あなたを追いかけて【完結】

第８章

仔ウサギの安心する場所

 「先輩、寝ちゃったんですか？」

いくら声をかけても聴こえるのは穏やかで、でも何処か不自然な呼吸音。

肘を曲げ、髪を撫でる。



さらさらして、気持ちがいい。

自分と同じシャンプーの匂いに、甘酸っぱいものを飲み込んだような不思議な感覚を谷崎は覚えた。

腕に何かが触れる。

きゅっと谷崎の甚平を握りしめる小さな手。
無防備な寝顔。



谷崎は横を向き、包むように秋彦を抱きしめる。

小さな身体。
可愛らしい寝息。

ライオンは小さな仔ウサギが、いとしい。
そっと背を撫でる。





「先輩が好きです。山梔子の庭で諦めたはずなんです。
この台所でも。
でも、消えないんですよ。
初めて大将のラーメン屋に行った夜に見た月、覚えてますか？
『月が綺麗ですね』って。気づかれないようにした告白でした。
気づかせる気持ちもなかった。
ただ、言いたかったんです。
あの月を見るずっと前から、
先輩が好きでした。
…先輩が三年に押しつけられた、蔵書整理で、たまたま少し手伝っただけなのに、先輩は俺の名前を呼んで『ありがとう』って柚子の、のど飴をくれた。
あの日のこと先輩は忘れてたけれど、でも、俺は、先輩の俺を見上げる大きな瞳が忘れられなかった。
おやすみなさい。眠いのにつきあわせてすみません」

「…谷崎くん、今度おばあちゃんの家に行こうと思ってるんだけど来ない？静かな所なんだ」

「本当に俺でいいんですか？」

「他に誰がいるの？」

「…葉山先輩」

秋彦は取り乱すようすもなく、淡々と言った。

「祥介とは、終わったことだよ。今は幼馴染みの従兄弟だよ。
もう、過去にしなきゃ。
思い出に変えなきゃ…」

「…葉山先輩に『やりなおしたい』って言われたらどうするんです？」



「僕は、谷崎くんを選ぶよ。
谷崎くんは灯火みたいだ。
あったかくて、明るくて。
一緒にいると、しあわせな気持ちになる。
いつもありがとう。僕も谷崎くんが好きだよ」



─────────続