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33・繰り返される王家の過ち【閲覧注意】

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このお話には、誘拐、拉致などの犯罪行為、女性に対する性的犯罪行為の表現があります。
閲覧に際しましては、苦手な方は自衛をお願い致します。

*****
『アマーリア。 お前と王太子との婚約は無事に解消された。 王命とはいえ、優秀なお前の意志を無視し、あのような王家に縛り付けたことを父として詫びる。 苦労をかけてすまなかった。』

『いいえ、無事婚約解消でき安心しましたわ。 では、お父様。 今まで育ててくださって本当にありがとうございました。 今後は、私は私の好きに生きさせていただきますね。』

『お姉様。 お考えを改めるお気持ちはありませんか?』

『ないわ。 私は、王家にも、この国にも、愛想をつかしたの。 愚かな王家に貴族として仕えることなど到底出来ませんわ。 いつかきっと、この国は報いを受けます。 今の私たちにはその決定的な一手が足りず、それを成しえることが出来ませんでした。 しかし、いまのままの王家では、近くこの過ちを繰り返すはず。 いつか来るその日が来ぬことを祈りつつ……しかしその時には今度こそすべての現況を断ち切るため。 私は王都のはずれから、ただ静かに見守る事にします。』

 にっこりと笑った令嬢は、父親と弟に美しくカーテシーを披露し屋敷を後にした。









 それは、20年前にも起きた、王家の失態と聖女の悲劇、そしてそれに纏わる一人の侯爵令嬢の話。



 当時、国王の唯一の子であった王子の立太子が内定した。

 幼き頃から唯一の後継者として、国王夫妻である両親や周囲の人間たちから責務、期待、重圧を一身に受け、日々努力し、躓きながらも懸命に頑張っていた彼は、立太子内定後、周囲の人間いわく『今まで我慢をしていた分、少し我儘』に振る舞うようになった。

 通学している学院では、それまで苦楽を共にした『側近候補』から通学中は好きにさせろと距離を取り、すでに習得済とはいえ本分である勉学を放り出して『お取り巻き』と称される下位貴族の令息令嬢と遊び歩くようになると、それは放課後の公務に当てる時間にまで及ぶようになった。 表向き『仮面夜会』と称される、高位貴族は出席を憚れるような、知性や品位の欠けらも無い催し物にも、お忍びで参加するようになっていた。

 彼は周囲の人間に正式に立太子までの間のお勉強おあそびだと言って憚らず、周囲の人間の諫言にも耳を貸さずに遊び歩いた。

 そんな頃、長く失敗続きだった召喚儀式がようやく実を結び、30年振りに1人の聖女が召喚された。

 ハツネと名乗った聖女は、この国に珍しい艶やかな長い黒髪に真白く細長い手足の、儚げな雰囲気の19歳の女性だった。

 当初、彼女はこの世界に落とされた全ての聖女と同じく、元の世界に戻れないことに嘆きながらも、歴代の聖女たちの様に、乞い願われるとおりに聖女として、己が持っている知識──ハツネに関しては、主に妊娠出産に対しての母子を守る方法や、産褥婦、新生児、乳児の扱い方、発熱時等の病気の対処法、うがい手洗いの推奨など――を広めようと努め始めた。

 慣れないながらもさまざまな知恵をこの世界に沿うように提案・活動を始めた聖女に、やがて友人と呼べる人間が出来た。

 幼い頃から神童とされ、早いうちから帝国へ留学をし、帝国最高峰の学園を次席で卒業してからは、自国に戻り、自領や王都の孤児院の経済的支援と同時に、庶民の子供への勉学や就労支援に力を入れて活動していたアマーリア・トルスガルフェ侯爵令嬢である。

 王都の愛児院で慈善活動をしていたアマーリアと、養育環境改善のために視察に訪れたハツネは、愛児院の院長の引き合わせで初めて言葉を交わした。 茶を飲みながらハツネは己の知識を、アマーリアは己の理想や、現在の状況と改善点を語った2人は、互いに協力をすればより良く活動できるであろうと理解し合い、それ以降、頻繁にアマーリアがハツネを自宅の茶会に招いたり、時間を調整し、愛児院、幼児院などへの視察や慈善事業を共に行った。

 年近く、志が似た2人が、互いを『唯一無二の親友』と呼ぶようになるのにそう時間はかからなかった。

 不慣れながらもこの国のために頑張ろうとするハツネの事を、アマーリアは姉のように慕い、慮り、寄り添った。

 ハツネもまた、アマーリアのことを妹のようにかわいがり、異世界での孤独や不安、寂しさから救われた。

 そんな二人が行った地道な行動は、最初は救われた王都の民から、やがて貴族たちからも支持を得、元来、神童として名をはせていたアマーリアはもちろん、慎ましやかで清楚なハツネも社交界で名前が挙がるようになっていた。

 それに反し、社交界のみならず、王都の民にもエスカレートする第一王子の素行の悪さは噂として流れ始めていた。

 このまま立太子させれば批判されかねないと焦った王家は、社交界の華となったアマーリアに対し婚約者指名の王命を出した。

 人気が落ち始めた第一王子本人へは、婚約者を決めることによって『立太子する重要な立場』であると言う自覚を促す一方、国民や社交界に対して、アマーリアの人気を利用し、第一王子の悪い噂をもみ消し、人気を上げるための苦肉の策だったのだろう。

 また、未来の王太子妃となるアマーリアと、国に繁栄をもたらす聖女ハツネが、互いに親友と呼びあい、手を取り合って民のために頑張っているという『美しい友情』人気も、王家は取り込みたかったのだろう。

 本来自分にはやるべきこと、やりたいことがあると忌々しく思っていたアマーリアだが、政略結婚は貴族令嬢としての責務。 しかも王命とあれば仕方がない。 問題しかないと噂の王太子の相手など本当は御免だが、王太子妃として、さらに国のため、民のために尽くそう。 そう決心し、王宮に王子妃教育を受けるため通い始めた。

 もちろん、そんな忙しい中でも慈善事業を行い、ハツネとの友情も育てていた。

 そんな時だった。

 ハツネはこの世界に来て初めて、聖女として『王族謁見』を命じられた。

 欺瞞と化かし合いだらけの王宮で、その日も王子妃教育を受けていたアマーリアは、王家側の人間として、その謁見公務に立ち会った。

 一段高い玉座には、両陛下が座り、その横に第一王子とアマーリアが立った。

 高らかなファンファーレと共に、太陽の間と呼ばれる謁見室に現われた聖女ハツネ。

 飾りのない、清楚さが際立つ純白の神殿服を身にまとって現れた聖女ハツネが、たどたどしくも聖女として立派に挨拶を行ったのをほほえましく見ていたアマーリアは、初めて見る聖女に第一王子の口元が醜く弧を描いて歪んだのを見逃さなかった。

 聖女であるハツネに対し、獲物を狙う肉食獣のそれに似た邪な感情を抱いたと気が付いたのだ。

 謁見公務が終わった後のアマーリアの行動は早かった。

 神殿に対し『いかなる場合であろうと聖女の事を一人にしないように』と忠告し、王宮内においては心から信頼おけるであろう侍従や騎士たちを使って、聖女の登城時には周囲を守るように固めるよう動いた。 また、王子妃、王太子妃教育を受ける中で知り得た非人道的な聖女召喚の真実に愕然とし、留学中に出来た帝国に住まう旧友達に対し、何かあった時には助けて欲しい、と助力を求めたのだ。

 しかし、事は起こった。

 それは建国記念の式典に合わせ、第一王子殿下立太子発表と婚約者アマーリアの披露目を兼ねた、国中の貴族の集まる大切なはずの夜会。

 本日の主役であるはずの第1王子は、清拭に立太子で来たことに浮かれ、行うべき職務である社交よりも、鬱々と溜め込んでいた欲を吐き出すことを選んだ。

 本来であれば己も一緒に来賓への挨拶をしなければならないところを、それを全て婚約者となったアマーリアへ丸投げし遠ざけ、来賓として呼ばれた聖女の周りを悪い友達で囲み、護衛や神官たちからうまく彼女を引き離すと、身分を盾に大量の酒を飲ませ、控え室へと連れ込み、純潔を引き裂いた。

 主賓としての役目を果たし、一息ついたところで会場にハツネがいないことに気がついたアマーリアは、腹心の侍従や神官と共に彼女を探した。必死に探し、ようやく現場となる控え室へ駆けつけた時には、寝台の上で衣服を破られ純潔を散らされた上、慣れない酒精のせいで吐瀉した物にまみれて、意識を失ったハツネだけが置き去りにされていた。

 そんな彼女を介抱しながらあたりを確認したアマーリアは、吐瀉物で汚れたために脱ぎ捨てられたと思われる、見覚えのある上質なシャツをみつけると、王太子による聖女冒涜だとして、国王夫妻へ訴え出た。

 国のためにと召喚され、民のために働く聖女に対し、あまりにも利己的な行動であり、王太子と、これに関わった令息令嬢達へ裁きを願う、と。

 しかし、王家はそれを『王太子はこの件にはなにも関わっていない。事実無根の事柄を、そのように見せかけるため証拠を作り訴えるとは不敬である。しかし、親友がそのような目にあい、困惑したであろう侯爵令嬢の王家への無礼は不問とする。感謝するが良い』と言ってはねのけた。

 『夜会の趣旨は分かっていたが、堅苦しさについ友人達と自室に下がってしまった。そのことに対しては反省している。』と言い訳した王太子を言葉だけを国王は真実とし、被害にあった聖女は慣れない酒と事件のショックで混乱しているため証言に正当性はない。そもそも、王太子の婚約者ともあろうものが王家に対し、そのような些末事を偽証してまで異議申し立てをしたことは国家反逆罪ともいうべき由々しき事態だが、今回はその罪に問わないため、ありがたく思えと、そう言ったのだ。

 しかも、である。

 そう言って王太子を守ったはずの王家は『万が一』の可能性を捨てきれなかったのだろう。聖女の身を神殿から王宮の貴族牢へと移した。

 あまり身勝手で矛盾だらけの仕打ちに、ハツネは心を病み、結果、護衛や侍従たちの目を盗み、貴族牢から逃げ行きついたその先、王宮の森にある神殿近くの池へ身を投げ、赤子諸共、自らの命を絶とうとした。

 それを誰よりも早く発見し外部に逃がしたのが、あの夜会後、帝国の友人から貸し出され、間者として王宮に入っていた王太子の侍女であり、後に初代アリア修道院長となる女性と、唯一彼女の正体を知っていたアマーリアだった。

 王宮からハツネを助けることは出来たアマーリアは、ハツネを連れ、帝国から間者として入っていた侍女とともに、教会の門を叩きいた。 そしてアマーリアの自己資産を全て注ぎ込んで、王都の外れに堅牢なアリア修道院と騎士団停留所を建設し教会へ申請、正式に愛児院を持つ修道院と認定されると、その場所で献身的にハツネを看病し、支えながら反撃の機会を待ったのだ。

 しかし、心に深い傷を負ったハツネは『王太子にそっくりの子供』を己の命と引き換えに産み落とすと、静かにこの世を去ってしまった。

 『決定的な一打』の一部を失ったアマーリアは、怒りを微笑みの仮面の奥底に押し隠し、国王夫妻への謁見を申し出た。

 聖女ハツネの身に起きたすべての事実を国民や帝国へ公表されたくなければ、自身に課せられた王太子との婚約解消と、聖女召喚の見直し、聖女の処遇改善を国王夫妻へ迫ったのだ。

 最初はシラをきろうとした王家だが、突き付けられた証拠と、彼女の後ろに見え隠れする帝国の影に、渋々ながら応じた。

 ハツネの子はとある時期まで修道院で大切に育てられ、やがて、帝国に住まう養父母に引き取られた。以降、アリア修道院はその堅牢さから、様々な事情を抱えた身分高い女性・子供を守る場となったと、締めくくられている。

「……これは……。」

 私は絶句するしか無かった。

 書類にあった王太子とは『現国王陛下』であり、自分の目の前に座る院長先生がその婚約者であったアマーリア・トルスガルフェ侯爵令嬢であるのだろう。

 侯爵令嬢であった彼女では届かなかった『王家への一手』が、帝国皇家の血を引きながら王太子に一方的に婚約破棄された私であり、さらに後押しする次なる一歩が聖女マミなのかもしれないと想像する。

 20年前の出来事を含め、院長先生が、帝国が、今か今かと王家の首元で牙を研ぎ続けている事など、愚かな王家は全く気がついていないだろう。

 いや、20年前のことなど、すっかり忘れてしまっているのかもしれない。 喉元過ぎれば、というやつだ。

(この国の王家は、あまりにも浅はかだわ……。)

 私は静かに書類を院長先生に返すと、静かに口を開いた。

「先生がマミを受けいれたのは、その『一手』のためですか?」

 その問いに、先生はただ悲しそうに、穏やかに微笑んだ。
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