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十一話 クリスタの反抗

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 クリスタに主導権を渡すまいと、カールはのしかかる体に体重をかけて抑え込んできた。
「生意気を言えるのも今のうちだ。お前の体はだんだん痺れて動かなくなっていく。ぐったりしたところを俺がいつものように抱いてやるよ、犬の恰好でな」
(なにを言っているのかしら、この人……どうして私の体が痺れるのよ?確かにのしかかられて重たいけれど、私は動けるわ)
「お前にふさわしい立場は王太子妃じゃない、俺の雌犬だ。尻を振って媚びを売っている間はかわいがってやる。種付けもしてやるから、今度はきちんと子を産むんだぞ。アッカーマン侯爵家の跡継ぎを産めば、母の機嫌もよくなるだろう」
 クリスタが黙っているのを、痺れ始めたせいだと思っているのか、カールは調子よくしゃべっていく。
 かつてないほど上機嫌であることが、二年間夫婦として過ごしたクリスタには分かった。
(なにがそんなに嬉しいの?気持ち悪いわね……)
 クリスタはあえて黙る。
 どんどんしゃべらせようと思って。
 それと時間稼ぎもしたかった。
 私が図書室に現れなければ、王妃殿下は必ず探しに来てくださる。
 クリスタは落ち着いて状況を判断していた。
 危機に面したときほど冷静になれというのも、王太子妃教育で学んだことだ。
「そろそろ薬が効いたか? まだしゃべれるか?」
「まだしゃべれるわ」
「ふん、効きが遅いな。もっと飲ませるべきだった」
(今、飲ませるべきだったって言ったわ。私に何かを飲ませたってことね。お茶しかないじゃない、あの濃いお茶――あれが痺れ薬だったんだわ)
 王宮のメイドを味方につけるなんて。
 いえ、待って。
 最近の王宮では、私とカールが思いあっている噂が蔓延しているんだった。
 もしかしたらあのメイドも、その噂を信じてしまったのかもしれない。
 カールに「私に会いたい」と協力をお願いされたのだとしたら。
 手助けしてしまうかもしれないわね、善意で。
「どうして正装をしているの?」
 時間を稼ぐために、カールへ私から話しかけてみた。
 核心をつくようなことを聞いても答えてくれないだろう。
 下手に藪をつついて蛇を出すわけにはいかない。
 穏便に、カールを激高させないように。
 どうでもいい話題だが、気になったことを投げかける。
「お前は王宮にいるのに王宮で何があるかも知らないのか。今夜、王弟であるディーター殿下の婚約発表が行われる。だから高位貴族はみな招待を受けて王宮に続々と集まっている。俺はその会場を抜けて、ここで密会してお前を抱いて、それをほかの貴族たちに見つけてもらう筋書きだ。これでお前はもう王太子妃には戻れないぞ。王宮内に男を連れ込み、いかがわしいことをする女が将来の国母になどなれるものか」
 頭が悪いわ、この人。
 まだ何も達成していない内から、私に何もかもを話している。
「そう、知らなかったわ。王弟殿下は婚約者がお決まりになったのね。一体どなたかしら?」
 私は会話を続ける。
 まだ痺れていないですよ。
 しゃべる元気がありますよと印象づけるために。
「お前は本当にもの知らずだな。王太子妃候補者だったサザリー王女だ。王太子の結婚が決まったから、いずれハイノ殿下も婚約者が決まるだろう。おい、まだ痺れないのか?」
 だんだんカールがイラついてきた。
 ここで実力行使に出られても困る。
 もう私はコンラート殿下にしか抱かれたくはないのだ。
 たった一度の性交だったけど、宝物のような性交だった。
 それを上書きされるなんてごめんだわ。
 だがカールは痺れ薬の効果を待たず、クリスタを抱こうとドレスに手をかける。
「どこからどう見ても俺たちが交わっているのが分かるようにしよう。お互い全裸なら間違えようがない。それを見つけてもらわないといけないんだが、ここは会場から遠すぎたな」
 なんだか穴だらけの筋書きのようね。
 そこに私が付け入る隙があればいいけど。
「おい、このドレスはなんだ、どうなっている」
 いつも私を抱くときは薄くて短いネグリジェに着替えさせていたせいで、カールは私のドレスを脱がせたことがない。
 ドレスというのは一人で着ることができないほど複雑怪奇な構造をしているのだ。
 初見のカールがなんとかできるような相手ではない。
「ああ、もう面倒だ、どうせ全裸になるのだからこんなもの破ってやる」
 カールが私の上からどいて、ドレスの襟元を両手で掴む。
 引き裂いてやろうと力を込める、その瞬間。
 よし、今だわ!
 私の渾身の一撃をくらいなさい!
「やめてよ、短小! あなたのなんて、コンラート殿下の半分も無いんだから!」
「なっ――――!!!」
 発する言葉もなく、固まるカール。
 私はその隙にベンチから転がり落ちて、ガゼボを抜け出す。
 逃げなくちゃ!
 人の多いところへ!
 全速力で駆けようとした私を――。
「走るんじゃない! 絶対に走るんじゃない! そこで止まるんだ、クリスタ!」
 大声で叫びながら、それこそ見たことがないほどの速さで王宮の回廊を駆けてくるコンラート殿下が止めた。
「コンラート殿下!」
「すぐに助けに行く! だから走るんじゃない、絶対に走ってはいけない!」
 すごいわ、あんな大声を出しながら人って走れるのね。
 回廊の柵を一足で乗り越え、みるみるうちにガゼボに近づいた鬼気迫る形相のコンラート殿下は、私をがっしと抱きとめる。
「よかった! 間に合った! そいつがバカだったせいで、計画が台無しになるところだった!」
「コンラート殿下、一体……?」
「ああ、クリスタには何もかも知らせなくてごめん。それなのに不安にさせてごめん。本当にこんなはずじゃなかったんだ。ああ、もうバカの相手は難しいな」
 コンラート殿下の胸が大きく上下している。
 息もとても荒くて、こんなときに非常識だと分かっていたが、なんとなく情事を想像してしまった。
 だって私たちは壁越しにしか愛し合ったことがない。
 きっとあのときのコンラート殿下の顔は、こんな風に汗を流して頬が紅潮して、ハアハア言っていたはずだわ。
 そう今のように。
 すっかりいやらしいことで頭がいっぱいになってしまったが、コンラート殿下の後ろから護衛騎士たちがようやく追いついたという風情で駆けてくるのが見えたので、クリスタはまた妃教育の賜物で冷静になることにした。
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