独身300歳魔女は9歳の男の子を拾って魔女にした

筑波りあ

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パルマとわかりあえた日

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 そうして様々なことを教えつつ2か月ほどたち、初夏の気配をほんの少し感じる5月も終わりそうな日。
 朝早く起きて、私にお茶を淹れてくれたパルマは初めて休みが欲しいと言ってきた。
 パルマが、自分から休みが欲しいと言ってきたのは初めてで、その休みは何に使うのか聞くと町へ行くと言ってきたので、私はお小遣いと護身用魔道具をあげて出かけるのを見送った。

 私に「行ってきます」と微笑みを浮かべ、パルマは女装で出かけていった。その時のスカートにブラウスを身に着けた姿は、かわいい町娘にしか見えない。
 それに私があげた化粧もまだぎこちないけれど使いこなしつつあり、女の子らしく成長していくのを実感できて嬉しくなる。
 なお、中身が男の子だということは気にしない。かわいければいい、もしくは美人なら性別は問わないものだと思う。
 かわいいは正義!

 久しぶりに1人になった私はゆっくりとした時間を過ごすことになり、荷物の片づけと掃除をのんびりと始めていく。
 掃除を終えた静かな時間の中、1階で薬の調合をしていると、パルマが暗く寂しそうな表情で家へと帰ってきた。

「おかえり、パルマ」
「……うん、ただいま、シエナ」

 明るい笑みを向けるも暗い声で返事をされ、パルマはそのまま2階へと上がっていく。
 あの暗さは遊び疲れたものではなく、何か悲しい出来事があったに違いない。少しして落ち着いたら話を聞かないと。
 もし、うちのパルマをいじめたり何かした人がいた場合は魔女の秘薬を使って日常生活が送りづらい体にしてあげなきゃね。
 そう考えると即座に今やっている調合を止めて片付けると、毒物の在庫と品質確認を始める。

 時間が経ち、食事の時間になったので2階から降りてきたパルマと私が気合を入れて作った肉料理中心の夕食を共にするけど、話はあまりできずに食事は終わってしまい、パルマは2階へと帰ってしまった。
 まだ出会って短い間だけれど、パルマに相談されないのはショックだった。これが女の子だったら「生理がはじまった?」と聞くこともできるのに。年齢的にもそろそろだと思うから。
 でも男の子。女の子の姿で、女の子より綺麗でかわいいけれど男の子。男の子の体なんてわからず、強引に聞いてわからないことだと話がさらに沈黙してしまうに違いない。
 だとしても、弟子であり引き取ったからには嫌われようとも話をして理解しないといけない。
 嫌われる覚悟をした私は食事の後片付けをしたあと、気合を入れて―――昼にやっていた薬の調合の続きを始めた。

 うん、話をするなら早いほうがいいのはわかるんだけどね?
 心構えを作るには明日というか、時間を置いたほうが話しやすいかなぁと。全部、自分への言い訳だけど。
 ひどく大きなため息をついた私は、ロウソクの小さな光を輝かせる複数のランタンに照らされながら仕事を始めていく。
 パルマと話すのが怖く、現実逃避という流れで仕事をすると普段より集中し効率よくできるのはなんでだろう。と、そう思ったのは調合が一段落した時だ。
 机に向かい、椅子に長々と座っていた私は手足を伸ばして大きな深呼吸をする。
 一度集中が切れると疲れが一気に来てしまう。
 椅子にもたれながら、ぼぉっと天井を見上げていると2階から歩く音が聞こえ、その足音がいったん途切れたかと思うと屋根を登っていく音が聞こえてくる。

 パルマが外に行ったらしく、今日の天気はどうだったかと窓に近づいて空を見上げると、雲はほとんどなくて半分の月が見える空だった。
 外は弱い風しか吹いていないけど、5月終わりの夜は寒く、温かい飲み物を持っていって一緒に話をしようとお茶の準備をする。
 お茶ができたあと、片手にお茶が入ったマグカップ2つを持って2階に行くと、屋根がすぐ近くに見える廊下の窓が一か所開いていた。
 私はその窓から外に出ると、頑張って汗をかき、手足がツリそうになりながらも屋根の上へと登っていく。屋根の上にいくと、三角屋根のてっぺんで膝を抱えて座るパルマの姿があった。

 私が登ってきた位置から見えるパルマは、寂しげな横顔と月明かりに照らされ、淡く光る金髪がとても幻想的だった。まるでおとぎ話の場面かと思ってしまうほどに。
 それほど美少女に見えるパルマと月明かりの相性はよかった。
 そんなパルマの隣に人1人分の距離を開けて座ると、静かにマグカップを差し出す。
 パルマは私を見つめてからマグカップを両手で受け取って、そっと飲んでくれる。

「……温かい」
「私自慢の体が温まるハーブ茶よ。こんな涼しすぎる夜には最適ね」

 落ち込んでいるパルマへにっこりと笑みを向けた私は、それ以降は何も言わずに森から聞こえる虫の鳴き声を音楽として夜の景色を眺めていく。
 2階の屋根はまわりにある森の木と同程度の高さであり、見晴らしはよくない。
 でもその隙間からは遠くにある街がたいまつを使っている様子がわかる。
 それはとても小さな明かりだけれど、暗い夜となれば遠くでも見えるものだ。
 マグカップのお茶を飲みながら景色をぼぅっと眺め、体が冷えてきたときにパルマは口を開いて小さな声でしゃべり始める。

「3年前の今日、ボクは孤児院の前に捨てられたんだ。今はもうなくなってるけど、今日は孤児院だった建物の前でずっと待ってたんだ。母さんが迎えに来るかなって」

 パルマがため息をついてマグカップに残っていたお茶を一気に飲みほすと、その顔を見ていた私と目が合う。

「でも今年も迎えに来なかった。来たのはボクを女の子だと思って声をかけてきた見知らぬ人たちだけだった。去年もおととしも待っていたんだ。
 優しい母さんはボクを捨てたんじゃなくて、ちょっとの間だけ預けたんだと思って。……そう思いたくて」 
「お母さんのところに帰りたいの?」

 そう聞くと、パルマは少しだけ月を見上げたあとに顔を膝のあいだへとうずめた。 

「孤児院に預けられた頃はそう思ってたけど、今はそう思ってない。今日は感謝を言いたかったんだ」
「感謝?」
「死んだ父さんが若い頃に大怪我をしてシエナに助けてもらったっていうのを教えてもらったんだ。それと、捨ててくれてありがとうって」

 なんで捨ててくれてありがとうなんだろうと不思議に思っていると、急に顔をあげ、私へと寂しげほほ笑みを向けてくれる。
 その笑みを見ながら、私はパルマが言ったことに驚く。出会った時から私に嫌悪感をなく一緒に来てくれたのは、昔の私がパルマの父親を助けてからということ。
 そして、この子はまだ9歳なのに、大人のように落ち着いている。
 私が9歳の頃は大声をあげて文句を言ってばかりだったというのに。
 拾った時からパルマはずっと落ち着いていた。いえ、この子は落ち着きすぎていた。
 捨てられたことに強く怒ることもせず、感謝を言いたいだなんて。なんて精神力が強い子なのだろうと感心し、でももっと子供っぽく弱くいて欲しいとも思ってしまう。

「どうして、捨ててくれてありがとうなの?」
「シエナだけが優しくしてくれたから。ボクと暮らしてくれたから。色々なことを教えてくれたから。……お母さんと違って」

 感謝してくれるのは嬉しいけど、教えてくれたという部分にはちょっとの罪悪感が。
 拾ったときには男の子とわからず、女の子として拾って、それを正直に言えず魔女として育ててきたからなのと、女装が似合っているから手入れまで教えたことが後ろめたい。
 けれど、私の勘違いがきっかけでパルマがこうして喜んでくれるのなら嬉しいことだわ。

「私も1人暮らしが寂しかったから丁度よかったのよ。300歳の誕生日にあなたを拾ったことは、ずっと自慢にできると思うの」
「ボクを拾ったことを後悔しないように、いい子で頑張っていくよ」
「いい子だけでなくてもいいわ。私に悪いことがあったら文句や不満を言っていいし、わがままだって。
 子供のあなたは今のうちに多くのことへ挑戦して経験を得ることのほうが大事なのよ」
「そうかな」
「そうよ。魔女になるには多くの知識と経験が必要で、遊ぶのも必要だと思うの。なにか失敗しても私が助けるわ。それが師匠というものだもの」

 私は心からそう思い、自然と柔らかい笑みが浮かび上がってきた。
 だというのに、パルマは私の笑顔を見るとわずかに硬直したあとに挙動不審で視線をあちこちに動かし、立ち上がって私に背を向ける。

 ……もしかして今の私は変な表情なの? もしくは顔? 外に出かける時以外は化粧をつけてないけど、素顔なんて見慣れているはずだし。
 なにより手入れをしているぶん、元の顔は悪くても肌だけは自慢できるのよ?
 最も夜に鏡を見るなんて最近はしてなかったから、見るに堪えない顔という可能性がないとは言えないけれど。
 顔も含めて言葉が悪かった?

「気にさわったならゴメンね。あなたは自立心が高くて、人に助けられるのは好きじゃな―――」
「違うよ、違う。実は興味あることがいくつかあるんだ。それで化粧の実験に失敗するかもしれないけど、困ったときには助けてくれるんだよね?」

 私の言葉をさえぎって言うパルマの言葉は弱々しく小さな声で、その顔は子供らしい寂しげな表情をしていた。

「ええ、必ず助けるわ」

 力強く返事をすると、パルマは安心したように深く息をつく。
 私はその安心した顔を見て話がひと段落したと解釈した。このまま話をしてもいいけれど、寒い空の下では風邪を引いてしまう。
 これからはもっとお互いに踏み込んだ、家族のような話をしていこう。
 寒さで冷えた体を慎重に動かして立ち上がるとパルマは私の手からマグカップを取り、それぞれの手に1個ずつ持ったまま登ってきた窓へと歩いていく。

 早足で、でも気分よく歩いていく後ろ姿を見ると私は間違っていなかったと安心する。
 家に入ったら、また温かいお茶を淹れようと考えた途端、パルマがバランスを崩してマグカップを手放しながら体が傾いていく様子が見えた。
 体が落ちていくのは窓が開いている家の中ではなく、家の外。地面へと向かっていた。

 私はとっさに、走り出してパルマを掴もうと手を勢いよく伸ばす。
 体勢を崩しながらパルマも私へと手を伸ばし、パルマが屋根の端にたどり着いたところで捕まえることができた。
 けれども勢いというのには逆らえず、ほんのわずかのあいだだけ動きを止めることはできたものの、私も一緒に地面へと落ちてしまう。
 落ちてしまいそう。でもこの瞬間だけは世界がとても遅く見え、私の頭はひどく冴えわたっている。

「風よ! 舞い上がれ!!」

 魔力効率の悪い略式詠唱。そして具体的な指示もない精霊任せの魔法。パルマの手を掴む力が弱くなってしまうほどの魔力が1度に抜けるけど、私は歯をくいしばって懸命に耐える。
 私とパルマのまわりで強い風が起き始めた瞬間に私たちは一緒に屋根から落ちた。
 落ちていく世界。
 どこか心地いい浮遊感。
 呼吸が苦しくなるほどに地面から吹き上げてくる強い風。
 パルマの泣きそうな、でも私にとってはかわいく見える表情。
 それら全部を瞬間的に感じ取り、私はパルマを抱きかかえて地面へと落ちていった。

 ………。
 生きていた。
 頭はぼんやりとし、体のあちこちは痛いけれど死んではいない。
 パルマは仰向けに倒れた、私の腕で抱きしめられ、私の体に抱き着いていた。
 ここは死後の世界かと思ったけれど、見上げている視界に入る半分の月はここが現世だと教えてくれる。
 段々と時間が経つにつれて痛みが明確化し、抱いているパルマの温かさを感じていく。

「シエナ? ……シエナ!」
「大丈夫だから大声を出さないでちょうだい」

 そう言うとパルマはすぐに私の耳元で声を出すのをやめ、ゆっくりと私の上からどいて隣で座り、心配そうな顔で私を覗き込んでくる。
 よく生き残ったものよね、と手で地面をさわると畑の感触がする。
 屋根から滑り落ちた位置から移動するほどの強い風、いい着陸場所の助けと柔らかい土。これらのおかげで助かったみたい。

「シエナ、動ける? 骨折れてない?」
「骨は大丈夫そうだけど、魔力をたくさん使ったから体がだるいわ。もう少しこのままでいさせて」

 そういうと、パルマは私をじっと見てから膝を曲げて座り、その上に私の頭を静かに持ち上げて乗せる。
 この姿勢は膝枕。あの恋人同士がよくやる定番のひとつである、膝枕!!

 あぁ、300年生きてきた私にとって初めての経験。それもこんなかわいい女の子、じゃなくて男の子に。いえ、ただしく言うなら『男の娘』と言えばいいのかしら。うん、この表現がぴったりね。
 おまけに私へと微笑みながら、赤い髪を撫でてくれるなんて幸せすぎじゃないかしら。
 私、死んでもいいわ。
 なんてバカなことを考えつつ、心が落ち着くと同時に興奮するという複雑な気分になってしまう。
 撫でられながら私は目をつむり、今日はパルマと本当に仲良くなれた日だなと思った。

 だってこんなに近くでパルマの手や温かさを感じたのは初めてだったから。
 女の子に見えるけど、手は男の子らしく柔らかい感触は少ない。膝枕だって固いと思う。
 心を開き、接してくれたパルマを嬉しく思い、今この瞬間から本当の意味での魔女の師匠と弟子という関係が始まった気がした。
 だけど、今だけは師匠ではなく、1人の女として男の子に甘やかされていよう。
 だって、これは頑張った私へのご褒美に違いないから。
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