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第80話、花火の下で、二人は結ばれる

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沙屋いさごやさん、高山神社の本殿修繕費用に出資しちゃあもらえませんか?」

 俺の提案に、惠簾エレンが両手で口もとをおおった。

「橘さま!」

 その黒曜石のような両の瞳がうるむ。「なんておやさしい方……」

「約束したじゃんか、俺たちが何とかするって」

「うっ、あたしあんま役に立ってないかも……」

 うつむく玲萌レモに、

「そんなことないだろ?」

『娘っ子がいなければ、ぬしさまの精霊力はあそこまで発揮されなかったかもしれぬからのう』

 くもぎりさんの声が聞こえている玲萌レモは下を向いたまま赤面する。

「あやかしの少年よ、おぬしの望みは本当にそれでよいのかな?」

「もちろんです!」

 俺は大旦那に笑顔を向けた。

「ねっ、おじいちゃん! わたしが言った通り樹葵ジュキくんってやさしいでしょ?」

「そうじゃのう、夕露ユーロ。じいちゃんの若いころみたいじゃ」

 何を言ってるんだ、このじいさんは。 

「高山神社のおやしろを修繕するんなら、うちも一口寄進したいんだがな」

「うちの店も出そう!」

「私らの店からもぜひ!」

 師匠の結界に守られていた人々からもぞくぞくと寄進の声があがる。

「よかったな、惠簾エレン

「はい。しばらくは次の新商品を考えなくて済みそうです」

「いや、高山神社の名が地に落ちるから、ずっと考えないほうがいいんじゃないかと……」

 ついつい俺は本音をもらしたのだった。



「ここらへん人少なくていいわね」

 玲萌レモが周囲を見回す。仮設舞台の設置された学園祭中心部をこっそり抜け出した俺たちは、古文書院の裏にやってきた。

「あの木の上からなら見やすいんじゃないか?」

「木に登るの!?」

「だって打ち上げ場所は魔道学院の塀の外――清瀬きよせ川の河原かわらだろ? こんな塀の近くから見上げてたら首が痛くなっちまうぜ」

 俺たちは学園祭の最後を飾る打ち上げ花火を見るため、ちょうどいい場所を探しているのだ。

「安心しろよ。俺の術で支えてやるからさ」

「それなら……」

 玲萌レモの答えを聞き終わる前に彼女の肩を抱いてふわりと浮き上がる。太い枝の上に結界の要領で風の座布団クッションを作り、二人並んで腰かけた。

玲萌レモ、寒くないか?」

 金糸でふちどりされた異国風のマントで、俺は彼女の肩を包んだ。着替える時間がなかったので、俺たちは舞台衣装のままなのだ。

「劇が始まる前に樹葵ジュキが温熱魔術かけてくれたじゃない。だから全然平気よ」

 と笑うのでつい、

「あ、寒くなかったか」

 離れようとすると、

「ちょっ、樹葵ジュキのいじわる」

 玲萌レモは口をとがらせた。「そんなふうに離れられたら、体は魔術であっためられても心が冷えちゃうわ」

 ふいっとそっぽを向くのがかわいくて、俺はたまらずぎゅっと抱きしめた。

「すまねえな、拒否られたのかと思って」

「そんなわけないでしょ?」

 こちらを向いた玲萌レモが一瞬、俺をみつめた。

「…………?」

 目を見開く俺。ちょっと伏し目がちになる玲萌レモ。彼女が少し首をかたむけたまま近付いてきたと思ったら――

「――!!」

 花びらのような紅い唇が、ふわりと俺の白い唇を包み込んだ。

 まばたきも忘れて固まっている俺に、玲萌レモはくすっと笑って取りつくろうように言った。

「舞台の続きよ。小説では最後に口づけするって言ったでしょ?」

 その言葉に俺はちょっと混乱する。なんで今、二人きりで演劇の続きをする必要があるんだろう? 玲萌レモは俺としたいからしてくれて、これはただの言い訳なのだろうか? それとも俺、からかわれてるのかな?

「ごめん、樹葵ジュキ―― 嫌だった?」

 玲萌レモの不安そうな顔に、俺は慌てた。ぶんぶんと首を振り、

「嫌なもんか。そのっ――」

 ええい、めんどくせぇ! 俺はかけ引きなんざ、できやしねぇんだ。

「すっごくうれしいよ!」

 正直な気持ちを告げると、玲萌レモはつぼみがほころんで大輪の花が咲くかのように笑った。

「よかった!」

玲萌レモ、あのな――」

 しゃらくせぇ。この際、全部白状しちまおう。

「俺がこれから言うことは舞台のせりふじゃねぇ」

 前置きする俺を、玲萌レモはやさしい瞳で見つめていてくれる。俺はそのきらきらとした大きな目をまっすぐ見ながら、ついさっき戦闘バトルのさいちゅうに気付いたことを打ち明けた。

「俺、ずっと玲萌レモのことが好きだったんだ」

 大輪の花が光り輝くように、玲萌レモの表情が喜びにあふれた。

「あたしもよ!」

 俺を両手で抱きしめて、耳のあたりにひたいをすり寄せてくる。

「あたしも樹葵ジュキのこと大好きなの。愛してる……」

「俺も玲萌レモを愛してる」

 強く強く抱きしめる。彼女の体温が伝わってくる。このまま彼女とひとつになって、溶け消えてしまいたい。

 俺たちはそのまま、気のすむまで抱き合っていた。

 しばらくすると俺はまた、彼女の唇が欲しくなった。

「もう一度したい」

「え?」

「恋人っぽくもっと熱いヤツがしたい」

 意味が分かったらしく、玲萌レモはくすくすと笑いながら少し身体をはなした。

「はい、どうぞ」

 と言ってそっとまぶたを伏せる彼女が美人でドキっとする。

「あたしの唇は樹葵ジュキのものなんだから、いつでもしていいのよ」

 そういえばこの子、今日の昼間「樹葵ジュキの唇はあたしのもの」とか言ってたよな…… それを思い出して、

「えっと、俺のもいつでも玲萌レモのだから――」

 こういうこと言うの恥ずかしい。勢いで告白しておいてなんだが。

 玲萌レモはぱっと目を開けると、

「知ってる。樹葵ジュキの全部がずっと前からあたしのだから」

 いたずらっぽく言ってニヤリと笑った。

「なんでだよ」

 と言い返しつつ、うれしくて絶対にやけてるわ、俺。

「嫌なの?」

 蠱惑的な仕草で首をかしげる玲萌レモ。俺の表情から嫌がってないことくらい分かってるくせに!

「全然やじゃない。俺の全部、玲萌レモにあげるから」

 小声で答えると、

樹葵ジュキったらかわいい! 伝説の魔物を倒せるくらい強くていつも頼りになってかっこいいのに、あたしの前ではこんなかわいいなんて、もういとおしくてたまんないっ!」

 玲萌レモは興奮した口調でまくし立てると、俺の頭をなでまわした。愛されてるなぁ、俺。幸せだ。

 玲萌レモがまた俺の唇を奪おうとして、

「あ、ちょっと待って」

 俺は思わず制止した。

「どしたの?」

「あのさ、俺、知ってるかもしれねぇけど牙生えてるし――」

「知ってるわよ? なによいまさら」

 事もなげに返されてしまった。

「あと、あのなっ、えっと舌の先も二股に分かれててマジで妖怪みてぇなんだが――」

「知ってるって」

 それから玲萌レモは、きゃはははは、と大きな笑い声をあげた。

「やだ樹葵ジュキったら、まさかあたしが気付いてないとでも思ってたの?」

 俺の腕をばしばしとたたきながら、

「いっつもこんな密着してるのに気付かないわけないじゃない! あたしは樹葵ジュキの身体のことも全部知った上で、きみを欲しいって言ってるの」

 そうか。みずからこんな姿になった変わり者を好きになる女の子なんかいるはずないって思ってたけど――

「そうだよな。玲萌レモって変わってるもんな」

「こらっ」

 ちょっと怒られてしまった。

わりぃ悪ぃ」

 頬をぷぅっとふくらませた玲萌レモの髪をやさしくなでながら、

「あんたは俺があやかしの姿でも平気なんだな――」

「平気っていうか大好きよ」

 あたたかい笑顔が俺を包み込む。

「あたしは樹葵ジュキの全部が大好きなの」

「――俺も」

 短く答えて、俺はがまんできずに玲萌レモを抱き寄せた。

 俺たちは一瞬見つめ合ってから、ゆっくりと唇を重ねた。

 そのうしろに大きな花火が打ちあがった。



     <おしまい>
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