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四十五週目
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結局のところナニが起こったんだ。そんな風に畑中純一は思っていた。
実に久しぶりにというか、市川以外は久しく顔を逢わせていなかった被告人が酷く雰囲気が悪いのは裁判の冒頭から純一は感じていた。
裁判の手続き自体は淡々と進んだ。
被告人の名前が淡々と確認された。
そして、集団強姦に関する刑事事件の起訴状が読み上げられた。
純一には正直、校長先生の挨拶よりもどうでもいいというか、理解が困難な言い回しだったので、正確に認識できたかは疑問だった。が、つまるところ、彼らが内部の配置まで知った上での計画的な犯行をおこなって、あまつさえ被告は起訴直前の状況で、証人を誘拐し監禁、さらには殺害まで企てた悪辣な犯罪集団である。というような内容だったように純一は理解していた。
ちなみに今回の件は単純に強姦事件であって、純一は単なる証人で他に純一を拐った四人組――今は三人だが――も証人だった。
江田は強姦犯を手引きした共犯と言うことになっている。
そこはおそらく間違いないところで、純一自身もそんなふうに認識していた。だが交代に来なかった二人も共犯だとは思わなかった。
つまるところ、彼らは純一がいなくなるだろう時間帯をすっぱりと開けるために準備をしており、更にはその件で見返りを得ており、別件でのやはり集団強姦に及んでいたらしい。
構造的にあまりに複雑なので、現場で確保された今回の強姦事件の起訴をおこない、複雑部分については別途起訴順次解明する旨を補足していた。また同様の本件の主たる実行犯及び共犯についても別件での捜査未完了の容疑があることを告げて起訴状読み上げは完了した。
あまり純一には用事のない問題のようでもあったが、原告代理人の水本先生は真剣にメモを取っていたりする。その内容のいくらかは見知った夜月の妙に端正な文字で書かれた報告書で行間や脇に赤鉛筆で書き込みが入っていく。
つまるところ、純一には良く分からないレベルで戦いの本番が始まり、そこに至るまでの準備の確認をおこなっているらしい。それをまさに砂かぶりの特等席で純一は眺めているということだった。
とは言っても、全くなにやら技術的なことの分からない純一にしてみれば、単に年寄り連中がガーガーと分かりきったことを示された写真や拾われたものについて、話をしているだけにしか理解できなかった。ここまでの過程でそれぞれのモノについては粗方の説明がなされていて、ソレについてもここ半年以上も説明をしたり質問をされたりというような内容で、それならこれまでの行程はなんだったんだと純一が言いたくなるような手順だった。もちろんプロにはプロの立場があるだろうが、ならばせめて素人にその効果と意味を、できればそれが無くなるとどうなるのかくらいの説明はして欲しいものだが、そうは言っても無駄な知識を獲得することで不愉快な時間を過ごす気はなかったので、純一は黙って大人しく聞いていることにした。
純一はどういう立場でここに座らされているか今ひとつピンとこなかったが、どうやら現行犯逮捕をした本人として、傷害の被害者として訴えを起こした本人として、さらにこの後に続く民事裁判の原告代表と言うことになっている様だということを気がついた。
そんな感じでほとんど純一は意識しないまま、話の過半は右から左に逃げてゆき、二時間余りで証拠の開陳と状況の説明がおこなわれ、夜月と山下と三原教授が証人として出席し、通報に至った経緯などを証言していた。山下は現場の写真をとった経緯を説明し、とりあえず現場の状況を早めに記録したかったと伝えた。また、純一がバールを持っていた経緯について、女性だけの模擬店に不埒者が来る可能性を回覧板の情報から想像してはいたが、どちらかというとジョークのようなつもりで押し付けただけで深い考えがあってのことではないと、そう証言した。
夜月は法廷でも実に落ちつていおり、面識ある畑中純一の大学祭の出し物を見物に訪れたところ、畑中氏がかかる事態に陥り、現場の責任者であった三原教授の依頼で加害者被害者の生命身体に支障がないことを確認するとともに、民事の領域を超えており三原教授に判断を委ねた。と、そういう風な内容で、当時の状況を証言説明した。実行の被告には多少の裂傷はあったものの命に別状なく、実際に警察が現場に到着するまでの僅かな時間で、ほぼ全員が自力で意識を回復した。そう証言を告げると夜月は退廷した。
あとは小林警部が引き継ぎ、逮捕時の犯人が捻挫・擦過・裂傷・打僕はあったものの、自力でパトカーまで歩けたことなどを踏まえて、現行犯逮捕時に負傷と呼べる負傷はなかったこと、強姦被害の女性に関しては現場の判断が困難だったので、自身が救急に連絡をしたことを報告した。
検事は三原教授がおこなっていたものとその瞬間まで勘違いしていたらしく、少し怪訝な顔をしたがその場にいた全員が健常であるように見えれば、混乱した場では男性として思い至りにくい、と軽く感想を述べた。
「さて畑中純一さん。あなたの理解で補足できることがあれば、現場への到着から証人として補足してください」
検事は純一に促した。
「俺、ぁ私――」
純一は少し身構えてしまったが、そんな純一に鷹揚に身振りで促す。
「――私が事件のあったサークルの模擬店に戻ったのは、県内の大学祭で行われていた強姦事件についての実行委員会の回覧を研究室で指摘されたからです。研究室と模擬店の間は歩いて十分程度走って三分かそこらだと思いますが、私は昼を取り損なっていたので、途中で他の模擬店の屋台によって研究室に向かいました。たぶん研究室に向かった片道は二十分かもう少しくらいだったと思います。その場で回覧の話を聞いてとって戻しましたが、多少状況が呑み込めていなかったので、研究室での雑談も含めて往復でたぶん三十分くらいと思います。すみません。詳しくはわかりません」
「そこで現場を目撃したのですか」
検事は確認した。
「いえ、扉は鍵が閉まっていました。バールを持たされていたので、こじ開けることも一瞬考えましたが、ナニもなかった場合に問題になるのは嫌だと思ったので窓伝いに教室に侵入することにしました」
「中の音は聞こえましたか。犯罪が行われているような兆候があったとか」
「いえ。周りもうるさかったですし。ただ、交代の男子学生がこなかったという理由で残ってくれた、……ぁぁ」
一瞬名前を出していいものか、純一は悩んで水本弁護士を見ると、水本は頷いた。
「――佐々木未来さんがその場を放棄するとは思えなかったので、事態は分かりませんでしたが不安を感じて中を確認することにしました」
「扉を壊さないで入れる経路に心当りがあったのですね」
検事は確認した。
「厨房にしていた部分の窓はヤカンの湯気抜きの換気のために塞いでなかったので、そこから入れると思いました。隣の模擬店を通過するために多少強引な交渉をして、怒鳴りつけたりもしました。多少騒ぎになったと思いますが、そちらはスミマセン覚えてません。……ともかく窓を伝い、キッチンの窓までたどり着きました。窓を伝うときは忘れていましたが、カーテンは張っていました。それは中で騒ぎの音が聞こえてきたので、手繰る手間を惜しんで破いてしまいましたが」
「そこで現場を目にしたのですね」
検事は尋ねた
「見ました。五人が四人に襲いかかっていました。というか、立っていた五人は全員下半身をむき出しだったので、残りが五人という認識です。ともかくキッチンから出たところで出会った不審者が下半身がむき出しだったので、反射的に行動しました。一応死なないように重症は負わせないようにを手加減は心がけました。ただ、人数的に劣勢だったのと実際にまだ被害者がいたので、バールを武器とすることに躊躇いはありませんでした」
「バールを凶器とすることで殺しても仕方ないと思ったのではありませんか」
被告の弁護士が言った。
「殺さないように殴る自信はありました。頭部への強打は避けています。じっさいに骨折はせず、転倒時の打撲と捻挫程度と聞いています」
「結果論ではないのですか。振るった瞬間は卑劣漢など死んでもいいと思ったのでは」
被告側の弁護士がまた噛み付いた。
「なにを仰りたいのかよくわかりませんが、無防備な人間を昏倒させる方法は若干でも武術を齧ったものなら幾つか思いつきます。結果として完全に無傷な状態であの場を纏められたと思っています」
「その技術を使って七人を殺したわけですね」
被告側の弁護士が三度噛み付いた。
「――?なんですって?」
「裁判長、本件とは全く関連のない質問で証人の名誉を毀損するものです」
水本弁護士が手を上げて流れを制した。
「意義を認めます」
裁判長が言った。
「――いまのは?」
「気にせず、証言を続けてください」
裁判長が改めて純一の証言を促した。
「あ、いえ、六人をバールで残りの四人は足で蹴りました。まだ高さが足りなかったのでバールだと殺してしまうと思い、危ないと思いました。まだ、その、強姦の行為の最中だったので、動きが悪かったので気絶させるのはそれほど難しくありませんでした」
純一は証言を続けた。
「畑中さんはお若いのに自分の技量に自信をお持ちのようだが、どなたかを気絶させた実績でもお持ちですか」
「裁判長――」
「畑中さん、答えて」
「――あります」
水本弁護士の意義は棄却されて純一は被告弁護士の質問に答えた。
「どういった相手ですか。詳細は結構です。畑中さんの技量を想像できる程度の説明です」
「裁判長、本件の性質と関係ありません」
「畑中さんに、殺意があったかを確認するためです」
ようやく検事が再び意義を訴えたが、被告弁護士が執拗に要求した。
「――畑中さん、答えてください」
「……ヤクザです」
不愉快ではあったが、純一は正直に言った。
「いつのことですか」
「五・六年ほど前だと思います」
「相手はひとりですか」
「――八人です」
水本弁護士は腕を組んで動かなかった。
「素手ですか」
「私は木刀を持っていました。相手も匕首などで武装していました」
純一は不愉快なことをふつふつと思い出しながら被告人弁護士の言葉に答えた。
「相手はどのようなケガを負いましたか」
「裁判長、本件の性質を考え、印象操作をおこなう可能性のある、意味がない質問です」
「意義を認めます。被告人弁護士は質問を変えてください」
検事の意義に裁判長が意義を認めた。
「……今回の相手はそのときの相手と比べてどうでしたか」
「裁判長、抽象的すぎて悪意ある誘導です」
検事が意義を申し立てた。
「――被告人弁護士はもう少し質問の意図がわかり易い形に整理してください」
「……完全な不意打ちでしたか」
裁判長は被告弁護士の流れに興味を持ったようだった。
満足そうに被告弁護士が質問を改めた。
「そうだったと思います。彼は――」
純一は最初に殴った男を指さした。
「――私がドコにいたのかというようなことを言ったと思います。詳しくは忘れました。あとはほとんどその場のステップ任せでした」
少し面倒になった純一は一気に言った。
「容易い相手だったということですね」
「そう言えると思います」
純一は認めた。
「畑中さん、あなたは暴力的な技量を振るうことを楽しんだのではありませんか」
「なんだって?」
純一は被告弁護士を思わず睨んでいた。
「裁判長。悪意ある予断に満ちた発言です」
「私も今の畑中さんの名誉を傷つけるような発言は看過できません」
判事の意義を受けるように水本弁護士も目を向いて立ち上がっていた。その勢いに思わず純一は目を丸くして毒気を抜かれた。
「今回の事件はネットワーク上の不特定多数が仕掛けた事件と聞いています。被告人たちの一連の軽率な行動は社会人としての年齢に達した人間として咎められるものではありますが、必ずしも首謀したものではないと信じます。また、むしろネットワーク上の人物に煽動されたものだと主張いたします。その人物こそ畑中純一氏ではないかと私は疑問を持っています。根拠として強姦被害者とあまりに急速に親密度を上げ、行動を共にしている事実を各地で散見されているからです」
「ナニを根拠に!」
検事が事態の展開に思わず叫ぶ。
「川田・鶴川両氏逮捕の状況を教えてください」
「本件とは関係ないと思います。公判の進行を妨げているように感じます」
水本弁護士が静かに響く声で言った。
「被告弁護人は論点の意図を明確にしてください」
「私達被告側が畑中氏の行動に疑いを持つ根拠と密接です」
「……畑中さん、質問に答えて」
「企業説明会に出席したときに発見しました」
「誰が?あなたですか」
被告弁護人は静かに纏わり付くように確認した。
「遠藤、慶子さんです」
危うくケと発音しかけて純一は踏みとどまった。
「どうやって遠藤慶子さんは二人を見かけることになったのでしょう。いやそもそもどうして彼らが誘拐犯であることを知ったのでしょう」
「学内から誘拐されるところを見かけたと言っていました。駐輪場にバイクを押し込んでいたと。鶴川は運転手だったようです」
「……お二人はひどく親密ですね」
被告弁護人はいやらしく口元を笑いの形に歪めながら言った。
「裁判長!本件と全く関係ない誘導です」
検事の声が大きくなった。
「遠藤さんは自転車あるいはバイク通学をなさっていないですね」
「そうです」
「ならなぜ。彼女はソコに向かったのか。わかりやすいクイズだと思います」
「裁判長!悪質な誘導です」
被告弁護人が引き出す純一の言葉に、検事が悲鳴のように叫んだ。
「被告弁護人。……意図がわかりません。他に聞くことはありませんね」
裁判長はある種の職業的反応として応えて言った。被告弁護人はニヤリと笑ったように純一には見えた。
「いえ、もう一点。企業説明会にはなぜ出席したのですか。すでに企業内定を確定した後に応募してまで」
「――被告弁護人、それは本当に意味がわかりません。意味がありますか」
裁判長がさっきまでとは少し変わって困ったように言った。
「畑中さんの行動の倫理基準に関する話題です」
「裁判長!被告弁護人は不当に畑中さんの名誉を傷つけています!」
検事が叫んだが、裁判長はちらりと検事を眺めただけだった。
「――畑中さん、理由を述べられますか」
「……はい。自分の評価と可能性を他の企業ではどのように評価していただけるか、という点と企業がどのようなことをしているかという興味です。問題でしょうか」
「他に同行者は?もちろん遠藤さんはいらっしゃいましたね」
「……ほかに滝川紫さんがいました」
「ふぅん。御盛んなようですが、まぁいいでしょう」
被告弁護人は少し満足そうだった。
「続いて、江田氏の逮捕時の様子を伺いたいと思います」
「裁判長。公判の進行を私しております」
「――被告弁護人、もう一点ということではなかったのかね」
「畑中さんの一連の行動の意味を明確化するために必要な質問です。順番は前後しますが必要と考えます」
完全に場は被告弁護人の独壇場だった。いや、むしろ明らかに検事の油断が招いた事態だったが、こうなっては水本弁護士にもチャンスを待つしかなかった。
「江田氏が畑中さんに骨折を負わせたときに駆け込んで助けたのは、誰でしたか。あなたの命の恩人は」
「川上光さんと佐々木未来さんです」
被告弁護人は軽く目を伏せた。
「どうして二人はその場に居合わせたのですか。畑中さん自身が助けを求めたんでしょうか」
「――偶然だと思います」
純一の答えに被告弁護士はニコヤカになった。
「偶然!偶然ですか。素敵な言葉だ。サイズ違いの女物の下着が四人分もあるような独身男性の家なんて!本件の被害者も偶然、四人。素敵な偶然ですね。大変結構な偶然だと思います」
そう言って被告弁護人は法廷を見回した。
「――申し訳ありませんでした。裁判長。つい、進行を妨げてしまいました」
「……以後注意してください」
一礼する弁護士に裁判長は形式的にそう応じた。
「あー、……畑中さん。彼らこの事件の被告の起こした事件について現場の状況は他にありますか」
「……彼に――ナイフでさされたくらいです」
たぶん刺したのだろう男を指さして純一の証言はひとまず終わった。
その傷の状態などの補足が入ったが、純一にとってはかなり衝撃的な展開だった。
最後に軽く失点をしたが、まぁその程度は、という雰囲気で被告人弁護士が笑ったような気が純一にはした。
結局のところナニが起こったんだ。そんな風に畑中純一は思っていた。
純一にもナニが起こっているかは分かった。
被告人弁護士は純一の倫理的な信頼性の破壊と、それに伴う証人としての能力や、あるいは悪意を持った共犯としての立場を印象づけようという戦術を取っていることは、純一にも理解できた。
――ではどうすればいいんだ。
実に久しぶりにというか、市川以外は久しく顔を逢わせていなかった被告人が酷く雰囲気が悪いのは裁判の冒頭から純一は感じていた。
裁判の手続き自体は淡々と進んだ。
被告人の名前が淡々と確認された。
そして、集団強姦に関する刑事事件の起訴状が読み上げられた。
純一には正直、校長先生の挨拶よりもどうでもいいというか、理解が困難な言い回しだったので、正確に認識できたかは疑問だった。が、つまるところ、彼らが内部の配置まで知った上での計画的な犯行をおこなって、あまつさえ被告は起訴直前の状況で、証人を誘拐し監禁、さらには殺害まで企てた悪辣な犯罪集団である。というような内容だったように純一は理解していた。
ちなみに今回の件は単純に強姦事件であって、純一は単なる証人で他に純一を拐った四人組――今は三人だが――も証人だった。
江田は強姦犯を手引きした共犯と言うことになっている。
そこはおそらく間違いないところで、純一自身もそんなふうに認識していた。だが交代に来なかった二人も共犯だとは思わなかった。
つまるところ、彼らは純一がいなくなるだろう時間帯をすっぱりと開けるために準備をしており、更にはその件で見返りを得ており、別件でのやはり集団強姦に及んでいたらしい。
構造的にあまりに複雑なので、現場で確保された今回の強姦事件の起訴をおこない、複雑部分については別途起訴順次解明する旨を補足していた。また同様の本件の主たる実行犯及び共犯についても別件での捜査未完了の容疑があることを告げて起訴状読み上げは完了した。
あまり純一には用事のない問題のようでもあったが、原告代理人の水本先生は真剣にメモを取っていたりする。その内容のいくらかは見知った夜月の妙に端正な文字で書かれた報告書で行間や脇に赤鉛筆で書き込みが入っていく。
つまるところ、純一には良く分からないレベルで戦いの本番が始まり、そこに至るまでの準備の確認をおこなっているらしい。それをまさに砂かぶりの特等席で純一は眺めているということだった。
とは言っても、全くなにやら技術的なことの分からない純一にしてみれば、単に年寄り連中がガーガーと分かりきったことを示された写真や拾われたものについて、話をしているだけにしか理解できなかった。ここまでの過程でそれぞれのモノについては粗方の説明がなされていて、ソレについてもここ半年以上も説明をしたり質問をされたりというような内容で、それならこれまでの行程はなんだったんだと純一が言いたくなるような手順だった。もちろんプロにはプロの立場があるだろうが、ならばせめて素人にその効果と意味を、できればそれが無くなるとどうなるのかくらいの説明はして欲しいものだが、そうは言っても無駄な知識を獲得することで不愉快な時間を過ごす気はなかったので、純一は黙って大人しく聞いていることにした。
純一はどういう立場でここに座らされているか今ひとつピンとこなかったが、どうやら現行犯逮捕をした本人として、傷害の被害者として訴えを起こした本人として、さらにこの後に続く民事裁判の原告代表と言うことになっている様だということを気がついた。
そんな感じでほとんど純一は意識しないまま、話の過半は右から左に逃げてゆき、二時間余りで証拠の開陳と状況の説明がおこなわれ、夜月と山下と三原教授が証人として出席し、通報に至った経緯などを証言していた。山下は現場の写真をとった経緯を説明し、とりあえず現場の状況を早めに記録したかったと伝えた。また、純一がバールを持っていた経緯について、女性だけの模擬店に不埒者が来る可能性を回覧板の情報から想像してはいたが、どちらかというとジョークのようなつもりで押し付けただけで深い考えがあってのことではないと、そう証言した。
夜月は法廷でも実に落ちつていおり、面識ある畑中純一の大学祭の出し物を見物に訪れたところ、畑中氏がかかる事態に陥り、現場の責任者であった三原教授の依頼で加害者被害者の生命身体に支障がないことを確認するとともに、民事の領域を超えており三原教授に判断を委ねた。と、そういう風な内容で、当時の状況を証言説明した。実行の被告には多少の裂傷はあったものの命に別状なく、実際に警察が現場に到着するまでの僅かな時間で、ほぼ全員が自力で意識を回復した。そう証言を告げると夜月は退廷した。
あとは小林警部が引き継ぎ、逮捕時の犯人が捻挫・擦過・裂傷・打僕はあったものの、自力でパトカーまで歩けたことなどを踏まえて、現行犯逮捕時に負傷と呼べる負傷はなかったこと、強姦被害の女性に関しては現場の判断が困難だったので、自身が救急に連絡をしたことを報告した。
検事は三原教授がおこなっていたものとその瞬間まで勘違いしていたらしく、少し怪訝な顔をしたがその場にいた全員が健常であるように見えれば、混乱した場では男性として思い至りにくい、と軽く感想を述べた。
「さて畑中純一さん。あなたの理解で補足できることがあれば、現場への到着から証人として補足してください」
検事は純一に促した。
「俺、ぁ私――」
純一は少し身構えてしまったが、そんな純一に鷹揚に身振りで促す。
「――私が事件のあったサークルの模擬店に戻ったのは、県内の大学祭で行われていた強姦事件についての実行委員会の回覧を研究室で指摘されたからです。研究室と模擬店の間は歩いて十分程度走って三分かそこらだと思いますが、私は昼を取り損なっていたので、途中で他の模擬店の屋台によって研究室に向かいました。たぶん研究室に向かった片道は二十分かもう少しくらいだったと思います。その場で回覧の話を聞いてとって戻しましたが、多少状況が呑み込めていなかったので、研究室での雑談も含めて往復でたぶん三十分くらいと思います。すみません。詳しくはわかりません」
「そこで現場を目撃したのですか」
検事は確認した。
「いえ、扉は鍵が閉まっていました。バールを持たされていたので、こじ開けることも一瞬考えましたが、ナニもなかった場合に問題になるのは嫌だと思ったので窓伝いに教室に侵入することにしました」
「中の音は聞こえましたか。犯罪が行われているような兆候があったとか」
「いえ。周りもうるさかったですし。ただ、交代の男子学生がこなかったという理由で残ってくれた、……ぁぁ」
一瞬名前を出していいものか、純一は悩んで水本弁護士を見ると、水本は頷いた。
「――佐々木未来さんがその場を放棄するとは思えなかったので、事態は分かりませんでしたが不安を感じて中を確認することにしました」
「扉を壊さないで入れる経路に心当りがあったのですね」
検事は確認した。
「厨房にしていた部分の窓はヤカンの湯気抜きの換気のために塞いでなかったので、そこから入れると思いました。隣の模擬店を通過するために多少強引な交渉をして、怒鳴りつけたりもしました。多少騒ぎになったと思いますが、そちらはスミマセン覚えてません。……ともかく窓を伝い、キッチンの窓までたどり着きました。窓を伝うときは忘れていましたが、カーテンは張っていました。それは中で騒ぎの音が聞こえてきたので、手繰る手間を惜しんで破いてしまいましたが」
「そこで現場を目にしたのですね」
検事は尋ねた
「見ました。五人が四人に襲いかかっていました。というか、立っていた五人は全員下半身をむき出しだったので、残りが五人という認識です。ともかくキッチンから出たところで出会った不審者が下半身がむき出しだったので、反射的に行動しました。一応死なないように重症は負わせないようにを手加減は心がけました。ただ、人数的に劣勢だったのと実際にまだ被害者がいたので、バールを武器とすることに躊躇いはありませんでした」
「バールを凶器とすることで殺しても仕方ないと思ったのではありませんか」
被告の弁護士が言った。
「殺さないように殴る自信はありました。頭部への強打は避けています。じっさいに骨折はせず、転倒時の打撲と捻挫程度と聞いています」
「結果論ではないのですか。振るった瞬間は卑劣漢など死んでもいいと思ったのでは」
被告側の弁護士がまた噛み付いた。
「なにを仰りたいのかよくわかりませんが、無防備な人間を昏倒させる方法は若干でも武術を齧ったものなら幾つか思いつきます。結果として完全に無傷な状態であの場を纏められたと思っています」
「その技術を使って七人を殺したわけですね」
被告側の弁護士が三度噛み付いた。
「――?なんですって?」
「裁判長、本件とは全く関連のない質問で証人の名誉を毀損するものです」
水本弁護士が手を上げて流れを制した。
「意義を認めます」
裁判長が言った。
「――いまのは?」
「気にせず、証言を続けてください」
裁判長が改めて純一の証言を促した。
「あ、いえ、六人をバールで残りの四人は足で蹴りました。まだ高さが足りなかったのでバールだと殺してしまうと思い、危ないと思いました。まだ、その、強姦の行為の最中だったので、動きが悪かったので気絶させるのはそれほど難しくありませんでした」
純一は証言を続けた。
「畑中さんはお若いのに自分の技量に自信をお持ちのようだが、どなたかを気絶させた実績でもお持ちですか」
「裁判長――」
「畑中さん、答えて」
「――あります」
水本弁護士の意義は棄却されて純一は被告弁護士の質問に答えた。
「どういった相手ですか。詳細は結構です。畑中さんの技量を想像できる程度の説明です」
「裁判長、本件の性質と関係ありません」
「畑中さんに、殺意があったかを確認するためです」
ようやく検事が再び意義を訴えたが、被告弁護士が執拗に要求した。
「――畑中さん、答えてください」
「……ヤクザです」
不愉快ではあったが、純一は正直に言った。
「いつのことですか」
「五・六年ほど前だと思います」
「相手はひとりですか」
「――八人です」
水本弁護士は腕を組んで動かなかった。
「素手ですか」
「私は木刀を持っていました。相手も匕首などで武装していました」
純一は不愉快なことをふつふつと思い出しながら被告人弁護士の言葉に答えた。
「相手はどのようなケガを負いましたか」
「裁判長、本件の性質を考え、印象操作をおこなう可能性のある、意味がない質問です」
「意義を認めます。被告人弁護士は質問を変えてください」
検事の意義に裁判長が意義を認めた。
「……今回の相手はそのときの相手と比べてどうでしたか」
「裁判長、抽象的すぎて悪意ある誘導です」
検事が意義を申し立てた。
「――被告人弁護士はもう少し質問の意図がわかり易い形に整理してください」
「……完全な不意打ちでしたか」
裁判長は被告弁護士の流れに興味を持ったようだった。
満足そうに被告弁護士が質問を改めた。
「そうだったと思います。彼は――」
純一は最初に殴った男を指さした。
「――私がドコにいたのかというようなことを言ったと思います。詳しくは忘れました。あとはほとんどその場のステップ任せでした」
少し面倒になった純一は一気に言った。
「容易い相手だったということですね」
「そう言えると思います」
純一は認めた。
「畑中さん、あなたは暴力的な技量を振るうことを楽しんだのではありませんか」
「なんだって?」
純一は被告弁護士を思わず睨んでいた。
「裁判長。悪意ある予断に満ちた発言です」
「私も今の畑中さんの名誉を傷つけるような発言は看過できません」
判事の意義を受けるように水本弁護士も目を向いて立ち上がっていた。その勢いに思わず純一は目を丸くして毒気を抜かれた。
「今回の事件はネットワーク上の不特定多数が仕掛けた事件と聞いています。被告人たちの一連の軽率な行動は社会人としての年齢に達した人間として咎められるものではありますが、必ずしも首謀したものではないと信じます。また、むしろネットワーク上の人物に煽動されたものだと主張いたします。その人物こそ畑中純一氏ではないかと私は疑問を持っています。根拠として強姦被害者とあまりに急速に親密度を上げ、行動を共にしている事実を各地で散見されているからです」
「ナニを根拠に!」
検事が事態の展開に思わず叫ぶ。
「川田・鶴川両氏逮捕の状況を教えてください」
「本件とは関係ないと思います。公判の進行を妨げているように感じます」
水本弁護士が静かに響く声で言った。
「被告弁護人は論点の意図を明確にしてください」
「私達被告側が畑中氏の行動に疑いを持つ根拠と密接です」
「……畑中さん、質問に答えて」
「企業説明会に出席したときに発見しました」
「誰が?あなたですか」
被告弁護人は静かに纏わり付くように確認した。
「遠藤、慶子さんです」
危うくケと発音しかけて純一は踏みとどまった。
「どうやって遠藤慶子さんは二人を見かけることになったのでしょう。いやそもそもどうして彼らが誘拐犯であることを知ったのでしょう」
「学内から誘拐されるところを見かけたと言っていました。駐輪場にバイクを押し込んでいたと。鶴川は運転手だったようです」
「……お二人はひどく親密ですね」
被告弁護人はいやらしく口元を笑いの形に歪めながら言った。
「裁判長!本件と全く関係ない誘導です」
検事の声が大きくなった。
「遠藤さんは自転車あるいはバイク通学をなさっていないですね」
「そうです」
「ならなぜ。彼女はソコに向かったのか。わかりやすいクイズだと思います」
「裁判長!悪質な誘導です」
被告弁護人が引き出す純一の言葉に、検事が悲鳴のように叫んだ。
「被告弁護人。……意図がわかりません。他に聞くことはありませんね」
裁判長はある種の職業的反応として応えて言った。被告弁護人はニヤリと笑ったように純一には見えた。
「いえ、もう一点。企業説明会にはなぜ出席したのですか。すでに企業内定を確定した後に応募してまで」
「――被告弁護人、それは本当に意味がわかりません。意味がありますか」
裁判長がさっきまでとは少し変わって困ったように言った。
「畑中さんの行動の倫理基準に関する話題です」
「裁判長!被告弁護人は不当に畑中さんの名誉を傷つけています!」
検事が叫んだが、裁判長はちらりと検事を眺めただけだった。
「――畑中さん、理由を述べられますか」
「……はい。自分の評価と可能性を他の企業ではどのように評価していただけるか、という点と企業がどのようなことをしているかという興味です。問題でしょうか」
「他に同行者は?もちろん遠藤さんはいらっしゃいましたね」
「……ほかに滝川紫さんがいました」
「ふぅん。御盛んなようですが、まぁいいでしょう」
被告弁護人は少し満足そうだった。
「続いて、江田氏の逮捕時の様子を伺いたいと思います」
「裁判長。公判の進行を私しております」
「――被告弁護人、もう一点ということではなかったのかね」
「畑中さんの一連の行動の意味を明確化するために必要な質問です。順番は前後しますが必要と考えます」
完全に場は被告弁護人の独壇場だった。いや、むしろ明らかに検事の油断が招いた事態だったが、こうなっては水本弁護士にもチャンスを待つしかなかった。
「江田氏が畑中さんに骨折を負わせたときに駆け込んで助けたのは、誰でしたか。あなたの命の恩人は」
「川上光さんと佐々木未来さんです」
被告弁護人は軽く目を伏せた。
「どうして二人はその場に居合わせたのですか。畑中さん自身が助けを求めたんでしょうか」
「――偶然だと思います」
純一の答えに被告弁護士はニコヤカになった。
「偶然!偶然ですか。素敵な言葉だ。サイズ違いの女物の下着が四人分もあるような独身男性の家なんて!本件の被害者も偶然、四人。素敵な偶然ですね。大変結構な偶然だと思います」
そう言って被告弁護人は法廷を見回した。
「――申し訳ありませんでした。裁判長。つい、進行を妨げてしまいました」
「……以後注意してください」
一礼する弁護士に裁判長は形式的にそう応じた。
「あー、……畑中さん。彼らこの事件の被告の起こした事件について現場の状況は他にありますか」
「……彼に――ナイフでさされたくらいです」
たぶん刺したのだろう男を指さして純一の証言はひとまず終わった。
その傷の状態などの補足が入ったが、純一にとってはかなり衝撃的な展開だった。
最後に軽く失点をしたが、まぁその程度は、という雰囲気で被告人弁護士が笑ったような気が純一にはした。
結局のところナニが起こったんだ。そんな風に畑中純一は思っていた。
純一にもナニが起こっているかは分かった。
被告人弁護士は純一の倫理的な信頼性の破壊と、それに伴う証人としての能力や、あるいは悪意を持った共犯としての立場を印象づけようという戦術を取っていることは、純一にも理解できた。
――ではどうすればいいんだ。
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