魔法使いは退屈な商売

小稲荷一照

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木曜日~採用内定~

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 金城基女史のオフィスに純一が到着したとき、金城女史は外出中だった。
 ラボ側ではない廊下側からノックをして入ったわけだが、ソチラ側はコンクリートとスチールの扉になっていて不在には気がつかなかった。
 ノックをして入った扉はカギがかけられておらず、オフィスとラボとがつながっているので、純一としては大学の教授室と同じ感覚で抵抗なくオフィスの中に入ったところで女史の不在を知った。
 女史の不在はなにか作業をしていて、というのは容易に想像がついたが、インターンシップとして実地見学にきている純一を自分で半ば強引に受け入れた上に、課題まで提示して成果を要求してみせたのだから、当然に手ぐすねひいて待ち構えて、という展開を考えていた純一としては少し意外な展開だった。
 ガラス張りの隣を覗くと、先日よりもやや多い白衣の人々が働いていた。
 指示もなく、連絡もなくでは、純一になす術がなく、ラボの様子を水族館の水槽のように眺めるくらいしかなかった。
 ラボの中身は規模の大きさというか、一人当たりの操作する作業と備品量を除けば大学のものとさして変わらないように純一には見えた。その規模の違いがプロとアマを分ける決定的な違いであるのは純一には容易に理解できたが、かといって、知識も解説もなしにただ作業光景をみていても、内部の状態に理解が及ぶわけもなく、水族館のようなとくに目新しさもなくせいぜいが、先日の工場で話題に出た二つ目のマンションを買ったという女性はどこだろう、という想像を巡らすくらいだった。
 純一がぼんやり観察していると、数分でラボの誰かが純一の姿に気がついた。
 純一はその反応に一礼する。
 ラボの中の音はこちらに漏れていないが、どうやら向うで純一のことが話題になったらしく、それまでの動きとは打って変わった流れを見せていた。
 やがてラボの中の動きが落ち着きをみせて、ひとりの女性が機械の陰からこちらに向かってくるのが見えた。
「こんにちは。はじめまして。畑中純一くんですね。金城室長から話は聞いています。わたしは大塚陽子です。よろしくお願いします」
 そう言って挨拶をした女性は、年齢不詳としか言い難い雰囲気のおそらく三十に手の掛かるくらいの落ち着きと、二十代の明るい気軽さを持った雰囲気で、可憐に小柄な女性だった。
 唇と指先が細かく切れて荒れているのは少し可哀想だったが、化学系の研究員とあれば仕方のないことなのだろうと思う。その代わり目元から顎にかけて化粧っ気がうすくて肌つやは唇の縁に到るまで良さそうで、とても残業百六十時間という想像しにくいほどに苛烈な職場とは思えなかった。
 純一が挨拶を返すと、金城室長は本社に出張して昼前にはもどるということと、その間の指示は大塚が預かっており、困ったことがあったら大塚に言って欲しいということだった。
「具体的にはなにをすればいいですか?」
 ザッと二三時間という時間をどう過ごすかということなので、純一は訊いてみた。
「畑中さんは論文の翻訳をしてくださったと室長から聞いています。そちらを拝見したいと思います。その後、論文についての解説をいただければと。若干書面の量が多いということなので、こちらでも下読みをさせていただいて、準備をさせていただきたいと思います。その間に申し訳ありませんが、――」
 と言って本当に申し訳なさそうに部屋の床に積まれた書籍の山を大塚は見渡す。
「――こちらの書棚の整理をお願いいたします。金城が、畑中さんにぜひお願いしたい、ということだったので。前回の方針に従っていただければありがたいと、金城が申しておりました」
 大塚は申し訳なさそうに恥ずかしそうに、純一にそう言った。
 嫌な形の実習だな、と純一は感じた。かなり本格的な試験のように感じる。
 つまるところ、このあと大塚なるこの女性に論文の解説をしろ、という内容のようだが、まずは彼女自身が論文の翻訳のデキを見たいというコトらしい。この一週間でかなり色々な要素のある論文だということが分かり、論理的には学部の講義の延長上の知識と研究室の専門領域の延長上にあるもので説明可能ということは分かったが、それはあくまで純一にとっての理解であって、それを過不足なく誰かに伝えることができるほどの状態かということは、あまり自信がなかった。
――まさか、コレが採用試験になっていたりすることはないよな。
 純一は危惧した。この企業も純一が就職に応募したひとつであったから、就職に伴う日程詳細についてはまだ返答がないものの、それなりに期待というか予定していたもので、だとすればあまりココで不利な評価を下しては欲しくない。伊藤教授も言っていたが、この状態はインターンシップとしてはかなり異例と思う。
 そうはいっても、まだしばらく手持ちぶたさというのは不愉快だったし、不本意だからといって敢えて理由を相手に告げることもなく、またそれといった障害になる理由もなく依頼された事項を放棄するのは純一の趣味――主義などという浅慮浮薄なものでなく――や美意識に反する。
 そんな理由で純一は金城女史のオフィスの片付けに勤しんでいた。
 今回は直接オフィスに来たので、純一の荷物が少々ある。仕方なくということもなくとりあえず座れるようにするのが、今後のどのような展開でも必要だろうと純一は判断した。なんだか前回も見覚えのある本を肩の高さの棚に置いて、他の本はそれぞれなんとなく純一の良心的な感覚に従って配置して、という作業を進めているうちにソファーの周辺が片付いた。
 乾いて痕のついたティーカップとスプーンが二組出てきて少し困ったが、いずれ大塚が帰ってきたときに、ということで放置をして作業を進める。よく分からないのだが、金城女史はこの部屋をあまりラボの研究者にはいじらせないのか、という感じがしてきた。
 男の悪習は母に似て、女の悪習は父に似る。と伊藤教授に言われたことがある。伊藤教授の貧乏揺すりが地震のようだったので研究室で話題になったことがあっての教授の言い訳だ。とすれば、金城女史の父上もこういう生活を平気な人なのだろう。
 などと頭の中で、見たことのあるはずのない金城女史の父上に宛てた苦情の文面など軽く認めつつ、純一が作業を続けていると大塚女史が帰ってきた。
「あ~。ありがとう。すごいねぇ。畑中くん。キミ、ウチに来ない?」
「一応、お世話になれればと思って新卒採用に応募はしています」
「ウマくいくといいねぇ。……そしたら、こっちの件いいかな」
 すっかり、朝方の緊張したヤリトリとは代わって内輪の雰囲気で大塚が言った。
 そう言って大塚女史は話を切り替えることを宣言して、ソファーに向かって腰をおろし、机の上のカップを目にして慌ててラボへと往復した。
 結論から言うと大塚女史は、純一ほども論文の内容を把握していなかった。
 もっと言えば、論文の背景になるべき、交流・高周波といった電気的知識や機械的な共振運動や放射線や電磁波といったエネルギー放射関連の工学的知識にかけていて、論文が示している多くの数式のほとんどの意味を理解していなかった。とはいえ、単語レベルでの認知はあったのでいうほど困りはしなかった。
「これが、これまでとは全く違う化学プラントの原型になるということは分かった。というか、もはやプラントですらなくて、分子を直接加工しようっていう工作機械の一種だってことが分かった。私たちが酵素や微生物に期待している反応工程の部分をレーザーで電子レンジ状に応用して直接やっちゃおうってことね」
 それでも大塚はコンテキストと純一の説明を頼りに論文の背景になっている構造的な思想は理解したようで、次第に論文の自分たちへの影響を理解してきた。
「……実際にコレが動き出すとしてどれくらいでモノになると思う?」
 まるで天気予報を聞き忘れたんだが、洗濯をするべきかというような気軽さで大塚女史は純一に尋ねた。その気軽さはむしろ迂闊なほどで大塚がひどく年若いのではないかと純一に思わせた。
「さぁ、五年か十年か。どうなんでしょう。オレはまだ学生なんで、実はこの論文の価値もいまひとつピンとは来ていないんです」
「――予定では三年後に試験装置の立ち上げよ。いまのところパラフィンを材料にしてカーボン・カーボンの超分子生成を考えているわ」
 二人の会話に割り込むようにしてラボの扉が開かれ、金城女史の声が響いた。
 なんだか今日は妙に穏やかで、――大塚との会話が妙に純一を和ませて――このまま雑談だけで終わるのかと少し思っていたところに、金城女史が帰ってきた。
 二人が部屋の主を立って迎えると金城が幾つかの書類ケースと封筒をバサリと机の上におく。
 代わって大塚が純一の持ってきた訳文と資料を纏めて金城に渡す。
「ヨーコちゃん、手を止めさせて悪かったね。戻ってイイよ」
「完全に新しい分野だったので、たいへん勉強になりました。畑中さん、人にモノ教えるの上手ですよ。来てくれるとイイですね」
 ふふんと、自慢げに金城女史が鼻を鳴らし、純一を眺めた。
「やるじゃないか。畑中くん、早速ウチのトップをたらしこむとは。さすがの女たらしだ。一部大学生にやっかまれるだけのことはある。――あ、ホントにありがとう。ヨーコちゃん」
 そう言って金城は大塚女史を見送る。
「さて、そしたら――おぉ、いいねぇ。なんだか図書館みたいな感じね。色々才能ありそうねぇ。キミ……」
 金城は軽くオフィスの書棚の状況を確認して嬉しそうにすると、手元のテキストを文庫本でもめくるかのような速さで眺めだした。
 それは査読というペースとはとても思えなかったので、純一はかなり本気で表情を隠すのに苦労した。
 金城はまるでアリバイトリックだけが知りたい推理小説を読むような感じで、スゴイ速さで読み進め、また読み戻りを二三度繰り返し、純一が立っている応接セットの上座に純一に向かい合わせで腰をおろした。
「さて、おまたせ。この論文はどうだった?面白かったかい」
 金城はまるで貸していた小説の評判が知りたかったかのような尋ねかたを純一にした。
「とても、刺激的でした。大学の研究がドコにつながるか。かなりハッキリ分かりました」
「ふむん。で、伊藤教授はなんだって?査読して貰ったみたいだけれど」
「面白い、と、ウチの研究室の予算や設備ではココまで推められない、とも」
 金城女史は純一の表情を花壇の花を眺めるような顔で眺めていた。
 フフン。と金城女史は満足そうな顔をして、論文に目を戻した。
「センセイをけっこう怒らせたかな」
 そう言って金城女史は純一に目を戻した。
「翻訳のデキは褒めて下さりました」
 いない人間のことで揉めそうなことはあまり話題にしたくなくて純一は話題を差し替えた。
「かなり本気で査読してくださったようね。原文だといささか見苦しく飛び散っていた用語が日本語では纏まっている。これだけでもかなり読みやすい。反応工程の部分ではそこまで突っ込めなかった様子も見えるが、原文も悪かったし、イマイチいいコンテキストも見つからなかったから、まぁこんなもんだろう。――可愛い彼女さんたちの応援を受けてもさすがに資料がイマイチではこんなもんかしらね。その辺はコッチがキミを見くびっていたわ。ココまでやれれば上等よ」
 純一はやっぱりと思った。
「――お相手は四人か。若いのにやるわねぇ。徹夜で勉強手伝わせるなんて大したものよ」
 今日は上から下まで濃紺のタイトスカートのスーツに身を包み先週より少し硬めに見えたが、やはりそうでもないらしい。
「……どうして四人だと」
 なんで論文と違うところで、こんな会話を、と思わないでもなかったが純一は訊いてみた。
「スイレン・キンモクセイ・アヤメ・スイカズラ。何人だろうというところが先週はポイントだったが、ココまでくれば数まで分かる。――フフン。驚いているね。わたしは驚かれるのが大好きよ」
 金城女史の名を挙げた花がナニを意味しているかは分からなかったが、純一には心当りはあった。
 朝、出かける直前に、お守りだと言って、ワイシャツの背中にアトマイザーで未来にひと吹きされた。たぶんその香水の中身だろう。甘いフローラルという印象しかなかったが、純一自身はすっかり忘れていた。
「……金城さんが美人だったので見とれてたことを悟られて叱られました」
「フフン。コッチも若い優秀なのを侍らす機会はウレシイ。上倉さんも江口さんも人を見る目は確かだからね。コレだけできるなら本気で欲しくなった」
 純一の韜晦混じりのお世辞に軽く身を乗り出した金城女史の唇を、赤い舌が妙にいたずらっぽくうすく濡らす。古典的なジェスチャーだが、効果的だ。
「……ぁ、あ、で、論文和訳の方はどうでしたか」
 純一は無理やり話題を戻した。
「うん。さっきも言ったけど上等よ。キミのところの伊藤教授だっけ、ムリに専門用語訳に直さないでおいてくれてるし、工程の単語の誤用も自分の専門外として目を瞑ってくれているみたい。元々キミの研究室は化学系ではないことを考えると充分すぎると思うわ。ウチの連中にも読みやすいし、キミの作業を尊重してくれているみたいね。手伝ってくれてた女の子たちも、まぁ、このコンテキストの付箋のデキを見たら、化学も機械もイマイチ専門じゃないみたいだし、畑中くんがうまく意味を汲まなければぜんぜん役に立たなかったと思うしね。畑中くんが技術系の英語についてこれることは分かったし、大いに頑張ったというのはよく分かったし、やればできるところも見た。従って合格」
 そう言って金城女史は立ち上がった。
「ちょっと早いけど、昼ごはんにしよう。工場の休憩の前に食堂に行きたいわ。奢ってあげるから従いてきたまえ」
 そう言って、金城女史は純一に顎をしゃくって、食堂に向かった。


 金城女史の食事は相変わらず見事というか、健啖というか純一には衝撃だが、すでに光景の一部となっているらしく工場に隣接した食堂ではあまり周囲の目を引かない。
 むしろ、純一の品定めが社員の興味を引いているらしく、化学メーカーの現場らしく男性ばかりの目が純一に集まる。
 ヤッカミというよりはもうちょっと鋭いシリアスな感じがするのが、表情から感じられて純一には少し居心地が悪かった。
「お、畑中くん?金城さんのお供か。どうだい。金城さんは凄い人だろ」
 そんな視線の中で上倉場長が純一に声をかけてきた。
「あ、……かみ、倉さん、こんにちは。いきなり勉強させてもらいました」
 純一がこっそりと上倉の名札をみて、そう言うと上倉は表情を崩した。
「いやぁ、いつもウチは金城さんには助けてもらっているからね。そうか~。よかった」
 なにが良かったのか純一にはよく分からないが、そう言いたくなるようなナニカが上倉にはあったのだろう。
 そんな感じの品評会じみた昼食はあまり純一には居心地がよくなかったが、金城はとくになにか印象的な言葉は発さずに、目の前の食事を片付け、純一に一皿わたしという先週と同じような食事をおこなった。


「さて、課題を見事に満足した畑中くんにはわたしから二つのプレゼントがあります。まずは――」
 オフィスに戻って金城女史はデスクの前でそう宣言した。
 まずは、と言ってコンテキストにした資料の入った封筒にホチキス留めしたプリントアウト。それをデスクの上に後ろ手にしていた右手で渡した。
「そのコンテキストはいまもう必要ないんでさし上げます。本の方は必要ならまた買えるし、プリントアウトはいくらでもできるので。で、その封筒と一緒に渡した――」
 と言いながら金城女史は封筒と一緒に渡した紙束を示した。
「――それが、解答例です。まぁその程度やってくれというつもりで私が昨日作りました。で、――」
 金城女史はサラリと言い抜けて、左手で会社のマークが入った大きな封筒を差し出した。
「コイツが世間の卒業予定者の羨望を集めるわが社の採用内定通知書です。家に帰ってよく読んでできるだけ早く処理してください。意外と集めるものがあるので書類関係はサッサとするのがオススメよ。条件なんかは色々書いてあるけど、私がチョチョッと弄ってあるから他の学生には見せないように。なにか質問は?」
 慣例の定礼句のように金城は純一に問いかけ言葉を切った。
 差し出された封筒を純一は爆弾か凶器のように受け取らなかった。
「……コレはインターンシップで、採用試験じゃないと思っていたんですが」
「そうだよ?インターンシップの一環だね」
「そこでどうしていきなり、内定が通知されるのか、イマイチ飲み込めないのですが」
 純一が核心を訊いてみる。
「……オカシイなぁ。喜ぶと思ったのに」
 それまで自信満々に朗らかだった金城女史の表情が崩れた。
 さすがに差し出した封筒のやり場に困っている様子で、目の高さでパタパタしている。
「――あ、いや、あのですね。大変にウレシイのですが、完全に不意打ちだったので、感情以前に意味不明で混乱しています。で、失礼ですが、ご説明いただけますか」
 純一が少し気を使いながら説明を要求した。
「自分のところにインターンシップの学生が来て使えそうなら欲しいと思うのがオカシイだろうか。――現にキミは今のところ大層な働きぶりを示している」
 そう言って金城女史は自分の執務室を見渡した。
「――先週の段階で決めていたということですか?」
 いまだによく分からない純一は金城に確認をする。
「いや?一応準備はしておいたが、本当に決めたのはついさっきだ。ああ、書類のことなら、きちんと人事部長と現場責任者の私のサインは入っている。ヨーコ、大塚も食事中に承認してくれた、ハズだ。見てないがソコは入ってなくても問題はない。コッチで面倒なだけだ」
 少なくとも今朝方に金城女史がオフィスにいなかったのは、仕込みであることが純一には分かった。
 しかし、意外な展開に純一は少し困る。
「こういうのは、また失礼なんですが、俺、いや、私は金城さんにどこかでお会いして失礼なことでもいたしましたか?」
「うん?いや?」
「プラント巡察で会ったときから、不思議だなぁと思っていたんですが、どこかで目をつけられるようなことがあったかと」
 純一は少し戻って金城に訊いてみた。
「いや?インターンシップの学生を受け入れたっていうメールがあって、名前をネットでチェックしてたら大学の研究室が引っかかって研究が分かったくらい。あとは大学での噂話くらいかな。ラインの巡察で逢ったのは逢ったのは本当に偶然。まぁ顔は写真があったから知ってたけどね。
 で、使えるかどうか分からないけど、研究の内容はコッチが手を伸ばそうかと思ってたところ被るから、ちょっと試してみた。実際、概要・序文と結論だけチャンと訳してくればいいかな、くらいに思っていたけど、全部訳してきたから敢闘賞代わりにコレを上げても良いと思った」
 純一が受け取らなかった封筒を扇のようにひらひらとさせて金城が答えた。
「――そんな感じでどうだろう。おニィさん、ウチ来て働かない?女の子美人だよぉ」
「……そういう理由じゃないですよね?」
 金城が混ぜっ返すのを純一が苦い顔で確認する。
「純粋にキミを評価している。さっきの大塚も言っていたと思うが、その――」
 そこまで言って、金城女史は純一の手の中の封筒を指し示す。
「技術はこれまでの合成技術とはひと味違うアプローチをしている。幸いにしてマダ胡散臭いと評した方が良い領域だ。が、後塵を拝するワケにもいかない。外の協力を仰ぐにしても専門知識で振り回されない程度のスタッフが必要になる。しかし新しすぎるテリトリーなので即戦力は期待できない。となれば、優秀な新人がいればそれを当てたくなる」
 ザッと金城が説明をすると純一は少し気が楽になった。
「――そんなわけで、私としては転がり込んできた金の卵を生むガチョウを世話してやろうと思っているわけだよ。なにかクビにヒモが何本かついているようだが、その辺はあまり気にしていない。腹を割いて食べるつもりはないからな」
「卵ったって、俺はオスですよ」
 あまりに噛み砕かれた言葉に純一はつい軽口で応えた。
「それはイイ。コッチはメスだ。ツガイで卵を産めば、相性最悪でも四分の一で子供も金の卵を生むガチョウだろう。今やっているウチのサンプル作業より二桁は率が良い。ウチにも金の卵を生む雌ならほかにもいる。組み合わせが問題なら代わってもイイ。まぁそこまで悪い組み合わせではないと思っているんだがね、私とキミは」
 純一の空気が緩んだのに応じて金城女史が返す。
 そして改めて女史は宙ぶらりんだった封筒を純一に差し出す。
「おそらくココは、キミの力を生かせる職場だ。キミの奥方たちがどういう風に思うか知らんが、私といればキミが退屈な社会生活をすることはないだろう。よく考えたまえ」
 そう言ってニヤリと笑うと、仰け反らんばかりに胸を突き出して封筒を乗せてみせた。
 金城基という女性について様々なことを聞く限り、ココへの入社を諦めない限り、金城の手からは逃れられないようだし、確かに金城の言っていることは一般的に大変良い条件だ。
 どういう答えを出すにしても今すぐというのはムリなくらいに魅力的である。
 最初に素直に受け取れなかったのも、あまりに条件が魅力的でどうすればイイのか純一に分からなかったからだった。
 純一が右手を差し出すと、金城は封筒を支えていたおとがいと左手を放して姿勢を戻しながら封筒を純一の右手に滑り落とした。
 金城は純一がきちんと手にしたのを満足げに笑うと、純一にオフィスの整理の継続を指示した。


 なんとなく純一は女悪魔との契約のような気もしたが、元々魔女とすら呼ばれている金城基女史の手口とすればこんなもので、工場で先輩ふたりがみせた態度も納得いったように思う。
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