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一章
深淵の大穴・5
しおりを挟む若草色の瞳を爛々と燃やし、声の限りに叫んだカーティスは、魔王の手を離れ1人で空に浮いていた。
その小さな身体から放たれた魔力が、渦を巻くようにあたりに広がる。
小さな唇が、すぅ、と息を吸ってぴたりと止まった。
──その刹那、ズンッと全身が重くなるような威圧が周囲の空間を巻き込んだ。
魔王はかろうじて立てていたが、構えていない状態でこれはなかなかにキツい。人間達など、何が起きたのかわからないまま地面に這いつくばっている。
……これは、まぎれもなく勇者の力だ。
カーティスの金の髪が風もないのにゆらゆらと巻き上がり、ただただ強い怒りの感情が放たれている。
「お前達に何がわかる。血も涙もない?笑っちまう、どっちがだ?お前達よりよほど魔族のほうが血が通ってるよ。……俺は魔族の地に行く前、人間の教会では毎日殴られて死ぬような目に遭って、メシもろくにもらえなかった。生きてたのが奇跡なくらいに」
カーティスの声は、思ったよりも静かだった。激情を含んではいても、言葉だけは押し殺したように落ち着いている。
本人の口から語られた現実、それが人間の『普通』だ。人間の国の事情を知っているものなら仕方ないと言うだろう。ただ、それでどう感じるかは個人の自由だ。諦めたからと言って、恨みまで忘れろとは言えない。
魔王は、事柄として知ってはいても、直接カーティスに虐待の実態を聞いたりしていなかった。彼の口から人間への感情が漏れるのは、これが初めてだった。
「俺を捨てたのは人間のほうだ。俺は神も人間も見限っているし、憎んでいる。そちら側に戻る事はあり得ない。お前達の国なんて心底滅んでしまえと思っているよ。……だって、お前達に生きる価値なんかあるのか?」
淡々とした声音の中に、嘲りと侮蔑が混じる。
魔王の目に、カーティスの魔力がふわりと渦を巻くのが見えた。攻撃の前動作だと気付きハッとした魔王は、カーティスと人間達の間に立って障壁を作り、防御を固めた。
「やめなさい、それは人間を傷つける力ではない」
「……!」
徐々にカーティスの威圧も魔王が魔力で相殺し始めた。
地面でもがいていた人間達は動揺しながら立ち上がり、口々にカーティスを指差して叫ぶ。勇者の力を目の前にして大興奮しているようだった。
「あの力!あれこそ勇者様だ!」
「探していた我々の救世主がなぜ魔王のところに!?」
「こちらへお戻りください勇者様!!王もお待ちです!!」
「勇者は魔王に洗脳されているのだ!勇者が人間を憎むなんてありえない!」
カーティスの叫びの内容など深く考えてもいないのか、人間達は好き勝手に喜んだり驚いたり憤ったりしている。
「……黙れ……ッ」
憤怒に燃える瞳をさらに輝かせたカーティスが、ついにキレた。
抑えきれない魔力が溢れ出し、魔王もじりりと後退する。ただ、耐え切る自信はあった。
まさか人間を救うための勇者の力で、彼らを傷つけるなんて許されない。神々罰を受ける対象になったらどうするんだ。
魔王は全魔力を注ぎ込んでカーティスを抑えていた。まだ幼少期でこれだけ強いなら、大人になったら最強の勇者になるだろう。
……カーティスが、大人になったら……
ドン、という後ろからの衝撃に魔王は紅い目を見開いた。見下ろすと腹から剣の切先が飛び出している。
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