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十二話 一件落着する

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 カールはすぐさま護衛騎士たちに捕縛された。
 なんの抵抗もせず、呆けたようになっていたところを簡単に。
 ブツブツと何事かを呟いている声がしたが、クリスタには内容までは聞こえなかった。
「クリスタ、知らせていなかったが、今夜はディーター叔父上の婚約発表があるんだ。できれば参加してもらいたいと思っていたんだけど、ちょっと予想外のことが起きてしまってね。私もクリスタもお風呂に入ったほうがいいと思うんだ、一緒に」
 途中までは文章が繋がっていたが、途中から理解が追い付かなくなった。
 コンラート殿下のおっしゃることが分からないわ。
「取りあえず、お風呂に入ればいいのですか?」
「そうだ、大事なことだ。一緒に入ろう」
 確かにコンラート殿下は全身汗だくだろう。
 そして私もカールにのしかかられて接していた部分を洗ってしまいたい。
 ドレス越しでもあの男に触れられたと思うと嫌なものだ。
「さあ、お姫さま抱っこで行こう。私の汗がつくかもしれないけれど、この後きちんと洗い流してあげるから我慢して肩に捕まってくれるかい?」
「は、はい」
 久しぶりの全開王子様スマイルを浴びせられ、惚れた弱みのある私はもう言いなりだ。
 ここにアデーレかマルテがいたら、きっとコンラート殿下の頭に手刀を入れていただろう。

 ◇◆◇

 お風呂の中では丁寧に髪と全身を洗ってもらった。
 コンラート殿下に!
 失神しなかった私を誰か褒めてもいいのよ。
 湯船に一緒に浸かったとき、コンラート殿下は私の下腹を撫でていた。
 最近、ちょっと太ったと思っている下腹を。
(いじけていいかしら?いいわよね?)
「クリスタが無事で、本当によかった。助けが間に合ってよかったよ。あの男とガゼボで何があったのか、聞いてもいい?」
 私はカールがべらべらしゃべった内容と、私の身に起きたことをそのまま伝えた。
 メイドが私のお茶に痺れ薬を入れたかもしれないこと。
 それを飲まずにベランダから捨てたこと。
 図書室から場所が変更になったと言われ、メイドにガゼボへ案内されたこと。
 そのメイドが途中で居なくなり、ガゼボを覗き込んだらカールに引き倒されたこと。
 のしかかられ、そこで痺れ薬の効き目を待つ間に、カールに筋書きを聞いたこと。
 時間稼ぎをしたが、ついに全裸にされそうになり、言い負かしてカールを戦意喪失させたこと。
 そこから走って逃げようとしたら、コンラート殿下が助けに来てくれたのだ。
「そうか、危機一髪だったな。じゃあ、私からの話もしよう。まずはしっかり体をふいて、水分補給をしながらね」
 またしてもコンラート殿下に体中を拭かれ、お姫さま抱っこで王太子殿下専用執務室へと連れていかれた。
 そろそろ恥ずか死ぬわ。
 
 コンラート殿下の執務室にはお父さまと宰相さまが揃って待っていた。
 お姫さま抱っこで現れた私を見て、お父さまがちょっとギョッとされていたのが恥ずかしかった。
 私はソファに下ろしてもらい、コンラート殿下が隣に座る。
 コンラート殿下はお父さまと宰相さまにも座るように促し、皆が着席した。
 宰相さまは丁寧に私に挨拶をされて、「本来ならば国王陛下が立ち会う場面ですが、この後の夜会に参加しなくてはいけないため代理で参りました」と頭を下げてくれた。
 何が何だか分かっていない私は、恐れ多くて恐縮するばかりだ。
 コンラート殿下の侍従が皆にお茶を給仕してから部屋を出ていく。
 お風呂上がりでのどが渇いていた私は、ありがたくお茶をいただいた。
 それはマルテが入れてくれる優しい味と香りのお茶と同じものだった。
「さて、クリスタがのどを潤したところで話を始めよう。まず、本来であれば今日の出来事はもっと簡単に終わり、私とクリスタはディーター叔父上の婚約発表に参加する予定だった。それがこんなに時間がかかってしまったのは、全てカールが元凶だ。あいつが描いていた筋書きについては、こちらが想像していたものとほぼ同じだった。そうだな、ケップラ侯爵」
「はい、こちらが掴んでいた通りでした。カールはクリスタの不実な噂を流し、王宮で孤立したクリスタと無理やり既成事実をつくってコンラート殿下との結婚を止めさせる。行き場のなくなったクリスタを再びアッカーマン侯爵家へ迎え入れるまでが狙いだったようです。呆れた内容ですが、あの男がクリスタに執着して跡をつけまわしていたことが早々に分かってよかったですな。おかげで対策が取りやすくなったので」
「全くだが、私のクリスタを監視していたのは許しがたい。王宮にクリスタを匿えて安心したよ。……ここからは他の者は知っている話だから、クリスタのために話すよ」
 コンラート殿下が私の方に顔を向ける。
「つけまわした証拠や噂の出所があがらなくて、カールを捕縛する決定打に欠けていた。そこでケップラ侯爵と案を練り、クリスタを囮にしてカールを嵌めることにした。ごめんね、だからクリスタには何もかも知らせなかったんだ。自分が囮になるなんて嫌だよね」
 コンラート殿下もお父さまも、申し訳なさそうな顔をしてる。
「今は必要なことであったのだと分かっていますから、大丈夫ですよ」
「ありがとう、そう言ってもらえると救われる。絶対に安全な方法をとるつもりだったし、実際にそうしたんだけど――いや、言い訳だな。あの噂が王宮に蔓延したあと、カールはクリスタに会いに来ると思った。私たちはカールが王宮に侵入しやすい状況をつくって待ち構えた」
「ディーター殿下の婚約発表の場をととのえられた国王陛下も、この作戦をご存じです」
 宰相さまが付け加える。
「今日、夜会が始まる前に、カールは何らかの方法でクリスタを誘い出し、復縁を迫ると踏んだ。会場の隣の控え室でね。痺れ薬は前もってすり替えておいたから、クリスタには何の瑕疵もなく、何の心配もさせずに、護衛騎士たちが控え室に乗り込んで現場を押さえて終わりになるはずだったんだ。ところが! あのバカはよりにもよって会場から一番離れたガゼボを再会場所に選んだ! どうしてそこなんだよ! 誰かに発見してもらわないといけない筋書きなのに! どうして奥まったガゼボなんだ! どう考えても密会にふさわしいのは会場の隣の控え室だろう!」
 コンラート殿下がヒートアップしていく。
 心底カールに対して怒っているようだ。
「薬を仕込むことをカールに依頼されたメイドが、てんで予想外のところから戻ってきたとき、私は青ざめた。クリスタが控え室以外の場所にすでに連れ込まれてしまっていると。慌ててメイドを捕えて場所を聞くと、ガゼボだったんだ。私たちが待ち構えていた控え室から必死に走ったよ。あんなに全力で走ったのは、『壁尻の儀』のとき以来だ。しかも今度の方が距離が長かった! 間に合ったことは奇跡だったよ。クリスタがカールを戦意喪失させてくれたおかげだ、ありがとう」
 『壁尻の儀』のときも、ああやって駆けつけてくれたんだ。
 一生懸命に、全力疾走して。
 私の元まで。
 胸が苦しい。
 好きすぎて苦しい――。
 私は甘えたくて、頭をこつんとコンラート殿下の肩に載せた。
 コンラート殿下はすぐに私の頭をヨシヨシしてくれる。
「ところでクリスタは、カールになんて言って戦意喪失させたんだい?」
 無邪気に聞いてくるコンラート殿下と、知りたそうにしているお父さまと宰相さまと。
 甘酸っぱい空間をさっきまで作っていた私は、一気に氷点下の世界へ飛ばされ凍りついた。
 言えるわけないよね。
 あれは戦闘中だったから仕方なく、だもの。
 そうよ、淑女が口にしていいものではなかったわ。
 にっこり笑ってその場を収めたつもりの私だったが、カールが取り調べ室で全部吐いていた。
 後日、書記によって一言一句間違わずに書かれた報告書を読んで、コンラート殿下は腹を抱えて笑ったらしい。
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