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第3章
泣きながらオオカミに噛みつく兎
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「そうか…じゃあ、そろそろ行くな。安心しろ。もう、来ないよ。ごめんな、何も出来なかったな。でもな、ずっと好きだったよ。秋彦のことが好きだから。俺のこの気持ちだけは疑わないでくれ」
祥介が秋彦の腕をほどいて解った、自分の背中が暑い理由。
秋彦が腕を背に回し、白い長袖のシャツを掴んでいたからだ。
「…ないで」
祥介の胸に顔を埋めていた秋彦が顔をあげる。
長い前髪も眼鏡もない。
涙で目が少し赤いが、綺麗なそのままの秋彦の顔がそこにある。
「行かないで、祥介。ここにいて」
赤い唇に誘われる。
祥介は秋彦を抱き寄せて、
口づけた。紅茶の香りと秋彦の味。
何回も深く、口づけた。息継ぎの秋彦の声が可愛らしくて耳に残る。口唇を離し祥介は言った。
「ごめん。我慢できなかった」
「…我慢できなくて、加野さんを教室で抱いたの?今、僕はあのときの加野さんと同じ言葉を言っただけなんだけど」
嘲笑を浮かべ、秋彦は言った。祥介は一気に血の気が引いた。
知っていた…。
その事実に祥介の心臓がギシギシと音をたてた。一番知られたくない事実だった。
秋彦の影を見ていたとはいえ加野を抱いたのは事実だ。
膝の上に置かれた両手を震わせる祥介を秋彦は一瞥する。
「秋彦…」
「僕は惨めだった。祥介に告白されて、自分の気持ちに気づいた。
でも祥介はすぐ加野さんと付き合って。一生懸命、自分の初めての『好き』が男のひと、しかも祥介って言うだけで戸惑って、早く気持ちを消さなきゃって思っているのに、気持ちは消えてくれなくて。
そんなところに二人のキス。
挙げ句に教室で『してる』んだもんね。
呆然としたよ」
秋彦は軽蔑の眼差しを送り、
祥介を鼻で笑った。
祥介は、言葉がなかった。
全て言い訳だ。秋彦が言ったことが事実だ。 秋彦は、嘲笑を浮かべながら心の中で泣いていた。
願いは叶った。
ずっと好きだったひとに、
『ずっと好きだよ』と言ってもらえた。甘いキスもした。これ以上はない。
ただ、出来るなら自分の気持ちを伝えたかった。 今度は目を見てちゃんと笑って。
遮る前髪はもうないのだから。
『好きだよって言ってくれてありがとう。僕もずっと祥介が好きだったよ。
ずっと、ずっと。だから苦しくて、悔しくて、悲しかったんだよ。
今までありがとう。もう僕に囚われないで。さよなら、祥介』と、笑って。
一番綺麗な思い出に買える方法。けれど祥介は自分に関わっちゃいけない。
この関係を終わらせるなら、どうせ壊すなら粉々にしなきゃいけない。
あの日、二人の情事を見たとき、息がつまった。時間が止まった。
好きじゃなきゃあんなことしない。
欲を吐き出す快楽に顔を歪める祥介の顔を見たとき、目が離せなかった。
無防備な苦痛をこらえるように顰められた祥介の眉。
押し殺した声。
繰り返される快楽を得るための行為。
加野への嫉妬、
羨望、
盗み見る自分の惨めさ、
そう思いながら、
額に汗を浮かべる祥介に欲情している自分の卑しさに秋彦は泣きたくなった。
そして、子供が駄々をこねるような怒り。
『僕を好きだって言ってくれたじゃないか。こんなに、こんなに簡単に消えてしまうものなの?』
あのとき、秋彦の中に自分でも知らなかった穢い気持ちや、
見たくない気持ちが溢れた。
そして、祥介の中に自分はいない。
『好きだったよ』 と言ってくれた祥介と自分との関係は『過去』になり下がった。もう、祥介は自分を見ることはないと再び秋彦は泣きそうになるのをこらえた。
「二人が帰ったと思ったら、まさか『してる』とは思わなかったよ。
知らないとでも思ってたでしょ?
黙っていれば、なかったこと。
祥介。僕が祥介を信じきれないところは、そういうところ。
ねえ、祥介。
祥介は本当に何も知らなかったんだよね?」
加野は抱かれながら何度も祥介を呼んだ。けれど、祥介は返事をしなかった。
ただ陶酔を呼ぶ運動のように加野を抱いた。
『秋彦』と呼びそうになるのを残る理性で押さえた。
加野を抱いたのはあの一回だけだ。後悔した。加野を欲の捌け口にした。
行為の後にあったのは罪悪感だけだった。何回も加野を抱いて達した。
それでも、祥介の心に棲むのは『祥介』とニコリと笑って駆け寄る秋彦しかいない。代わりはない。
加野に『手を洗ってくる』と言い残し、トイレで手を洗う。自分自身があまりにも穢く思えて、祥介は何回も洗った。
洗っても洗っても取れない、ハンカチで拭っても拭いきれない穢れ。
自分から染み出してくる真っ黒なインクのようなもの。トイレの水道の枠に手をかけ座り込んだ。
『秋彦…お前だけなんだよ。本当に…』
だが加野がはっきりと変わったのは、それからだった。
──────────続
祥介が秋彦の腕をほどいて解った、自分の背中が暑い理由。
秋彦が腕を背に回し、白い長袖のシャツを掴んでいたからだ。
「…ないで」
祥介の胸に顔を埋めていた秋彦が顔をあげる。
長い前髪も眼鏡もない。
涙で目が少し赤いが、綺麗なそのままの秋彦の顔がそこにある。
「行かないで、祥介。ここにいて」
赤い唇に誘われる。
祥介は秋彦を抱き寄せて、
口づけた。紅茶の香りと秋彦の味。
何回も深く、口づけた。息継ぎの秋彦の声が可愛らしくて耳に残る。口唇を離し祥介は言った。
「ごめん。我慢できなかった」
「…我慢できなくて、加野さんを教室で抱いたの?今、僕はあのときの加野さんと同じ言葉を言っただけなんだけど」
嘲笑を浮かべ、秋彦は言った。祥介は一気に血の気が引いた。
知っていた…。
その事実に祥介の心臓がギシギシと音をたてた。一番知られたくない事実だった。
秋彦の影を見ていたとはいえ加野を抱いたのは事実だ。
膝の上に置かれた両手を震わせる祥介を秋彦は一瞥する。
「秋彦…」
「僕は惨めだった。祥介に告白されて、自分の気持ちに気づいた。
でも祥介はすぐ加野さんと付き合って。一生懸命、自分の初めての『好き』が男のひと、しかも祥介って言うだけで戸惑って、早く気持ちを消さなきゃって思っているのに、気持ちは消えてくれなくて。
そんなところに二人のキス。
挙げ句に教室で『してる』んだもんね。
呆然としたよ」
秋彦は軽蔑の眼差しを送り、
祥介を鼻で笑った。
祥介は、言葉がなかった。
全て言い訳だ。秋彦が言ったことが事実だ。 秋彦は、嘲笑を浮かべながら心の中で泣いていた。
願いは叶った。
ずっと好きだったひとに、
『ずっと好きだよ』と言ってもらえた。甘いキスもした。これ以上はない。
ただ、出来るなら自分の気持ちを伝えたかった。 今度は目を見てちゃんと笑って。
遮る前髪はもうないのだから。
『好きだよって言ってくれてありがとう。僕もずっと祥介が好きだったよ。
ずっと、ずっと。だから苦しくて、悔しくて、悲しかったんだよ。
今までありがとう。もう僕に囚われないで。さよなら、祥介』と、笑って。
一番綺麗な思い出に買える方法。けれど祥介は自分に関わっちゃいけない。
この関係を終わらせるなら、どうせ壊すなら粉々にしなきゃいけない。
あの日、二人の情事を見たとき、息がつまった。時間が止まった。
好きじゃなきゃあんなことしない。
欲を吐き出す快楽に顔を歪める祥介の顔を見たとき、目が離せなかった。
無防備な苦痛をこらえるように顰められた祥介の眉。
押し殺した声。
繰り返される快楽を得るための行為。
加野への嫉妬、
羨望、
盗み見る自分の惨めさ、
そう思いながら、
額に汗を浮かべる祥介に欲情している自分の卑しさに秋彦は泣きたくなった。
そして、子供が駄々をこねるような怒り。
『僕を好きだって言ってくれたじゃないか。こんなに、こんなに簡単に消えてしまうものなの?』
あのとき、秋彦の中に自分でも知らなかった穢い気持ちや、
見たくない気持ちが溢れた。
そして、祥介の中に自分はいない。
『好きだったよ』 と言ってくれた祥介と自分との関係は『過去』になり下がった。もう、祥介は自分を見ることはないと再び秋彦は泣きそうになるのをこらえた。
「二人が帰ったと思ったら、まさか『してる』とは思わなかったよ。
知らないとでも思ってたでしょ?
黙っていれば、なかったこと。
祥介。僕が祥介を信じきれないところは、そういうところ。
ねえ、祥介。
祥介は本当に何も知らなかったんだよね?」
加野は抱かれながら何度も祥介を呼んだ。けれど、祥介は返事をしなかった。
ただ陶酔を呼ぶ運動のように加野を抱いた。
『秋彦』と呼びそうになるのを残る理性で押さえた。
加野を抱いたのはあの一回だけだ。後悔した。加野を欲の捌け口にした。
行為の後にあったのは罪悪感だけだった。何回も加野を抱いて達した。
それでも、祥介の心に棲むのは『祥介』とニコリと笑って駆け寄る秋彦しかいない。代わりはない。
加野に『手を洗ってくる』と言い残し、トイレで手を洗う。自分自身があまりにも穢く思えて、祥介は何回も洗った。
洗っても洗っても取れない、ハンカチで拭っても拭いきれない穢れ。
自分から染み出してくる真っ黒なインクのようなもの。トイレの水道の枠に手をかけ座り込んだ。
『秋彦…お前だけなんだよ。本当に…』
だが加野がはっきりと変わったのは、それからだった。
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