可愛くない猫でもいいですか

緑虫

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8 飼い猫

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 あの拓海が、馬鹿にしたような態度で加藤に言う。

「お前さ、今のが次郎のお断りの言葉だって気付いてねーの? 鈍感だな」

 拓海の様子がおかしい。普段こんな態度は絶対に取らないのに、どうしちゃったんだろうか。やっぱり熱でもあるのか?

「あっ!? お前なんなんだよ! 今の言葉、取り消せ!」

 加藤がカッとなって俺を押さえている力を緩めた瞬間、拓海がサッと俺を横抱きに抱き上げた。

 ええっ!? 何この状況!? というか、ごつい俺を抱き上げられるってマジかよ!?

 拓海が俺を見てにこりと笑う。……あれ、いつもの拓海?

「次郎、落ちると怖いから首にしがみついて」
「え、いや、でも」
「ほら、早く。落としちゃう」

 落ちるのはさすがに嫌だったので、嘘だろ、マジかよと思いながらも拓海の首に腕を回した。

 笑顔のままの拓海が、加藤を悠々と見下ろす。

「横から掻っ攫おうとしたって無駄だよ。でも、さっきの次郎の言葉でようやく理由が分かったから、引き出してくれたのはサンキューな」
「はあ!? おい、待てよ!」

 加藤が慌てて立ち上がった。拓海は加藤に一瞥をくれると、冷たく言い放つ。

「二度と人のもんに手を出してくんじゃねーよ、カスが」

 へ? 人のもん? 何が? え、加藤何かしたのか? ……さっぱり分からない。

 すると言われた本人も、驚いた顔になる。

「……はあっ!? ちょ、待て……うわっ!」

 拓海の肩を掴んだ加藤の手を、拓海が身体を捻って振り解いた。加藤は勢いのまま、ドスンと尻餅を突く。

「グオッ!」

 尾てい骨を強打したのか、加藤が悶絶していた。うわ、痛そう……。

 拓海は加藤の目の前に立つと、冷たい目で見下ろす。

「次郎の知り合いのよしみでこれぐらいにいといてやるけどな、次に近付いてきたらタダじゃおかねえぞテメエ」

 イケメンの睨みは、正直言って怖い。しかもすっごい低い声で唸るように恫喝するもんだから、あまりの気迫に加藤がブルッと震えた。

「追ってきたらぶっ殺す」
「……ヒッ」

 物騒なセリフを吐いた拓海は、加藤にくるりと背を向けると、スタスタと歩いて行く。腕に俺を抱えたまま。

「か、加藤! なんかごめん! 水ありがと!」

 拓海の肩越しに尻餅をついたままの加藤に言った。

 加藤は唖然としたまま、こくりと小さく頷き返してくれていた。やっぱりいい奴だ。

 加藤に好きって言われたのには驚いた。そもそも何年も喋ってないのに好きだったとか、なんか突拍子もない話すぎるだろう。

 ハッと気付く。

 俺は男が好きな奴だけど、あの時の気持ち悪いって言葉は俺に向かって言ったんじゃない。そう言いたかったのか。

 話をしている間ずっと脳内が「?」状態だったのが、ようやくストンと腑に落ちた。

 そうか! あの告白は、俺への罪悪感から贖罪のつもりで言ってくれたのか……!

 なんだかあいつに気を遣わせちゃったな、と申し訳なくなると同時に、何がボトムだよって自分の言葉が恥ずかしくなった。……忘れよう。

 俺がひとりで納得している間にも、拓海はズンズン外へ向かって歩いていった。

 周りの学生たちが、俺たちに注目し始める。

 う、うわ……っ、見るな、俺は目立ちたくないんだよ……!

「た、拓海っ、自分で歩けるから降ろせよっ」

 だけど、拓海は残念な子を見るような目で俺を見て、静かに首を横に振るばかり。……なんだよ、それ。なんかムカつくな。

「昨日からなんかおかしいと思ってたら、アレを見られてたのか」
「う……っ、だ、だってさ、彼女がいるならひと言くらい言えって思って……」
「彼女じゃないってば」

 呆れたように溜息を吐くな。溜息を吐きたいのはこっちの方だって。

「で、でも、くっついてキスしてたじゃねーか!」

 俺の言葉に、拓海が首を傾げて上を見る。しばらくそのまま考えた様子だったけど、思い至ったのか、「あ」と声を漏らした。

「あれね! あー、確かに遠目から見たらそう見えなくもないか」
「はあ? お前何言って」
「まあ待ってよ。後で実演してあげるから。そうしたら納得するでしょ」
「実演って何を」

 拓海がニヤリと笑う。

「後でのお楽しみってことにしようよ」
「お前な……」
「それよりさ」

 鼻の頭同士がくっつきそうな距離まで顔を近付けた拓海が、圧の強い笑顔を見せながら言った。

「次郎が俺に隠してること、ぜーんぶ話してもらわないとね」
「え」
「言うまでは帰さないから」
「え、おい、待てよ俺の人権……っ」

 冗談じゃない、折角ひた隠しにしてきたのに、よりによって一番知られたくない拓海になんで話さないといけないんだ。

「人権? 何言ってるの、次郎は猫じゃないか」
「は……?」

 どうした拓海。やっぱり熱があるんじゃないか。

「ツンとしてる猫が少しずつ懐いてくるのも楽しかったけど、今回のことで飼い猫には首輪を付けておかなくちゃダメだったってよーく分かった」

 誰が飼い猫だ、誰が。

「おい拓海、お前何言って」

 拓海は無言のままにっこりと笑うと、キャンパスを出てすぐ前の通りでタクシーを拾ったのだった。
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