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8.なくなったラベル

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 心地よい浮遊感を感じながら目が覚めると、そこはいつも通りのベッドだった。

 今回は、彼が先には消えなかったようだ。
 ロマンチックな夢だったけれど、もし順番が逆だったら、飛んでいる彼が先に消えて、私は森の中に真っ逆さまだったかもしれない。恐怖を味わうことなく目覚めて、ほっとした。

「土曜日に図書館。10時……」

 本当にいるのだろうか。
 いたとしたら、このラムネ、ちょっと怖すぎる。

 そういえば、きちんとラベルを読んでいなかったかもしれない。
 会いたい人にピンクのラムネ、自分は虹色のラムネを食べて寝るという説明文と、キシリトールが主成分で虫歯にはならないという言葉が書かれていたのは覚えている。
 でも、制作会社や原材料などの確認はしていない。

 私は恐る恐る、瓶のラベルを見るも、それらしい記載が見当たらない。それならと、昨日捨てた箇所を見てみようと、ゴミ箱の蓋を開けた。

「あれ……?」

 昨日急いで捨てたはずの、剥がしたラベルが入っていない。

「え、なんで」

 何度見ても、ない。

「魔法でなくなったのかな。そんなことって、ある? それとも……」

 斉藤くんが、こっそり持ち帰ったか。

「でも、ゴミ箱なんて漁る?」

 あのラムネ、欲しがってたから、商品名を覚えて取り寄せしようと思っても、おかしくはない。
 おかしくはない、が。

「それは、駄目でしょ!」

 女の子の部屋のゴミ箱を探るなんて、言語道断だ。
 でも、もし仮に斉藤くんが持ち帰っていたとしたら、どうしよう。

「私が斉藤くんを好きだって、バレたってことに~」

 うぁぁぁぁ。
 頭を抱えて、唸る。
 そういえば、私が部屋に戻ってから、いやに親しげになっていた気もする。好きな人がいるのか聞いてきたのは、自分だと確信したからなのかもしれない。

 だからといって、確認もしにくい。ものすごーく笑顔で聞いたとしても「私の家で、ゴミ箱漁った?」とか、怖すぎて引く。

「いや、漁るほうが引くから!」

 一人でぐちぐち言っていると、起きなければならない時間になってしまった。ピピピと鳴る目覚まし時計をオフにすると、目と目の間をつまんで、ふーっと息を吐く。

 とりあえず、深くは考えずに、そこはかとなく週末の予定を聞いてみよう。

 そう決意して、いつも通りトイレへ向かった。

   *

 高校の、自分のクラスの席に着くと、すぐに隣に座る斉藤くんと目が合った。

 同じ電車に乗ってはいるものの、私は友達と一緒だし、彼とは違う車両だ。せいぜい、改札を通る時にホームにいる彼をチラリと見たり、私よりもずっと先に歩く彼の背中を、遠くに見るくらいしかできない。
 だから、斉藤くんに近づけるのはクラスに入ってからしか無理で、それが少し寂しい。

「おはよ」

 緊張しながらも、にこやかに挨拶をする。

「おう。昨日はありがとな」

 親しい相手に向けるような人懐っこい笑顔を返されて、かかーっと顔が赤くなる。
 部屋に招待して、連絡先まで交換した。距離が縮まったんだと、改めて感じる。

「ううん。店も見つからなかったし、わざわざごめんね」
「いや、むしろそれで良かったよ」
「それなら、いいんだけど」
「ああ、ありがとう」

 むしろ良かったって、なんで?
 私と連絡先を交換したからだったり、部屋まで入れたからだったりするの?
 聞きたい。何でって聞きたい。

「で、でも、店が分かった方が良かったよね。なんでむしろ、そっちのがいいの?」

 聞いちゃった!
 聞いちゃったよ!

「たくさんラムネ、貰ったし」

 えぇー。そんな理由?
 なーんだ、ガッカリ。

「それに、築山さんと仲良くなれたし?」

 固まる私に、ハハハと彼が笑った。何だか、ものすごーく翻弄されている気がする。
 でも、すっごく嬉しい。
 こんな会話ができるようになるなんて、以前を考えれば奇跡だ。

「そう言えば、斉藤くんに聞きたいことがあるんだけど」
「うん。何?」

 さすがに、この流れでゴミ箱からラベルを持ち帰ったかは聞きにくい。
 明日は図書館に行くのかどうかを聞いてみたい。でも、行くって言われて私も行ったら、まるでストーカーみたいだし。
 何て聞こうか……。

「どうした?」
「えぇっとね。勉強のために図書館の自習室に行くことを検討してるんだけど、行ったことある?」

 そう聞くと、斉藤くんは目を見開いたままこちらを凝視した。

「あ、あれ? 斉藤くん?」
「あ、ああ。よく行くよ。勉強もはかどる。会ったらよろしくな」
「う、うん。よろしく」

 やっぱり、よく行くんだ。明日会える可能性は高いのかもしれない。
 ストーカーだと思われないよう、日時まで聞くのはやめよう。

 半分くらいだけ期待して、明日10時に図書館だ!
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