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第一章 女王と五人の王子たち
7:第ニ王子イーサン②熊!?
しおりを挟むアシュリーは出来るだけキリの良いタイミングで声を掛けようと、イーサンの訓練を遠くから見学していた。
イーサンは現在二十一歳で、アシュリーより四つ年上でアダムの一つ年下だ。
190cm、90kgの第二王子イーサンは、上半身裸で、下は山吹色のズボンを履いている。
何やら受け身の鍛錬中のようで、芝生の上に転がったりしている。
遠くから見ると茶色い髪の毛と日に焼けて真っ黒な肌が一体化して毛むくじゃらの熊にますます見えた。
ふと気付くと、イーサンがアシュリーの方を見ているではないか。
アシュリーは慌てて思いっきりお辞儀をした。
白目の中のブルーの瞳が、約50mの距離からでもとても目立っていた。
(あの綺麗な瞳は熊ではないわ!)
アシュリーがそんな当たり前のことを考えていると、イーサンはどんどん大きくなって来る。
そして気付くと、イーサンはアシュリーの目の前に居た。
「お前、新しく来たという陛下の侍女か?」
「はっ、はい、そうです! オーグナー伯爵の娘、アシュリーでございます。陛下からイーサン第二王子殿下に挨拶をして来るように言われて参りました。練習の邪魔をしてしまい、申し訳ありません」
間近にある大きな身体の威圧感に顔をあげられず、アシュリーは早口で一気に挨拶をし、頭を下げた。
「いや、ちょうど休憩をしようと思っていたところだ。侍女が訪ねてくることも聞いていた。問題ない」
ぶっきらぼうだが優しさを感じる言葉が頭の上から降って来て、アシュリーは恐る恐る顔をあげた。
女にしては長身のアシュリーだが、約1mの距離で見上げ続けると首が痛くなりそうだ。
少し顔を顰めてしまっていたアシュリーに気付き、イーサンはハッとした顔をした。
「あっ、すまない」
そう言って大きな歩幅で三歩下がり、再び口を開く。
「普段男とばかりいるから、距離感を間違った。首が痛かっただろう? すまなかった」
アシュリーは、イーサンの意外な言動に自分の耳を思わず疑ってしまった。
熊のような威圧感たっぷりの姿から、この優しい言動がすぐに結びつかなかったのだ。
しかし真実だと悟ったアシュリーは、思わずクスッと笑ってしまった。
「まだ大丈夫でしたが、あと数分で首が痛くなるところでした。ご配慮に感謝いたします」
アシュリーは、動揺が抜けきれていなかったようだ。
王子相手に馬鹿正直にそう言ってしまい、「あっ」と口を手で覆った。
「そうか。なら、痛くなる前で良かった」
しかし、全く気にする様子はなく真面目な顔でそう答えるイーサンに、アシュリーは隠さず堂々と笑顔を作った。
「ふふっ。はい、良かったです。ありがとうございます」
(一見凄い威圧感な上に無表情で怖いけど、本当はそうでもなさそうね……)
アシュリーが笑いを堪えている姿に、首を傾げてイーサンが言う。
「よくわからんが、面白いようで良かった。最近、陛下の様子はどうだ?」
「お元気にされております」
「そうか、なら良かった……」
イーサンが無表情ながら明らかにホッとした顔をしたのを、アシュリーは見逃さなかった。
「……陛下のことが、心配なのですね?」
「当たり前だ。女王陛下であり、俺の母親だ」
その言葉に、アシュリーは胸が温かくなった。
アシュリーには、物心ついた時には既に、そう思う相手はいなかったのだ。
羨ましさを感じつつも、冷静になる。
(私にはまだお父様がいるわ。王子殿下たちは、お父上を亡くしてからまだ一年ほどしか経っていないのにも関わらず、陛下の御病気のことを聞かされて……。さぞ心配しているでしょうね……)
アシュリーが王子たちの心痛を想像して暗い顔をしていると、イーサンが口を開いた。
「また、いつでも来てくれ。陛下の様子を教えて欲しい」
そうアダムと同じことを、とても真面目な顔で言われたのだった。
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