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ジキタリスの花
〖第13話〗
しおりを挟む「相模、顔をあげて欲しい」
僕は首を振る。
「相模!」
先輩が大声でそう言い、右手首を掴んだ。手を剥がされ、僕の不様な泣き顔が露わになる。
先輩と一瞬だけ目があった。先輩の表情には『後悔』しかなかった。僕の身体は声に怯えて、条件反射のように下を向いて頭を抱え「ごめんなさい」を繰り返す。小さく、小さくなる僕を、先輩は、苦しいくらい抱きしめて、髪を撫でた。
ひどい癖毛で、しかも色素が薄くて『モップ』と呼ばれる髪。先輩はずっと、冷たい手で、髪を撫でながら『ごめん』と繰り返した。
「俺は相模に決してしてはいけないことをしたね。言いたくないことを、無理やり聞き出すような真似をして。許して欲しい。相模。すまない。言いたくないことを抉るように訊きだして…すまない」
と言い、先輩は続けた。
「…もう、大きな声なんてださないから。こっちを向いて欲しい」
僕はゆっくり顔をあげる。
鮮やかな黄色いニッコウキスゲ
淡く日光を反射する麦わら帽子
陽にやけた肌の僕の精一杯の笑顔──涙が溢れて顔中濡れてみっともない顔だったけれど白い歯を見せて、肩を震わせ笑った。
「笑わなくていい。相模笑わなくていいんだ」
先輩は言った。辛そうな顔で先輩は言う。
「俺にまで気を使う必要はないんだ」
「気なんか使ってません。元々こういう顔なんですよ」
僕は笑う。泣きながら笑う。先輩は僕の両頬を冷たい両手でつつみ親指で涙を拭う。
「相模、勉強は得意か?」
「………いいえ。苦手です」
「じゃあ、人の五倍勉強しろ。相模、医者になれ。俺は医学部に行く。医者になる。お前にひどい目に遭わせてきたクソ野郎共を見返してやれ。待ってるから。先に医学部に行って、待ってるから」
「先輩、僕、お医者さんになれますか?」
「なれるよ。ニッコウキスゲも上手く描けてる」
「さっき『絵は苦手?』って言ったのに?」
僕は一生懸命、微笑む。
「先輩、上手く描けているんでしょ?褒めて下さい」
「医学部に来たら、褒めてあげるよ」
「絶対に先輩と同じ大学に行きますから。だから、待っていてください!」
それが、先輩に会った最後。あの旅行以来、先輩は美術室に来なくなり、僕も行かなくなった。
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