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第55話、神剣 VS 召喚獣
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中庭で凪留と対峙した俺は頭をひねっていた。なんでこんな魔術試合、安請け合いしちまったんだろ? 玲萌のやつ、俺の心をあやつる能力でも持ってんのか?
『わらわの出番がたくさんあってうれしいのじゃ!』
左手を神剣のつかに添えると、くもぎりさんの嬉々とした思念が頭に響く。
「樹葵くん、凪留せんぱい、がんばれーっ どんなケガも惠簾ちゃんが治してくれるから安心だよ!」
見物に徹した夕露は気楽なもんだ。
「あたしたち瀬良師匠が使う得点自動計算機能付き防御術なんて妙な術知らないし、どうやって勝敗決めよっか?」
玲萌の問いに答えるように、凪留はたもとから手ぬぐいを出し、
「これを頭にかぶって、相手のを奪ったほうが勝ちとしましょう」
と提案した。
「橘さま、わたくしが巻いて差し上げますからしゃがんで下さいまし」
さっそく朱色の手ぬぐいをゆらしながら近付いてくる惠簾。
「いや、自分でやるし」
「こちらの手ぬぐい、実は――」
言いかけて、俺の耳もとに唇を寄せた。「神通力をこめてあるのです。龍神さまの美しいうろこにまた傷がついては大変ですから」
「だよなだよな。分かってるじゃん、あんた」
ほくほくしながら片ひざをついたとき、
『それはズルではないのじゃろうか?』
くもぎりさんの声が聞こえたような気がしたが、幻聴かなにかだろう。
惠簾のすべすべとした指が俺のうなじをなでて襟足の髪を持ち上げる。折りたたんだ布が生え際にあたる感触がして、それから器用な指が頭のてっぺんでそれを結んでくれた。
「見て見て玲萌さん、かわいいでしょ橘さま!」
はしゃいで玲萌を呼ぶ惠簾。どんな巻き方したんだ?
「わー樹葵、似合ってるよ! ちょうちょ結び!」
くっ、こいつらまた人で遊びやがって…… 夕露も楽しそうに、
「宅急便やってる魔女さんみたい!」
おいおい、俺たちが住んでるのは魔女とかいない世界観だからな?
「橘さま、結び目に封印をほどこしておきましたから、簡単には取られませんよ!」
「それはさすがに反則では……?」
「いいえ、生徒会長ったら頭に巻かず首に結んでいます」
惠簾の指さすほうを見れば、手ぬぐいを首元にたらした凪留が召喚獣を呼び出す呪文を唱えている。
「あんなん切らなきゃ取れないぜ?」
「間違って首も一緒に斬ってしまったら、わたくしがすぐに蘇生術をかけますから安心して戦ってくださいね♥」
「お……おう」
惠簾のさわやかな笑顔にじゃっかん引きつつ、俺は雲斬をおさめた鞘の紐をとく。
「惠簾、みんなを巻き込まないよう気を付けるつもりだが、念のため結界で玲萌と夕露を守ってやってくんねぇか、授業のときみてぇに」
「そのつもりですわ。心置きなく生徒会長をぶちのめしてくださいね」
どうも惠簾は凪留の好意に気付いていないようだ。俺は無駄なことは言わずうなずくにとどめ、神剣を構えた。
「我が魂の詩と響きあえ、神剣・雲斬!」
俺の言葉に応じて、金色だった刀身が虹色の光を放つ。
凪留のほうは召喚魔術でよびだした巨大なニワトリもどきによじのぼりつつ、
「なぜ僕のような完璧なイケメンではなく、あんなふざけた姿をした落ちこぼれがモテるんだ。おかしいと思いませんか、天翔け」
と話しかけている。
落ちこぼれ? そうか、あいつは玲萌と同期だから、むかしの俺のことを知っているんだ。まあいい、いまこの場でその悪しき記憶を塗り替えてやるぜ!
「樹葵、がんばって!」
「橘さま、素敵ですわーっ」
「玲萌せんぱいのために生徒会長やっつけてねー!」
みんなが口々に俺を応援してくれる。
凪留が怪鳥に、
「お前の大きなくちばしで、あいつが頭に巻いた布を奪ってくれ」
と命令するやいなや、地上すれすれを飛んでこちらに迫ってくる。
『あんな鳥をさけるくらい、朝飯前じゃ』
その言葉通り、俺の体は鳥のくちばしをすり抜け空中へ舞い上がった。
「焼き鳥になっちまいな!」
無詠唱で放つ炎弾を巨大な鳥がバタバタとよける背中で、凪留が宙に縦四線・横五線を描いて九字を切る。「臨兵闘者皆陣列在前!」
基礎的な結界術だ。
「くっ、熱い!」
凪留の声が聞こえる。惠簾が作り出すような本格的な結界でもない限り、意外と熱を通すんだよな。一人と一匹が動きを止めているあいだに俺は呪文を唱える。
「翠薫颯旋嵐、汝飛来すべし矢所は我が敵影――」
さほど威力の大きい術ではないものの、離れた対象物を鋭い風が切り裂く像影はやや複雑なので、詠唱したほうがラクなのだ。
「刃となりて森羅万象切り裂き給え!」
これで結界も破れたら幸運なのだが―― うまくすりゃあ手ぬぐいも切られて落っこちるかもしれねえ。
「キギャッ」
と奇声を上げて怪鳥が反射的に空高く舞い上がった。どうもちょびっと足をかすったらしい。
「あんな上まで行きやがって」
と見上げたときには急降下しだす。
「うおおっ」
空中で俺がよけるより早く、くもぎりさんが俺の体を横に飛ばした。地面すれすれで止まった鳥に空中から無詠唱で水を放つが、凪留をびっくりさせた程度でたいした打撃にはなっていないようだ。
「鳥って濡れても飛べるのか」
『鳥の羽は油がついているから水をはじいてしまうのじゃろう』
「へぇ。天ぷら食ったあとの丼ぶりは、湯で洗うと素早くきれいになるよな?」
「天ぷら……?」
くもぎりさんの時代にはまだなかったか。
急上昇して三度向かい来る鳥に、
「水よ、滾れ!」
「こんな弱い水流で僕の天翔けをなんとかできるとでも――? しまった、よけろ!」
しかし時すでに遅し。湯で油を洗い流された翼は水を含み重くなる。とたんに飛行が怪しくなった。
「くそっ、よくも! 紅灼溶玉閃、紅蓮の飛弾となりて凄まじき速さにて翔け爆ぜ給え!」
ひとつひとつは小さいが複数の炎が飛来し敵を襲う術だ。攻撃範囲がまあまあ広いので避けにくい術だが、くもぎりさんの操作で俺の体はふわりと上空へ逃げた。守備は神剣任せのまま、なおも地べたの鳥に湯をそそぐ。三分待ったらうまい麺になったりはしない。
「天翔け、すまない。きみは亜空間で休んでいてくれ」
凪留の言葉にしたがって巨鳥は消えた。
「とりあえず鳥は排除したが、首に巻いてるもん奪わなきゃなんないんだぜ」
地上を見下ろす俺に、
『布地だけを斬ればよいのじゃな』
確認するくもぎりさん。そんな器用なことも意志ある神剣なら可能なのか。
『ぬしさま、目を閉じていてくだされ』
「ん、おう」
下で凪留が印を結んでいるのが見えるが、とにかくくもぎりさんを信じて目をつむる。
次の瞬間、目を閉じていてもはっきり分かる閃光が俺を襲った。
「ぐわっ」
「まぶしっ」
「きゃーっ」
「花火!?」
凪留だけでなく女の子たちの悲鳴まで下から聞こえる。最後にボケかましたのは絶対に夕露だな。
次の瞬間、俺の体は急降下していく。
『ぬしさま、つるぎを振るうのじゃ!』
その声と同時に、両手で目を押さえている凪留のうしろに降下した俺は、まっすぐつるぎを振り下ろした。
『わらわの出番がたくさんあってうれしいのじゃ!』
左手を神剣のつかに添えると、くもぎりさんの嬉々とした思念が頭に響く。
「樹葵くん、凪留せんぱい、がんばれーっ どんなケガも惠簾ちゃんが治してくれるから安心だよ!」
見物に徹した夕露は気楽なもんだ。
「あたしたち瀬良師匠が使う得点自動計算機能付き防御術なんて妙な術知らないし、どうやって勝敗決めよっか?」
玲萌の問いに答えるように、凪留はたもとから手ぬぐいを出し、
「これを頭にかぶって、相手のを奪ったほうが勝ちとしましょう」
と提案した。
「橘さま、わたくしが巻いて差し上げますからしゃがんで下さいまし」
さっそく朱色の手ぬぐいをゆらしながら近付いてくる惠簾。
「いや、自分でやるし」
「こちらの手ぬぐい、実は――」
言いかけて、俺の耳もとに唇を寄せた。「神通力をこめてあるのです。龍神さまの美しいうろこにまた傷がついては大変ですから」
「だよなだよな。分かってるじゃん、あんた」
ほくほくしながら片ひざをついたとき、
『それはズルではないのじゃろうか?』
くもぎりさんの声が聞こえたような気がしたが、幻聴かなにかだろう。
惠簾のすべすべとした指が俺のうなじをなでて襟足の髪を持ち上げる。折りたたんだ布が生え際にあたる感触がして、それから器用な指が頭のてっぺんでそれを結んでくれた。
「見て見て玲萌さん、かわいいでしょ橘さま!」
はしゃいで玲萌を呼ぶ惠簾。どんな巻き方したんだ?
「わー樹葵、似合ってるよ! ちょうちょ結び!」
くっ、こいつらまた人で遊びやがって…… 夕露も楽しそうに、
「宅急便やってる魔女さんみたい!」
おいおい、俺たちが住んでるのは魔女とかいない世界観だからな?
「橘さま、結び目に封印をほどこしておきましたから、簡単には取られませんよ!」
「それはさすがに反則では……?」
「いいえ、生徒会長ったら頭に巻かず首に結んでいます」
惠簾の指さすほうを見れば、手ぬぐいを首元にたらした凪留が召喚獣を呼び出す呪文を唱えている。
「あんなん切らなきゃ取れないぜ?」
「間違って首も一緒に斬ってしまったら、わたくしがすぐに蘇生術をかけますから安心して戦ってくださいね♥」
「お……おう」
惠簾のさわやかな笑顔にじゃっかん引きつつ、俺は雲斬をおさめた鞘の紐をとく。
「惠簾、みんなを巻き込まないよう気を付けるつもりだが、念のため結界で玲萌と夕露を守ってやってくんねぇか、授業のときみてぇに」
「そのつもりですわ。心置きなく生徒会長をぶちのめしてくださいね」
どうも惠簾は凪留の好意に気付いていないようだ。俺は無駄なことは言わずうなずくにとどめ、神剣を構えた。
「我が魂の詩と響きあえ、神剣・雲斬!」
俺の言葉に応じて、金色だった刀身が虹色の光を放つ。
凪留のほうは召喚魔術でよびだした巨大なニワトリもどきによじのぼりつつ、
「なぜ僕のような完璧なイケメンではなく、あんなふざけた姿をした落ちこぼれがモテるんだ。おかしいと思いませんか、天翔け」
と話しかけている。
落ちこぼれ? そうか、あいつは玲萌と同期だから、むかしの俺のことを知っているんだ。まあいい、いまこの場でその悪しき記憶を塗り替えてやるぜ!
「樹葵、がんばって!」
「橘さま、素敵ですわーっ」
「玲萌せんぱいのために生徒会長やっつけてねー!」
みんなが口々に俺を応援してくれる。
凪留が怪鳥に、
「お前の大きなくちばしで、あいつが頭に巻いた布を奪ってくれ」
と命令するやいなや、地上すれすれを飛んでこちらに迫ってくる。
『あんな鳥をさけるくらい、朝飯前じゃ』
その言葉通り、俺の体は鳥のくちばしをすり抜け空中へ舞い上がった。
「焼き鳥になっちまいな!」
無詠唱で放つ炎弾を巨大な鳥がバタバタとよける背中で、凪留が宙に縦四線・横五線を描いて九字を切る。「臨兵闘者皆陣列在前!」
基礎的な結界術だ。
「くっ、熱い!」
凪留の声が聞こえる。惠簾が作り出すような本格的な結界でもない限り、意外と熱を通すんだよな。一人と一匹が動きを止めているあいだに俺は呪文を唱える。
「翠薫颯旋嵐、汝飛来すべし矢所は我が敵影――」
さほど威力の大きい術ではないものの、離れた対象物を鋭い風が切り裂く像影はやや複雑なので、詠唱したほうがラクなのだ。
「刃となりて森羅万象切り裂き給え!」
これで結界も破れたら幸運なのだが―― うまくすりゃあ手ぬぐいも切られて落っこちるかもしれねえ。
「キギャッ」
と奇声を上げて怪鳥が反射的に空高く舞い上がった。どうもちょびっと足をかすったらしい。
「あんな上まで行きやがって」
と見上げたときには急降下しだす。
「うおおっ」
空中で俺がよけるより早く、くもぎりさんが俺の体を横に飛ばした。地面すれすれで止まった鳥に空中から無詠唱で水を放つが、凪留をびっくりさせた程度でたいした打撃にはなっていないようだ。
「鳥って濡れても飛べるのか」
『鳥の羽は油がついているから水をはじいてしまうのじゃろう』
「へぇ。天ぷら食ったあとの丼ぶりは、湯で洗うと素早くきれいになるよな?」
「天ぷら……?」
くもぎりさんの時代にはまだなかったか。
急上昇して三度向かい来る鳥に、
「水よ、滾れ!」
「こんな弱い水流で僕の天翔けをなんとかできるとでも――? しまった、よけろ!」
しかし時すでに遅し。湯で油を洗い流された翼は水を含み重くなる。とたんに飛行が怪しくなった。
「くそっ、よくも! 紅灼溶玉閃、紅蓮の飛弾となりて凄まじき速さにて翔け爆ぜ給え!」
ひとつひとつは小さいが複数の炎が飛来し敵を襲う術だ。攻撃範囲がまあまあ広いので避けにくい術だが、くもぎりさんの操作で俺の体はふわりと上空へ逃げた。守備は神剣任せのまま、なおも地べたの鳥に湯をそそぐ。三分待ったらうまい麺になったりはしない。
「天翔け、すまない。きみは亜空間で休んでいてくれ」
凪留の言葉にしたがって巨鳥は消えた。
「とりあえず鳥は排除したが、首に巻いてるもん奪わなきゃなんないんだぜ」
地上を見下ろす俺に、
『布地だけを斬ればよいのじゃな』
確認するくもぎりさん。そんな器用なことも意志ある神剣なら可能なのか。
『ぬしさま、目を閉じていてくだされ』
「ん、おう」
下で凪留が印を結んでいるのが見えるが、とにかくくもぎりさんを信じて目をつむる。
次の瞬間、目を閉じていてもはっきり分かる閃光が俺を襲った。
「ぐわっ」
「まぶしっ」
「きゃーっ」
「花火!?」
凪留だけでなく女の子たちの悲鳴まで下から聞こえる。最後にボケかましたのは絶対に夕露だな。
次の瞬間、俺の体は急降下していく。
『ぬしさま、つるぎを振るうのじゃ!』
その声と同時に、両手で目を押さえている凪留のうしろに降下した俺は、まっすぐつるぎを振り下ろした。
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