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65・朽ちた神話と、終結と、未来の話。

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 それは、神殿と王家が隠し続けた、欲に目がくらんだ醜い者達に巻き込まれた娘の悲劇の話。



 その男は逃げていた。

 理不尽に貴族位を奪われた上、教会なんかに押し込められたと思っていた男だった。

 彼女は自分より爵位が上の家の惣領娘で、幼い頃に決められた政略結婚だった。

 婚約者として交流はあるが、燃え上がるような恋情はない。 貴族によくある政略結婚だった。

 適度に交流し、適度に傍にいるた婚約者に、男は興味本位に婚前交渉を強要した。

 拒む彼女を押し倒した。

 相手は酷く抵抗したが、婚約者だからいずれそういう関係になるのだから、やらせてくれて当たり前だと思った。

 彼女の侍女が止めたことで未遂に終わったが、彼女は彼をひどく罵った。

 そして、それを理由に婿入り予定だった男は自身の有責で婚約破棄となり、実家からも除籍され、反省するようにと神学校へ入れられた。

 本来ならばそのような経歴を持つ彼など、清廉さが求められる神学校では受け入れられないかもしれない。 しかし彼の親が多額の金を寄付し、額を擦り付けて頼み込んだ様だった。

 それは、彼の親なりの温情だったのだが、彼はそれを理不尽に思った。

 全寮制の神学校は、分単位の厳しい生活と、朝から晩まで繰り返される無償の奉仕、小難しい説教だけでただただ地獄だった。

 たかが一度の過ちで、貴族籍を抜きこんなとこに入れた親を、そう仕向けた婚約者を恨みながら、彼は表向き品行方正に過ごし、宝物庫の掃除を命じられるまでに周囲の信頼を勝ち得ると、その本性をむき出しにした。

 司祭、監視官、騎士。

 そこにいた人間の目を盗んで『教会の7つの秘宝』の一つ『時の宝玉』と名付けられた拳大の宝玉を盗んで逃げた。

 何故それを、と言われれば、彼にとっては7つの内のどれでもよかった。

 一番盗みやすかったものを盗んだだけだ。

 そうして、自分を馬鹿にし、下働きなどさせた者達に、目に物を見せてやりたかっただけ。

 宝玉を腹に抱え、逃げて、隠れて、飢えて、それでも宝玉を隠したまま逃げおおせてたどり着いた先。

 深い深い森の奥で、ざまあみろと高笑いした彼は、その秘宝に祈った。

『失われた以上の富と権力を俺に返せっ!』

 男のすさまじい執念つよいねがいに対し、は答えた。

 宝玉はまばゆい光を放ち、その光の中から現れたのは、世にも不思議な衣服を身に着けた、世にも珍しい黒髪の少女だった。

 奇跡は起きた。

 しかしその結果は、男が願っていたものとはあまりに違った。

少女これが富と権力だとっ!?』

 思った物が手に入らない苛立ちを、男は目の前で混乱して泣き出した少女にぶつけようと拳を振り上げた。

 しかし、それが少女に届く前に、男と少女は突然現れた大勢の騎士に囲まれ、捕縛された。

 連れていかれた先は美しい宮殿の、王の謁見の間だった。

 男が逃げ込み、強欲の祈りを捧げた場所は、ドルディット国・王家所有の森だった。

 少女を呼び出した時に宝玉から溢れた光は王宮にまで届き、騎士達が集まったのだと解った。

 男と少女はそこで、王だという男に、お前たちは何者かと詰問された。

『このままでは殺されてしまう。』

 男は咄嗟に、昔わずかに読んで覚えていたこの国の有名な神話になぞらえた嘘をついた。

 自分は太陽の神が使わせし宝玉の使い手となる神官であり、娘はその宝玉の恩恵である、と。

 ならばその恩恵を見せよ、と言った王を前に、男は小さな声で怯える少女を脅した。

『殺されなくなければ、何か言え』と。

 どうしたらよいかわからなかった少女は、咄嗟に親の傍で手伝いをし、覚えていた作物の育て方を説明した。

 それを聞いた王は、自国の文官を呼び、その通りに畑を耕し、栄養を与え、作物を植えた。

 効果は絶大だった。

 少女が話した農耕の知恵は、肥沃とはいいがたい荒れた農地を生まれ変わらせ、作物は大きく丈夫に育ち、この冬を無事越せるかと頭を悩ませていた食糧問題を解決した。

 以降。 少女が口にする英知はこの国の農耕技術を飛躍的に改善させ、外貨を呼び、国を豊かにした。

 その功績から賢王と称えられるようになった王は、男を神官、少女を聖女とし、2人が捕縛された場所に『神殿』を建てて厚遇した。

 男の手には、国の大臣にも等しい『神殿主』という権力と、驚くほどの金が手に入った。

 男は得たそれで、欲望のままに酒を飲み、女を買い、宝飾品を身に着けばら撒き、自堕落に溺れた。

 しかし、少女は違った。

 綺麗なドレス、輝く宝石、美味しい食事、見目のいい側近。 それらをいくら用意しても、そんなものはいらない、親のもとに帰してくれと泣いて訴えて来た。

 そんな少女を忌々しく思った男は、そんな我儘を言うならば、と、英知を授かるとき以外は神殿の最奥の部屋に閉じ込めた。

 それ以降、言う事を聞かない、泣き止まない。 そんな理由で、食事を取り上げ、折檻し、放置した。

 そんな生活に、身も心も疲弊した少女は、その冬を迎える前に、病に罹り、儚くなった。

 男は焦った。

 このままでは自分の地位も危うくなる。

 今の生活を失うわけにはいかないと、男は王に一つの進言をした。

故郷を思い続け眠った聖女の想いと、神が遣わした秘宝の力を使い、新たな聖女を神に授けていただこう』と。

 この時、教会からの各国へ届いていた『男』と『宝玉』の手配書を見、この国に生まれたとは到底思えない少女の言動や様子に疑問を思った王は、影を使い彼の事を探り、全てを把握していたが、彼と宝玉の事を教会に報告することなく、男の提案を受け入れた。

 足をかけた大国への階段を降りる事より、自らの腹の痛まない都合の良い犠牲を利用し、それを上る事を選んだのだ。

 戻ることを切望しながら儚くなった少女の亡骸に、男と王は秘宝を抱きかかえさせて祈った。

『我らに富と権力を与えてくれ』と。

 一年後、聖女は二人の前に現れた。

 奇しくも彼女の命日。 彼女の悲しみ、苦しみ、故郷を思う強い気持ちと、『富と権力』を祈る男と王の欲望。 秘宝はその強い思いに答え、異世界への落とし穴を見事、こじ開けてみせたのだ。

『天は我らに味方した。』

 男は、王は、歓喜して受け止めた。

 欲にまみれたその顔に、慈善的な庇護者仮面をかぶって、嘆く聖女を優しく抱きとめると、その英知を引き出した。

 そんなことを繰り返し、4人目の聖女が誕生したとき、彼らはその法則に気が付いた。

 『始まりの聖女』の命日の、その存在が、宝玉はそれを与えてくれると言う事実。

 その事実が、新たな悲劇を生みだした。

 それを止める者は、彼らの傍にはいなかった。

 欲にくらんだ王と男は、己を正当化するために『神話』と『聖女』を結び付け、国民に広めた。

 召喚方法と『始まりの聖女の保管場所』を己が後を継ぐ子孫にのみ伝えることとし、互いに口を割らぬよう蜜月の様に酒を酌み交わし、誓約した。

 こうして、悲劇は繰り返されたのだ。

 王家と聖女の血をひく青年が、その隠された罪を教会へ告発するまで。

        ――神の天秤によるとある王家の断罪記録の節より。








 教会の鐘が、鳴り響いた。

 アリア修道院の聖堂を出たその横を通り過ぎた先。

 小さな墓地には真新しい聖母像が設置され、清楚な黒衣に身を包みんだ参列者は、その足元に静かに花を供え、祈りを捧げている。

「ミズリーシャ嬢、マミ嬢。」

 灰色の修道女の衣装を身に纏い、教会からこちらへ移動されてきた参列者の皆様一人一人に花を渡していた私とマミの名前を呼んだのは、同じく黒衣に身を包まれ、白い花だけの大きな花束を抱えたウルティオ様だった。

 穏やかな表情でこちらに向かってくる彼に、私は静かに頭を下げた。

「ハズモンゾ卿。 今、私共は修道女見習いなのですが。」

 顔を上げ、にこりと笑ってそう告げると、彼はあぁ、と眉を下げて軽く頭を下げた。

「なるほど、お勤めの最中でしたね。 それは大変失礼しました。 ミーシャ嬢、オフィリア嬢。」

「えぇ、お気を付けくださいませ。」

 ふふっと笑ってそう言った私とマミに、彼は困ったように微笑むと、少しいいかな? と私達を墓地の端に促した。

「お元気でいらっしゃいましたか? お忙しくしていらっしゃると伺っていましたが。」

 私の問いに、ウルティオ様は頷いた。

「ありがとう、元気だったよ。 ただ、いろいろと聞き取りやこれからの話もあったから、確かに忙しくはあったかな。 君たちも元気そうで何よりだ。 エリも元気かな? 大きくなっただろうか?」

「はい。 とっても元気ですよ。 今日はダリアさんに見てもらっています。」

 にこっと笑ってそう答えたマミに、ウルティオ様は良かった、と微笑んだ。

 そんな彼に、私は参列者の集まる墓地を見回しながら、言う。

「実は私達、教会の裏にこんな風に墓地があったことを今日、初めて知って吃驚していたんです。 あのように美しい聖母像まであったなんて。」

 それに、ウルティオ様は頷いた。

「あぁ。 あの聖母像は、今日の日のために聖王猊下が用意されて、設置されたそうだ。」

「そうなのですか?」

 首を傾げた私に、彼はまた、頷く。

「あの後、教会での調査を終えた『シズネ』様の遺体から宝玉が取り出されたらしい。 かなり慎重に、シズネ様の体を傷つけないようにと、丁寧にその作業を進めてくださったそうなんだが……その……。」

 そこでウルティオ様は一度大きく顔を歪め、それから続きを話す。

「宝玉を取り除いた瞬間に、シズネ様の遺体は跡形もなく崩れてしまったそうなんだ。 その時に残ったものを収めた小さな小さな棺を教会から預かったお母様は、今、王宮の敷地内で捜索が進められている他の方たちと共に、ここで心穏やかに眠って頂けるようにと準備したらしい。 それを聞かれた聖王猊下がせめても、と、この聖母像を贈られた、というわけだ。」

「そうだったのですね。」

 その話を聞き、私とマミは合点がいったと顔を見合わせた。

「最近、ずっと外で時折大きな音がしていて不思議だったけど、これを置くための音だったんだね。」

「そうみたいね。」

 マミが納得したように言い、私も頷いた。

 献花された白い花に囲まれ、とても穏やかな微笑みを浮かべる聖母の像を見ていたマミは、少し言いにくそうにつぶやいた。

「あの……でも本当に、ここで良かったんですか?」

 その言葉に、ウルティオ様は悲し気に微笑んでから、頷いた。

「実は、君が言うように、本当は私もこの国に埋葬することを躊躇ったよ。 皆、この国で眠る事は本意ではないだろうからね。 しかし元居た世界に返すことは出来ない。 それならば別の場所をとも考えたけれど……。 まったく知らない土地よりは、自身が知恵を出し豊かさを得た土地の方がいいのではないか、と。 それに、ここならばお母様がいて、母さんがいる。 私も、時間が許す限りは献花に訪れようと思っている。 ここは王都のはずれで、騒がしくない程度には人の声もするし、子供たちの声も聞こえる。 ……少なくとも、シズネ様と王宮で眠る方々に関しては、今までの場所よりはここの方がましで、寂しくないだろうと考えることにしたんだ。」

 ウルティオ様の言葉を聴いたマミは、目を伏せ、それから頷いた。

「……そうですね。」

「あぁ、皆、献花が終わったようだ。」

 ウルティオ様はそういうと、自分のもっていた花束から、私とマミに一輪ずつ花を手渡してくれた。

「さぁ、私たちも行こうか。」

「「はい。」」

 ウルティオ様に促された私たちは、聖母像に花を供え、祈りを捧げた。

 鐘楼の鐘が再び鳴らされ、参列者は静かにその場を離れ始めた。







「あの日から半年たつが、ミズリーシャもマミ嬢も、元気そうで何よりだ。」

 そう言ったお父様は、院長先生の咳ばらいにものすごく嫌そうな顔をしてから、同じように咳ばらいを一つし、言い直した。

「ミーシャ嬢も、オフィリア嬢も、だったな。」

「ありがとうございます、ザナスリー公爵様。」

「公爵様には、おきづかいいただき、ありがとうございます。」

 聖堂の面会室で、お茶の用意をしていた私とマミは、お父様にそう話しかけられ、先に私がにっこり笑って答え、次いでマミが持っていたティーポットを置き、お父様の方へ丁寧にお辞儀して返事をした。

「なるほど。 半年でマナーも随分と身についたようだね。 君は頑張っているんだな。」

「ミーシャが根気良く教えてくれたお陰です。」

「あら、マミが頑張り屋さんだからよ。」

 私の方を見て、にこっと笑ったマミに私も笑い返し、それから2人でお茶を配っていく。

 今ここに集まっているのは、あの日に顔を合わせた者達だ。

「ありがとう。 お茶を配り終わったら2人も座って頂戴。」

「はい、院長先生。」

 返事をし、お客様にお茶とお菓子を配り終えた私たちが、大きなテーブルの一番端の席に座ると、院長先生がそれでは、と、話を始めた。

「先日、教会から正式に報告がありましたので、ここにいらっしゃる皆様に、お話しさせていただきますわ。」

 あの日、あの場で捕縛された5人のその後が語られた。

 告発者であるエルフィナ殿下は修道院に、シャルル殿下は神学校に入られた。 聖王猊下のおわす教会のそこで、生涯を神に捧げ、聖女のために祈り、民のために働くことをご自身たちで決められたらしい。

 本来、教会から破門された人間がその門をくぐる事はありえない事が、あの時『見届け人』となられた方々の嘆願により、『告発人』となられたお二人の破門は取り消され、一庶民としてそこに入る事を許されたという。

 そのお二人が、罪を問わないでほしいと願った第二王女フィリアナ殿下は、ドルディット国から遠く離れた、とある国の伯爵家の養子となり、現在は全寮制の学園にいると言う事だ。

 ドルディット国はその国名を『フィルフォルニア国』と名前を変え、4代先までは神殿の庇護・監視下に置かれた上で、初代フィルフォルニア国王としてウルティオ様が立たれることになった。

 ドルディット王族の血を引くウルティオ様が王の座につくことに関しては様々な意見があったようだが、万が一にも他国が混乱に乗じて新国家の乗っ取りを企む国がないようにと、帝国という強い後ろ盾を持ち、かつ犠牲者となった聖女を母に持つ(がゆえに、同じ過ちを繰り返すことはしないだろうと言う意味あいもあるらしい)彼に、白羽の矢が立ったそうだ。

 その場にいたウルティオ様は、教会の監視下という茨の玉座をなぜ受け入れたのか、というトルスガルフェ侯爵の問いに、『悩んだんですけれど……何も知らされていなかった弟妹がそれを断罪し、罰を受けいれた。 その兄である私が父母の下で安穏と暮らすのは、やはり違うと思いましてね。 まぁ、この体に流れるもう半分の血への戒めです。』と、笑った。

 次に話題になったのは、前ドルディット国王夫妻と神殿主の事だ。

 彼らに対しては、その罪の重さから、極刑を望む声が多かったそうだ。 しかし同時に、それだけでは聖女が報われないという声も多く上がったという。

 教会は、その両方の声を聞き届け、刑を決めた。

 教会に厳重に管理される『奇跡を起こした7つの秘宝』というものがある。 それは、どれがどのような『奇跡』を起こしたか、文献によって明らかになっているらしいのだが、その『奇跡』が『どのような状況で発動する』かは、まったくわかっていないそうだ。

 ドルディット王国の一件で『時の宝玉』に関してはその奇跡の発動方法がわかったわけだが、それでも全てが明らかになったわけではない。 つまり今後『7つの秘宝』が同じような悲劇を起こさないとは限らないのだ。

 その為教会は、『7つの秘宝』の本質を研究を始めることにし、彼らに対して、自らが『聖女』対し長く強いた、こと――すなわち、『教会の7つの秘宝』がどのような奇跡を起こすのか、その研究に対して文字通り、身を捧げ働くことを言い渡した。

 秘宝の中には『瀕死の重傷の者を瞬く間に癒した』ものや、『失った体の部分が元通りに戻った』というものもある。 彼らは生きて教会に身を置く間、その事になる。

 言い渡された時、ドルディット元王はその場で暴れ狂い、王妃は気を失い、神殿主は自分は被害者だと憐れみを乞うて減刑を願い出たと言う。

 もちろん、その場にいる誰からも、冷たい視線を受けただけだったようだ。

「彼らは最後まで、王族の矜持を持ち合わせていなかったようだな。 しかし、よくもそんな王に今まで仕えてきたものだ……。 私たちの目も、節穴だったのだな。」

 お父様とトルスガルフェ侯爵は額を押さえて唸ったが、それをハズモンゾ女公爵様は笑い飛ばした。

「確かにそうでしょうけれど、それは周辺諸国も同じだわ。 彼らの芝居にまんまと騙され、その発展と技術を指をくわえて見、金を払って買っていたのだから。 終わったことを今更悔いても意味はないわ。 私たちに出来るのは、反省し、繰り返さない事だけよ。」

「……そうだな。 その通りだ。」

 ため息をついたお父様は、ぐりぐりとこめかみを押さえた後、ちらりとウルティオ様をみた。

「それで、いつ、王宮に入る事になった?」

「あと数か月で現在行われている王宮敷地内の捜索も終えるようで、半年後には、教会から新王家へ引き渡しの儀を行うと仰せつかりました。」

「……そうか。」

 ため息をついたお父様は、ちらりと私を見、そしてもう一つ、溜息をついた。

「ミーシャ嬢が見習い期間を終える時期だな。」

 え? わたし? とお父様を見ていると、何やら微妙な顔をしたお父様の視線がウルティオ様に向かった。

(……あぁ、お父様は御存じなのね。 私がウルティオ様に求婚されていた事……。)

「ちゃんと考えているのか?」

 低く唸るようにそう言ったお父様に、私は一つ、にこやかに淑女の微笑みを浮かべた。

「あと半年ほど時間がございますので、しっかりと考えさせていただきますわ。」

「……え? ミーシャ、ここを出るの?」

 お茶を飲んでいたマミが、びっくりした様子で私にそう言うをの見て、私は笑う。

「まだそうと決まったわけじゃないの。 ただ、見習い期間は3年と決められていて、その期限が残り半年なの。 だからそれまでに、このまま修道女になるか、還俗するかを決めなければならないの。」

(まぁ、それだけではないのだけれどね……)

 正面を向けば、院長先生と、ウルティオ様から何か言いたげな視線を感じ、私は再びにこやかに微笑む。

(還俗してアイザックと帝国の商会を大きくする、ウルティオ様の求婚を受け、新体制になったこの国の王妃になるか、このまま修道院に残って院長先生の後を継ぐか……大きくはこの三つかしら?)

 その3つの選択肢の内2つは、今後の私の生き方を決める大きな事柄だ。 しかもその責任は、私が思う以上に重く、決断してしまえば前に進むことしかできなくなる。 簡単に「面白そうだからこれ」と、安易に決めるわけにはいかない。

 正直、とても悩ましい。

(ここに入る時は、逃げ切る事に必死で、まさかこんなことになるとはこれっぽっちも思っていなかったわね。)

 ちらりと、マミを見る。

(もちろん、マミと、こうして友達として一緒に過ごすなんて、これっぽっちの可能性も考えていなかったわ。)

 今では大切な友達だと言い切れる自信はあるわけで、本当に人生とはわからない物である。

(あと半年で、ちゃんと考えなくてはいけないわよねぇ……。 それにマミの今後のこともあるし……。)

「今はまだ修道女見習いですので、どんな質問にもお答えしかねますわ。」

 そんなことを考えつつも無難な返答をし、お茶を飲む私の事を、そこにいる皆が、それぞれ様々な思いを抱えて見ているなんて、私はこれっぽっちも思ってもいなかった。
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