あなたを追いかけて【完結】

カシューナッツ

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第11章

時の経過と、オオカミの願い

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けれど、
いざ医師になると目まぐるしく忙しい。


学生の甘えは通用しない。
命を扱う仕事だ。


段々毎日の日課のLINEも短くなっていった。
会う機会も。
谷崎が秋彦の家に泊まりに来ることも、
少なくなっていった。

お互いの『忙しい』で、
離れていく。
心の距離も。
全てが、遠い。熱量も、

もう感じられない。
昔みたいな。
触れられたら
そこが熱を持つような関係ではない。



どんどん年だけ取っていく。
仕事の量も増えていく。

谷崎を失いなくないけれど、
素直に甘えられない。


甘える?
この年で?
もう、可愛い仔ウサギなんかじゃない。

毛むくじゃらの、
ただの足を怪我した可哀想なウサギ。



この日はたまたま谷崎のアパートメントに、秋彦が泊まりに行っていた。

谷崎が『渡したいものがあるんです』と言っていた。

食事のあと、谷崎が淹れたカフェモカを飲みながら、秋彦は呟いた。

「もう、僕、大学病院…辞めたいな」

「どうしてですか?」

「忙しいし、足が痛いんだ。
とにかく広くて。
杖をつければ少しはいいけど、
先輩たちは嫌がるから。
それに僕の足はオペ出来ない。
インターンの頃、
整形の足首と、膝に強い先生にみてもらったけど『難しいね』とはっきり言われた。
痛み止めと、祥介が整形外科の先生と共同研究で僕の足を治験にしたサポーターでなんとかなってる。
だからこの科を選んだ。
今の科の医者になったことは後悔してないよ。スピード出世で准教授だからね。今となっては良かったと思う。だけど…」

「だけど?」

「谷崎くんは、寂しくないの?
僕は寂しい。
谷崎くんと忙しくて、
会えなくて僕は寂しいよ。
『渡したいもの』?
餞別?
こんな風に終わっちゃうの?
『ずっと一緒』なんてないの?
昔はしあわせだった。
あの頃に戻りたい。
今もあの夏を思い出すよ。
一緒に栗拾いをした秋も、
初詣に行ったお正月も。
僕はもうすぐ三十七になる。
初めて谷崎くんと出会って二十年だよ。
若い頃は『可愛い』って、
谷崎くん言ってくれた。
今はただのチビのおじさん!
もう、好きじゃないの?
身体だけなの?
可哀想だから?
いらないなら、飽きたなら捨ててよ!
何とか言ってよ!」

早口で捲し立てながら秋彦は泣いていた。秋彦らしくないほど感情的になってポロポロ大粒の涙をこぼした。

「…」

「何にも言えないんだ、
この前駅で
可愛い女の子と歩いてたよね。
…やっぱりそういうこと。
僕はもう誰も好きになんかならない。
こんな思いはうんざりだから。
長い間、ありがとう。
もう、ここには来ない!」

バタン、大きな音を立てて秋彦はドアを閉めた。



仔ウサギは走る。
足が痛くて蹲りそうになりながら、

走って、走って、
走りながらも、
一生懸命青い瞳のライオンが追いかけてきてくれる。きっと、きっと…と、

捨てきれない思いを抱きながら、
期待しながら、真っ暗闇を走る。





けれど、後ろを振り向いても灯火はない。ライオンは追いかけてこない。


ふと、急に大きな光が見えた。
包まれるように手を伸ばした。
光の中で父さんと母さんが笑ってる。
明るい。天国?


でも、誰かが呼んでる。
光の中に吸い込まれそうな秋彦を、
力一杯引き留める。

呼んでるのは祥介の声だった。
『秋彦!戻ってこい。
まだ、死ぬのには早いだろ。
渡したいものがあるんだよ。
俺からも、谷崎からも。
しあわせが欲しかったら、
握った手から命の紐を離すな!』

祥介は泣いてた。どうして?



────────《続》
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