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軽く断罪

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 アマネセルの言葉に反論できないようでオルガサン侯爵ガラパダも妻ポリリャも怒りに震えている。恐らく豪勢に旅行を楽しみながら領地へ戻っていたところに王家からの使者が来て、想像もしていなかった事態に混乱し、王都へと急ぎ戻ったのだろう。

 彼らにしてみれば離婚など有り得ない事態だ。下位貴族から上位貴族への離婚申し出など有り得ないと。それが出来るようにするための婚姻前契約書であり、態々王城の法務局に出向いて法務官と貴族の婚姻を司る中務省の政務官の立会いの下で契約を交わしたのだ。この婚姻前契約は国が、王が認めたものであり、この決定に異を唱えるということは王に逆らうのと同義だ。

「しょっ証拠は! ペルデルが不貞を働いた証拠はあるのかっ」

 みっともなく唾を飛ばしながらガラパダは無駄な足掻きをする。先ほどペルデルは『愛しいアバリシア』と言ったというのに。

 部屋が広いのが幸いして、ガラパダの対面に座るエスタファドル一家までは汚らしい雫が飛んでくることはなかった。しかし、控えていたメイドはわざとらしくテーブルを拭き、主一家のお茶を入れ替えた。勿論、オルガサン一家のものはそのままだ。当然嫌がらせだ。

 ガラパダは悪足掻きをしているが、それが完全な無駄というわけではない。ペルデルの失言があるとはいえ、ここでペルデルが『自分はただ秘かに彼女を思っているだけだ。動揺して彼女の名を出してしまった』とでも主張すれば通らないこともない。証拠がなければ。

「証拠もないのに法務局や中務省が離婚を認めるわけなかろう。申請時に証拠も提出している。貴殿の盆暗息子が我が愛娘に吐いた暴言も記録されてる。娘とは白い結婚で、阿婆擦れシアだったか、その女に子を産ませて後継とするだとか、馬鹿なことも言っていたな」

 先ほどからアマネセルの言動は上位にいる貴族へのものではない。こんな貴族の恥でしかない連中に敬意を持った言葉遣いなどしたくもない。それにオルガサン家は離婚成立を以って男爵に降爵されることが決まっている。慰謝料などの問題があるから直ぐに爵位が下がるわけではないが、王命違反をしたのだ。降爵は免れない。

「この婚姻は貴家の困窮を救うために貴家からの申し出によって成立した。我が家には何の利もない婚約ゆえ幾度も断ったにも関わらずな。陛下が侯爵領の民の困窮を憂い、我が家に王命が下されたゆえに結ばれた婚姻だ。当然、貴家にも陛下より王命が下されたであろう。我が娘と婚姻を結び、我が娘より生まれた子を後継者となし、三代のうちに領地を立て直せと」

 そう、婚姻の王命が下っていたのはエスタファドル伯爵家だけではない。婚姻を申し出たオルガサン侯爵家にも王命はあったのだ。しかし、自分たちから申し出た婚姻だったことから、ガラパダたちは深く気に留めず、この婚姻を王家が後押ししてくれたという程度にしか考えていなかった。

 しかし、それはガラパダたちの都合のいい思い込みでしかない。オルガサン侯爵家に下った王命はいざというときに王命違反で罰するためのものだった。だから同じような内容が婚姻前契約書に盛り込まれている。

「そ、それならば、伯爵家も王命違反ではありませんの!? 離婚を申し出るなんて」

 これまで無言だった侯爵夫人ポリリャが反論する。それにガラパダはそうだそうだと頷く。当人のことなのにペルデルは展開についていけず、いまだソファから転げ落ちたまま、呆然と床に座っていた。

「我が家の下された王命はそこの情けない盆暗との婚姻。既に果たされている。離婚するなとは言われていない。子が出来なければ離婚するしかないからな」

 そう、エスタファドル伯爵家の王命の勅書にははっきりと『オルガサン侯爵家嫡男ペルデルとの婚姻を命ず(但し、婚姻二日目以降の離婚可)』と記されているのだ。

 オルガサン侯爵家の王命勅書には『マグノリアの子に後を継がせろ、侯爵領を立て直せ(意訳)』と記されている。つまり王家公認の侯爵家乗っ取り許可であり、侯爵家取り潰し確約書でもあったのだ。

「父上、証拠証拠と五月蠅いから見せて差し上げたらどうですか? そうすればぐうの音も出なくなるでしょう」

 成人前とはいえ後学のためにと同席していた次男ルシアノが言えば、さっと侍従長が記録の魔導石が保管された黒檀の箱を差し出す。侍従長としてもこんな醜悪な一家はさっさと縁を切って追い出したいのだ。ルシアノも大好きな姉を貶めた連中を叩きのめしたいし、さっさと終わらせて二人だけの別邸での姉との時間を満喫したい。

 魔導石を受け取ったアマネセルは最初の一つに魔力を流す。そうして、初夜の音声が流れた。

『俺が貴様を抱くことはない! 俺に愛されるなどと期待するな! 貴様は金を運ぶだけのお飾りの妻だ! 俺の愛を期待するな。俺の愛は真実の恋人アバリシアに捧げられているんだ!!』

 これは音声だけであったから証拠能力は乏しく、これだけでは不貞の証拠にはならない。だから、侯爵一家はなんだこの程度かと安堵し余裕の笑みを浮かべた。

 続いて二つ目の魔導石にアマネセルが魔力を流すと、中空に映像が映し出された。婚姻に際して改装されたオルガサン侯爵家の応接間だ。その調度品に『うわぁ、品のない部屋』とボソリとルシアノが呟いた。

 映像の中でペルデルは装飾過多の下品な椅子に座りワインを瓶から直接飲んでいる。おおよそ高位貴族の子弟がやることではない。飲んでいるワインは分不相応な高級貴腐ワインで勿体ないことこの上もない。

『話とはなんだ。俺は忙しい。態々貴様に時間を割いてやったんだから、さっさと話せ』

『確認ですわ。昨晩、貴方はわたくしを愛するつもりはないと仰いましたわね。跡継ぎはどうなさいますの?』

『俺の子は愛しいアバリシアが産む。貴様は名ばかりの妻だ』

『白い結婚ということでよろしいかしら。わたくしとの間に子を為すおつもりはないということですわね』

『貴様など誰が抱くか! アバリシアが産んだ子が俺の跡継ぎだ!』

『承知しました。それを確認したかったのですわ』

『ふん。俺は出かける!』

 そこで映像は終わる。ペルデルはあまりにも居丈高で態度も悪く品位に欠けるが、これを不貞の証拠とするには不十分だ。自分たちの優位は変わらないと侯爵一家はニヤニヤとしている。

 だが、彼らは勘違いしている。これは不貞の証拠ではなく、王命違反の証拠だ。映像の中でペルデルは白い結婚であり、愛人の産んだ子を後継者にすると宣言しているのだ。

 それに気付かぬ侯爵一家に呆れながら、アマネセルは次の魔導石に魔力を流す。映し出されたのは貧相な部屋とそこにいる愛人アバリシア。そして、散々にマグノリアを貶めて馬鹿にする二人。そのままベッドへと雪崩れ込み、獣のように絡み合う。

 流石にこれには侯爵一家も血の気が引いた。

 更に次々と魔導石の映像が展開される。高級宿屋で盛る二人、屑石専門の宝飾店、貴族用古着店、質屋経営の貴金属店など、一流とは言い難い店でそれとは気付かずに散在する二人。宿の部屋で手掴みで食事する平民にも劣るマナーの二人。まるで賤民だ。

「いかがですかな。これでもまだ不貞の証拠はないと?」

 真っ赤になって怒りに震えるガラパダと、途中で気を失って現実逃避したものの透かさず気付け薬を嗅がされ強制復帰したポリリャ、ガラパダとは対照的に真っ青になって震えるペルデルがそこにはいた。

「こっ、この程度がなんだ! 貴族が愛人を持ったとして、何の問題もないだろうが!」

 そう、普通は夫が浮気して愛人を持ってもそれを理由に離婚することは殆どない。政略結婚が中心の貴族であれば、後継者問題を起こさない限り問題にはされないのだ。尤もペルデルは後継者問題を起こす気満々だったわけだが。

「勘違いするな。不貞が問題なのではない。不貞したことで婚姻前契約違反をしたからこそ貴様の屑息子有責での離婚が認められたんだ」

 そう、夫の不貞による離婚ではない。婚姻前契約違反のための離婚なのだ。
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