトラブル回避のために婚約証明書は貴族院と両家にそれぞれ破棄された旨が記されたうえで3年間の保存が義務付けられている。
 しかし、婚約は成立していなかったのだから当然ながらそれはない。ゆえにポーヴルは慰謝料を吹っ掛けることは諦め、恐れ多いと断らざるを得なかった。
「我が公爵家としても婿の不始末を放置するわけにもいかぬゆえ、愛人は容認しよう」
 不本意そうな表情を作り、シャンが言う。それにポーヴルは満足そうに下卑た笑みを浮かべた。ペルセヴェランスもホッとしたような、嬉しそうな笑みをこぼす。
 ペルセヴェランスも下位貴族出身とはいえ今は高位貴族の婿だ。それくらいの演技は容易だった。
 男爵家がそう要求してくることは予想していた。一夜の過ちで済ませるはずがないことは想像に難くなかった。だから、アンソルスランはヴュルギャリテを愛人として認めることにしていた。ペルセヴェランスとしては不満だったが、まさしく自分の蒔いた種だ。
「では、近日中にヴュルギャリテを連れてまいります。部屋はどちらにいただけるんで? ああ、別館をご用意いただけるんですかい?」
 おそらく安心して素が出たのだろう、貴族らしからぬ口調でポーヴルは言う。公爵邸にヴュルギャリテを住まわせようというのだ。
 だが、常識的に考えて愛人を正妻の住む家に入れることなど有り得ない。ましてやペルセヴェランスは入り婿なのだからそれは出来ないとシャンは突っぱねた。
「妹は今大事な時期なのだよ。愛人を公爵家の敷地に入れるなど有り得ぬ。妹には僅かな心労すら与えたくない。それは同じく妊娠中の妹を持つ貴殿ならご理解いただけよう」
 きっぱりと告げたうえでシャンはヴュルギャリテを愛人として認めるための諸条件を伝えた。その間、ペルセヴェランスはオロオロソワソワしている。当然演技だ。
 ヴュルギャリテには王都内に家を与えること、月々の生活費を渡すことを約束した。但し、男爵家に対して公爵家が何かを援助したり支援したり融通することはないことも明言した。当然だろう、正妻の実家が愛人の実家を好くわけはないのだから。
 それに対してポーヴルは激しく抵抗した。しかし、シャンは断固として譲らなかった。この条件を呑めないのであれば、ヴュルギャリテを愛人とすることも認めないと告げれば、渋々と引き下がった。
 ついでに念のために念書も書かせた。デトリチュス男爵家が公爵家にもペルセヴェランスの実家のマルシャン子爵家にも一切関わらないというものだった。
 男爵家にしてみれば不満はあれどそれで納得することにした。直接公爵家から金を引き出せなくても、潤沢に与えられるだろうヴュルギャリテの生活費から幾何か融通させればいい。ヴュルギャリテに耽溺しているペルセヴェランスであれば、ヴュルギャリテが願えばいくらでも金を持ってくるだろうと。
「近日中に家を用意して連絡する。貴殿ら家族がそこに出入りするのは自由だが、当公爵家とは一切無関係であることを忘れるな」
「へい、承知しておりやす」
 ポーヴルはヘコヘコと頭を下げた。納得し受け入れた振りをしたが、内心では馬鹿にしていたのだ。
 このシャンとかいう兄は家督を継げない盆暗と専らの評判だ。だから、妹婿のペルセヴェランスが公爵家を継ぐ。
 ペルセヴェランスの妻が子供を産めば公爵は引退し、爵位を譲るという噂だから、あと1年弱待てばペルセヴェランスの天下になる。そうすれば今の妻はお飾りになり、ペルセヴェランスが溺愛するヴュルギャリテが実質的な公爵夫人となるのだ。
 クゥクー公爵家の役割を知らず上位貴族の常識も知らぬポーヴルは自分たち男爵家に都合のいい夢を見て、公爵邸を後にしたのだった。
「面倒な相手に目をつけられたね、ペルセヴェランス」
「申し訳ない」
 ポーヴルが出て行った応接室で疲れたようにペルセヴェランスは義兄の言葉に応えた。既に室内には妻と姑も入ってきている。
「まぁ、わたくしがこれこそはと選んだ婿ですもの。引く手数多でモテるのは当然ね」
 笑いながら言うのは現クゥクー公爵である姑のクラージュである。いい婿を選んだと自画自賛している。そんな『好い男』の婿なのだから、女性問題が起きるのは当然だと思っているらしい。
「母上、笑い事ではありませんよ」
 母に似ず真面目なシャンは頭痛を堪えるような表情で、ペルセヴェランスとしては申し訳なくなる。
「あら、お兄様、仕方ありませんでしょ。わたくしが愛するほどの殿方ですもの。他の女が執着するのも当然です。ペルセヴェランスはわたくし一筋だから問題ありませんわ」
 コロコロと笑うのは妻だ。妻は確実に姑に似ているとペルセヴェランスは思う。愛情を疑われていないのは嬉しいが、やはりこの家は女性が強かなのだと実感した。
「しかし、ペルセヴェランスは年初めに断種の術を受けているのだろう? 子供が出来るはずはないのだが」
 首を傾げながら義兄のシャンは言う。そんな仕草にはまだ何処か幼さが見えた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした

きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。 全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。 その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。 失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

妹に全て奪われて死んだ私、二度目の人生では王位も恋も譲りません

タマ マコト
ファンタジー
【高評価につき21話〜43話執筆も完結】 第一王女セレスティアは、 妹に婚約者も王位継承権も奪われた祝宴の夜、 誰にも気づかれないまま毒殺された。 ――はずだった。 目を覚ますと、 すべてを失う直前の過去に戻っていた。 裏切りの順番も、嘘の言葉も、 自分がどう死ぬかさえ覚えたまま。 もう、譲らない。 「いい姉」も、「都合のいい王女」もやめる。 二度目の人生、 セレスティアは王位も恋も 自分の意思で掴み取ることを決める。 だが、物語はそこで終わらない。 セレスは理解している。 本当の統治は、即位してから始まる。 壊れた制度の後始末。 王太子という肩書きの再定義。 影で生きてきた者たちの行き先。 腐敗を一掃した後に残るものを、どう生かすか。 それを選ぶのが、女王セレスティアの次の戦いだった。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】婚約破棄はいいですよ?ただ…貴方達に言いたいことがある方々がおられるみたいなので、それをしっかり聞いて下さいね?

水江 蓮
ファンタジー
「ここまでの悪事を働いたアリア・ウィンター公爵令嬢との婚約を破棄し、国外追放とする!!」 ここは裁判所。 今日は沢山の傍聴人が来てくださってます。 さて、罪状について私は全く関係しておりませんが折角なのでしっかり話し合いしましょう? 私はここに裁かれる為に来た訳ではないのです。 本当に裁かれるべき人達? 試してお待ちください…。

【完結】遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!

天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。  魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。  でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。  一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。  トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。  互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。 。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.  他サイトにも連載中 2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。  よろしくお願いいたします。m(_ _)m

婚約破棄?それならこの国を返して頂きます

Ruhuna
ファンタジー
大陸の西側に位置するアルティマ王国 500年の時を経てその国は元の国へと返り咲くために時が動き出すーーー 根暗公爵の娘と、笑われていたマーガレット・ウィンザーは婚約者であるナラード・アルティマから婚約破棄されたことで反撃を開始した

処理中です...