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パンプキンパイと変わらないクリスタルマリン⑦〖エピローグ〗
しおりを挟む僕は消えたい。叶わないものが多すぎて。
『決めつけるな』って人は言うけど、これからの未来を描く絵の具が足りない。このまま時間も心臓もとまってしまえばいいのに。
「このバカ!発作起こした後で走るな!必ず迎えに行く。俺は嘘はつかない。お前さ、お前がいなくなった後の俺のこと考えたことあんのかよ!」
ぎゅっと後ろから抱きとめられた。ふと、思い出す。
『汗くさいと思われるの嫌だから』
と一樹は《クリスタルマリン》という制汗剤を使っていたことを。
『これの名前さ《水晶の海》だな。綺麗だろ』
そう言って照れ臭そうに笑ってたっけ。
「ごめん。怖かったんだ。切ないけど、嬉しくて、何て言えばいいんだろ。一樹、僕、君が好きだよ。僕にとって君は好きなひとで、憧れのひとだった」
僕は続けた。
「女の子に囲まれてバレンタインのチョコあげたいのに、その日はいつも、僕は君に冴えないパンプキンパイかカボチャプリンだったね。昔君が『カボチャが好き』って言ってたから。なんてね……気持ち悪いよね。こんな、幼馴染みなんて。もう学校で話しかけないでいいよ。お守りも終わり。僕の魔法使いも終りでいいから」
俯く視界には、後ろの一樹は見えない。
「………俺さ、海が好きだよ。チビん時からずっと。見てるだけで良かった。助けになれて良かった。俺が海を守るよ。海の飲んでる薬全部言える。AEDも使えるよ。何がなんでも、海を助ける。本当にさ、海が好きだよ。どんなチョコよりパンプキンパイが一番好きだったよ。妬いてくれてたの、ごめん、嬉しい。だから、簡単に『終わり』何て言わないでくれよ」
後ろから回された、一樹の腕の温度、呼吸、心音。幸せだなと思った。
いつかこの日のことも忘れてしまうかもしれない。一樹との思い出も、ハロウィンも、シンデレラも。
それでも街でこのクリスタルマリンの香りを嗅いだら、今日を、忘れ去られていた全てが還ってくる。
だから僕は泣いてしまう。終わりの見える未来と、叶わない夢と自分可愛さにした告白、させた告白。
「ごめんね」
「ん?何がだ?」
「ううん、色々」
「お願いがあるんだけど」
「何?」
「俺だけのために、お菓子を作って?俺は魔法使いだから、そうだなカボチャがいいな………、ダメ?」
僕は振り向いて正面から一樹を抱きしめる。
広い胸に顔を埋める。
水晶の海に溺れる。
ああ、僕はずっと近くにありすぎて本当に大切なものにきづけずにいた。
「いいよ。美味しいの作る。一樹、今までごめんなさい」
そう言い、しばらく泣いた。
「海は悪くない」
「いくらでも作ってあげる。パンプキンパイ明日作って明るいうちに持ってくよ。明日、日曜だから。一緒に食べよう?」
***十数年後***
「砂川先生、お疲れさまでした。原稿頂いていきますね。大人気ですね、この『二人のシンデレラ』シリーズ。俺好きです。双子の碧と緋がお互いを知らずにバディを組んで、二人が事件を解決していくミステリーシリーズ、長くなりそうですね」
「『先生』はやめてくれないか。恥ずかしいよ」
「じゃあ──あのさ、海。碧のモデルが海で、この困ったときに碧が泣きつく元検察の敏腕弁護士で、何気に碧にちょっと惹かれてる和樹のモデル、俺でしょ?」
「………うるさいっ!ほら、オーブンでパンプキンパイ焼いたの!今日一樹が原稿取りに来るから焼いたんだよ。焦げちゃうからそのでかい図体どいて!」
──カボチャの馬車で、迎えにきて──
「ハロウィンなんて、外国のお祭りなのにね。ケルト人の儀式だっけ?はっきり憶えてないけど。でも、僕、必ずこれ焼くんだよね。何だか習慣になっていて。あ、今年もいい感じにうまく行った!よし!食べようか。一樹、手を洗って」
──灰かぶりの僕に、魔法をかけて──
僕がこのパイを焼く理由は、君がこれが好きだから。それと、このパイのお陰で君とたくさん話せるから。
重ねたパイ生地のように、君と僕と重ねた月日を忘れないように。一口ごとに見つめあい、微笑みあうこの幸せなパンプキンパイ。
ハロウィンも、悪くないね。
今日も、一樹からはクリスタルマリンの匂いがする。
──────────Fin
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