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四季の妃たちからの洗礼!? 上等だ、こらっ!

冬柊の宮①(いじめ、かっこ悪い!)

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 ☆注意☆
 虫が苦手な方は、最後の2行はお読みにならないでください。

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「蟲の宮のお方。ようこそ、この冬柊の宮においでくださりました。冬柊の宮、上級妃チェファシュです」
「凍てつく雪雨にあっても気高く花を咲かせんと気高く立つ強き冬の妃様方へご挨拶申し上げます。この度、金鳳花の宮に入りましたホンニャンと申します」
 黒と金を基調とした冬の宮の一室で私を出迎えたのは、黒檀の如く艶やかな美しい衣を纏い、射干玉色の髪をきっちりと結い上げ、赤椿を模した血赤珊瑚の簪を挿した氷雪のごとく隙のない美しさと厳しさを誇る上級妃チェファシュ様を筆頭とした、冷たい視線でこちらを睨めつける冬の妃たち。
 その前で、私はゆっくりと膝をつき、静かに頭を下げた。




 入内後に招待される初めての茶会は、を手ほどきする目的がある。
 そのため、新入りの妃位に関わらず、まずは上級妃がその名をもって自宮へ招待し、己が宮に在籍する妃と共に最高のもてなしを行うとされる。
 そのため、所属の宮を持たない下級妃であるメイ コウシュン改め『ホンニャン』にも、宴開催の直後から、各宮から茶会の招待が届いた。
 届いた木札に示された日時を並べると、冬柊の宮、春桃の宮、夏椿の宮、秋椛の宮の順で連日行われることが分かったため、私は侍女達とすぐに準備を始めた。
 茶会へは、招待された私の他に、侍女と毒見役を連れて行くのがだそうで、急ごしらえの侍女六人の中で最も覚えの早かったレンレンと、タンラン様から毒見役兼護衛(きっと私の監視の役割をもっている)として遣わされたシュウフを連れて行くことにした。
 訊ねた冬柊の宮で、侍女の案内で通されたのは日当たりの良い応接室で、春とはいえまだ肌寒いため、四方と中央に大きな火鉢が置かれていた。
「どうぞ、此方へ」
 冬の上級妃チェファシュ様に促され、二つ並ぶテーブルの上座に用意された席を勧められた私は、チェファシュ様が座ったのを確認してから、首を下げて席に着いた。
 隣のテーブルには冬の中級妃二名、下級妃三名が座っていて、此方を品定めする厳しい視線を向けてきていた。
「春先とはいえまだ肌寒いので、体の温まる茶をお出ししたいと思います。蟲の宮の方はお嫌いなものはありますか?」
 抑揚がなく無機質で冷たい喋り方をする上級妃チェファシュ様の言葉に、私は静かに首を下げた。
「お心遣いありがとうございます。苦手なものはございません」
 妓楼で生まれ育てば、腹を満たすのが先で好き嫌いなど言っていられない。それは好待遇の禿であった私も同様、好まなくてもなんでも飲み食いできるので、穏やかに微笑んで答える。
「そうですか」
 その言葉を受け、チェファシュ様は表情を変えぬまま控えていた侍女頭らしき女性に目配せをすると、侍女が次々と茶や菓子が運び込んでくる。
「ではまず、こちらにおります中級妃・シェイシェンの実家から届きました生姜を使った生姜湯をお出しいたします。まだ肌寒い時期ですので、体も温まりましょう」
 侍女の手によって目の前に出された蓋つきの茶器は、向こうが透けて見えるような上等なものだ。
「これは、見事な白磁ですね。西方からの御品でしょうか?」
「蟲の宮の方は物知りでいらっしゃる」
 出てきた茶器を褒めると、わずかに左の目元だけ動かしたチェファシュ様。
 そこで私は微笑んだ。
「一度だけ拝見したことがございます。こちらの茶器は、西方でも北の方の最高級品であったと記憶しております。冬の上級妃様に相応しく、儚くも美しい雪のようですね」
「おっしゃる通り、此方は西の国と貿易を行っている実家から送られてきたものです」
 表情も声色も変えぬままそう言ったチェファシュ様は、どうぞ、と茶を進めてくれた。
 その言葉に合わせ、右後ろに控える毒見役のシュウフが茶器に手を伸ばす。
「まぁ、下級妃の分際で、上級妃から出された物に毒見役を使うなんて、なんて礼儀知らずなのかしら」
「言葉を控えなさい」
 ぼそりと聞こえた言葉が終わる前にチェファシュ様の声がして、ぴりっと空気が張り詰めるのがわかる。
「後宮にあって妃が毒見役を連れて歩くのは当然の事です。今口を開いた者は出て行きなさい。蟲の宮の方、ご気分を害すような戯言をお聞かせし申し訳ございません」
「いいえ、冬の女神であるチェファシュ様を慮っての言葉でしょう。気にしておりません」
 咎められ、泣きそうな顔で退室した侍女を視界にとらえながら、私は頭を下げる。
「後で叱っておきます。さ、冷める前にどうぞ」
 チェファシュ様の言葉に小さく頭を下げ、それからシュウフへ目配せすると、彼女は私の目の前の茶器を手にし、そっと蓋上げ中を確認し、少しばかり口にし、蓋を元に戻す。
 そして静かに茶器を戻すと、そっと私にだけ聞こえるように耳打ちをする。
「落ち着いてお聞きください。茶の中身を見てはいけません。中には……」
(うげ、まじか!)
 聞かされた内容に、全身鳥肌が立ち、思わず飛び上がりそうになるが、それは駄目だと平常を保ちつつ頷く。
「……そう」
 一言そう言いながら茶器を手にした私は、目を伏せ、気付かれないように六人の妃の様子を伺い見た。
(あいつか)
 扇で口元を隠した中級妃とその隣に座る下級妃二人。シュウフが平然と毒見をした時は僅かに眉をしかめていたが、私が茶器の蓋を開けるようとすると、にやにやと目元を緩ませ始める。
(気位の高い冬の宮と言っても妃の矜持はこの程度か。しかしさて、どうしたものか)
 飲んではいけない理由は分かったし、正直飲みたくない。
 が、上級妃の手前そんなことは許されないし、かといってこのまま相手の思う通りの反応をするのは癪に障る。
(肉を切らせて骨を断つ……ではないけれど、墓穴でも掘ってもらうとしましょうか……)
 そう思い、静かに茶器の蓋をずらした私は、頭を無にし、蓋をわずかにずらした状態で液体だけをグッと一気に呷った。
 その行動に、隣に立つシュウフが射殺さんばかりにこちらを睨みつけているが、気づかぬふりをして茶器を戻す。
 視界の端には、先ほどの中級妃が声を出さないまでも目を見開き明らかに動揺していて、吐きそうな気分も、苛立ちもすっと消えた。
「……所詮は地方官吏の娘ですか」
 してやったり。と思っていると、厳しい言葉が飛んで来た。
「茶器の知識はおありでも、茶をそのように飲むなんて、随分と無作法でいらっしゃる。わたくしの飲み方をよく見て覚えて帰られ、妃として恥ずかしくないよう練習なさるように」
 私の茶の飲み方を見たチェファシュ様が僅かに眉間を寄せ、淡々とした口調でそれを咎めると、美しい所作で茶を飲んだ。
「妃として、これくらい出来るようになさいませ」
「お言葉ですが」
 茶器を置き、呆れるようにそう言い諭してきたチェファシュ様の前に、私は静かに自分が飲み終わった茶器を押し出した。
「香りを楽しみ、茶の色を楽しみ、味を楽しむ。いくら下級妃のわたくしとて、茶の飲み方くらい存じ上げておりますわ。ですがこちらのお茶は、そのように楽しむための物とは思えなかったのです」
「いいえ。この茶は、単純な生姜湯ではありますが、体が温まるよう八角、肉桂、生姜を見栄えよく揃え、目でも楽しめる物です。ですから……」
 無表情のまま、反論した私に講釈を示すチェファシュ様。
 しかし私はただ静かに彼女を見据えた。
 そんな私に気が付いたのか、チェファシュ様は初めて眉間にわずかに皺を寄せると、私を見、それから茶器に視線を移した。
「……まさか」
「チェ……チェファシュ様、私が茶を淹れ直させていただきます。蟲の宮の方も先程のチェファシュ様の所作を見て勉強できたと思いますので、改めて実践をっ……茶器を片付けなさい」
「いいえ、待ちなさい」
 顔色の悪い中級妃がそう提案し、同じテーブルについた下級妃がそれがいいと侍女たちに声をかけたところで、チェファシュ様が凛とした声で制止する。
「拝見してもよろしいですか」
「えぇ、どうぞ」
 私が押し出した茶器に、チェファシュ様が手を伸ばす。
「いけません、チェファシュ様……っ」
 中級妃と下級妃がそれを止めようと立ち上がるが、彼女たちの動きは一歩、遅かった。
「……!」
 蓋を開け、茶器の中身を見たチェファシュ様は鬼神の如く気を放ち、眦をあげると、茶器を持ったまま立ち上がり、声を上げた中級妃の前に、茶器を目の前に突き付けた。
「この茶の手配をしたのはお前でしたね、シェイシェン」
「あ、あの、それはっ」
「これはどういうことです?」
「そ、それは、あの、違う、違うのです!」
 静かで重い、しかし空気がびりびりと振動するほどの怒りの声が室内に広がった。
「わたくしの賓客にこのようなものを出した理由を説明なさい!」


 チェファシュ様の手の中の茶器の底には、花の形をした八角、や肉桂の他に、大きな百足がとぐろを巻いて息絶えていた。


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