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〖第20話〗

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 叔父さんは涙ぐむ僕の髪に手をポンポンと二回置いて、

「変じゃないよ。誰かを好きになれるのは尊いことだよ。そうだな。夕暮れになったら、庭木に水をあげれば解ると思うよ。沢から汲み上げてる、常温のおいしい水をあげなさい」

 と言った。どういうことだろう。土に暗号でも浮かび上がってくるのか。

「今日は、惣介さんが水やりをやってくれるんですか?」

「うん。チヨさんは休んでて。いつもありがとう」

 チヨさんは、

「助かります。マグカッププリン、食後にお持ちしますね」

 と言い、にこやかに台所に消えた。  僕はじょうろで草木に水をやる。そこで、思いがけないものを目にした。

 山梔子だけが、カラカラに乾いて、枯れかけている。

 葉っぱも茶色くなりかけていた。花もくしゃくしゃで香りもない。

 いくら水をやっても、何故か水を弾いて、吸収しない。


──山梔子だ!
──あの子は山梔子だったんだ!

 そう思った理由は良く解らない。叔父さん風に言えば『インスピレーション』だろうか。

「水、飲めよ!飲めってば!」

 いくらやっても意味がない。『もう構わないで』とでも言うように、八重咲のシワシワの花びらが、はらはらと落ちていく。

「悪かったよ。僕が悪かったよ。お願いだから水を飲んで。死んじゃうよ。少しでも良いから、お水を飲んで……常温の、おいしいお水だよ。君もきっと気に入るよ。僕が悪かったよ。君に馬鹿にされたと思った。君みたいに綺麗な子が、僕なんかに会いたいって思うはずなんかないって……思ったから。一目惚れ、だったんだ。君に心の中を言い当てられて恥ずかしくてたまらなかった。あんなこと言うつもりじゃなかった。本当に、ごめん。悪かったと、思ってるんだ」
 
 山梔子の周りの土が弾いていた水が、染み渡っていく。僕はたくさん水をあげた。葉も、花も、枯れかかった、香りさえない山梔子が悲しくて、愛しくて、僕は泣いた。

「毎日来るから、早く元気になって」
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