魔王からの贈り物

綾森れん

文字の大きさ
上 下
8 / 19

08、孤独な魔王様

しおりを挟む
 薄暗い古城には、昼と同じように灰色の雲が絡まっている。黒飛はそのうちのひとつに、すべるように着地した。河太郎かわたろうはすぐに黒飛から飛び降り、左右に並ぶ妖怪たちの列に加わり正座した。

「おかえりなさいませ、魔王様」

 と雲に額をつける妖怪たちを見た途端、魔王はまた機嫌が悪くなった。居並ぶ妖怪たちを一瞥いちべつして、

「トカゲはどこへ行った」

「裏庭の食人植物に餌をあげております」

 ひとりが顔をあげずに答えた。

「ほう。日はとうに暮れてしまったが? しかも出迎えにも来ないとは、なんという無礼者。罰として、尻尾をぬか漬けにして喰わせてやろう。くはははっ」

 美紗までが、声を合わせてきゃはっと笑う。

「ねえ、今度はお城の中を通って部屋に行きたいな」

「よかろう。私の言うとおりに歩くのだぞ」

「うん!」

 と黒飛から飛び降りて、ほかの妖怪たちに混ざって、頭をあげない河太郎の横に膝をつく。
「河太郎は一緒に行かないの? 魔王様の部屋で働いてるんでしょ」

 河太郎は困った顔で、美紗の頭上の魔王を気にしながら、

おそれ多くてとても、おいらは魔王様と同じところは歩けねえんですよ」

 ふんと鼻を鳴らした魔王を見上げて、

「べつに魔王様は、一緒に来ちゃだめなんて言ってないよ」

 美紗は首をかしげる。だが河太郎は首を振り続けるばかりで、立ち上がろうとはしなかった。

(こういうのって楽しいのかなあ)

 と、美紗は大きな城に住み、たくさんの家来を従える魔王の気分を想像した。

 一枚の羽に戻った黒飛こくひを革袋に入れ、頭を下げる妖怪たちの真ん中を胸を張って歩いてみる。城の中に入っても、そこかしこで様々な妖怪が額を床に付けている。
 なるほど、特別な人になった気分はするけれど、美紗はなんとなく誰もが美紗を見て見ぬふりする学校を思い出してしまった。魔王もきっと、付きびとはいても並んで歩く者はなく、いつもひとりで階段を上り部屋へ向かい、食事をしながらくだらない話に花を咲かせる相手もいないのだろう。偉いからひとりぼっちなのと、嫌われてるからひとりぼっちなのと、やっぱりどこかが違うのかな。

「真ん中の階段をのぼれ」

 と指示を出した魔王に、

「なんでみんな、顔をこっちに見せないの?」

 と尋ねた。

「もちろん私が偉いからだ」

「そりゃそうだろうけど。でもこれじゃあ、家来さんたちの顔と名前も覚えらんないじゃん」

「覚える必要などない」

「そうなの?」

 と美紗は不思議そう。
「あたしなら、帰ってくるたびみんなに、ばんざーいばんざーいってやってほしいな。美紗様ばんざーいってね」

 魔王はくすっと笑った。
「それもよいな」

 いくつ部屋があるのか―― 魔王が入るよう指示した部屋は、何も散らかっていないし「望みの海」も広げていない、古くて暗いけれど統一感のある部屋だった。黒い木の机には燭台が飾られ、椅子のほうも机とそろいのわしをモチーフにしたあしらい。部屋の隅に眠る石像は壁のろうそくに照らし出されて、今にも動き出しそうだ。

「最高のディナーを用意させよう」

 と魔王は美紗をわくわくさせた。料理の用意ができるまで雲の温泉に入ってきたらどうかと勧められたけど、家ではいつもお風呂は食後なので断った。魔王は河太郎に共をさせて、一風呂浴びに行った。いつもは背中を流してもらうのだが、今日は河太郎のお皿に乗って、河太郎が湯に浸かるらしい。

(うちでも夕食の頃かなあ)

 と美紗は家を思い出す。野次馬の中にお母さんの姿はなかった。まだ仕事から帰っていなかったのだろう。

 じっとしていると、濡れたシーツをかぶった憂鬱の精に押しつぶされそうで、美紗は部屋を飛び出した。ろうそくの炎が揺れる廊下をまっすぐ進む。手近な扉を開けると大小様々なものが散乱している。

(ここがはじめに来た部屋ということは――)

 隣の扉を開くと、予想通り「望みの海」が広がっている。正解! と喜んで、美紗は雲に飛び乗った。昼間この雲に寝そべったのが、とても気に入っていたからだ。横になって海を見下ろすと、雲のベッドはやっぱり心地よいけれど、頭の上に魔王がいないとあまりおもしろくない。

 つまんない、と口を尖らせみつめる水面みなもがゆらめいて、見慣れた家の中が映った。
しおりを挟む

処理中です...