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ジキタリスの花
〖第11話〗
しおりを挟む「隣いい?」
そう僕に訊いたけれど、ほとんど答えも聞かずに先輩は隣に腰を下ろした。
「相模はメロンパン、好きなの?」
「安くて、お腹一杯になるから……それにカロリーもあってエネルギーになるし。好きだし」
「一口欲しいな。相模のメロンパン」
僕の答えを待つこともなく、先輩は僕の食べかけのメロンパンを小さく齧った。目が合う。先輩は目を細める。くっと、胸が苦しい。
「……先輩のサンドイッチ、下さい」
先輩を見上げ、僕は言った。ありったけの勇気を振り絞って。先輩は嬉しそうに整った顔を綻ばせる。
「好きなだけ食べて。でも、相模、最後の一口は残しておいて。まだ、食べてないんだ」
勇気を出して言ったのに、予想外の先輩の答えが恥ずかしくて、僕はパクパク食べる。
「す、すみません!全部、食べちゃった!」
慌てて僕が言うと、先輩は笑って吹き出した。先輩のこんな明るい笑い声と笑顔を初めて見た。
「相模、口の端にサンドイッチの玉子のディップがついてる。ほら、こっち向いて。とってあげるよ」
先輩の大きく繊細な右手が僕の頬をつつむ。冷たい手。そっと、先輩は僕に口づけた。触れるだけの口づけ。数秒が時間をとめた。
「秘密だよ。サンドイッチの仕返しだと思って」
先輩は微笑んで、僕はただ頷いた。心臓が破裂しそうだった。
「十二時──あと三十分後に絵を描くから。水性色鉛筆、持ってきた?」
「は、はい」
「じゃ、後で」
僕は先輩の昼ご飯をほとんど全部食べてしまったことに気づく。
「先輩!これ飲んで下さい!お腹空きます!」
ペットボトルのオレンジジュースを投げた。
「ありがとう」
片手で上手に受け取り、先輩は振り返り笑った。後ろ姿もいつも通り。何もなかったように、先輩はその場を後にした。
僕はそっと指先で口唇に触れ、どうしようもない気持ちになった。
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