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王国編
04 婚約者を捨てたはずが捨てられていたのは俺だった:ゲオルグ(王子)視点
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長年目の上の瘤だった、俺様の婚約者……いや、もう元婚約者と呼ぶべきだろうな、アイリス・エンダーハイムとの婚約を破棄してやったぞ!
婚約が契約魔術だったのにはびっくりしたが、多くの貴族のいる夜会での婚約破棄はさぞやインパクトがおおきかっただろうな。
あの女が泣き出したり取り乱したりしなかったのは誤算だったが、周囲の貴族連中は俺様のことを誉めそやし、まるで俺様が王になったかのような扱いだったし、やはり婚約者を侯爵令嬢に鞍替えしたのは正解だった。
少しばかり仕事ができるからといってあのようなブサイクが王妃とあっては、周辺諸国に嘗められてしまうからな。
「ゲオルグ王子、国王陛下がお呼びです」
「父上が?」
ふむ、父上が執務時間中に俺様を呼ぶとは珍しいのだが……いや、これはきっと俺様を誉めようということか!
やはり父上にとってもあの娘の父親、現宰相は目の上の瘤だったのだろう!
あの娘との婚約を破棄したからには父親も宰相の座を追われる、これからは貴い血筋の公爵や侯爵が宰相になるはずだからその感謝を伝えようということか!
「ふむ、すぐに向かおう」
俺様の声を聞き、侍従や執事が付き従う。
やはり周囲の人間に傅かれるというのは気分が良いものだ。
王になればこれが当然になる……もちろん王太子の今でも当然のことだが、王になれば自国の貴族はもちろん、周辺諸国の貴族も俺様の前にひれ伏す……それを想像するだけで気持ちが良くなるな。
「父上、ゲオルグが参りました」
「ふむ、中に入れ」
「失礼いたしま……す……?」
中に入ると父上だけでなく、王位を追われて王城から姿を消した叔父、それに俺様にとっての従兄弟……つまりは叔父の息子までもいた。
既に公爵、公爵令息となっている2人が王城の、それも父上の執務室に入るだなどと何たる不敬か!
「これから王国の進退についての重要な話がある。ゲオルグの護衛騎士、並びに側近は下がるように」
「父上! 下がらせるのならばそちらの王城に相応しくない2人が先では!?」
「黙れ! ダニエルは余の弟で、マティアスは余の甥だ! 王城に相応しくないなどと戯言を抜かすな!」
「ならば、私の側近も同席させてください!」
「ならん! 調べてみればバラム公爵の派閥の者ばかりではないか! 余は側近選びは王子にとっての最初の仕事として派閥・性別にかかわらず有能な者を取り立てよと命じたな」
「そうです。彼らは皆が有能でこれからの王国を発展させるために重要なのですよ!」
「はっ、有能か。あの程度の能力ならばそこかしこにいるわ! どうせバラム公爵が有能だと推してきたのを碌に調べもせずに取り立てたのだろうが」
「ぐっ……」
確かに俺様の側近を推薦してきたのはバラム公爵だし、側近選びの際に面接や調査などはしなかった。
だが、貴い血筋のバラム公爵が推薦した者たちが無能なわけがないのだから、調査などしなくてもよいだろうに。
「ふん! それよりもゲオルグ、そなたアイリスとの婚約を破棄したというのは本当か? ああいや、答えはいらん。契約魔術が破棄されたことはわかっているし、パーティーにいた人間からの言質も取れている。聞きたいのは何が不満だったかということだ」
「不満? 全てですよ! 親の権力で私の婚約者になったこと、女だてらに仕事ができるとアピールしてくること、伯爵令嬢などという低地位にいること……何よりもあのようなブサイクな女が王妃になろうとしていること!」
「はあ……何から訂正したものか。……まず、婚約者になったのは余が王命でしたことだ。アイリスがねだったわけではない。そもそもジョージを宰相にし続けるための婚約だからな。ジョージやアイリスは王家との婚約など望みもしなかっただろう」
父上は何を言っているんだ? 王族との婚約を望まない貴族などいるわけがないだろうに。
「次に仕事ができるアピールとか言ったか、そもそもそなたが仕事をしないから王子妃、次期王太子妃という微妙な立ち位置のアイリスに仕事が回ってきただけの話だろうが。そなたが王子、王族としての仕事をしていたらアイリスは妃教育以外の仕事などせんかったわ!」
……確かに、俺様の仕事はあの女に持っていくように言ったが、だからといって……。
「伯爵は王国にとっては中級貴族、確かにジョージの代で陞爵したから成り上がりだが決して低地位ではない……それにアイリスの容姿をけなしているが普通に美人だろうが」
「ああ兄上、それについては私から。私達の世代では凹凸の少ない清楚な令嬢が美人とされていたが、現在では凹凸のはっきりとした絢爛豪華な容姿が美人とされているそうだ……まあ、流行といったところか」
「くだらん! 個人の好みや流行り廃りは理解できるが、それを他人のいる前で口にするなどあり得んだろう! そんなもの考えなければアイリスは美人だろう?」
「ええ、兄上の仰る通り、ゲオルグやマティアスの代ではどうか知らないが、当主連中や騎士団の上層部ではアイリス嬢は美人と評判ですよ」
「大事なのはこれからの世代にどう思われているかです! 周辺諸国にもあのようなブサイクな女が王妃だなどと醜聞ですよ!」
「南の王国ではふくよかさが富の象徴となっている。故に肌のきめ細やかさ、髪の色つやと同じくらいふくよかな方が美人とされている。北西の武闘派王国では身長が低く筋肉量が多いことが美人の基準だ。彼らにしたらそなたなどブサイクにもほどがあろうな」
「野蛮な基準を持ち出さないでください!」
「王となれば周辺諸国だけでなくそういった関連国の王族とも会うことがある。その時にそなたは彼らをブサイクだと糾弾するつもりか?」
屁理屈だ。父上の言っていることは分かるが、俺様の隣に立つべき女があのようなブサイクな女など耐えられない!
「伯父上、その話はもうよいではないですか。契約魔術を破棄した以上アイリス嬢との婚約破棄をどうこう言っても仕方がないでしょう」
「……マティアス」
まさか、従兄弟が俺様を擁護するとは……こいつもようやく俺様の偉大さを理解したか。
「それよりも、このクズがどれだけ王国に打撃を与えたかを理解させることの方が重要でしょう」
……クズ?
「それもそうだな。ゲオルグ、アイリスはそなたの代わりに仕事をしていたが、アイリスのおかげで王国の国庫はそれ以前から15%以上資産を増やしている。当然、周辺諸国との関係が友好的になったのもエンダーハイム家の功績だ」
「……あの女が?」
確かに頭でっかちというか、仕事はできる印象だったが、それにしたって成人したばかりだろう?
「輸出入品目の改善、周辺諸国との交渉、作付け品種の改善……数え上げればきりがないほどアイリス、それにジョージは王国に貢献していた」
は? 宰相は父上の執務につきっきりだったろ? そこまでの成果が出せるわけが。
「そなたの考えは分かるが、それができるからこその宰相だ。……いや、それくらいできなくては余はジョージを宰相にし続けるためにそなたとアイリスを婚約させなかったというべきか」
あの親子が? 嘘だろ?
「それだけではない。今までの宰相は自身の派閥を有利にするために決済を偏らせていたが、ジョージは中立……どの派閥にも与さず、王国の繁栄だけを考えていた。これがどれだけ重要なことかそなたにはわからないのだろうな」
「ですが、たかが伯爵です!」
「はあ、血統重視の考えなど誰に教えられたのだか……いやいい、どうせバラム公爵だろう。あやつは自分の派閥のために何でもやる男だからな」
「バラム公爵は高潔な人物です!」
「恫喝、重税、派閥内の子飼いを使っての他派閥へのけん制……法には触れない範囲だがこれだけやっている人間が高潔か」
は? なんだそれは? 俺様はそんなこと知らないぞ。
「もういいでしょう。結局このクズは何も知らずに、何もせずにただただ遊んで暮らしてだけのクズってことですよ」
「貴様、不敬だぞっ!」
「不敬はそなただ、ゲオルグ。……確かにこれ以上の放置は余が退位した後に関わるな。ダニエル、マティアス両名の言うように、ゲオルグの王位継承権を凍結し、ゲオルグ自身は廃嫡、平民に身分を落としたうえでライサンダー侯爵家への婿入りを命じる」
「……は?」
「余は引継ぎが済み次第、北の離宮で蟄居する。なお、ゲオルグの母親は生家の公爵家へ戻す。次期王はマティアス、ダニエルは筆頭公爵、実父としてマティアスを支えよ!」
「「はっ!」」
「な……なぜ私……俺様が」
「ゲオルグ、そなたが王国にもたらした損害については話したはずだ。穏便に婚約を解消し、マティアスとの婚約を結びなおせればよかったが、契約魔術まで破棄してしまってはな」
「もう一度契約魔術を結ばせれば……」
「契約内容も知らんか。破棄後は王族との婚約は不可だ。当然、婚約や婚姻後に王族になることもな。それにエンダーハイム家の人間は既に爵位を返上して王国から去っているぞ」
「……は?」
「そなたは容姿が劣る婚約者を捨てたつもりだったのだろうがな、ちょうどよい機会と思われて捨てられたのはそなたの方だったというわけだ。安心せよ。間抜け、仕事もしないクズとは言え王族は王族。ライサンダー侯爵には王族を謀り、王国への被害を出したとしてきちんと責任は取らせる」
捨てられたのは俺様……?
「良かったな、クズ。まあ、クズが当主になることはないからライサンダー侯爵家の家令か執事、あるいは子飼いの文官として残りの余生を過ごせ。王国については私がきちんと運営していくからな」
マティアスが何か言っているが頭に入ってこない。
なぜ俺様が……いや、俺様は高位貴族との婚約を結ぼうとしただけだぞ……王国へ損害を与えた……?
「今この時より、ゲオルグ・ラグランジュは廃嫡! ライサンダー侯爵に通達あるまで自室での待機を命ずる!」
「まって! 待ってください! 私は……俺様は悪いことなど何一つしていません!」
「身勝手に婚約破棄したことは王命無視だ。それだけでも十分な罪だ。さらに、王族に課せられた仕事をサボる、特定の派閥への肩入れ、王妃となりうる新たな婚約者の選定を独断で行う。この全てが罪だ。何が悪いことはしていないだ」
王族は自分の婚約者さえ自分で決めることも叶わない! だから自分で婚約者を決めただけなのにそれが罪だと!?
仕事など有能な者に任せればいいではないか!? 自分の気に入った人間を重用するなど誰しもがやっていることだろうが!
「伯父上、このクズは不服なようですよ」
「はあ、やはりジョージに教育をさせるべきだったか……いや、せめて余が教育係を選定してれば……なぜこやつの母親に任せてしまったのか」
「クズ、王族にとって無知は罪。知らなかった教えてくれなかったなど言い訳にもならんのだよ。せっかく伯父上がお前のようなクズでも王位に就けるようにと努力してくれていたというのに、すべて台無しにしたのはお前だ」
「さっきから黙って聞いてればクズクズと! 王族から追われた落ちぶれものの一族であるお前とは違うんだ! 俺様はこの世で最も貴い血筋の人間だぞ!」
「選民思想ここに極まれりだな。伯父上の能力至上主義もどうかと思っていたが、これに比べれば遥かにマシか」
「ゲオルグ、これ以上醜態を晒すな。血統など個性の一種、努力もせずに得られるものなど何一つない。それには王位も含まれる。……それに、ダニエルは王族から追われたわけではない。王位争いで王国に混乱を招くのを避けるために自ら王位継承権を返上しただけにすぎんぞ」
ふざけるな! 結局たかが公爵で満足している時点で同じだろうが!
血統が個性の一種? だったら、血統で王を選んでいるのがおかしいだろうが!
「もう良いな。これ以上の醜態はそなたの進退に関わる。これ以上喚き散らすようなら、廃嫡どころではない。王国への混乱、新たな王に対する侮辱……処刑も視野に入れねばならなくなる。努力もしない愚か者とはいえ血を分けた息子にはそこまでしたくはない」
「まあ実際、処刑までしてしまうと私が王になった時に冷酷だの、残虐だのと喚く輩が出てきそうですしね。このクズがやったことは処刑されても文句が言えないものではあるものの、なるべく穏便に済ませませんと」
「ということだ、連れていけ」
「クソ! クソ! なんで俺様がこんな目に! それもこれもあの女が!」
そうだ、俺様は悪くなんてない! 婚約を破棄すればこうなるとあの女が教えなかったのが!
いや、そうだ。これは陰謀だ! あの女がマティアスと共謀して俺様から権力を奪おうとしているのだ!
俺様は悪くない! そうだ! 俺様が悪いわけがないんだ!
婚約が契約魔術だったのにはびっくりしたが、多くの貴族のいる夜会での婚約破棄はさぞやインパクトがおおきかっただろうな。
あの女が泣き出したり取り乱したりしなかったのは誤算だったが、周囲の貴族連中は俺様のことを誉めそやし、まるで俺様が王になったかのような扱いだったし、やはり婚約者を侯爵令嬢に鞍替えしたのは正解だった。
少しばかり仕事ができるからといってあのようなブサイクが王妃とあっては、周辺諸国に嘗められてしまうからな。
「ゲオルグ王子、国王陛下がお呼びです」
「父上が?」
ふむ、父上が執務時間中に俺様を呼ぶとは珍しいのだが……いや、これはきっと俺様を誉めようということか!
やはり父上にとってもあの娘の父親、現宰相は目の上の瘤だったのだろう!
あの娘との婚約を破棄したからには父親も宰相の座を追われる、これからは貴い血筋の公爵や侯爵が宰相になるはずだからその感謝を伝えようということか!
「ふむ、すぐに向かおう」
俺様の声を聞き、侍従や執事が付き従う。
やはり周囲の人間に傅かれるというのは気分が良いものだ。
王になればこれが当然になる……もちろん王太子の今でも当然のことだが、王になれば自国の貴族はもちろん、周辺諸国の貴族も俺様の前にひれ伏す……それを想像するだけで気持ちが良くなるな。
「父上、ゲオルグが参りました」
「ふむ、中に入れ」
「失礼いたしま……す……?」
中に入ると父上だけでなく、王位を追われて王城から姿を消した叔父、それに俺様にとっての従兄弟……つまりは叔父の息子までもいた。
既に公爵、公爵令息となっている2人が王城の、それも父上の執務室に入るだなどと何たる不敬か!
「これから王国の進退についての重要な話がある。ゲオルグの護衛騎士、並びに側近は下がるように」
「父上! 下がらせるのならばそちらの王城に相応しくない2人が先では!?」
「黙れ! ダニエルは余の弟で、マティアスは余の甥だ! 王城に相応しくないなどと戯言を抜かすな!」
「ならば、私の側近も同席させてください!」
「ならん! 調べてみればバラム公爵の派閥の者ばかりではないか! 余は側近選びは王子にとっての最初の仕事として派閥・性別にかかわらず有能な者を取り立てよと命じたな」
「そうです。彼らは皆が有能でこれからの王国を発展させるために重要なのですよ!」
「はっ、有能か。あの程度の能力ならばそこかしこにいるわ! どうせバラム公爵が有能だと推してきたのを碌に調べもせずに取り立てたのだろうが」
「ぐっ……」
確かに俺様の側近を推薦してきたのはバラム公爵だし、側近選びの際に面接や調査などはしなかった。
だが、貴い血筋のバラム公爵が推薦した者たちが無能なわけがないのだから、調査などしなくてもよいだろうに。
「ふん! それよりもゲオルグ、そなたアイリスとの婚約を破棄したというのは本当か? ああいや、答えはいらん。契約魔術が破棄されたことはわかっているし、パーティーにいた人間からの言質も取れている。聞きたいのは何が不満だったかということだ」
「不満? 全てですよ! 親の権力で私の婚約者になったこと、女だてらに仕事ができるとアピールしてくること、伯爵令嬢などという低地位にいること……何よりもあのようなブサイクな女が王妃になろうとしていること!」
「はあ……何から訂正したものか。……まず、婚約者になったのは余が王命でしたことだ。アイリスがねだったわけではない。そもそもジョージを宰相にし続けるための婚約だからな。ジョージやアイリスは王家との婚約など望みもしなかっただろう」
父上は何を言っているんだ? 王族との婚約を望まない貴族などいるわけがないだろうに。
「次に仕事ができるアピールとか言ったか、そもそもそなたが仕事をしないから王子妃、次期王太子妃という微妙な立ち位置のアイリスに仕事が回ってきただけの話だろうが。そなたが王子、王族としての仕事をしていたらアイリスは妃教育以外の仕事などせんかったわ!」
……確かに、俺様の仕事はあの女に持っていくように言ったが、だからといって……。
「伯爵は王国にとっては中級貴族、確かにジョージの代で陞爵したから成り上がりだが決して低地位ではない……それにアイリスの容姿をけなしているが普通に美人だろうが」
「ああ兄上、それについては私から。私達の世代では凹凸の少ない清楚な令嬢が美人とされていたが、現在では凹凸のはっきりとした絢爛豪華な容姿が美人とされているそうだ……まあ、流行といったところか」
「くだらん! 個人の好みや流行り廃りは理解できるが、それを他人のいる前で口にするなどあり得んだろう! そんなもの考えなければアイリスは美人だろう?」
「ええ、兄上の仰る通り、ゲオルグやマティアスの代ではどうか知らないが、当主連中や騎士団の上層部ではアイリス嬢は美人と評判ですよ」
「大事なのはこれからの世代にどう思われているかです! 周辺諸国にもあのようなブサイクな女が王妃だなどと醜聞ですよ!」
「南の王国ではふくよかさが富の象徴となっている。故に肌のきめ細やかさ、髪の色つやと同じくらいふくよかな方が美人とされている。北西の武闘派王国では身長が低く筋肉量が多いことが美人の基準だ。彼らにしたらそなたなどブサイクにもほどがあろうな」
「野蛮な基準を持ち出さないでください!」
「王となれば周辺諸国だけでなくそういった関連国の王族とも会うことがある。その時にそなたは彼らをブサイクだと糾弾するつもりか?」
屁理屈だ。父上の言っていることは分かるが、俺様の隣に立つべき女があのようなブサイクな女など耐えられない!
「伯父上、その話はもうよいではないですか。契約魔術を破棄した以上アイリス嬢との婚約破棄をどうこう言っても仕方がないでしょう」
「……マティアス」
まさか、従兄弟が俺様を擁護するとは……こいつもようやく俺様の偉大さを理解したか。
「それよりも、このクズがどれだけ王国に打撃を与えたかを理解させることの方が重要でしょう」
……クズ?
「それもそうだな。ゲオルグ、アイリスはそなたの代わりに仕事をしていたが、アイリスのおかげで王国の国庫はそれ以前から15%以上資産を増やしている。当然、周辺諸国との関係が友好的になったのもエンダーハイム家の功績だ」
「……あの女が?」
確かに頭でっかちというか、仕事はできる印象だったが、それにしたって成人したばかりだろう?
「輸出入品目の改善、周辺諸国との交渉、作付け品種の改善……数え上げればきりがないほどアイリス、それにジョージは王国に貢献していた」
は? 宰相は父上の執務につきっきりだったろ? そこまでの成果が出せるわけが。
「そなたの考えは分かるが、それができるからこその宰相だ。……いや、それくらいできなくては余はジョージを宰相にし続けるためにそなたとアイリスを婚約させなかったというべきか」
あの親子が? 嘘だろ?
「それだけではない。今までの宰相は自身の派閥を有利にするために決済を偏らせていたが、ジョージは中立……どの派閥にも与さず、王国の繁栄だけを考えていた。これがどれだけ重要なことかそなたにはわからないのだろうな」
「ですが、たかが伯爵です!」
「はあ、血統重視の考えなど誰に教えられたのだか……いやいい、どうせバラム公爵だろう。あやつは自分の派閥のために何でもやる男だからな」
「バラム公爵は高潔な人物です!」
「恫喝、重税、派閥内の子飼いを使っての他派閥へのけん制……法には触れない範囲だがこれだけやっている人間が高潔か」
は? なんだそれは? 俺様はそんなこと知らないぞ。
「もういいでしょう。結局このクズは何も知らずに、何もせずにただただ遊んで暮らしてだけのクズってことですよ」
「貴様、不敬だぞっ!」
「不敬はそなただ、ゲオルグ。……確かにこれ以上の放置は余が退位した後に関わるな。ダニエル、マティアス両名の言うように、ゲオルグの王位継承権を凍結し、ゲオルグ自身は廃嫡、平民に身分を落としたうえでライサンダー侯爵家への婿入りを命じる」
「……は?」
「余は引継ぎが済み次第、北の離宮で蟄居する。なお、ゲオルグの母親は生家の公爵家へ戻す。次期王はマティアス、ダニエルは筆頭公爵、実父としてマティアスを支えよ!」
「「はっ!」」
「な……なぜ私……俺様が」
「ゲオルグ、そなたが王国にもたらした損害については話したはずだ。穏便に婚約を解消し、マティアスとの婚約を結びなおせればよかったが、契約魔術まで破棄してしまってはな」
「もう一度契約魔術を結ばせれば……」
「契約内容も知らんか。破棄後は王族との婚約は不可だ。当然、婚約や婚姻後に王族になることもな。それにエンダーハイム家の人間は既に爵位を返上して王国から去っているぞ」
「……は?」
「そなたは容姿が劣る婚約者を捨てたつもりだったのだろうがな、ちょうどよい機会と思われて捨てられたのはそなたの方だったというわけだ。安心せよ。間抜け、仕事もしないクズとは言え王族は王族。ライサンダー侯爵には王族を謀り、王国への被害を出したとしてきちんと責任は取らせる」
捨てられたのは俺様……?
「良かったな、クズ。まあ、クズが当主になることはないからライサンダー侯爵家の家令か執事、あるいは子飼いの文官として残りの余生を過ごせ。王国については私がきちんと運営していくからな」
マティアスが何か言っているが頭に入ってこない。
なぜ俺様が……いや、俺様は高位貴族との婚約を結ぼうとしただけだぞ……王国へ損害を与えた……?
「今この時より、ゲオルグ・ラグランジュは廃嫡! ライサンダー侯爵に通達あるまで自室での待機を命ずる!」
「まって! 待ってください! 私は……俺様は悪いことなど何一つしていません!」
「身勝手に婚約破棄したことは王命無視だ。それだけでも十分な罪だ。さらに、王族に課せられた仕事をサボる、特定の派閥への肩入れ、王妃となりうる新たな婚約者の選定を独断で行う。この全てが罪だ。何が悪いことはしていないだ」
王族は自分の婚約者さえ自分で決めることも叶わない! だから自分で婚約者を決めただけなのにそれが罪だと!?
仕事など有能な者に任せればいいではないか!? 自分の気に入った人間を重用するなど誰しもがやっていることだろうが!
「伯父上、このクズは不服なようですよ」
「はあ、やはりジョージに教育をさせるべきだったか……いや、せめて余が教育係を選定してれば……なぜこやつの母親に任せてしまったのか」
「クズ、王族にとって無知は罪。知らなかった教えてくれなかったなど言い訳にもならんのだよ。せっかく伯父上がお前のようなクズでも王位に就けるようにと努力してくれていたというのに、すべて台無しにしたのはお前だ」
「さっきから黙って聞いてればクズクズと! 王族から追われた落ちぶれものの一族であるお前とは違うんだ! 俺様はこの世で最も貴い血筋の人間だぞ!」
「選民思想ここに極まれりだな。伯父上の能力至上主義もどうかと思っていたが、これに比べれば遥かにマシか」
「ゲオルグ、これ以上醜態を晒すな。血統など個性の一種、努力もせずに得られるものなど何一つない。それには王位も含まれる。……それに、ダニエルは王族から追われたわけではない。王位争いで王国に混乱を招くのを避けるために自ら王位継承権を返上しただけにすぎんぞ」
ふざけるな! 結局たかが公爵で満足している時点で同じだろうが!
血統が個性の一種? だったら、血統で王を選んでいるのがおかしいだろうが!
「もう良いな。これ以上の醜態はそなたの進退に関わる。これ以上喚き散らすようなら、廃嫡どころではない。王国への混乱、新たな王に対する侮辱……処刑も視野に入れねばならなくなる。努力もしない愚か者とはいえ血を分けた息子にはそこまでしたくはない」
「まあ実際、処刑までしてしまうと私が王になった時に冷酷だの、残虐だのと喚く輩が出てきそうですしね。このクズがやったことは処刑されても文句が言えないものではあるものの、なるべく穏便に済ませませんと」
「ということだ、連れていけ」
「クソ! クソ! なんで俺様がこんな目に! それもこれもあの女が!」
そうだ、俺様は悪くなんてない! 婚約を破棄すればこうなるとあの女が教えなかったのが!
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俺様は悪くない! そうだ! 俺様が悪いわけがないんだ!
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