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23 疑惑②
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「…………」
病室にて、康介は再び楓と二人きりになった。
パイプ椅子を取り出して、ベッドのすぐ横に座る。
眠っている楓の手を握り、目覚めの時を待った。
「なあ、楓。お前がいつ俺に迷惑なんか掛けたよ?」
楓の友人である蒼真から聞かされた言葉が心に引っ掛かって、
つい意識の無い楓に問いかけてしまう。
「小さい頃から物分かりが良すぎて逆に心配だったぐらいなんだぞ」
碌に遊びに連れて行ってやれなくても、「お仕事が大変だから仕方ないよ」と言って笑っていた。
学校の行事には殆ど参加できなくていつも孤独な思いをさせていただろうけど、「大丈夫だから心配しないで」と言って笑っていた。
仕事が立て込んで家に帰れず、楓が用意してくれていた食事を無駄にしてしまったことなんか、数えきれないぐらいだ。
それでも楓は、今まで文句も我儘も言ったことが無い。
「むしろ、迷惑かけてるのって俺の方じゃないか。……はあ、情けねえ」
改めて過去のことを思いため息をつく。
楓が元気になったら、何か我儘を言ってもらって、それを叶えてやろうか。
そうすることで、少しは過去の償いになるだろうか。
「…………?」
そんなことを考えている中、楓の指先がピクリと動いた。
次いで、ゆっくりと目が開く。
「楓、起きたか。大丈夫か? 気分は……」
「っ……!」
楓は目を覚ますなり、慌てて体を起こした。
そして、怯えた顔で周囲を見回す。
楓の意識がまだ浦坂に襲われた時の中にあることを察して、康介は彼の背中をさすった。
優しい手つきで背中をさすり、安心するように促す。
やがて、楓から警戒心が消えて、その目に康介の姿を映し出した。
「楓、大丈夫か?」
「康介さん……あれ、何でここに?」
「記憶が曖昧になってるんだな。外で浦坂に襲われたことは覚えてるか?」
「外で? 確か蒼真くんと一緒にいて、蒼真くんが飲み物を買いに行って、
それから……」
記憶を辿っていた楓の顔色が変わる。
「あ……」
「思い出したんだな。でも、もう大丈夫だから」
「あの人は捕まった?」
「いや、まだなんだ。でも、もうすぐ捕まえられるから」
康介は嘘をついた。
ただただ楓を安心させたくてついた、気休めの嘘だった。
「そうそう、楓の体の方は大丈夫だってさ。お医者さんが検査してくれたから。
でも、退院はちょっと先に伸ばそうか。もうしばらく病院にいた方が……」
「嫌……」
「え?」
「嫌だ嫌だ、ここに居たくない」
「楓?」
「ここに居たくない。家に帰りたい」
悲壮な顔で頭を抱えて、楓は泣き出してしまった。
今まで、こんなにあからさまに大泣きする事など無かったので、康介は思わず呆気に取られる。
「帰りたいよお……」
俯いて、尚もボロボロと涙を流し続ける。
康介は、戸惑いながらそっと楓を抱き締めてその背中を何度もさすった。
「そうだよな。安全なはずの病院で怖い目に遭ったんだもんな」
「うっ……うぅ……」
康介の服に顔を埋め、裾を掴みながら楓は嗚咽を漏らす。
(さっきまで、楓には我儘を言ってもらって俺を困らせて欲しいとか思ってたけど……
いや、これは我儘なんかじゃないよな)
しばらくそうやっていると、やがて楓は泣くことを辞めた。
そして、康介の方を見上げる。
「ごめん。康介さんを困らせちゃったね。
もう大丈夫だから、先生の言う通りにするね」
そう言って笑おうとした楓の顔は、上手く笑えず痛々しく引き攣ったようになっていた。
悲しくなった康介は、思わず強い力を込めて楓を抱き締めた。
「いや、いい。明日には家に帰ろう」
「でも……」
「良いんだよ。そうするって俺が決めた。
明日、朝一で迎えに来るから、一緒に帰ろうな」
「……うん。ありがとう」
康介が力強く言うと、楓は小さく頷いた。そして、一筋だけ涙を流した。
「…………」
「楓?」
急に反応が無くなった楓を見ると、再びの眠りに就いていた。
と言うより、緊張の果てに意識を失ったようだった。
起こさないように、そっとベッドに寝かせてやる。
それから、よしよしと優しく頭を撫でてやった。
その時、康介の目に楓の胸の上で煌めくアメジストが映った。
康介からプレゼントされて以来、お守りとして楓が肌身離さず身に付けていたものだ。
「魔除けの効果、無かったみたいだな」
ため息混じりに呟いて、康介は病室を出ていった。
++++++++++++++++
病院を出た後、康介は警察署に戻った。
やり残していた書類仕事の整理、報告書の作成などの為だった。
が、康介にはそれらとは別に大きな目的があった。
捜査員……つまり、同僚の刑事たちの様子をしっかりと監視することだった。
ずっと行方が掴めなかった浦坂実が、突如として楓の前に現れた。そして再び消えた。
このことに、康介は不信感を抱いている。
浦坂は楓を殺した自覚があったはずだ。
それにも拘らず、わざわざ楓が居る病院にやってきて、改めて楓を殺そうとした。
しかも、楓が一人で無防備でいる瞬間を狙って現れた。
白衣を纏い、医者のフリをして院内に紛れ込むぐらいに用意周到だった。
逃亡中の浦坂が一人でこなせるとは思えない。
協力者がいるに違いない。
まず、楓が生きていることと、楓の入院先を浦坂に伝えた人間が存在している。
そうでなければ、浦坂は楓は死んだものと思っていたはずだ。
事件の関係者で、楓が生きていることと楓の入院先を知っている者……それは、捜査員だ。
捜査員なら、捜査情報をコントロールして浦坂の逃亡を手助けすることも出来る。
なんなら、浦坂を自宅に匿ってしまえば、ずっと見つけられないで済む。
これらのことから、浦坂実の協力者は同僚の刑事の誰かだ、と康介は踏んだ。
係長の木野井丈司、ベテラン刑事の米寺啓之、若手刑事の高倍京二、女刑事の横井祐子……いや、同僚なら他にもいる。
疑問なのは、そうやって浦坂を匿うことで何のメリットがあるのか分からないことだが……それは協力者の正体が判明したとき、本人に尋ねるしかない。
とにかく、同僚の刑事たちに怪しい動き・言動は無いか、
さりげなく監視する目的で、康介は警察署に留まった。
病室にて、康介は再び楓と二人きりになった。
パイプ椅子を取り出して、ベッドのすぐ横に座る。
眠っている楓の手を握り、目覚めの時を待った。
「なあ、楓。お前がいつ俺に迷惑なんか掛けたよ?」
楓の友人である蒼真から聞かされた言葉が心に引っ掛かって、
つい意識の無い楓に問いかけてしまう。
「小さい頃から物分かりが良すぎて逆に心配だったぐらいなんだぞ」
碌に遊びに連れて行ってやれなくても、「お仕事が大変だから仕方ないよ」と言って笑っていた。
学校の行事には殆ど参加できなくていつも孤独な思いをさせていただろうけど、「大丈夫だから心配しないで」と言って笑っていた。
仕事が立て込んで家に帰れず、楓が用意してくれていた食事を無駄にしてしまったことなんか、数えきれないぐらいだ。
それでも楓は、今まで文句も我儘も言ったことが無い。
「むしろ、迷惑かけてるのって俺の方じゃないか。……はあ、情けねえ」
改めて過去のことを思いため息をつく。
楓が元気になったら、何か我儘を言ってもらって、それを叶えてやろうか。
そうすることで、少しは過去の償いになるだろうか。
「…………?」
そんなことを考えている中、楓の指先がピクリと動いた。
次いで、ゆっくりと目が開く。
「楓、起きたか。大丈夫か? 気分は……」
「っ……!」
楓は目を覚ますなり、慌てて体を起こした。
そして、怯えた顔で周囲を見回す。
楓の意識がまだ浦坂に襲われた時の中にあることを察して、康介は彼の背中をさすった。
優しい手つきで背中をさすり、安心するように促す。
やがて、楓から警戒心が消えて、その目に康介の姿を映し出した。
「楓、大丈夫か?」
「康介さん……あれ、何でここに?」
「記憶が曖昧になってるんだな。外で浦坂に襲われたことは覚えてるか?」
「外で? 確か蒼真くんと一緒にいて、蒼真くんが飲み物を買いに行って、
それから……」
記憶を辿っていた楓の顔色が変わる。
「あ……」
「思い出したんだな。でも、もう大丈夫だから」
「あの人は捕まった?」
「いや、まだなんだ。でも、もうすぐ捕まえられるから」
康介は嘘をついた。
ただただ楓を安心させたくてついた、気休めの嘘だった。
「そうそう、楓の体の方は大丈夫だってさ。お医者さんが検査してくれたから。
でも、退院はちょっと先に伸ばそうか。もうしばらく病院にいた方が……」
「嫌……」
「え?」
「嫌だ嫌だ、ここに居たくない」
「楓?」
「ここに居たくない。家に帰りたい」
悲壮な顔で頭を抱えて、楓は泣き出してしまった。
今まで、こんなにあからさまに大泣きする事など無かったので、康介は思わず呆気に取られる。
「帰りたいよお……」
俯いて、尚もボロボロと涙を流し続ける。
康介は、戸惑いながらそっと楓を抱き締めてその背中を何度もさすった。
「そうだよな。安全なはずの病院で怖い目に遭ったんだもんな」
「うっ……うぅ……」
康介の服に顔を埋め、裾を掴みながら楓は嗚咽を漏らす。
(さっきまで、楓には我儘を言ってもらって俺を困らせて欲しいとか思ってたけど……
いや、これは我儘なんかじゃないよな)
しばらくそうやっていると、やがて楓は泣くことを辞めた。
そして、康介の方を見上げる。
「ごめん。康介さんを困らせちゃったね。
もう大丈夫だから、先生の言う通りにするね」
そう言って笑おうとした楓の顔は、上手く笑えず痛々しく引き攣ったようになっていた。
悲しくなった康介は、思わず強い力を込めて楓を抱き締めた。
「いや、いい。明日には家に帰ろう」
「でも……」
「良いんだよ。そうするって俺が決めた。
明日、朝一で迎えに来るから、一緒に帰ろうな」
「……うん。ありがとう」
康介が力強く言うと、楓は小さく頷いた。そして、一筋だけ涙を流した。
「…………」
「楓?」
急に反応が無くなった楓を見ると、再びの眠りに就いていた。
と言うより、緊張の果てに意識を失ったようだった。
起こさないように、そっとベッドに寝かせてやる。
それから、よしよしと優しく頭を撫でてやった。
その時、康介の目に楓の胸の上で煌めくアメジストが映った。
康介からプレゼントされて以来、お守りとして楓が肌身離さず身に付けていたものだ。
「魔除けの効果、無かったみたいだな」
ため息混じりに呟いて、康介は病室を出ていった。
++++++++++++++++
病院を出た後、康介は警察署に戻った。
やり残していた書類仕事の整理、報告書の作成などの為だった。
が、康介にはそれらとは別に大きな目的があった。
捜査員……つまり、同僚の刑事たちの様子をしっかりと監視することだった。
ずっと行方が掴めなかった浦坂実が、突如として楓の前に現れた。そして再び消えた。
このことに、康介は不信感を抱いている。
浦坂は楓を殺した自覚があったはずだ。
それにも拘らず、わざわざ楓が居る病院にやってきて、改めて楓を殺そうとした。
しかも、楓が一人で無防備でいる瞬間を狙って現れた。
白衣を纏い、医者のフリをして院内に紛れ込むぐらいに用意周到だった。
逃亡中の浦坂が一人でこなせるとは思えない。
協力者がいるに違いない。
まず、楓が生きていることと、楓の入院先を浦坂に伝えた人間が存在している。
そうでなければ、浦坂は楓は死んだものと思っていたはずだ。
事件の関係者で、楓が生きていることと楓の入院先を知っている者……それは、捜査員だ。
捜査員なら、捜査情報をコントロールして浦坂の逃亡を手助けすることも出来る。
なんなら、浦坂を自宅に匿ってしまえば、ずっと見つけられないで済む。
これらのことから、浦坂実の協力者は同僚の刑事の誰かだ、と康介は踏んだ。
係長の木野井丈司、ベテラン刑事の米寺啓之、若手刑事の高倍京二、女刑事の横井祐子……いや、同僚なら他にもいる。
疑問なのは、そうやって浦坂を匿うことで何のメリットがあるのか分からないことだが……それは協力者の正体が判明したとき、本人に尋ねるしかない。
とにかく、同僚の刑事たちに怪しい動き・言動は無いか、
さりげなく監視する目的で、康介は警察署に留まった。
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