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第3章
兎の決断①
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『絵理子、最近機嫌良いな』
『うん、ちょっとね。ごみ掃除してるから。そのうちクラスが風通し良くなるよ。そういえば気になってたんだけど、祥介は支倉くんと、どういう関係なの?』
『長年の親友かな』
『だからって、いっつも「秋彦、秋彦」ばっかりじゃない?私とどっちが大事なの?』
『親友と彼女を比べるのは違うだろ』
『…ひどい。何で嘘でも私って言ってくれないの!支倉くんなんていなくなっちゃえば良いのに!』
ごみ掃除、風通しが良くなる。
明らかな秋彦への嫉妬。
サインは出てた。
けれど、祥介は気づけずにいた。あの頃、秋彦は祥介と距離を置きたがった。今考えれば辻褄が合う。
加野の嫉妬をかわしたかった。
そんな大切なことを見逃した。
同じようなことをこの前、谷崎にも言われた。
そのころの祥介と言えば、秋彦が話すのが『谷崎くん』という後輩の話ばかりで、しかも自分は距離をおかれ、二人に、嫉妬するだけだった。
目先のことばかりに、囚われていた。
「予鈴が鳴ったね。祥介」
無表情で、秋彦は手の甲で口唇を拭った。秋彦は目を細める。
愛しい口唇。
食べることと、
呼吸すること以外で
幸福も味わえる器官。
さあ、仕上げだ。拭った手を見たあと、秋彦は祥介を見据えて言った。
「汚い」
祥介は、下を向いて、
「…そうだな。雨に濡れるなよ。ちゃんと暖かくしなきゃだめだからな…って俺に言われなくても解ってるよな」
窓の外の雨を見つめ、
笑ってドアを閉めた。
秋彦はずっと向かいの閉じられているドアを見ていた。
雨がやまない。ひどくなるばかり。多分祥介は薄々気づいていたのかもしれないと秋彦は思った。
無意識の意識。
クラスの女子のいじめも。
加野の自分に向けられた敵意を含む嫉妬も。見たくないと思えば、見えない。
物事は簡単になかったことになる。
心は曖昧が好きだからだ。
口唇をなぞる。ずっと欲しかったもの。
もう、要らないと言ってしまったもの。
今更なんでこんなに悲しいんだろうと秋彦は思う。
カレンダーがかかった棚の硝子に映った祥介は見たこともないくらい悲しい顔をしていた。
「祥介…」 呼べば必ず、振り向いて照れ臭そうに笑って『秋彦』と呼んでくれた暖かい声。もう、ない。繋ごうと伸ばしてくれた手を、自分はさっき振りほどいた。
でも、自分の選択は間違っていない。
祥介が幸せであればいい。
隣を歩く女の子は祥介なら選り取りみどりだろう。
「祥、ちゃん…なんて呼んでたっけ」
しょうちゃん…しょう、ちゃん…。幼い日が甦る。カルガモの親子。過去の約束。過去の告白。
────────────続
『うん、ちょっとね。ごみ掃除してるから。そのうちクラスが風通し良くなるよ。そういえば気になってたんだけど、祥介は支倉くんと、どういう関係なの?』
『長年の親友かな』
『だからって、いっつも「秋彦、秋彦」ばっかりじゃない?私とどっちが大事なの?』
『親友と彼女を比べるのは違うだろ』
『…ひどい。何で嘘でも私って言ってくれないの!支倉くんなんていなくなっちゃえば良いのに!』
ごみ掃除、風通しが良くなる。
明らかな秋彦への嫉妬。
サインは出てた。
けれど、祥介は気づけずにいた。あの頃、秋彦は祥介と距離を置きたがった。今考えれば辻褄が合う。
加野の嫉妬をかわしたかった。
そんな大切なことを見逃した。
同じようなことをこの前、谷崎にも言われた。
そのころの祥介と言えば、秋彦が話すのが『谷崎くん』という後輩の話ばかりで、しかも自分は距離をおかれ、二人に、嫉妬するだけだった。
目先のことばかりに、囚われていた。
「予鈴が鳴ったね。祥介」
無表情で、秋彦は手の甲で口唇を拭った。秋彦は目を細める。
愛しい口唇。
食べることと、
呼吸すること以外で
幸福も味わえる器官。
さあ、仕上げだ。拭った手を見たあと、秋彦は祥介を見据えて言った。
「汚い」
祥介は、下を向いて、
「…そうだな。雨に濡れるなよ。ちゃんと暖かくしなきゃだめだからな…って俺に言われなくても解ってるよな」
窓の外の雨を見つめ、
笑ってドアを閉めた。
秋彦はずっと向かいの閉じられているドアを見ていた。
雨がやまない。ひどくなるばかり。多分祥介は薄々気づいていたのかもしれないと秋彦は思った。
無意識の意識。
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もう、要らないと言ってしまったもの。
今更なんでこんなに悲しいんだろうと秋彦は思う。
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「祥介…」 呼べば必ず、振り向いて照れ臭そうに笑って『秋彦』と呼んでくれた暖かい声。もう、ない。繋ごうと伸ばしてくれた手を、自分はさっき振りほどいた。
でも、自分の選択は間違っていない。
祥介が幸せであればいい。
隣を歩く女の子は祥介なら選り取りみどりだろう。
「祥、ちゃん…なんて呼んでたっけ」
しょうちゃん…しょう、ちゃん…。幼い日が甦る。カルガモの親子。過去の約束。過去の告白。
────────────続
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