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第29話、看病イベント発生!ってなんか違くね!?
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「もう意識が戻ってもよい頃なのに――」
湖のように澄んだ声が遠くに聴こえる。その声はとても不安そうだ。
誰かの冷たい指先が、俺の前髪をそっと分けるのを感じる。
「でも惠簾ちゃんの回復術、うまく発動したんでしょ?」
その声は―― 玲萌か?
「もちろんですわ。それにわたくし、幼きころより八百五十年前に土蜘蛛を封印した巫女の生まれ変わりと言われるほどの神通力をそなえているのです。ですから…… 絶対の自信がありますの」
意識が少しずつ戻ってくると、惠簾の涼やかな声はすぐ近くから降ってくるようだ。
「心強いわ!」
玲萌の明るい声に、彼女のはじけるような笑顔が思い浮かぶ。
誰かの――おそらく惠簾の指先だろう。冷たく細いそれが、かすかに俺の唇に触れた。
「呼吸は規則正しくしていらっしゃいますわ」
「いくら魔力が無尽蔵でも気を張って戦ってたから疲れたのかもね」
「ええ、ゆっくり安んでいただきましょう」
そう言いながら、惠簾の指先がするりと俺の唇をなでた。そのかすかな感触に、腰のあたりがゾクッとする。
「牙がのぞいちゃって……うふっ、かわいらしい寝顔―― なんて尊いのかしら」
寝台に寝かされた俺を、惠簾はのぞきこんでいるのか? すぐ近くに彼女の息遣いを感じる。彼女の手が上へ移動して、俺の前髪をやさしくかきあげた。
「橘さまってまつ毛も真っ白ですわね。本当にお綺麗な方……」
ちょっ―― 恥ずかしいからあんまジロジロ見ねえでくんな! って身体に力が入んねえよ……
惠簾の吐息が俺の目元にかかったと思ったら、頬にやわらかく湿ったものが押し付けられた。おま、お前っ 口づけしてんじゃねーか!?
「惠簾ちゃんたらずるい! あたしにもかわってよ!」
うしろから聞こえる玲萌の声。かわるって何をだよ! 俺はガキの遊具じゃねーんだぞ!?
「妖怪おいしいの?」
と、すっとぽけたことを質問するのは夕露の声。あんたもいるのか。ってか俺は食われてるわけじゃねーよ! ちきしょーっ!!
「鼓動のほうは――」
と、惠簾の小さな声が聞こえたかと思うと、ふところにするっと細い手が差し込まれた。――冷てっ! 惠簾、冷え性なの? さっきから手が冷てぇんだけど……
やわらかい指先がいつくしむように俺の胸のあたりをなでまわすたび、脳の奥までぞくぞくと震えるようだ。
「普通に手首で脈はかればいいでしょ!」
玲萌がもっともなツッコミを入れるが、惠簾はまったく動じない。
「胸の中心になんか傷のようなものがありますわ」
あ、それはさわらないで……
「そうそう樹葵って胸の真ん中に第三の目がついてるのよ。惠簾ちゃん知らなかったでしょーっ その目でひとを操ったりできるんだから!」
なんで玲萌が自慢げなんだよ。
こいつぁ暗闇でも見えるし、魔力検知もできて多機能な自慢の目玉なんだが、正直なとこ惠簾には知られたくなかったな…… ひとが化け物呼ばわりする俺をいつも綺麗だと言ってくれてた彼女が、気味悪がったり怖がったりするかと思うと、氷の手で心臓をわしづかみされるようだ。
「まあ――」
惠簾が驚きの声をあげるのが聞こえる。
彼女には化け物だと思われたくなかったんだな、俺…… このまま意識なんて戻らなければいいのに―― と思ったとき、
「なんてかっこいいのかしら!!」
と、いつもの高い声をさらに高くしてときめく惠簾の声が降ってきた。「いいわぁ。まさに十四歳がちらしの裏に描いた『僕の考えた最強妖怪の描画』って感じで、自由な発想と想像力が素晴らしいですわね!」
ほめたの? むしろけなしてね?
「考えてみたらその目玉も、伝説の白い水龍? とかいうのの遺物なのかもね~」
玲萌の解説は当たっている。
「第三の目、ぜひ見てみたいですわっ!」
いきおいよく言ったかと思うと、惠簾が俺の長半纏の衿をはだけさせる。
「あらぁ、今は閉じてるみたいです。残念。そういえばお顔についてる方もつむってますもんね」
おいおいおい! 動けないやつの着物を脱がせるとか、こいつらの悪ノリ止めなきゃやべーぞ! 起きろ俺!
全身に力をこめるが、金縛りにでもあったかのようにびくともしない。
「眉をしかめていらっしゃるわ。どこか苦しいのかしら?」
眉の筋肉は動いてんのかよ。くそっ
「あれ? 樹葵って眉毛あったんだー」
失礼なことを言う玲萌。
「爬虫類って眉毛ないよね?」
と追い打ちをかける夕露。こいつ俺のこと妖怪呼ばわりしたり爬虫類って言ったり……ぜってぇ面白がってるだろ!?
「白い肌に白い毛だから見えなかったわ」
と言った玲萌の声が近い。寝台のわきにやってきたようだ。マジでまな板の上のコイ扱いやめてほしい。泣きそう。
「そういえば樹葵ってさ、胸は人間みたいな肌なのに、足にはうろこはえてるじゃん? どこで切り替わってるんだろ?」
玲萌がいつもの好奇心を発揮しだした。
「ふんどしの中かしら? 治療と称して全部脱がしてしまいます!?」
「それいいね!」
と乗り気な玲萌。
よくねえええっっ!! 俺は心の中で絶叫するが、まったく声にならない。
「剥いたろ剥いたろ、ぐへへへへ」
「やだ玲萌せんぱいったらエロオヤジみたーい」
「そ、それはいや……」
しゅんとしてんじゃねーよ。
「惠簾ちゃんもやめなよぉ。妖怪だって恥じらいくらいあるかもよー?」
言い方はひどいが止めてくれる夕露には感謝しかない。
「うっ、そうですわね、わたくし仏教徒じゃありませんから煩悩と戦う心得がないのですわ、ほほほ。それにしても、わたくしたちの理性が限界ですのにお目覚めになりませんねぇ」
俺たぶん神経が疲れすぎて、頭は目覚めたのに身体は寝てる状態なんだよな? 金縛りって確か足の小指に意識を集中すると解けるとかいうんだっけ?
「全身でわたくしの神通力をお分けいたしましょう。きっとお元気になられるはず」
惠簾も俺を目覚めさせる方法を考えてくれたらしい。
と、衣擦れの音が聞こえてくる。
「そ、それ以上はだめよ!!」
と、慌てる玲萌の声。まさか惠簾また脱いでる!?
古い木の寝台がぎしぎしと鳴って、惠簾が俺に添い寝したのが分かる。
「わたくしの胸でゆっくりお休みなさい、かわいい坊や」
惠簾がささやく。
「そんな恰好になってお風呂にでも入るの?」
という夕露の問いから考えるに―― ど、どんな恰好してやがんだ惠簾!?
その両手が俺の頭に回されて、あたたかくてやわらかいものに押し付けられた。
うっ、苦しい! 息ができない―― と思ったら、このやわらかさ知ってるぞ! さっきさわったから……惠簾、胸でかいな――って鼻血でるわぁぁぁ!
「ぷはぁっ」
俺はようやく身を起こした。窒息させる気か!?
「よかった! 意識が戻りましたわ!! わたくしの神通力が効きましたのね!」
長襦袢姿の惠簾から目をそらして、俺はあいまいにうなずいた。
「う……うん」
なんつーか―― いろんな意味で女子ってこえーわ、やっぱ。
湖のように澄んだ声が遠くに聴こえる。その声はとても不安そうだ。
誰かの冷たい指先が、俺の前髪をそっと分けるのを感じる。
「でも惠簾ちゃんの回復術、うまく発動したんでしょ?」
その声は―― 玲萌か?
「もちろんですわ。それにわたくし、幼きころより八百五十年前に土蜘蛛を封印した巫女の生まれ変わりと言われるほどの神通力をそなえているのです。ですから…… 絶対の自信がありますの」
意識が少しずつ戻ってくると、惠簾の涼やかな声はすぐ近くから降ってくるようだ。
「心強いわ!」
玲萌の明るい声に、彼女のはじけるような笑顔が思い浮かぶ。
誰かの――おそらく惠簾の指先だろう。冷たく細いそれが、かすかに俺の唇に触れた。
「呼吸は規則正しくしていらっしゃいますわ」
「いくら魔力が無尽蔵でも気を張って戦ってたから疲れたのかもね」
「ええ、ゆっくり安んでいただきましょう」
そう言いながら、惠簾の指先がするりと俺の唇をなでた。そのかすかな感触に、腰のあたりがゾクッとする。
「牙がのぞいちゃって……うふっ、かわいらしい寝顔―― なんて尊いのかしら」
寝台に寝かされた俺を、惠簾はのぞきこんでいるのか? すぐ近くに彼女の息遣いを感じる。彼女の手が上へ移動して、俺の前髪をやさしくかきあげた。
「橘さまってまつ毛も真っ白ですわね。本当にお綺麗な方……」
ちょっ―― 恥ずかしいからあんまジロジロ見ねえでくんな! って身体に力が入んねえよ……
惠簾の吐息が俺の目元にかかったと思ったら、頬にやわらかく湿ったものが押し付けられた。おま、お前っ 口づけしてんじゃねーか!?
「惠簾ちゃんたらずるい! あたしにもかわってよ!」
うしろから聞こえる玲萌の声。かわるって何をだよ! 俺はガキの遊具じゃねーんだぞ!?
「妖怪おいしいの?」
と、すっとぽけたことを質問するのは夕露の声。あんたもいるのか。ってか俺は食われてるわけじゃねーよ! ちきしょーっ!!
「鼓動のほうは――」
と、惠簾の小さな声が聞こえたかと思うと、ふところにするっと細い手が差し込まれた。――冷てっ! 惠簾、冷え性なの? さっきから手が冷てぇんだけど……
やわらかい指先がいつくしむように俺の胸のあたりをなでまわすたび、脳の奥までぞくぞくと震えるようだ。
「普通に手首で脈はかればいいでしょ!」
玲萌がもっともなツッコミを入れるが、惠簾はまったく動じない。
「胸の中心になんか傷のようなものがありますわ」
あ、それはさわらないで……
「そうそう樹葵って胸の真ん中に第三の目がついてるのよ。惠簾ちゃん知らなかったでしょーっ その目でひとを操ったりできるんだから!」
なんで玲萌が自慢げなんだよ。
こいつぁ暗闇でも見えるし、魔力検知もできて多機能な自慢の目玉なんだが、正直なとこ惠簾には知られたくなかったな…… ひとが化け物呼ばわりする俺をいつも綺麗だと言ってくれてた彼女が、気味悪がったり怖がったりするかと思うと、氷の手で心臓をわしづかみされるようだ。
「まあ――」
惠簾が驚きの声をあげるのが聞こえる。
彼女には化け物だと思われたくなかったんだな、俺…… このまま意識なんて戻らなければいいのに―― と思ったとき、
「なんてかっこいいのかしら!!」
と、いつもの高い声をさらに高くしてときめく惠簾の声が降ってきた。「いいわぁ。まさに十四歳がちらしの裏に描いた『僕の考えた最強妖怪の描画』って感じで、自由な発想と想像力が素晴らしいですわね!」
ほめたの? むしろけなしてね?
「考えてみたらその目玉も、伝説の白い水龍? とかいうのの遺物なのかもね~」
玲萌の解説は当たっている。
「第三の目、ぜひ見てみたいですわっ!」
いきおいよく言ったかと思うと、惠簾が俺の長半纏の衿をはだけさせる。
「あらぁ、今は閉じてるみたいです。残念。そういえばお顔についてる方もつむってますもんね」
おいおいおい! 動けないやつの着物を脱がせるとか、こいつらの悪ノリ止めなきゃやべーぞ! 起きろ俺!
全身に力をこめるが、金縛りにでもあったかのようにびくともしない。
「眉をしかめていらっしゃるわ。どこか苦しいのかしら?」
眉の筋肉は動いてんのかよ。くそっ
「あれ? 樹葵って眉毛あったんだー」
失礼なことを言う玲萌。
「爬虫類って眉毛ないよね?」
と追い打ちをかける夕露。こいつ俺のこと妖怪呼ばわりしたり爬虫類って言ったり……ぜってぇ面白がってるだろ!?
「白い肌に白い毛だから見えなかったわ」
と言った玲萌の声が近い。寝台のわきにやってきたようだ。マジでまな板の上のコイ扱いやめてほしい。泣きそう。
「そういえば樹葵ってさ、胸は人間みたいな肌なのに、足にはうろこはえてるじゃん? どこで切り替わってるんだろ?」
玲萌がいつもの好奇心を発揮しだした。
「ふんどしの中かしら? 治療と称して全部脱がしてしまいます!?」
「それいいね!」
と乗り気な玲萌。
よくねえええっっ!! 俺は心の中で絶叫するが、まったく声にならない。
「剥いたろ剥いたろ、ぐへへへへ」
「やだ玲萌せんぱいったらエロオヤジみたーい」
「そ、それはいや……」
しゅんとしてんじゃねーよ。
「惠簾ちゃんもやめなよぉ。妖怪だって恥じらいくらいあるかもよー?」
言い方はひどいが止めてくれる夕露には感謝しかない。
「うっ、そうですわね、わたくし仏教徒じゃありませんから煩悩と戦う心得がないのですわ、ほほほ。それにしても、わたくしたちの理性が限界ですのにお目覚めになりませんねぇ」
俺たぶん神経が疲れすぎて、頭は目覚めたのに身体は寝てる状態なんだよな? 金縛りって確か足の小指に意識を集中すると解けるとかいうんだっけ?
「全身でわたくしの神通力をお分けいたしましょう。きっとお元気になられるはず」
惠簾も俺を目覚めさせる方法を考えてくれたらしい。
と、衣擦れの音が聞こえてくる。
「そ、それ以上はだめよ!!」
と、慌てる玲萌の声。まさか惠簾また脱いでる!?
古い木の寝台がぎしぎしと鳴って、惠簾が俺に添い寝したのが分かる。
「わたくしの胸でゆっくりお休みなさい、かわいい坊や」
惠簾がささやく。
「そんな恰好になってお風呂にでも入るの?」
という夕露の問いから考えるに―― ど、どんな恰好してやがんだ惠簾!?
その両手が俺の頭に回されて、あたたかくてやわらかいものに押し付けられた。
うっ、苦しい! 息ができない―― と思ったら、このやわらかさ知ってるぞ! さっきさわったから……惠簾、胸でかいな――って鼻血でるわぁぁぁ!
「ぷはぁっ」
俺はようやく身を起こした。窒息させる気か!?
「よかった! 意識が戻りましたわ!! わたくしの神通力が効きましたのね!」
長襦袢姿の惠簾から目をそらして、俺はあいまいにうなずいた。
「う……うん」
なんつーか―― いろんな意味で女子ってこえーわ、やっぱ。
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