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23話 明らかになる本性

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(おかしいわ。私のパートナーとして過ごす夜会を、喜ばない男性なんていないのに)



 聖女譲りのピンク色の髪をなびかせ踊る王女レイチェルは、デクスターのそっけない態度にもどかしい思いを感じていた。

 王女という身分の高さも、父親譲りの美貌も、隣国で会得した高位魔術も、誰にも引けを取らないという自負がある。

 その証拠に、レンフィールド学園では有能な三人の男子生徒に傅かれ、愛を囁かれていた。

 

(私にそれだけの価値があるというのが、勇者さまには伝わらないのかしら)



 レイチェルとダンスを踊るデクスターの表情は、いつも暗い。

 今夜は気を利かせて、大きく胸元が開いたドレスを着てきたのに、そこへ視線をやることもしないし、何ならドレスを褒めることもしない。

 

(勇者さまは元々が平民だから、貴族が集まる場に不慣れなのは分かるわ。だからこそ、毎晩のように夜会へ連れ出し、こうして経験を積む機会を設けているのよ)



 驚くことにデクスターは、すでにダンスを完璧にマスターしている。

 だが、淑女を宝物のようにエスコートする紳士らしさや、隠れてひっそりと交わす男女の愛の語らいなど、レイチェルがデクスターに求めるものはまだまだ多い。



(もっと勇者さまがやる気を出すために、何かいい手段はないかしら?)



 レイチェルがデクスターと初めて出会ったのは、母親である聖女が開いたお茶会の席でだった。

 魔王を倒したという勇者に興味を抱き、レイチェルは自分から希望して参加させてもらったのだ。

 そして、美しい紫色の瞳と黒髪の似合う精悍な顔つき、男らしく逞しい体躯のデクスターに、レイチェルは目が釘付けになる。

 デクスターの年齢は40歳を超えていると聞いたが、とてもそうは見えない。

 しかし話をしてみると、同級生とは違う思慮深い受け答えが返ってくるので、レイチェルはデクスターの大人の魅力の虜になった。

 

(恋に落ちる瞬間とは、ああいうのを指すのね。途端にそれ以外の男が、私の目に入らなくなったもの)



 お茶会が終わればダニング伯爵家へ帰ってしまうと知り、レイチェルは父親の第二王子に我がままを言って、デクスターに王城でしばらく滞在してもらうよう頼んだ。

 さらにはデクスターがやたらと褒めるダニング伯爵家の令嬢を、嫉妬心から王城内へ立ち入り禁止にした。

 

(ダニング伯爵家の令嬢って、レンフィールド学園を飛び級で卒業した才女よね。ダニング伯爵と同じ錬金術士で、名前はウェンディ。学園でもしばしば噂になるほどの有名人だから、私でも知っているわ。同い年だからと比較対象にする失礼な教授がいるけど、彼女と私は目指す分野が違うのよ)



 レイチェルは、魔術の才には絶対の自信がある。

 18歳になるまでは、それほどでもなかったのだが、薦められて留学した隣国で、魔術の能力が花開いたのだ。

 だからウェンディに劣ると言われるのは業腹だった。

 

(教授にも気に入られ、勇者さまにも気に入られ、どうにも目障りね。王城内への立ち入り禁止くらいでは、むしゃくしゃした気持ちが治まらないわ。――そうよ、ウェンディに悪評が立てばいいのよ。そうすれば学園の教授たちも私に注目するし、勇者さまだって興味をなくしてしまうはず)



 いい案を思いつき、レイチェルはうっそりと微笑む。



(勇者さまの近くには、どんな女だろうが近寄らせないわ。お父さまに私の気持ちは伝えてあるし、遠くない未来で勇者さまは私のものになる)



 つまらない顔をして踊っているデクスターを見上げたレイチェルの眼は、まるで獲物をとらえた肉食獣だ。

 そしてその牙が、ウェンディへと向けられていることを、まだ誰も知らない。



 ◇◆◇



【な~んか、お姫さまの周りから、嫌な匂いがするんだ。オレと違ってデクスターは、何も感じてないみたいだけどな】

「ホレイショは私たちよりも、鼻がいいから。デクスターさまが纏う、魔王の核の香りとは系統が違うのね?」

【全然、違うね。魔王の核は、食べ頃と言わんばかりの、熟れた果実の甘い香りがするんだ。お姫さまのは……発酵し損ねて腐った酒みたいな、べちょっとした匂いだ】

 

 忙しいデクスターの代わりに、この日はホレイショが単身で、ウェンディのもとへ遊びに来ていた。

 そして、ちょっと気になってるんだけどさ、という前置きのあとに、王女レイチェルについて語り出したのだ。



【昔、同じ匂いを嗅いだ覚えがあるんだ。あれは何だったかなあ。大嫌いすぎて、忘れたっぽいぜ】

 

 ホレイショが、小さな頭をわちゃわちゃと掻きむしる。

 

【お姫さまは最近までずっと、デクスターにまとわりついていたから、このままじゃオレの鼻が、どうにかなるんじゃないかと思ったんだ】

「最近まで? ということは、今はそうでもないの?」

【今は真面目に学園へ通ってるらしい。髭のじいさんに呼び出されて、えらく叱られてたもんな】

 

 ホレイショが言う髭のじいさんとは、おそらく王女の祖父にあたる国王のことだ。

 このまま欠席が続けば、いくら王族と言えども留年は免れない、という学園長の報告が国王の耳に入ったのだろう。

 王女を溺愛している第二王子ではなく、国王へ進言するあたり、学園長は王城の力関係をちゃんと把握している。

 

【デクスターも引っ張りまわされて迷惑していたから、お姫さまがいなくなってくれて、ホッとしてるんじゃないかな。そうそう、今度デクスターは、その髭のじいさんから『コウシャクイ』をもらうんだってさ】



 その準備で忙しいんだ、とホレイショはデクスターの現況を教えてくれる。

 同じく多忙なダニング伯爵に、根掘り葉掘りデクスターのことを聞くのが躊躇われるウェンディにとって、ホレイショの情報はとてもありがたかった。



【お嬢ちゃんに会いたいって、ずっと言ってるぜ。次にデクスターが会いに来たときも、あの元気が出るおまじないをしてやってくれよ。すごく効き目があるんだ】

「ふふ、あれは私が子どもの頃に、お母さまにしてもらっていたのよ。お父さまがしてもらっているのを見て、私にもして欲しいと、おねだりしたのですって」

 

 ちなみにダニング伯爵は、今もそのおまじないをしてもらっている。

 

「お父さまほどではないけれど、私も頑張っているのよ。魔王の核を排出する手段として、体の中に石ができる病気の治療法を参考にしているの。代表的な技法として、石を衝撃波で砕いて小さくしてから、排出器官に乗せて体外へ流出させるとあったわ」

【デクスターの体内で、魔王の核を砕くつもりか?】

「とてもじゃないけれど、そんな恐ろしいことはできないわ。核を砕いた瞬間、何が起こるか分からないもの。だからね、砕かずに、核をそのまま小さくしてみる方向で考えているの」

 

 ウェンディは腕を組み、頭の中で試行錯誤したレシピを思い浮かべる。

 すでに、いくつかのポーションは完成していた。

 本当ならば、デクスターの体調と相談しながら、大々的に実験を始めたいところなのだ。



「まだデクスターさまは、王城から帰ってこられないのでしょう? それなら魔王の核に気づかれないように、少量ずつ毎日ポーションを飲んでもらうのがいいかしら?」

【王城に物を持ち込むには、面倒くさい検査を受けないといけないんだろ? それならオレが、直接デクスターへ届けるぜ?】



 確かに、王城に届けられる荷物や手紙が、検問を素通りするとは思えない。

 ウェンディはありがたく、ホレイショ便を使わせてもらうことにした。



「飲み方や量については、このノートにまとめているわ。もし、デクスターさまに異変を感じたら、ホレイショが止めてくれる?」

【オレの鼻は役に立つからなあ。実体化できたことで、より才能にあふれてしまったぜ!】



 ご機嫌なホレイショの協力により、ウェンディ作のポーションの実験は前進した。

 だが、一方的にデクスターに想いを寄せる王女によって、ウェンディの身は窮地に陥ろうとしていた。
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