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最終章
華散る中、眠るライオン
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…………………………………………………
あれからどれほどの季節が通り過ぎただろう。
もう、秋彦と谷﨑は、
充分おじさんとよばれる年齢だ。
「去年は花火を見たね。二人で甚平を着てお祭りの出店をひやかして、ラムネを飲んだ。一昨年は紅葉狩りに、温泉旅行も行った。温泉に行って、夜、雪見障子を開けて紅葉を見ながら二人で抱きあったね。年甲斐もないですね、と潤ちゃんは笑ってた。雪が降るたび雪遊びもしたね。雪だるまをつくった。潤ちゃんは雪うさぎをたくさん作って、『秋彦さんがいっぱい居る』って言って笑っていたね。丁度良く、年もとったね。お互いに、頭に白髪が交じったね」
谷崎の左手に点滴と、
パルスオキシメータ、
酸素チューブ。
谷崎は胃癌を切除したが、
転移が見つかった。
「年には勝てないってことなのかな。でも俺幸せです。秋彦さんと、一緒にいられる」
もう、打てる手は打った。
そう谷崎は思ったのか、
痛み止めを打ちながら、
家で秋彦と過ごすことを選んだ。
副作用も大変なはずなのに、
谷崎は弱々しく微笑むだけで
何も弱音を吐かなかった。
「沢山、ラーメン食べたね。僕、潤ちゃんの作ってくれるラーメン好きだったな」
「俺は、秋彦さんが作ってくれるものならなんでも。あのさ、秋彦さん」
「ん?」
「俺は、幸せだった。手術上手くいって、麻痺もないなんて、奇跡です。いつも通り、普通ってことがどれだけ尊いことか知りました」
涙が止まらない。
風に煽られ庭の桜が散ってしまう。
どうか散らないで、
秋彦は思った。
まるで谷崎の生命の灯りのように
見えたからだ。
秋彦はベッドの傍らの椅子に座り
手を握った。谷崎の手の力が弱く、
灯火が弱々しく消えゆくようで怖かった。
「笑って?秋彦さんは笑った顔が一番可愛い」
「潤ちゃん、僕は君が好きだよ。世界でずっと一人だけ。ずっと潤ちゃんだけだよ。誓うよ。二人の指輪に誓うよ」
秋彦は自分の左手の薬指にキスをした。
谷﨑の左手の薬指に口づけ
潤んだ瞳で頬擦りした。
「俺のこと、忘れないで。先輩を縛ってごめんなさい。でも、俺を憶えていて………先輩はずっと若いまま、何処かで時計の針を落としてきたみたいだ。自慢の恋人です。日本は閉鎖的だけどフランスに行った時、フランスの友達に散々自慢したの、憶えてます?」
「憶えてるよ。僕の付け焼き刃のフランス語、中々様になってるって言われた」
「沢山色んな所に、いつも一緒に行きましたね。懐かしいな」
「今行きたい場所ってある?」
「高校の秘密の庭。今頃は沈丁花が見頃ですよね」
ポタポタと涙がおちる。秋彦は谷崎の前では泣いてばかりだと思う。
「先輩」
「なに?」
「言いたくなかったけど、やっぱり言っておきます。さよなら、先輩。それから…ありがとう。俺、やっぱりあの時先輩に出会えて良かった。柚子の、のど飴嬉しかった。一緒に食べたラーメン。浮かんでいた月。つらかった高校生活。でも、先輩と髪を切って、眼鏡を選んで、コンタクトレンズにしたの憶えてる。若かったな。先輩に出会えて良かった。手術受けて良かった。たくさん、たくさん思い出が出来たんだ。先輩、キスしてくれる?」
苦しそうな息がつらい。そっと秋彦が額に口づけると、谷崎は
『先輩、秋彦さん………愛してるよ。ずっとずっと、愛してるよ』
力無く目を閉じた谷崎の頬に触れる。
「………逝かないで、置いていかないで!嫌だ、嫌だよ!ずっと一緒に居ようって言ったじゃないか!谷崎くん!谷崎くん!潤ちゃん………」
────────────《続》
あれからどれほどの季節が通り過ぎただろう。
もう、秋彦と谷﨑は、
充分おじさんとよばれる年齢だ。
「去年は花火を見たね。二人で甚平を着てお祭りの出店をひやかして、ラムネを飲んだ。一昨年は紅葉狩りに、温泉旅行も行った。温泉に行って、夜、雪見障子を開けて紅葉を見ながら二人で抱きあったね。年甲斐もないですね、と潤ちゃんは笑ってた。雪が降るたび雪遊びもしたね。雪だるまをつくった。潤ちゃんは雪うさぎをたくさん作って、『秋彦さんがいっぱい居る』って言って笑っていたね。丁度良く、年もとったね。お互いに、頭に白髪が交じったね」
谷崎の左手に点滴と、
パルスオキシメータ、
酸素チューブ。
谷崎は胃癌を切除したが、
転移が見つかった。
「年には勝てないってことなのかな。でも俺幸せです。秋彦さんと、一緒にいられる」
もう、打てる手は打った。
そう谷崎は思ったのか、
痛み止めを打ちながら、
家で秋彦と過ごすことを選んだ。
副作用も大変なはずなのに、
谷崎は弱々しく微笑むだけで
何も弱音を吐かなかった。
「沢山、ラーメン食べたね。僕、潤ちゃんの作ってくれるラーメン好きだったな」
「俺は、秋彦さんが作ってくれるものならなんでも。あのさ、秋彦さん」
「ん?」
「俺は、幸せだった。手術上手くいって、麻痺もないなんて、奇跡です。いつも通り、普通ってことがどれだけ尊いことか知りました」
涙が止まらない。
風に煽られ庭の桜が散ってしまう。
どうか散らないで、
秋彦は思った。
まるで谷崎の生命の灯りのように
見えたからだ。
秋彦はベッドの傍らの椅子に座り
手を握った。谷崎の手の力が弱く、
灯火が弱々しく消えゆくようで怖かった。
「笑って?秋彦さんは笑った顔が一番可愛い」
「潤ちゃん、僕は君が好きだよ。世界でずっと一人だけ。ずっと潤ちゃんだけだよ。誓うよ。二人の指輪に誓うよ」
秋彦は自分の左手の薬指にキスをした。
谷﨑の左手の薬指に口づけ
潤んだ瞳で頬擦りした。
「俺のこと、忘れないで。先輩を縛ってごめんなさい。でも、俺を憶えていて………先輩はずっと若いまま、何処かで時計の針を落としてきたみたいだ。自慢の恋人です。日本は閉鎖的だけどフランスに行った時、フランスの友達に散々自慢したの、憶えてます?」
「憶えてるよ。僕の付け焼き刃のフランス語、中々様になってるって言われた」
「沢山色んな所に、いつも一緒に行きましたね。懐かしいな」
「今行きたい場所ってある?」
「高校の秘密の庭。今頃は沈丁花が見頃ですよね」
ポタポタと涙がおちる。秋彦は谷崎の前では泣いてばかりだと思う。
「先輩」
「なに?」
「言いたくなかったけど、やっぱり言っておきます。さよなら、先輩。それから…ありがとう。俺、やっぱりあの時先輩に出会えて良かった。柚子の、のど飴嬉しかった。一緒に食べたラーメン。浮かんでいた月。つらかった高校生活。でも、先輩と髪を切って、眼鏡を選んで、コンタクトレンズにしたの憶えてる。若かったな。先輩に出会えて良かった。手術受けて良かった。たくさん、たくさん思い出が出来たんだ。先輩、キスしてくれる?」
苦しそうな息がつらい。そっと秋彦が額に口づけると、谷崎は
『先輩、秋彦さん………愛してるよ。ずっとずっと、愛してるよ』
力無く目を閉じた谷崎の頬に触れる。
「………逝かないで、置いていかないで!嫌だ、嫌だよ!ずっと一緒に居ようって言ったじゃないか!谷崎くん!谷崎くん!潤ちゃん………」
────────────《続》
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