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2章 領都
13 情報収集
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「おいしいっ」
メイドさんが息を呑むように言葉を出す。
「だよね、マサト兄ちゃんの作る料理はいつも美味しいんだよ」
「ミーナも、マサトさんと会う前にどんなもの食べてたか忘れるほどです」
「大げさだろ、そういえばバタバタしていて自己紹介もしていなかったですね。ウィリアムさんから聞いているとは思いますが、旅の料理人のマサトです」
「マサトさんの弟子のミーナです」
「マサト兄ちゃんとミーナの護衛のレイジだよ」
「これはこれはご丁寧に。私は領主館のメイド長を仰せつかっているアンジーです」
「アンジーさん、どうですか? 慣れない食事だとは思いますが食べられないものとかないですかね?」
「ええ、確かにいつも食べているものとはまるで違いますがすべて美味しいですわ。この生姜焼きというものは獣なんですよね? 獣を食べているなんてなんとも不思議な気分ですわ」
アンジーさんの言うことは本心からなんだろう、目を丸くしながらも食べる手はとまらない。
まあ、食べる手が止まらないのはレイジとミーナも一緒だが、こちらは初めて食べる紫トマトのスープを気に入ったようだ。
俺としては紫トマトのスープは味はいいのだが見た目があまりよくないように感じてしまうな、きっとこれは前の世界で紫糸の野菜や食べ物が少なかったのが原因だとは思うんだが、記憶がないのでその辺は定かではない。
「食べながらでいいのでいろいろ聞きたいのですが、領主様のご家族はどのような方たちなのでしょう? ウィリアムさんんにはこの領主館に住んでいるのは領主様ご夫妻と長男、三女だと聞いているのですが」
「ええ、領主様がジョシュア様、奥様がエレイン様、跡継ぎのご長男様がランドール様、三女様がイーリス様の四名がこの領主館で現在暮らしているご領主家族ですわ」
領の名前はシェリルバイト領で、貴族としての階級は子爵らしい。
この国では領主一家は領の名前を名字として名乗る習慣があるらしいので、ジョシュア・シェリルバイト子爵、エレイン・シェリルバイト子爵夫人ということになるらしい。
子爵夫妻は四十台前半で、アンジーさんとはそれほど変わらない年齢らしい。
長男のランドールは二十を超えたくらいで婚約者との結婚をした後に子爵を継ぐ予定で、今は見習いという形で領政のあれこれを学んでいる最中だとか。
問題は三女のイーリスで、年齢は十五歳なのだが、貴族の子女にとって十五歳というのは婚約者がいてもおかしくない年齢。
にもかかわらず、婚約者どころか浮いた話の一つもない。
なぜならば、天職がなんのな役にも立たないもので貴族には相応しくないものだからだそうだ。
「何の天職だったんですか?」
「領の醜聞につながるものですからメイド長の私も教えられていないのです。執事長なら知っているかもしれませんが、ウィリアム様も知らないくらいですからね」
この領主館の中では領主家族を除けば、執事長、騎士団長、メイド長の順番で権限があるらしい。
「やっぱり天職は重要視されているんですね。レイジとミーナも育った村では農家の天職持ちではないからかあまり魅力的には映ってなかったみたいですし」
まあ、そのおかげでレイジとミーナが俺についてきてくれたのだから俺にとってはいいことだったのだが。
「そうですわね。私も指揮の天職持ちですからメイド長になれなかったら、きっと魔獣狩りに連れていかれていたでしょうね」
アンジーさん曰く、戦闘系の天職持ちは天職を発揮できるような職場に就けないと魔獣狩りや騎士団に徴兵される場合もあるとか。
もちろん強制ではないので断ることも可能らしいが、この世界では無職は歓迎されないし、世間の目もあるので徴兵に応じる家庭が大半なのが現状だそうだ。
もちろん、農家の天職持ちだと判明した時点で農家になるのは確定だそうだ。
こちらは拒否権がないらしい。
まあ、食料が農作物しかないこの世界では農家の天職持ちは確保されるべき才能なんだろうな。
あとは調合師と鍛冶師も強制的にその職に就けられるらしいが、この二つは権力を持っている人間の直属になるので憧れている人間が多いらしいから強制とは感じられていないようだ。
「そういえば、この領都は王国の中にあるらしいですが、王宮は遠いんですか?」
「いえいえ、ここは比較的王領に近い領地ですよ。国境沿いと王領のちょうど真ん中くらいでしょうか」
「そうなんですね、隣国とはやはり緊張感があるものですか?」
「聖王国とは教会を預かっている関係で仲は良いはずですね。帝国はことあるごとに侵略の意思を見せてきますけど、迷宮都市のこともあるから実際に何かあったりはしないみたいですね。隣国よりも国内の魔獣や獣のほうが重要ですもの」
ふむふむ、王国の隣国には聖王国と帝国があるのか。
で、聖王国は教会の勢力が強そうで帝国のほうは武力で押す感じか。
迷宮都市は王国と帝国が共同で管理してるのか? それとも聖王国も関わっているのか、あるいは小競り合いの中心地……か。
まあ、なんにせよ人間同士の戦争よりも魔獣や獣のほうが身近な恐怖……といった感じか。
「マサト君、食堂まで来てほしいんだが……っと、食事中だったかね?」
レイジとミーナは食べ終わっているが、俺とアンジーさんは合間合間に話をしていたのでスープがまだ少し残っている。
そんな中、ウィリアムさんが部屋の扉を開けるなり声をかけてきたので正直びっくりした。
「もう食べ終わりますが、何かあったのですか? ウィリアムさんはてっきり領主様たちと一緒にいると思っていたのですが」
「ああ、領主様たちの食事が終わってね、食事を作った人間と話をしてみたいと言っているから大丈夫なら食堂まで来てほしいのだよ」
「悪い話じゃないですよね?」
「ああ、料理を食べた際には領主様たちは夢中だったし、おそらく料理の効能などの話を聞きたいのだろう」
俺は自分の作る料理が万能だとは思っていない。
人間なのだから好き嫌いがあって当然だし、育った地域や食べてきたものによる固定観念もあるだろう。
特にこの世界の人間は生の野菜や果物だけを食べてきているのだから、温かい食事や獣の肉を食べることに忌避感を覚える人間がいることも当然のことだと思う。
これまで出会ってきた人たちが当然のように受け入れてくれたのは食料不足だったり、実験的な意味合いが強いと思っていた。
だが、食料が豊富にあり、食べるものには困っていないはずの領主一家でさえ夢中になるのなら、同じような食事に皆が飽き飽きしていたのかもしれない。
「でしたら、一緒に行きましょうか。レイジとミーナは連れて行ってもいいですか?」
ここに置いていっても村での出来事を知っているウィリアムさんなら下手な真似はしないとは思うが、領主館の人間すべてがウィリアムさんの直属というわけではないだろうし情報の共有がなされているかどうかもわからない。
レイジとミーナが襲われても神様の加護で守られている限り傷一つつかないどころか、襲ってきた人間のほうが重傷を負うことになるだろうが、トラブルはトラブルだ。
信頼を損なわないようにするためにも俺に同行させておく方がいいだろう。
「ああ、二人も一緒のほうがいいだろうね。領主館の中には馬鹿な考えを持っている人間はいないはずだが、誰も知らない情報には莫大な価値があるからね」
まあ、ウィリアムさんは村での惨状を知っているし俺がレイジとミーナを大切にしているのも知っているから警戒はするか。
「では、二人も連れていきますね」
メイドさんが息を呑むように言葉を出す。
「だよね、マサト兄ちゃんの作る料理はいつも美味しいんだよ」
「ミーナも、マサトさんと会う前にどんなもの食べてたか忘れるほどです」
「大げさだろ、そういえばバタバタしていて自己紹介もしていなかったですね。ウィリアムさんから聞いているとは思いますが、旅の料理人のマサトです」
「マサトさんの弟子のミーナです」
「マサト兄ちゃんとミーナの護衛のレイジだよ」
「これはこれはご丁寧に。私は領主館のメイド長を仰せつかっているアンジーです」
「アンジーさん、どうですか? 慣れない食事だとは思いますが食べられないものとかないですかね?」
「ええ、確かにいつも食べているものとはまるで違いますがすべて美味しいですわ。この生姜焼きというものは獣なんですよね? 獣を食べているなんてなんとも不思議な気分ですわ」
アンジーさんの言うことは本心からなんだろう、目を丸くしながらも食べる手はとまらない。
まあ、食べる手が止まらないのはレイジとミーナも一緒だが、こちらは初めて食べる紫トマトのスープを気に入ったようだ。
俺としては紫トマトのスープは味はいいのだが見た目があまりよくないように感じてしまうな、きっとこれは前の世界で紫糸の野菜や食べ物が少なかったのが原因だとは思うんだが、記憶がないのでその辺は定かではない。
「食べながらでいいのでいろいろ聞きたいのですが、領主様のご家族はどのような方たちなのでしょう? ウィリアムさんんにはこの領主館に住んでいるのは領主様ご夫妻と長男、三女だと聞いているのですが」
「ええ、領主様がジョシュア様、奥様がエレイン様、跡継ぎのご長男様がランドール様、三女様がイーリス様の四名がこの領主館で現在暮らしているご領主家族ですわ」
領の名前はシェリルバイト領で、貴族としての階級は子爵らしい。
この国では領主一家は領の名前を名字として名乗る習慣があるらしいので、ジョシュア・シェリルバイト子爵、エレイン・シェリルバイト子爵夫人ということになるらしい。
子爵夫妻は四十台前半で、アンジーさんとはそれほど変わらない年齢らしい。
長男のランドールは二十を超えたくらいで婚約者との結婚をした後に子爵を継ぐ予定で、今は見習いという形で領政のあれこれを学んでいる最中だとか。
問題は三女のイーリスで、年齢は十五歳なのだが、貴族の子女にとって十五歳というのは婚約者がいてもおかしくない年齢。
にもかかわらず、婚約者どころか浮いた話の一つもない。
なぜならば、天職がなんのな役にも立たないもので貴族には相応しくないものだからだそうだ。
「何の天職だったんですか?」
「領の醜聞につながるものですからメイド長の私も教えられていないのです。執事長なら知っているかもしれませんが、ウィリアム様も知らないくらいですからね」
この領主館の中では領主家族を除けば、執事長、騎士団長、メイド長の順番で権限があるらしい。
「やっぱり天職は重要視されているんですね。レイジとミーナも育った村では農家の天職持ちではないからかあまり魅力的には映ってなかったみたいですし」
まあ、そのおかげでレイジとミーナが俺についてきてくれたのだから俺にとってはいいことだったのだが。
「そうですわね。私も指揮の天職持ちですからメイド長になれなかったら、きっと魔獣狩りに連れていかれていたでしょうね」
アンジーさん曰く、戦闘系の天職持ちは天職を発揮できるような職場に就けないと魔獣狩りや騎士団に徴兵される場合もあるとか。
もちろん強制ではないので断ることも可能らしいが、この世界では無職は歓迎されないし、世間の目もあるので徴兵に応じる家庭が大半なのが現状だそうだ。
もちろん、農家の天職持ちだと判明した時点で農家になるのは確定だそうだ。
こちらは拒否権がないらしい。
まあ、食料が農作物しかないこの世界では農家の天職持ちは確保されるべき才能なんだろうな。
あとは調合師と鍛冶師も強制的にその職に就けられるらしいが、この二つは権力を持っている人間の直属になるので憧れている人間が多いらしいから強制とは感じられていないようだ。
「そういえば、この領都は王国の中にあるらしいですが、王宮は遠いんですか?」
「いえいえ、ここは比較的王領に近い領地ですよ。国境沿いと王領のちょうど真ん中くらいでしょうか」
「そうなんですね、隣国とはやはり緊張感があるものですか?」
「聖王国とは教会を預かっている関係で仲は良いはずですね。帝国はことあるごとに侵略の意思を見せてきますけど、迷宮都市のこともあるから実際に何かあったりはしないみたいですね。隣国よりも国内の魔獣や獣のほうが重要ですもの」
ふむふむ、王国の隣国には聖王国と帝国があるのか。
で、聖王国は教会の勢力が強そうで帝国のほうは武力で押す感じか。
迷宮都市は王国と帝国が共同で管理してるのか? それとも聖王国も関わっているのか、あるいは小競り合いの中心地……か。
まあ、なんにせよ人間同士の戦争よりも魔獣や獣のほうが身近な恐怖……といった感じか。
「マサト君、食堂まで来てほしいんだが……っと、食事中だったかね?」
レイジとミーナは食べ終わっているが、俺とアンジーさんは合間合間に話をしていたのでスープがまだ少し残っている。
そんな中、ウィリアムさんが部屋の扉を開けるなり声をかけてきたので正直びっくりした。
「もう食べ終わりますが、何かあったのですか? ウィリアムさんはてっきり領主様たちと一緒にいると思っていたのですが」
「ああ、領主様たちの食事が終わってね、食事を作った人間と話をしてみたいと言っているから大丈夫なら食堂まで来てほしいのだよ」
「悪い話じゃないですよね?」
「ああ、料理を食べた際には領主様たちは夢中だったし、おそらく料理の効能などの話を聞きたいのだろう」
俺は自分の作る料理が万能だとは思っていない。
人間なのだから好き嫌いがあって当然だし、育った地域や食べてきたものによる固定観念もあるだろう。
特にこの世界の人間は生の野菜や果物だけを食べてきているのだから、温かい食事や獣の肉を食べることに忌避感を覚える人間がいることも当然のことだと思う。
これまで出会ってきた人たちが当然のように受け入れてくれたのは食料不足だったり、実験的な意味合いが強いと思っていた。
だが、食料が豊富にあり、食べるものには困っていないはずの領主一家でさえ夢中になるのなら、同じような食事に皆が飽き飽きしていたのかもしれない。
「でしたら、一緒に行きましょうか。レイジとミーナは連れて行ってもいいですか?」
ここに置いていっても村での出来事を知っているウィリアムさんなら下手な真似はしないとは思うが、領主館の人間すべてがウィリアムさんの直属というわけではないだろうし情報の共有がなされているかどうかもわからない。
レイジとミーナが襲われても神様の加護で守られている限り傷一つつかないどころか、襲ってきた人間のほうが重傷を負うことになるだろうが、トラブルはトラブルだ。
信頼を損なわないようにするためにも俺に同行させておく方がいいだろう。
「ああ、二人も一緒のほうがいいだろうね。領主館の中には馬鹿な考えを持っている人間はいないはずだが、誰も知らない情報には莫大な価値があるからね」
まあ、ウィリアムさんは村での惨状を知っているし俺がレイジとミーナを大切にしているのも知っているから警戒はするか。
「では、二人も連れていきますね」
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