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一章
再会の魔王と勇者・2
しおりを挟むあの時の死に方は特に酷かった。
いま謁見の間で項垂れているこの幼い勇者を、手ずから育ててみようと思ったのが運の尽きだ。
勇者の養い親となり人里近くの山小屋に住み、成人するまで立派に育て上げたというのに、最後は裏切られ人間の王城に監禁され、凌辱の限りを尽されて魔王は死んだ。
――二度と思い出したくない前世だった。
はあ、と魔王は憂いを帯びたため息をつく。
魔王のみがもつ漆黒、その艶やかな黒髪がさらりと肩から一房すべりおちた。
光のない紅い瞳には気怠げな色香が漂う。ゆっくりと瞬く長い睫毛も、色っぽく肉厚なくちびるが薄く開いているのも、見ていた魔族が『ごくり』と喉を動かすほど扇情的だった。
……気付かないのは、本人ばかりだ。
自堕落を決め込んだその日から、魔王の身体は退廃的な色気をまとっていた。魔王城では、それにあてられた魔力の弱い者が、日に何十人と倒れて使い物にならなくなる。
「ん……またか……」
側仕えの魔族の男が、魔王の色香にめまいを起こして倒れた。これも日常の風景である。
しまったな、とつい視線を向けた先で、倒れた男を謁見の間から引きずり出そうとしていた騎士が顔を真っ赤に染めて腰くだけになった。
お前達、股間を押さえているのはなんでなんだ。
気を失った男のほうはズボンに染みが出来ているが?まさか失禁したのか?それか別の……いやいや考えたくない。
魔王は現実逃避をすることに決めた。
このように……魔王という存在は、気を抜くとそこら中の魔族を魅了してしまうものらしい。
なぜ今まで気付かなかったのかというと、100回目にして魔王が今までになく気を抜いているからである。
魔王らしく、と努力していた間は無差別に魅了を振りまいたりしなかった。
たぶん、今も気をつけていればこんな事にはならないのだろうが、魔王は今生ではどうでもいい事に労力を使いたくなかった。
もう絶対に自堕落に生きると決めたので、魔族が次々と股間を押さえて倒れようが、気にしないのだ。勝手に倒れて勝手にズボンを濡らしていたらいい。魔王には関係ないから。
「ふぅん……5歳くらいか」
改めて幼い勇者をみて、魔王は懐かしいなとしみじみ思った。
記憶の中の勇者はふてぶてしい顔の成人男性だ。
魔王だって相応に逞しい肉体をしているというのに、いつの間にか身長を追い抜かされ、胸板の厚さも倍くらいあった。
どう鍛えたらあんなことになるのか。いや、鍛えたのは養い親である魔王なのだが、気がついたら勇者はああなっていたのだ。
筋トレは魔王の趣味なので、気合をいれて仕込みすぎたのかもしれない。
だから、魔王の小さな呟きは『小さいな』という感想を含んだものだった。
幼い勇者を見下ろし、それから魔王は周囲を見回す。
ちょっと同意を求めてみたら、魔王の隣には倒れた魔族ばかりだった。
仕方なさそうにルカと呼ばれる高位魔族が渋々魔王の側へ寄り、無言で頷いた。『そうですね』と言うのがそんなに面倒なのか。
ルカは本来なら魔王の側に上がるには歳が若過ぎるのだが、成人してすぐに魔王の指名で魔王宮勤めになった。
魔王の方は99回の生で何度もルカと過ごしているので気安いが、本人にとっては迷惑な話だっただろう。
しかしこのルカこそ、唯一と言って良いほど信用できる人材だった。
今生ではなにもしない、自堕落を貫く、とは言ったが生活する上では信用できる者が側に欲しい。
魔王は我儘だって言っていいはずだ。だって魔王だから。
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