所(世界)変われば品(常識)変わる

章槻雅希

文字の大きさ
8 / 21

08.ゲーム開始

しおりを挟む
 あっという間に時は過ぎ、ついに迎えた学院入学の日でございます。
 前世の記憶について話をしてからも特に変わったことはございませんでした。5大公爵家で情報を共有した程度でございますわね。
 ああ、それから両親と陛下・妃殿下にはヒロインのパーソナルデータもお知らせいたしましたのでひそかに監視しておられたご様子。お父様が『ないわー、あれはないわー』とキャラクターを崩壊させて呟いておられました。
 それからウェブ小説でよくある魅了や洗脳といった特殊能力がないか、宮廷魔導士と他大陸の大賢者様によって確認もしておられました。10歳のときと入学前日の2回。
 なお、これらのヒロイン情報は殿下とお兄様には伝えられませんでした。陛下やお父様曰く教育の一環だそうでございます。わたくしから忠告を受けていてなお誑かされるようでは国を任せることは出来ないからと。
 殿下との仲は相変わらず良好でございます。いえ、その、殿下に男性の色気が出てきてドキドキさせられることが増えてまいりましたけれど。でも殿下も『ブランがセクシーで悩ましすぎる!!』と仰ってますからお互い様でしょうか。
 流石にまだ15歳で婚姻前でございますから、触れる程度の口づけ以上は出来ません。お父様にもお母様にもお兄様にも弟たちにもそれ以上の接触は固く戒められております。陛下や妃殿下はイケイケと囃し立てられることもございますけれど……。
 なんでも庶民や貴族の令嬢方の間ではわたくしたちは『理想的な恋人同士』と言われているそうですの。ゲームとは状況が全く異なっておりますわね。
 さて、この国では前世の世界でいう高校に該当する王立学院がございます。基本的に貴族の子女が通う学院ではございますが、優秀な庶民も入学が可能です。殆どは裕福な商人や豪農の子供ですけれど。この辺りも乙女ゲームの定番でございますわね。
 そして、ゲームのベタなオープニングイベントもございます。
 入学式前、馬車降り場にて馬車から降りられた王太子のもとへ遅刻しそうだと慌てていたヒロインが走ってきて転び、王太子にぶつかるというものですわ。その場には王太子の側近候補である攻略対象もいるというある意味お約束ですわね。
 でも、学生寮に入っているヒロインが何故逆方向にある降車場に来たのでしょうね。それに遅刻しそうな時間に王太子が来るなど有り得ませんわ。
 実際に殿下が来られたのは式典開始の1時間前でございました。打ち合わせがございますからね。
 そして殿下の出迎えにわたくしをはじめとした側近たちもおりますし、馬車の周囲には当然ながら護衛騎士もおります。
 ですので、ヒロインらしき少女は殿下にぶつかる前に護衛騎士に阻まれました。普通であればぶつかりそうになったことを謝罪するでしょうに、少女は不満げな顔をしておりました。ありありと『なんで邪魔するのよ』と。
 その表情を見てわたくしとお兄様、殿下は『あ、これは……』と思いました。恐らくこの少女はゲームのままのヒロインではないと。
 いえ、見た目はヒロインのグラフィックと同じでございます。ところどころ飛び跳ねたふわふわのピンクブロンド、純朴そうな見た目、どこか庇護欲をそそるような小柄な体。
 けれど、その目が違うのです。ギラギラと獲物を狙うかのような目。中身は恐らく本物のヒロインではなく転生者でしょう。
 とはいえ、転生者と結論付けるのも早計でございます。ゲームのヒロインとは性格が違って、単に王太子狙いで出会いを印象付けようとしたとも考えられます。この世界の貴族の常識からは有り得ないことでございますが、乙女ゲームのヒロインそのものが常識的には有り得ない存在でございます。攻略対象たちも攻略が進めばどんどん貴族の常識や社会の良識からは外れていくのですし。
 ヒロインらしき少女は護衛騎士に拘束され、どこかへと連れていかれました。恐らく尋問を受けることになるのでしょう。
 何しろ偶然ぶつかりそうになったというには不自然すぎます。明確に殿下を目指して走ってきていましたもの。ギラギラと獲物を狙うような目をして。
 護衛騎士たちもそれに気づいていたからこそ、少女の手が殿下に届く範囲に来る前に拘束したのです。尤も護衛騎士たちは暗殺者の可能性を考えて動いたのでしょうけれど。
「今の娘はなんだったのでしょう……」
「中々に可愛らしい娘ではあったが、あの目はないな」
 殿下の側近候補として側にいたヘンリー様とエドワード様が呆然として仰います。護衛騎士候補であるトマス様は殿下の前に立ち身構えておられましたが、ようやく体の力を抜かれました。
 ……トマス様の様子が少しおかしいですわね。何処か陶然とした表情にも見えます。え、まさか、今のでヒロインに一目ぼれとかございませんわよね? いくら脳筋の単純枠とはいえ、あの状況で?
 お兄様に視線を向けますと、お兄様は厳しい表情でトマス様を見ておられました。わたくしの視線に気づくとわたくしに蕩けるような笑顔を向けられます。シスコン健在です。
「さぁ、皆、不審者は騎士たちに任せて入学式に向かおう。ブラン、お手をどうぞ」
 殿下が冷静に皆様を促し、わたくしをエスコートしてくださいます。わたくしの斜め後ろにお兄様がつかれ、そっと話しかけてこられました。
「ブラン、トマスがおかしい。注意しろ」
 ええ、どう見てもあの表情は一目ぼれですわね。面倒なことになりそうですわ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

良くある事でしょう。

r_1373
恋愛
テンプレートの様に良くある悪役令嬢に生まれ変っていた。 若い頃に死んだ記憶があれば早々に次の道を探したのか流行りのざまぁをしたのかもしれない。 けれど酸いも甘いも苦いも経験して産まれ変わっていた私に出来る事は・・。

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

悪役令嬢は天然

西楓
恋愛
死んだと思ったら乙女ゲームの悪役令嬢に転生⁉︎転生したがゲームの存在を知らず天然に振る舞う悪役令嬢に対し、ゲームだと知っているヒロインは…

未来の記憶を手に入れて~婚約破棄された瞬間に未来を知った私は、受け入れて逃げ出したのだが~

キョウキョウ
恋愛
リムピンゼル公爵家の令嬢であるコルネリアはある日突然、ヘルベルト王子から婚約を破棄すると告げられた。 その瞬間にコルネリアは、処刑されてしまった数々の未来を見る。 絶対に死にたくないと思った彼女は、婚約破棄を快く受け入れた。 今後は彼らに目をつけられないよう、田舎に引きこもって地味に暮らすことを決意する。 それなのに、王子の周りに居た人達が次々と私に求婚してきた!? ※カクヨムにも掲載中の作品です。

痩せすぎ貧乳令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とあるお屋敷へ呼ばれて行くと、そこには細い細い風に飛ばされそうなお嬢様がいた。 お嬢様の悩みは…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴッドハンドで世界を変えますよ? ********************** 転生侍女シリーズ第三弾。 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』 『醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』 の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!

【短編】誰も幸せになんかなれない~悪役令嬢の終末~

真辺わ人
恋愛
私は前世の記憶を持つ悪役令嬢。 自分が愛する人に裏切られて殺される未来を知っている。 回避したいけれど回避できなかったらどうしたらいいの? *後編投稿済み。これにて完結です。 *ハピエンではないので注意。

【完結済み】王子への断罪 〜ヒロインよりも酷いんだけど!〜

BBやっこ
恋愛
悪役令嬢もので王子の立ち位置ってワンパターンだよなあ。ひねりを加えられないかな?とショートショートで書こうとしたら、短編に。他の人物目線でも投稿できたらいいかな。ハッピーエンド希望。 断罪の舞台に立った令嬢、王子とともにいる女。そんなよくありそうで、変な方向に行く話。 ※ 【完結済み】

処理中です...